musasabi journal

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252号 2012/10/21
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
上の写真、英国の都会に行くと見られる横断歩道ですね。足元にLOOK RIGHT→(右を見ろ)と書いてあります。おそらく右から左へ流れる 一方通行で、あちら側は←LOOK LEFTです。こちら側から歩道を渡る場合は、「右から来るクルマに注意しろ」と言って いる。私、なぜかこのサインを見ると嬉しくなる。スマートではないけれど分かりやすい。RIGHTのあとの矢印、こ の「親切」が嬉しいのであります。
 
目次

1)国会議員の給料
2)ジャーナリズムは男の世界?
3)英国のブーメラン世代
4)社会福祉は要らない!?:保守化する英国
5)ノーベル賞が語る英国の「弱み」
6)EUのノーベル平和賞をめぐる賛否
7)どうでも英和辞書
8)むささびの鳴き声


1)国会議員の給料
 

上のグラフ、あまりにも小さすぎて何だか分かりませんよね。グラフをクリックすれば大きくして見ることができますが、最初から言っておくと、国会議員の給料(基本給:年収)の国際比較です。英国の独立議会基準庁(Independent Parliamentary Standards Authority:IPSA)という機関のサイトに出ているものなのですが、ダントツは日本の議員の年収でポンド換算で£167,784となっている。以下、オーストラリア(£126,394)、アメリカ(£111,251)、イタリア(£110,352)などが続いており、英国の国会議員(MP)の年収は£65,738となっています。1ポンド=130円として換算すると英国の議員の年収は850万円ということになる。日本の議員は(ネット情報によると)ざっと2100万円なのだそうですね。

英国の国会議員が不正な経費請求をしていたことが大問題になったのは3年前の2009年だったですよね。IPSAという機関はそれを契機に作られたもので、Independentということで政府からは独立した機関になっています。この機関のサイトに掲載されている議員の給料に関する資料には、国会議員の給料の歴史まで出ていて読み物としても画期的に面白いものです。「歴史」によると、議員に給料が支払われるようになったのは1911年のことで、それ以前はゼロだったのですね。 1911年に初めて導入されたときの年収は£400だったのですが、これにはいわゆる「経費」(expense)も含まれていた。それから50年間は給料の見直しなどは一切なし。1964年に見直されて£3,250になった。

それから国会の各種委員会の委員になると最高で£14,582の手当がもらえる。また議員であることを止めた場合、自発的に引退したような場合は何もつかないけれど、選挙で敗れて辞めざるを得なかった場合は、議員年数1年間につき1か月分の給料がresettlement paymentとして支払われる(最高で6か月)。

で、議員の給料は他の職業と比べて高いのか低いのか?IPSAのペーパーによると次のようになっています。
  • 小中学校の校長(Head Teacher):£78,298
  • 警察署長(Police Chief):£72,649
  • 高級官僚(Senior Civil Service):£88,000
  • 陸軍大佐(Armed Forces Colonel):£85,359
  • 国会議員(Member of Parliament):£65,738

▼これらに見る限り、議員年収の£65,738は決して高くないのでは?こういうことを話題にしながら「日本の政治家の給料は高すぎる!」と批判して、あかたもこれを引き下げたり、議員の数を減らしたりすれば、物事が良くなるかのように言うのは、むささびのやり方ではない・・・とはいえ日英の格差はすごいですね。計算のやり方でも違うのでしょうか?英国の議員や政治関係者がこのグラフを見たら日本の政治についてどのような想いを抱くのでありましょうか?

▼議会内の委員会の委員になると特別手当がもらえるという部分ですが、このような手当がもらえる身分として、議長・副議長と並んで野党党首(Opposition Leader)というのがあるんですね。もちろんこの場合は二大政党という前提だから現在は労働党の党首ということになる。亡くなった森嶋通夫さんの本によると、英国政治では「批判的討論こそが民主主義の基礎である、とのイギリス人の信念に由来して」野党の党首には特別の権威が与えられているのだそうです。

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2)ジャーナリズムは男の世界?
 

ジャーナリズムの世界における女性の地位向上を目指しているWomen in Journalism (WiJ)という団体の調べによると、「英国の新聞の第一面は性差別主義者の常識で埋め尽くされている(Sexist stereotypes dominate front pages of British newspapers」のだそうであります。

今年の4月半ばから5月半ばまでの4週間、英国の日刊全国紙9紙に掲載された記事を分析したところ、署名記事のほぼ8割(78%)が男性記者によって書かれており、記事で触れられたり、コメントが掲載されたりした人物の9割近く(84%)が男だったという結果が出ています。

この期間中に最も写真掲載された人物の中で女性はウィリアム王子夫人のDuchess of Cambridgeと妹のPippa Middleton、そして殺人事件の被害者となったある女性の3人だった。男はというとウィリアム王子、選挙中だったフランスのサルコジ大統領(当時)とテレビの人気番組X Factorの審査員、サイモン・コーウェル(音楽プロデューサー)だった。

英国の新聞のことなどに興味がないという人には申し訳ないけれど、調査対象となった新聞の「性差別度」は下記のとおりです。これは第一面に掲載された署名記事の筆者の性別分析です。新聞名のうしろにあるカッコ内の数字は署名記事(bylines)の本数です。

男(%) 女(%)
Daily Express (24) 50 50
Daily Mail (37) 76 24
Daily Mirror (28) 79 21
Financial Times (134) 67 33
Guardian (87) 78 22
Independent (70) 91 9
Sun (40) 83 18
Telegraph (142) 86 14
Times (65) 82 18

Independentは極端に男性の署名記事が多いのですね。ExpressやFinancial Timesはかなり女性の署名記事も掲載されている。

これらのうちDaily Express、Daily Mail、Daily Mirror、Sunの4紙はいわゆる「大衆紙」というカテゴリーに入り、それ以外の5紙は「高級紙」と呼ばれているのですが、「大衆紙」の場合は署名記事そのものの本数が少ない。サイズがタブロイドなのでスペースそのものが小さいということもありますが、加えて写真のサイズが異常に大きいので、文字は入りにくいということがあります。つまり記事が短くて、少ないってことです。TelegraphとFinancial Timesに極端に署名記事が多いのは新聞のサイズが大判で情報がたくさん入るということでもある。

で、新聞の一面に載った記事の中で男性と女性がどのような役割を演じているのか?

女性 男性
専門家 61% 82%
被害者・犠牲者 19% 2%
セレブ 11% 5%
家族の一員 5% 5%
加害者 4% 6%

つまりメディアに登場する「専門家」と呼ばれる人たちの多くが男性であり、女性は事件の被害者とかセレブとして出てくる確率が男性よりは高いということでありますね。これは単なる偶然なのか、社会の仕組みがそうなってしまっているのか?たまたまこの調査を行った時期に記事掲載された出来事の多くが男の専門領域であったということなのか?おそらくそんなことはないですよね。

▼最近テレビのニュースを見ていて気になった仕方ないのは、どの問題を伝えるにせよ「この問題について専門家は・・・」とやって、大学の先生やXX研究所の研究員というような人がコメントを述べるというスタイルが非常に多いということです。そう思いませんか?昔は「この問題について、XX大学のYY教授は・・・」とやっていたのではないかと思うのですが、違います?いずれにしても、そのようなやり方だからあたかもその「専門家」の言うことが絶対に正しくて、それを疑うことは絶対にやってはいけないと言われているように思えるのです。

▼TBSラジオの夜10時から11時半過ぎまでDIGというニュース解説・討論番組があります。私、面白くてほぼ毎晩聴きます(大体は途中で眠ってしまうけれど)。月曜~金曜で司会進行担当とキャスター(日替わり)の二人が決まっていて、話題に応じて日替わりで「専門家」がゲストに呼ばれて意見を披露するわけです。司会役は女性、キャスターは男性(フリージャーナリスト)です。キャスターが主役でゲストにいろいろと質問したりする一方で女性の司会役はというと、リスナーから届いたメールを読んだり、たまには自分でも質問したりするのですが、印象としては女性の方が「罪のない一般庶民」という感じで「素朴な質問」をしたりするのに対して、男のキャスターの方はジャーナリストだけに「分かった風な質問」をするわけです。考えてみるとなぜ男性が司会で、女性がキャスターではないのでしょうか?女性のフリージャーナリストだってたくさんいるはずなのに。それと招待される専門家も圧倒的に男性ですね。

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3)英国のブーメラン世代

 

10月13日付のThe Economist(英国版)に、最近の英国では大学を出てからしばらくしても両親と一緒に暮らす人が増えているという記事が出ています。サザンプトン大学のAnn Berringtonという教授が行っている人口変動調査によると、一旦は大学へ通うために両親から離れ、卒業後に再び両親と暮らすケースが多い。こういう人たちのことを「ブーメラン世代」(boomerang generation)というのだそうです。

Berrington教授によると、20~34才で両親と暮らす人の数が15年前(1997年)に比べて28%増えて320万人に達している。この年齢層の人口そのものは今も昔も変わっていないのに、です。男の場合、3人に一人、女性の場合は6人に一人が両親の家に住んでいる。

理由の一つとして挙げられるのが、仕事がない(joblessness)ということで、過去4年間で18才~24才の失業率は13%から20%にまで増えている。その間、両親と暮らす若年層の数は22万から43万へと倍増している。ただjoblessnessだけが理由ではなく、仕事を持っていながら両親と暮らす人の数も増えている。アパート暮らしをしようにも家賃が高い、家を買うにはローンの支払いもきつい。というわけで「巣立ち」(to fly the family nest)はなかなか難しいわけです。

Berrington教授の調査では、ブーメラン世代には女性が多いのだそうです。かつてに比べると女性の進学率が高い割には結婚年齢が高くなっており、1998年からの傾向では、女性が両親と暮らす割合は男性の場合よりも急速に増えている。

男であれ女であれ、景気が回復したとしても若者のブーメラン現象は当分続くのではないかというのがBerrington教授の見方で、英国社会そのものが変化してきているのではないかということです。スウェーデンやデンマークのようなスカンジナビア諸国では若者は18~19才で両親のもとを離れて二度と戻ってはこないのが普通で、英国も昔はそうだったのだそうです。最近の英国は、二世代暮らしが例外的とはいえない地中海諸国のようになりつつあるのではないかということです。

尤もエセックス大学のMaria Iacovou教授によると、地中海諸国(例えばイタリア)では親の方が子供を手元に置いておきたがる傾向にあるのだそうですね。特に富裕層の場合はそうで、若者の方も親と暮らすことに抵抗は感じない。英国の親はそれほどでもなくて、子供が大きくなっているのに相変わらず子供のために食事を作ったり、洗濯したりというのはごめんだという意見が多いとのことであります。

▼学習院大学の鈴木亘教授のペーパーによると、学校を出て就職もしていながら親と同居している日本の「パラサイトシングル」と呼ばれる人の数は2007年現在で約1000万人、高齢化(中年化)が進んでいて40才代の人も結構いるのだそうです。母親と同居しているというケースの内訳を見ると、年齢・性別を問わず、「親が同居を望んでいる」というケースは少なく、自分が望んでいる方が多い。地中海的ではない!?

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4)社会福祉は要らない!?:保守化する英国


NatCenという機関が毎年行っているBritish Social Attitudes (BSA) という英国人の社会意識調査の2012年版がこのほど発表されたのですが、それによると英国人の間では社会福祉というものに対する疑いの念が強くなっているのが目立つのだそうです。例えば、失業手当(unemployment benefits)。20年前の1990年代の初めにも経済不況はあったのですが、その頃の調査では「失業手当があるから仕事をしなくなる」(unemployment benefits discouraged work)という意見は全体の3分の1だったのに、いまではこれが過半数を超える3分の2にまで広がっている。

英国人はほかのヨーロッパの国の人々に比べると社会福祉そのものに懐疑的であるようで、4年前の2008年に行われたEuropean Social Surveyという調査でも、65%もの英国人が「社会福祉が人を怠惰にする」(benefits make people lazy)と答えており、ドイツ人の39%、フランス人の47%よりもかなり高い数字が出ています。

経済状況の悪い時期には、社会的弱者に対する「思いやり」(empathy)も薄らぐ傾向にあるものですが、福祉や経済の再配分(redistribution)に対する懐疑心が出てきたのは今回の不況より前のハナシだった。BSAの担当者は、ブレアの労働党政権がサッチャー流の「反福祉」的な考え方を受け入れてしまったことに原因があると言っている。労働党の支持者も党の方針に従うような風潮が見られるようになったということです。

反福祉的な考え方は専門性の強い職業人(professionals)や社会の真ん中に位置するような人々(middling groups)の間で特に強く見られるのだそうですが、それよりも社会的に下に位置する人々(つまり失業手当の生活に陥る確率がより高い人々)の間でも「手当をもらう」ということに対する見方は厳しくなっているのだそうです。また1980年以後に生まれた人はどちらかというと所得の再配分(所得の平等)という考え方に懐疑的な傾向が強いのだそうです。サッチャー政権以後に生まれた英国人ということですね。The Economistなどはこれを称して「英国人が保守化している」(Britons are getting more conservative)と表現しています。

仕事上の満足度とwork-life balanceに関するヨーロッパ全体の調査によると、両方とも英国人の数字が極めて低いことが目立ちます。英国より下に来るのはポルトガル、ロシア、前の共産圏(4か国)だけ。ちょっと意外なのは、その理由として長時間労働が挙げられているのですが、ほぼ半数(48%)の英国人が週に何度かは残業をするとしており、その中で残業代が支払われないというケースが44%もあるということです。となると89%もの人が「仕事から帰宅しても疲れてしまって楽しいことをする気が起こらないということがあった」(there have been times when they felt too tired after work to enjoy things)と答えているのも分かりますね。

▼労働環境や生活そのものが厳しくなっているにもかかわらず、福祉に頼りたくないという意識も強くなっているというのはどのように解釈すればいいのでしょうか?日本でも生活保護者の数がどんどん上がっているような時代なのに、「生活保護を不正にもらっている」ということをやいやい言うケースも増えている(ように思える)。人間が不寛容になっているのですよね。

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5)ノーベル賞が語る英国の「弱み」
 

京都大学の山中伸弥教授と英国のジョン・ガードン博士がノーベル医学生理学賞を共同受賞したことは、英国メディアでも大きく報道され、ガードン博士(79才)がイートン校の学生であったころに、将来科学者になりたいと言ったところ通信簿で生物担任の教師から次のような言葉をもらってしまったことが記事にされていました。
 
  • ガードンは科学者になりたいと思っていると聞いているが、現在の成績からすると全くもってばかばかしいことだと言える。生物についての簡単な事実でさえも学べないのだから、専門家の仕事などできるはずがない。単なる時間のムダというものだ。彼にとってもそうであるが、教える側にとっても時間のムダだ。
    I believe Gurdon has ideas about becoming a scientist; on his present showing this is quite ridiculous; if he can't learn simple biological facts he would have no chance of doing the work of a specialist, and it would be a sheer waste of time, both on his part and of those who would have to teach him.
この人、授業を聴いていなかったのだそうです。Guardianのコラムニスト、Simon Jenkinsによると、ガードン博士は記者会見でこの通信簿のコピーを配布したとのことです。イートンに学ぶのは普通は13才~18才。ということは60年以上も前のこと?そんなときの通信簿なんてよくぞとっておいたものですね。

The Timesが10月9日付の社説でジョン・ガードンの受賞について取り上げているのですが、
  • サー・ジョン・ガードンのノーベル賞受賞は科学者である彼の業績を証明したが、必ずしも英国の業績を証明するものにはならない・・・
    Sir John Gurdon’s Nobel Prize is vindication for him but not necessarily for Britain.
と言っている。何が気に入らないのかというと、英国はこれまで物理学者のアーネスト・ラザフォード、微生物学者でアオカビからペニシリンを発見したアレクサンダー・フレミング、数学者のアラン・チューリング、インターネットの生みの親とも言われるティモシー・ジョン・バーナーズ=リーのような素晴らしい科学者を世界に送り出しているにもかかわらず、それを産業に結びつけるという点ではそれほどうまくいっていないということです。

The Timesの社説は「科学における偉大なる業績というものは、優れた頭脳の持ち主が自由に好奇心のおもむくままに動くことが許されることによって達成されるものであり、商売のことや政治的な思惑に動かされるものではない」として
  • 科学をまじめに捉える国では、純粋研究とその実行者を尊敬され、経済状況によって予算どりが困難な場合でも、科学者たちが守られる。そのこと自体は正しい。
    Countries that take science seriously are right to revere pure research and its practitioners, and to defend them when the business cycle puts the squeeze on budgets.
と言っている。

が、英国の問題は「科学者の才能と経済成長の間の結びつきが欠けている」ことにあると指摘しています。コンピュータによる演算というものが発明されたのが英国であるにもかかわらず、現代においてコンピューターのソフトウェアやハードウェアの世界的な企業は英国にはいないというわけです。

▼ウィキペディアによると、ノーベル賞が創設されたのは1901年ですが、英国人受賞者は117人(うち外国生まれ26人)となっています(日本は19人)。英国人受賞者のうち「外国生まれ26人」というのがすごいですよね。英国の大学のレベルの高さを物語っているわけですから。

▼雑学ですが、歴史に残る名前なのにこの賞を受けることがなかった人として、ロシアの文豪レオン・トルストイ(1828年~1910年)、英国の作家ヴァージニア・ウルフ(1882年~1941年)、アメリカの作家マーク・トウェイン(1835年~1910年)、発明家トマス・エジソン(1847年~1931年)、インドの社会運動家マハトマ・ガンディー(1869年~1948年)らの名前が挙がっています。またノミネートされながら受賞を辞退した人物の中にフランスの作家・哲学者、ジャン・ポール・サルトル( 1905年~1980年)がいますが、サルトルは辞退の理由を
  • これから自分が署名などをするときに、単にJean-Paul Sartreと書くのか、Jean-Paul Sartre, Nobel Prize winner(ノーベル賞受賞者)と書くのかで違ってくるだろう。作家というものは、自分を何らかの組織や体制(institution)と関係づける存在にしていけないのだ。それが最も名誉あるものであったとしても、だ。

    と語っています。
    さすが、言うことが違う!

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 6)EUのノーベル平和賞をめぐる賛否
 

今年のノーベル平和賞にEUが選ばれたことが喧々諤々の議論になっていることは日本のメディアでも報道されています。英国について言うと、反EUのスタンスをとる保守派のメディアがヤイヤイ言っております。例えばTelegraph紙の社説(10月12日付)は
  • ヨーロッパにおける平和への最大の脅威はおそらくヨーロッパ・プロジェクト(欧州の統一)そのものであろう。
    The single gravest danger to peace in Europe is arguably the European project itself
などと主張している。平和への貢献なんてとんでもないというわけです。そもそもなぜ平和賞にEUが選ばれたのか?ノルウェー・ノーベル賞委員会のサイトによると
  • 60年以上もの長きにわたってヨーロッパにおける平和と和解、民主主義と人権の促進に貢献してきた。
    for over six decades contributed to the advancement of peace and reconciliation, democracy and human rights in Europe.
 ことが理由となっており、Thorbjorn Jagland委員長は
  • (EUにノーベル平和賞を授与することの)主なるメッセージは、自分たちがヨーロッパ大陸において成し遂げたもの(の大切さ)を心に刻み込む必要があるということであり、この大陸が再び瓦解の道に入り込まないようにするということなのだ。でないとすると、醜い戦争が待っているということだ。
    The main message is that we need to keep in mind what we have achieved on this continent, and not let the continent go into disintegration again. The alternative is awful wars.
とコメントしています。

で、Telegraphとしては、これの何が気に入らないというのか?第二次大戦後のヨーロッパにおける平和に最も貢献してきたのはアメリカを中核とするNATOであり、「平和は有難いがそれはEUによって勝ち取られたものではない」(Peace is a prize, but it was not won by the EU)ということ。さらに最近ではEUという存在が聖域化されてしまっていて、EUに批判的な意見はすべて戦前のヨーロッパに後戻りさせるものだとして退けられている。EUは通貨統一(ユーロ)という破滅的なプロジェクトを護持することのみに熱心であり、超国家的なヨーロッパは平和どころか不協和音さえ生んでいる・・・とこきおろしている。

一方、どちらかというとノーベル委員会の決定に賛成なのが「ヨーロッパの平和に敬意を表する賞」(A prize to honour European peace)としているFinancial Times(FT)の社説です。

それによると、戦後のヨーロッパの平和は1950年代以来進められてきた経済的な統合が基礎となってきており、政治的にはヨーロッパという共同体がスペイン、ポルトガル、ギリシャのような権威主義の国をも仲間に入れてきた・・・それらの貢献がノーベル平和賞という形で認知されるのは正しいことである。

確かに戦後の平和が保たれてきたのはアメリカを中心とするNATOのお陰である部分は大きいし、いまでも北アフリカ(リビア)やバルカン半島における平和の維持はアメリカの協力なしにはあり得ない。しかし、だからと言って過去60年における欧州統合プロジェクトの業績を否定することはできないというわけで、FTの社説は次のように言っています。
  • ノーベル賞によって与えられる褒美は、ヨーロッパの人々が思索のために立ち止まる時間を持てるということにあるのだ。EUに与えられるノーベル平和賞は、こんにち27の加盟国がEuropean Unionと呼んでいる組織がこれまでに達成した業績を表彰しようということにすぎないのである。
    So, the award of the Nobel Prize is a moment when the people of Europe should pause for reflection. It is a just recognition of what the 27 nations who today call themselves the European Union have achieved.

▼ノーベル平和賞というのは「ノルウェー議会が選んだ5人の選考委員」(a committee of five persons who are chosen by the Parliament of Norway)によって決められるのですね。その5人がEUに平和賞をあげることに決めたのですよね。委員はいずれもノルウェー人です。ノルウェーはEU加盟国ではない。だからこの表彰は、批判派がいうように「自己賛美」(self-congratulation)ではない。

▼Telegraphのような「反EU」論は現在の英国ではかなりの人気ですよね。欧州統合は輸出入のような「経済」にのみ限られるべきであり、単一通貨などはお互いの国の経済運営までEUが介入するのはやり過ぎだという言い分です。アメリカ合衆国ならぬヨーロッパ合衆国は国の主権を奪うもので、とんでもない愚行だってことですね。たとえそれが「平和」を願ってのことだとしても、です。むしろ統合志向こそがトラブルを生むと考えている。

▼「反EU」論こそが英国的な現実主義というわけですが、FTの言うように、ノーベル平和賞の意味は「ヨーロッパの人々が思索のために立ち止まる時間を与えられた」ということにあると考えるべきでしょうね。英国のような「現実論」も含めて、いろいろ考えてみましょう・・・それがEU加盟国ではないノルウェーからのメッセージです。それをTelegraphのように偉そうにキャンキャン吠えることはない。
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7)どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 

lift:エレベーター

elevatorは米語、英語はliftですよね。米ノースカロライナ大学のリー・グレイ教授によると、エレベーターの中で「乗客」が立つ位置には一定の法則があるんだそうですね。サイコロの法則です。一人の場合はど真ん中、二人の場合は対角線上のコーナーに立つ。三人の場合はサイコロとは違って三人が三角形の角になるように立つ。四人はエレーベーターの四隅、五人目のは箱の真ん中、六人のときは・・・両側に三人ずつという具合です。なぜこのような動きをするのか?他人との間にはなるべく距離を保つことで、「望みもしない近さ」(unwanted intimacies)を避けたいという本能がそうさせるのだそうです。その方が気分的に楽ってこと。その延長線上にあるのが、知らない客同士の目が合うようなことがないように、なるべくそっぽを向くか、携帯でも見ているふりをするということ。

これらは外界から閉ざされた空間で他人と一緒にいるときのエチケットでもありますよね。女性には関係ないけれど、駅などの男性の小便用トイレもそうです。利用者がほとんどいない状態の場合、もう一人の利用者の隣に立って用を足すことはしないもんね。

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8)むささびの鳴き声
▼山中伸弥教授のノーベル賞ですが、いつもながら「だから日本人はすごいんだ。皆さん、うれしいでしょ!」と言わんばかりのNHKの大騒ぎぶりは見ていて恥ずかしい思いでありました。山中さんという人がすごいのであって、「日本人」がすごいのではないのに・・・。その山中さんが記者会見で、ノーベル賞は「ガードン先生のおかげだ」という趣旨のことを言っていました。共同で受賞した英国のジョン・ガードン博士のことですよね。ガードン博士の受賞についてThe Timesは「好奇心の力」(Power of Curiosity)が偉大な業績に繋がったとしています。不思議なものや事柄に対する好奇心を保ち続けることの大事さを言っている。また山中教授は、若い人を相手にした講演会で「失敗を怖れるな」という趣旨のメッセージを伝えていましたよね。

▼好奇心に満ち満ちて失敗を怖れない・・・素晴らしいと思います。が、それと正反対のことをやっている(としか思えない)のがいわゆる「反ゆとり教育」だと思いませんか?「好奇心」などは試験に受かってからにしろ、人生、失敗したら取り返しがつかない・・・このあたりが日本の教育の現実なのでは?そのくせノーベル賞のような「権威」にはまことに弱い。尤もそれは日本だけではないけれど。

▼アメリカの雑誌、Newsweekが紙媒体としては12月31日号を最後に消えるのですね。紙の雑誌としては79才、80才を目前にして終了、これからはNewsweek Globalというタイトルでネット版のみの発行になるのだそうであります。知らなかった。The Economistのブログによると、現在のNewsweekの発行部数は150万部だそうで、すごい数だと思ったら、過去約4年間で半減しての数字だそうです。本当なら300万部だった。むささびも昔(30年ほど前)は購読していたので寂しい気がしないでもないけれど、ネット版としては続くわけだから本当にNewsweekがいい雑誌だと思うのならそれだって構わないのでは?「デジタル版の方が経営コストがはるかに安い」(The costs of running a digital publication are much lower)と言うけれど、それは当たり前ですよね。何せ紙・インクを使わないだけでも相当な違いなのでは?

▼週刊誌のハナシで思い出したのですが、『週刊朝日』という雑誌の発行元は朝日新聞ではなくて朝日新聞出版という「関連会社」なのですね。知らなかった。この雑誌が「維新の会」の橋下徹さんに関する侮辱的な特集記事を掲載、橋下さんがかんかんに怒って「朝日からの取材は拒否する」とまで言い出したことから、週刊朝日の編集長が謝罪しただけでなく朝日新聞も謝罪したのだそうであります。この件について東京都の石原知事が「(週刊朝日は)「本当に卑劣だ」とコメントしたというニュースを読売新聞のサイトが伝えていました。その読売新聞が、森口尚史という人のiPS細胞移植発表を真に受けて一面でドカーンと特ダネ報道したあとでそれがウソであることが分かって平謝り、この件をほかの新聞やテレビが大喜びで(?)伝えていました。

▼橋下さんと朝日新聞についていうと、市長の方が自分のツイッターで「ノーサイドにしよう」という趣旨のメッセージを送ったらしいですね。要するに朝日の取材拒否は一応キャンセルにすると宣言したってこと?この人の「怒りの記者会見」というのをテレビでやっていましたが、出席している朝日新聞の記者に社の方針を問い質していました。一記者に答えられるはずがないのに。iPS細胞移植に関する読売の「誤報」ですが、ラジオを聴いていたら富山大学の林衛准教授という人が、読売新聞は、日本ってすごいだろ!?ってことを大々的に訴えて日本人の士気を鼓舞しようとしたのではないか、と言っておりました。なるほど、そこまでは気が付かなかった。ただ・・・

▼読売新聞は確かに大きいかもしれないけれど、日本人全部が読んでいるわけでなし、一新聞が「誤報」というドジを踏んだからってそれほどのインパクトがあるものなのでしょうか?誤報をしなかった他のメディアが「わが社はいかに慎重で賢明であったか」を自慢するほどのことでもないのでは?

▼週刊朝日の特集記事で何が書かれていたとしても、橋下さんがほっとけばすむことなのでは?読売が石原知事の口を借りて朝日を「卑劣」呼ばわりするのは「iPS事件」についての報復?だとするとお笑いとしか言いようがないですね。

▼週刊朝日も、お詫びをしなければいけないような記事をなぜ掲載したのか?いちおう検討して掲載したのだからそれを貫くのが編集者というものですよね。これらのドタバタを見ていると、メディアの世界の「知」の部分が完全に腐食しているとしか思えないですね。記事を書いた記者や作家であれ、これを掲載することにした編集者であれ、私などから見ると、まぶしくなるようなアタマのいい世界の人たちです。それにしては割り切りというか覚悟のようなものがなさすぎるのでは?

▼なりすましウィールスなるものが出回っているのだそうで、むささびジャーナルも開けもしないで削除されてしまうかもしれない。ひょっとするとこのウィールスが出てくる以前から読まずに削除の対象であったかもしれない。寒くなりつつあります。お身体を大切に。

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