musasabi journal

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253号 2012/11/4
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
いつもいつも時間の経過についてため息まじりのご挨拶で情けないのですが、今年もとうとう11月になってしまいました。12ある月の中でもいちばん存在感の薄い月です。でも空の高さや青さでは、11月に勝る月はないでしょう。
 
目次

1)福島の魚とセシウム134
2)石原新党:英国メディアの伝え方
3)メディアだけが騒いでいる?英国の「階級政治」
4)人気司会者の性犯罪:揺れるBBC
5)認知症に優しい町づくり
6)どうでも英和辞書
7)むささびの鳴き声


1)福島の魚とセシウム134
 

科学雑誌、New Scientistのサイト(10月25日)にRadiation still high in Fukushima fishという見出しの記事が出ています。福島で獲れる魚に含まれる放射能はいまだに高い数値を示しているということですね。

これはアメリカのマサチューセッツ州にあるWoods Hole Oceanographic Institutionという海洋関係の研究所のKen Buesselerという研究員が、福島第一原発の事故後これまで9000匹にのぼる福島沿岸で獲れた魚のサンプルから取り出したデータを分析した結果明らかにしたもので、魚の体内にあるセシウム134の量が減少していない。アイソトープの半減期は2年で、その半分が過ぎたのにセシウム134の量が減っていないということは、これがまだ環境中に漏れていることを示しているというわけです。

特にセシウムの濃度が高いのは海底付近に棲む魚なのだそうで、この放射能汚染が海床に関係しているのではないかと見られている。可能性として考えられるのは、放射能に汚染された地下水もしくは原子炉の冷却水が海に漏れ出していること。またセシウムが海床の沈殿物内に集積してそれがゆっくりと水中に溶け出していることも考えられる。いずれにしてもこれまでには発見されていない汚染源がいまだに存在するということは間違いないとKen Buesselerは考えている。

ただBuesseler研究員はこれについて消費者があまりに極度に心配する必要はないとしている。この人の意見によると、日本における新しい規則は非常に厳重な(stringent)もので、世界中で食べられている魚の中にはこれよりはるかに高いレベルの放射性元素で汚染されているものがあるのだそうです。
  • セシウムはすべて悪いものだという人がいるが、必ずしもそうは言えない。ポタシウム(カリウム)40の自然濃度がこれより10倍も高い魚を食べているのに健康への害であると考えられていないではないか。
    You hear people saying 'any caesium is bad'. Well, you can't really say that when we're eating fish that have natural levels of potassium-40 in them that are 10 times higher and not considered a health risk.
というわけで、この研究員は、原発事故のあと採用された厳重な規則は海産物への消費者の信頼回復には必要であったかもしれないが、不必要な不安を引き起こすという逆効果もあるのではないかと心配している。
  • もちろん(原子炉などで生まれた)人工放射性核種についての心配する必要がないという意味ではないが、我々が日常さらされている人工アイソトープと自然アイソトープについての他の発生源という範疇で考える必要がある。
    It doesn't mean we shouldn't be concerned about these man-made radionuclides but we should put it in the context of these [other] sources of man-made and natural isotopes we are exposed to.
とBuesselerは言っています。

New Scientistによると、福島の魚のセシウム量が高いことについては、気象庁気象研究所のMichio Aoyamaという人が別の説を考えている。この人によると、セシウム134は海床のみならず水面近くの魚でも高いのだから海床の状態だけが理由とは言えないのではないかと言っている。さらに放射能に汚染された地下水が海中に流れ出しているという証拠はないし、原子炉の冷却水に含まれるセシウムのレベルは極めて低い。この人によると、セシウムというものは夏季になると魚の体内に蓄積される傾向があるのだそうで、福島の魚の場合も夏の暑さが原因であることも考えられるのだそうです。

▼この記事とは関係ありませんが、日立がHorizonという英国の原子力発電事業会社を7億ポンド(推定)で買収することになりました。このニュースは、もっぱら雇用創出という理由で英国でも大きく取り上げられています。

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2)石原新党:英国メディアの伝え方
 

石原慎太郎さんの都知事辞任は英国メディアのサイトでもそれなりのスペースで伝えられています。私がチェックしたのはGuardian、Independent、Times、BBC、Telegraph、Daily Mailです。ちょっと興味深いのは保守派のTelegraphやDaily Mailのサイトが全く報道していないということだった。

それぞれニュアンスや強弱の違いはあるけれど、伝えている事実にはほとんど違いはありません。「ニュアンスの違い」というのは、見出しの雰囲気がちょっとだけ違うと言う程度の意味です。
  • Times: Ultra-nationalist Tokyo boss quits to form new political party
  • Guardian: Tokyo governor quits to form new rightwing party
  • Independent: Japan's answer to Boris quits governship to challenge PM
  • BBC: Tokyo governor Shintaro Ishihara quits to form new party
Timesは石原さんのことを「東京の極右親分」と呼んでいます。Independentの見出しは英国のことに関心のない人には分からないかもしれない。Borisは現在のロンドン市長(Boris Johnson)のことで、キャメロンの後の首相の座を狙っていると言われている人物です。「ロンドン市長に捧げる日本の回答:知事なんて辞めて首相に挑戦しよう」というニュアンスです。この人も石原さんと似て言いたい放題であり、TelegraphやSpectatorのような保守的な新聞や雑誌への寄稿でも知られています。

石原会見の報道の中身はほとんど同じなのですが、どの記事も尖閣諸島を政府が買い上げた(国有化)ことについて、尖閣が石原さんのような人の手に落ちることの危険性を考えた野田さんが「仕方なしに」国有化したと伝えています。Timesの東京特派員は次のように伝えています。
  • In an effort to prevent him from using them as a platform for his nationalistic views, the Japanese Government intervened to buy the islands from their private owners - a “nationalisation” that provoked rage and riots in China.
    石原氏が自分の愛国思想を宣伝するために尖閣諸島を利用することを阻止する努力の一環として、日本政府が介入して島の持ち主から購入した。この「国有化」が中国の怒りと暴動を生むことになった。
会見における石原氏の発言では、「平和憲法の破棄」(to abandon the country's postwar constitution)の部分が共通して取り上げられています。石原さんの過去の発言の紹介もほとんど同じです。
  • 「東日本大震災は天罰」発言
  • 戦争中の南京大虐殺の否定
  • 日本の核武装
  • 女性・同性愛者・フランス語に対する差別発言
Timesの東京特派員が日本経験が最も長いと見えて、自分なりの見方を記事の中に散りばめているのが目立ちます。例えば次のような文章です。
  • But why people most love, or hate, Mr Ishihara is for his un-Japanese habit of saying exactly what he thinks and expressing it in the most unpolitically correct terms.
    石原氏が最も愛され、最も憎まれる理由は自分の思っていることををそのまま言葉にし、政治的に最も無難でない方法で表現してしまう、日本人らしからぬやり方にある。
  • Many Tokyoites who disagree with the governor seem to tolerate his outspokenness precisely because it is such a rare thing in Japan’s vague and indirect political discourse.
    石原氏と意見を異にする東京人がそれでも彼の歯に衣着せぬ言い方に寛容であるかのように見えるのは、漠然として間接的な政治発言が多い日本では、まさに彼のそのようなスタイルが極めてまれなものであることによるのである。

▼Timesの記者は、石原さんが嫌われ(愛され)るのは彼が歯に衣着せず思ったことを口にするから、と言っています。確かにそのように言う人もいますよね。それから「リーダーシップがある」という人もいる。両方とももっともらしく聞こえるけれど、問題は発言の中身であり、単に「オレについてこい!」というのがリーダーシップではないと思いますが。

▼「石原新党」をめぐるメディアの騒ぎについて、田中良紹というジャーナリストが「石原東京都知事辞職の憂鬱」というエッセイの中で
  • 一体日本のメディアはどこを見て何を判断しているのだろうか。「尖閣購入」という「茶番」を演じて行き詰まった政治家が、先の見通しもないまま次なる茶番に突き進んでいるだけではないか。

  • と言っています。
▼石原さんは1968年~72年に参議院議員、1972年~95年までは衆議院議員を務めた後、「ほとんどの政治家は最も利己的で卑しい保身のためにしか働いていない。自身の罪科を改めて恥じ入り、国会議員を辞職させていただく」と言って国政を去ったのですよね。田中さんのエッセイは、故松野頼三氏の言葉として、石原氏について「後ろ足で砂をかけていった男が永田町に戻れるはずがない」と言っていたことを紹介、「永田町には同じ思いの政治家が多いはずだ」と言っています。そして
  • 永田町に戻っても都知事時代のような振る舞いが出来ない事は石原氏も良く知っているはずである。しかし石原氏は戻らざるをえないところに追い込まれた。すべては去年(2011年)出るつもりのなかった4期目の都知事選に「息子の事情」で出馬し、そして今年の自民党総裁選挙で「息子を総裁」にするために尖閣問題を利用したところにある。それは政治と言うより我欲の世界の話ではないか。
  • と言っている。
▼田中さんのいわゆる「息子の事情」については、むささびの鳴き声でも触れています。村上正邦元参議院議員は亀井静香さんや平沼赳夫さんらとともに「石原新党構想」の立ち上げにかかわっていたのだそうですが、石原さんが記者会見を開く約1週間前、自分のブログで次のように語っています。
  • (石原新党)構想は、亀井静香氏や平沼赳夫氏らが中心になって、政界再編をめざしたもので、7回の会合をへて、綱領をまとめ、石原氏の決断を仰いだところで、凍結されたままになっています。その過程で、一緒にやろう、白紙に戻す、尖閣が先と、言を左右にして、石原新党の旗の下に結集しようとした同志たちを翻弄してきました。国政に復帰するなら、その前に、石原氏みずから、石原新党構想を総括して、7回の会合に参加した国会議員有志の誠意に応えるべきでしょう。それが、最低の礼儀で、礼を欠いて、どうして、同志の絆を結べるでしょう。
▼つまり石原さんはやることなすことが支離滅裂・自分勝手なのでとても一緒になどやってられないってことのようです。

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3)メディアだけが騒いでいる?英国の「階級政治」

 

最近、英国保守党の院内幹事長(chief whip)という要職にあるAndrew Mitchellという人がplebという言葉を警察官に向かって発したというので大問題となり、結局辞任せざるを得なくなるということがありました。この事件のことを英国メディアは、かつてアメリカのニクソン大統領が辞任に追い込まれたWatergate事件にひっかけてplebgateと呼んだりしています。首相官邸(Downing 10)で首相らとの仕事を終えたMitchell幹事長が自転車(この人はいつも移動には自転車を使っているらしい)で官邸のゲートを出ようとしたところ官邸護衛の警察官から自転車は横のゲートから出ることになっているので本ゲートを開けることはできないと告げられた。これでカッとなった幹事長が警察官に放った言葉は
  • Best you learn your f--- place...you don’t run this f--- government...You’re f--- plebs.
だった。警察の記録に残っている。f---の部分はいわゆるswearing(悪態言葉)というヤツだから忘れて結構。 それ以外の部分を訳すと「自分の身分をわきまえろよ。お前が政府を仕切っているんじゃない。このplebどもが!」となる。plebを英和辞書で見ると「庶民」という日本語が出ているけれど、英英辞書ではa person of a low social class(社会的に下層の階級に属する人間)という言葉として説明されています。

あちらのメディアの報道によると、Andrew Mitchellという人は名門パブリックスクールであるRugby Schoolの出身なのだそうで、そのような人物が警察官のような人々をpleb呼ばわりするのは階級意識の表れだとしてメディア報道の格好の餌食になってしまったわけです。幹事長は警察官に向かってf---のような悪態をついたことは認めて謝罪しているのですが、plebという言葉は金輪際使っていないと主張しています。

保守党の幹部といえばもう一人、財務大臣を務めているGeorge OsborneがかかわってしまったのがTicketgateという「スキャンダル」であります。この人が何をやらかしたのかというと、自分の選挙区からロンドンへ戻る際に乗った電車で、普通車のキップしか持っていないのにお付きと一緒に一等車に乗り込んでしまった。それを車掌に見つかって一等車料金(160ポンド:約2万円)をとられたという「事件」です。

普通ならこんなことスキャンダルにも事件にもならないのですが、Osborne大臣が座った一等車の席の近くにたまたまあるテレビ(Granada News)の記者が座っていて、車掌と大臣のやりとりを見聞していたのがまずかった。この記者が自分のツイッターで
  • Very interesting train journey to Euston. Chancellor George Osborne just got on at Wilmslow with a STANDARD ticket and he has sat in FIRST CLASS.
    この電車の旅は面白い。Osborne大臣がたったいまWilmslow駅で乗り込んできたと思ったら普通車のキップで一等車に坐ってしまったのだ。
と発信してしまった。これがメディアの知るところとなり、終着のロンドン・ユーストン駅に記者やカメラマンが押しかけ大騒ぎになってしまった。ある記者が「普通車のキップを持っていたのなら普通車に乗るべきだったのでは?」と質問しても、大臣はまっすぐに前を見つめたまた無言で記者たちを振り切ってしまった。この「事件」が起こったのはplebgateのMitchell幹事長が辞表を提出したその日だったので余計に目立ってしまったということです。そしてOsborne大臣もMitchell幹事長同様、名門私立学校出身のお坊ちゃんというわけです。

警察官をpleb呼ばわりした幹事長といい普通車のキップで当たり前のように一等車に乗り込んだ財務大臣といい、メディアの間ではArrogant posh boys(傲慢な上流階級のガキども)を非難する見出しが躍り、あたかも英国の政治を上流階級が支配しているかのような印象を与えたわけですが、現実はかなり違う、とThe Economistのブログが言っている。昔は確かに階級制度が投票行動に表れたことはあった。例えば1964年の調査によると、工場労働者(manual workers)の有権者の間では労働党が保守党を35%リード、ホワイトカラーの間では保守党の人気が圧倒的だった。それが2010年になると両者の差は15%まで縮まっている。

  • 階級的なバイアス(偏り)がほとんど消滅してしまったことが示しているのは、サッチャー(保守党)とブレア(労働党)が階級を超えて選挙民に訴えたことで英国の政治の形が変わってしまい元には戻らないであろうということだ。
    The virtual disappearance of class bias perhaps suggests that the Thatcherite and Blairite habit of raiding all social classes for votes has permanently reshaped British politics.

▼Rugbyというパブリックスクール出身の幹事長が辞任したと思ったら後継者(Sir George Young)も名門Eton校の出身だった。キャメロン首相はもちろんEtonの出身というわけですが、メディアが部数や視聴率を上げるために大騒ぎするほどではなくなったってことです。Etonの出身だからなんだっての?ということで、irrelevantという英単語はこういう状況のことを指すのですね。Eton has become irrelevantということであります。

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4)人気司会者の性犯罪:揺れるBBC


このひと月ほどBBCがセックス・スキャンダルで揺れていることは、日本のメディアではどの程度伝えられているのでしょうか?今回の「事件」は、ジミー・サビル(Jimmy Savile)という人気司会者をめぐるものなのですが、本人は昨年84才で死去しているし、彼が現役だったのは1960年~1990年代にかけてのことです。

1971年に大英勲章(OBE)を受賞、1990年には慈善活動への取り組みが認められてナイトの称号を与えられるのですが、2007年~2008年ごろになって、サビルが人気絶頂だった時代に彼から性的嫌がらせを受けたという苦情が警察に寄せられるようになる。が、いずれも証拠不十分ということでスキャンダルにはならなかった。彼は昨年(2011年)10月29日、自宅で死んでいるところを発見された。

そして今年(2012年)10月3日、民間放送のITVが「ジミー・サビル、もう一つの顔を暴露する」(Exposure, the Other Side of Jimmy Savile)というドキュメンタリーを放映する中で、女性数人が子供のころジミー・サビルによって性的嫌がらせを受けたと証言。この番組がきっかけで被害者を名乗る女性が190人も現れ、警察当局も「サビルが性犯罪者(Savile was a predatory sex offender)であることは間違いない」と語るまでになる。10月25日現在、被害者(を名乗る人)の数は300人にまで増えている。

と、ここまではいまは亡き人気者にまつわるスキャンダルです。それがBBCにまつわるスキャンダルにまで発展しているのはなぜか?

実はサビルの死後、BBCのニュース番組、Newsnightの取材陣がジミー・サビルに寄せられた性的嫌がらせの嫌疑に関する調査を始めていた。作り終わった調査報道が番組編集長のPeter Ripponという人に見せられたのが2011年11月の終わりだった。The Economistなどの記事によると、これを見たRippon編集長は最初は大いに気に入っていたのですが、急に放映の中止を決めてしまう。そして代わりに「ジミー・サビルをたたえる」(a Christmas tribute to the late presenter)というニュアンスのクリスマス番組が流されたというわけです。

なぜNewsnightの調査報道が放映中止になったのか?The Economistによると、それがいまいちはっきりしない(reasons which remain disputed)のですが、「ニュース局内部の政治的な勢力争い」(a long political chain” of influence in the news division of the BBC)という記者もいる。放映中止を決めた編集長は彼のブログで、自分の上司から中止を命令されたという噂は「全く真実でない」(totally untrue)であると主張、BBCが隠ぺい工作をしているという噂を否定しているのですが、彼のブログにおける主張はBBCが「不正確もしくは不完全」(inaccurate or incomplete in some respects)と否定するという事態になっている。

一方、BBC幹部の責任を追求する声もある。例えば現会長のジョージ・エントウィッスル(George Entwistle)氏。Newsnightの調査報道が放映中止になったときこの人はBBCのテレビ部門のヘッドだった。放映中止の件は知らされていたのに「なぜ中止なのか」を追及することをしなかったし、今年9月に会長に就任してからもこの件について十分な調査を怠ってきたとThe Economistなどは批判している。

10月22日、BBCは看板調査報道番組のPanoramaで「ジミー・サビル:BBCが知っていたこと」(Jimmy Savile - What the BBC Knew)という番組が放映されたのですが、それによるとジミー・サビルの性行為についてはBBCの幹部たちもうすうす気が付いていたのに、それを防止するために何もしなかったと批判されている。しかし肝心の「なぜNewsnightの調査報道が放映中止にされたのか」という疑問については明確に答えられてはいない。というわけで、このスキャンダルについては未だ決着ということではなく、これからもBBCの責任追及が続けられそうな状態です。

確か2004年だったと思うけれど、BBCがイラク戦争をめぐってブレア政府と対立して会長が辞任に追い込まれたことがありましたよね。それ以外にも1969年にHugh Green会長がウィルソン首相と対立して辞任、1980年代にはフォークランド紛争の報道をめぐってサッチャー首相と大ゲンカ・・・などBBCと政府の対立はあったけれど、どれもいわゆるスキャンダル(醜聞)という類のものではなかった。今回は政府とは関係がなくBBCが雇った人気者が「小児性愛」(paedophilia)にかられて10代前半の子供たちを襲っていたという事件だけに深刻さの度合が違うというわけで、BBCのベテラン・ジャーナリストであるJohn Simpsonは雑誌、The Spectatorのサイトの中で
  • BBCで仕事をして46年、さまざまな危機的状況を目の前で見てきたが、今回のような嵐に逢ったことはなかったと思う。
    Having worked for the organisation for 46 years, and watched a number of crises at close range, I’m certain we haven’t endured a storm as bad as this during that time.
と語っています。

▼この問題に関するのBBCのラジオ番組を聴いていると、ジミー・サビルの行為の犠牲になったとされる女性とのインタビューなども放送されています。それを聴いていると、自分がこのような犯罪の犠牲となったこと自体を恥じているような雰囲気で「消え入りそうな声」で答えていました。また彼の犯罪がBBCの建物の中でも行われていた可能性があるとしています。

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5)認知症に優しい町づくり
 

イングランド北東部にあるヨーク(York)という町は大聖堂で有名で、日本からの観光客も多いところです。人口は約20万。現在この町を「認知症に優しい町」(dementia friendly city)にしようという取り組みが行われています。この町における認知症患者(65才以上)の数は3年前(2009年)で2304人だったのですが、3年後(2015年)には2708人に、2030年までには4000人に達すると予想されています。

市当局と一緒になって認知症に優しい町づくりに取り組んでいるのはJoseph Rowntree Foundation(JRF)という全国規模の慈善団体で、過去1年間、ヨークにおける認知症患者の現状を視察・検討した結果の報告書(CREATING A DEMENTIA FRIENDLY YORK:認知症に優しい町ヨークを創造する)が発表されました。「認知症に優しい」とは、認知症にかかっている本人だけでなく、ケアする人たち(carers)にとっても住みやすい町・動きやすい町という意味であり、報告書ではそのようなヨークをつくるためにやるべき事柄がいろいろと検討されています。

報告書そのものは「要約」できるような長さや内容ではありません。この際、報告書の中の「ヨークを認知症に優しい町にするための4つの土台」(York and the Four Cornerstones of a dementia-friendly community)という部分だけを紹介します。ひょっとすると、この部分がヨークのみならず世界中のどの町にも当てはまるかもしれないからです。


この報告書の言う「4つの土台」(Four Cornerstones)とは場所(Place)、人(People)、資源(Resource)、そしてネットワーク(Networks)です。これら4つの要素を「認知症に優しい」という視点から充実させる必要があるというわけです。それぞれの土台が要求する問題意識を簡単に説明すると:
  • 場所(Place:ヨーク市が認知症患者にとってもなるべく楽に動き回れる場所になること。具体的には看板の類を分かりやすく明確なものにする、公共の乗り物や公共の施設を快適に利用できるものにするなど以外に、大聖堂を始めとするヨークが昔から誇りにしている文化施設をフルに使えるようにすることが挙げられている。
  • 人(People):銀行、図書館、ショップのような公共の場所で認知症患者のためのサービス提供が行えるスタッフを養成する。これによって顧客サービスも向上し、顧客のニーズも理解できて認知症に対する拒否反応を除去できる。
  • 資源(Resource):認知症患者向けのサービス提供を行っている場所を示すようなシンボルを開発、これをパブリックな場所(劇場、映画館、カフェなど)で表示する。認知症に優しい取組を行っている企業を支援するとともにこれを表彰するような活動を行う。
  • ネットワーク(Networks):認知症患者とケア関係者の間で経験をシェアするネットワークを作る。ヨーク認知症行動同盟(York Dementia Action Alliance)のようなものを作り、認知症患者とケア関係者がこれを推進するような活動を行う。ヨーク市がすべての行政サービスを「認知症に優しい」ものとすることにコミットする。
この報告書はヨークという町が「これから」どのようにして認知症に優しくなるかを検討するものであり、町の現状を紹介するものではない。しかも私(むささび)自身、この町へは行ったことがないので、これだけではよく分からないのですが、認知症の人々が体験する日常的な苦痛の例として
  • 買い物に行って自分のクレジットカードの暗証番号を思い出せないでいるとレジの係員がいらいらしたように指でデスクを叩いたりする、教会へ行ったらあなたはいつもお祈りの邪魔をするから来なくていいと言われる・・・そんなときあなたならどんな感じを覚えるのか?あなたの連れ合いや家族はどう感じるのか?
    How would you feel if shop assistants tutted impatiently as you struggled to remember your pin code or if your church said they’d rather you didn’t come anymore because you sometimes interrupt the sermon? And how would that make your partner or family feel?
ということが挙げられたりしている。日本ではあまり一般的ではないけれど、あちらのスーパーではクレジットカードで買い物をするのが当たり前で、その際にpin code(暗証番号)を打ち込む必要がある。この種の番号を度忘れすることってありますよね。

もう一つ興味深いと思ったのは、報告書の言う「4つの土台」のうちの「場所」に関する記述のなかで、ヨークという町が持っている古い歴史にまつわる建造物などに住民が大きな誇りと愛着を持っているということであり、「昔からある風景」を簡単に変えてしまわない方がいいということです。ヨークでいうと大聖堂、交通博物館、競馬場などです。大聖堂がなくなるということはないでしょうが、英国でも全国チェーンのお店の進出によって昔からある地元の商店街の風景が変わっています。この報告書はそのような意味で昔ながらの町並みを保持することの重要性を指摘しています。

「昔からある風景」といえば、ヨークのセント・ジョン大学(York St John University)にある古い映像資料のアーカイブ(Yorkshire Film Archive)がやっているMemory Bankというプロジェクトも面白い。昔のヨーク近辺の風景を記録した映像で、子供たちがやっていた遊びとか小学校の風景のような、いまではもう見られなくなったライフスタイルが映像に収められているのですが、これらを高齢者の介護施設などで放映すると大いにハナシが盛り上がったりするのだそうです。これも分かりますね。

英国アルツハイマー協会(Alzheimer's Society)の報告書、Dementia 2012によると英国における認知症患者の数は約80万人、来年には100万を突破するものされています。また認知症患者をケアする家族や友人の数は約67万人だそうで、認知症に費やされる国民保健(NHS)のコストは年間230億ポンドとなっています。

英国では2009年から5か年計画でNational Dementia Strategy(国家認知症戦略)と呼ばれる中央政府による認知症対策が行われているのですが、それとは別に今年3月にキャメロン首相が今後3年間で認知症についての研究予算を現在の2660万ポンドから6600万ポンドにまで増やすことを発表しています。アルツハイマー協会の報告書(Dementia 2012)に認知症の人々の感覚にまつわる数字がいろいろ出ています。
  • 44%が、認知症と診断された後に友人の数が減ったと感じている。
  • 48%が、自分は家族にとってお荷物になっていると感じている。
  • 61%が、常に(always)もしくは時々(some of the time)孤独感を持つと言っている。
  • 67%が、必ずしもコミュニティの一員(a part of the community)であると感じていない。
  • 77%が、不安感(anxiety)や憂鬱感(depression)を持っている。
などですが、「75%の英国人が現在の英国は認知症に対する対応が十分ではないと考えている」(75% of people in the UK don't think society is geared up to deal with people with dementia)という数字もあります。

▼ヨークにおける取り組みの中で公共の場(駅・デパート・郵便局・銀行など)における認知症対応スタッフの育成と支援体制を示すサインの掲示が挙げられています。これ、実に重要なことですよね。私、恥ずかしながら日本における認知症対策については全く知りません(私のアタマでは、認知症というのは自分が罹るものだということしか考えられないわけです)。おそらくヨークと同じような取組をしている町がいくつもあるのではないかと想像します。認知症のことは別にしても公共の場における困っている人への心配りという点では日本は非常に進んでいる・・・というのは私の認識不足でしょうか?

▼ヨーク市のプロジェクトに取り組むJRFの担当者が市民に呼び掛けている言葉に「認知症患者にとっていいことは誰にとってもいいこと」(what is good for people with dementia is good for everybody)というのがある。何気ない言葉ですが真実をついていると思いません?分かりやすい道路標識、極端に急激な変化をしない町並み、サービス提供ものんびりやる・・・要するに普通の人間にとって「心地よい」町を作ろうとすると、それが認知症関係者にもいい町に繋がる部分が多いということなのではないかと思うわけです。

▼認知症とは関係ありませんが、ヨークの取り組みを主宰しているJoseph Rowntree Foundationは、この町が生んだクエーカー教徒で社会運動家のJoseph Rowntree(ジョゼフ・ロントリー:1836年~1925年)の遺志を受け継いで活動している団体です。1970年代に日本でも発売され、いまでも売れているkitkatのチョコレート菓子の生みの親はJoseph Rowntreeが作った菓子メーカーです。

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6)どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 

horse-race:競馬(米大統領選)

大統領選挙のことを報道するアメリカのメディアについて「まるで競馬の予想でもしているようだ」という批判はかなり強いのだそうですね。世論調査で何ポイント上がったの下がったの、これからのPR戦略がどうのこうので本質的な政策部分の報道がほとんどないというわけです。だったらいっそのことこれまでの選挙戦を競馬の動画で振り返ってみようというのがSlateという雑誌のサイトです。ここをクリックしてTHE RACE TO THE WHITE HOUSEという部分まで下がり、START OVERというボタンを押すとオバマとロムニーの馬が走り始める。基本的に今年1月からこれまでに行われた各種世論調査の結果を競馬で表現したにすぎないのですが、このように見せられと確かに接戦だなあと思えてしまいます。

ちなみに「むささび」が頻繁に参考にするThe Economist誌は11月3日号の社説欄で、オバマ大統領にはいろいろと足りない点や承服しがたい部分はあるけれど、アメリカの経済を大惨事に陥る局面から救い出したことは事実であり、外交政策も無難であるというわけで「ダメな大統領であったことは承知のうえで、この人にこだわってみたい」(this newspaper would stick with the devil it knows)としてオバマ氏を支持しています。

cremation:火葬

英国火葬推進協会(Cremation Society of Great Britain)の調べによると、いわゆる「先進国」の中で火葬の比率が最も高いのは日本(ほぼ100%)なのだそうです。日本は神道の国であり、神道では火葬が要求される(most people adhere to the state religion of Shintoism, which requires that the dead be cremated)とのことです。そうなんですか?

で、世界の国々で火葬がどの程度一般的なのかというと、スイスでは8割強、英国は7割強などとなっており、5割を切るのは中国(ほぼ5割)、アメリカ(4割)、ロシア(4割弱)などで最も低いのはイタリアで1割をちょっと超える程度となっています。

英国で初めて火葬が行われたのは1885年のことで3人が火葬にふされたのですが、その年に死去した人の数は59万6000人だからいかに少数派であったかがわかります。ちなみに2010年の死去数は56万6000人で、うち4分の3(約43万)が火葬されています。アメリカの場合は2010年で約100万人(死去数の42%)なのですが、州によって極端なばらつきがあるのですね。火葬が最も一般的なのはネバダ州の72%、二番目はワシントン州の71%なのですが、バイブルベルトと呼ばれるキリスト教の盛んなアラバマ州では17%、ミシシッピー州は14%だそうです。

土葬に代わって火葬が盛んになっている理由の一つにスペースの問題がありますよね。例えば香港の人口密度は1平方キロあたり6783人、シンガポールは7252人(日本は350人)という超混雑国家で、火葬率も高い部類に入る。ただオーストラリアのように1平方キロあたり3人しか住んでいないのに火葬率が7割と高い国もあるのだから、人口密度はそれほど決定的な理由ではないかもしれない。

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7)むささびの鳴き声
▼9月に行われた自民党の総裁選挙で、元首相の森喜朗さんは石原伸晃さんに投票したのだそうです。彼には伸晃さんに投票しなければならない理由があった・・・そのあたりのことを産経新聞(10月1日)とのインタビューで語っています。ハナシは昨年(2011年)4月に行われた東京都知事選の直前にまでさかのぼる。あのとき石原慎太郎知事は出馬しないと言っていたのですよね。しかし自民党としてはもう一期続けて欲しいというわけで、谷垣総裁に頼まれて「息子の伸晃氏と2人で」慎太郎さんの説得役を務めたのが森さんだった。そこで森さんが出馬を嫌がる石原知事に言ったのは
  • ここで都知事を降りたら党幹事長でもある伸晃君のためにならない。彼の首相の芽はなくなるよ。
  • ということだった。それに対して石原知事は
  • 必ず息子を頼むよ。
  • と答えたのだそうです。
▼こうして森さんは夜中までかかってついに石原知事に続投を約束させたのだそうであります。森さんはインタビューの中で次のように言っています。
  • これは党としての約束なんだ。だから総裁選で私には石原さん以外の選択はなかった。本当は谷垣、大島両氏も石原君を応援する先頭に立つべきだったんだよ。
▼森さんの言う「党としての約束」とは、もちろん石原伸晃氏を総裁にするということであり、そのために最大限の努力をすることが、森さん個人のみならず自民党としての約束だった(と森さんは信じていた)。結果は安倍さんが当選し、伸晃さんは第3位に終わってしまった。「党としての約束」を果たすことができなかったわけで、森さんにしてみれば、自分を慎太郎知事のところへ行かせた谷垣さんらにも責任をとってもらいたい思いであったのでしょうね。

▼私、この3人が顔を突き合わせて話し合っている様子を想像してみました。当時の年齢は石原慎太郎氏が79才、森さんが75才で、伸晃氏が54才です。79才が75才に向かって「息子を頼むよ」などと言っているのを54才はどのような顔をして、どのような気持ちで聞いていたのだろう。父親が尖閣を買って、息子を首相にして都の財産から国の財産にする・・・これで父親の念願は叶う。この54才は「あんたら勝手におれの人生を決めてくれるなよな」なんて言わないのだろうか?また「息子を必ず首相にしてくれよ」と念を押す79才はどんな顔をして言ったのだろうか?

▼いずれにせよ、慎太郎氏に知事を続けて欲しいという理由で、息子を自民党の総裁(つまり日本の首相)にしてあげましょうという「約束」をしたなどということを新聞紙上で「ここだけのハナシ」(政界裏話)として嬉しげに語る、森喜朗という人の感覚も想像を絶しますね。この人が首相だったのですね、日本という国は。

▼このインタビュー記事が産経新聞に載ったのは10月1日、都知事辞任会見より3週間以上も前のことです。ひょっとして森さんは慎太郎さんが知事を辞めるなんて考えてもいなかったのでは?産経のこの記事が辞任会見後に東京新聞などで紹介され、それがネット世論の世界で大いに話題になっています。「息子を首相にしてくれよ、な?頼むよ」なんて言っている人が率いる政党なんて誰が支持するんですかね。それから親父頼みの政治家ぶりが立派にPRされてしまった「54才」にとっても森さんの暴露話はいい迷惑なのでは?

▼北海道の余市という町にイングリッシュオーク(ナラの一種)の苗木が植えられたのが10年前の2002年。駐日英国大使館が主催する「日英グリーン同盟」という企画に余市町が参加したことによるもので、同じことをした町や村が日本全国で205か所あった。植えられたオークの木がその後どうなったのか、全部は分からないのですが、余市町に植えられたオークは極めて幸福な10年間を過ごしてきたようであります。2002年に行われた植樹式に参加して記念撮影をした幼稚園の子供らが、2003年から年に一度、オークと子供の成長ぶりを同時に記録しようという写真撮影会を続けてきて今年で10回目を迎えたのであります。

▼2002年の分も入れると11枚の写真はここをクリックすると見ることができますが、オークの木もさることながら人間の成長ぶりには見ていて楽しいものがあります。時の流れを可視化することの面白さは、同じ時は絶対に繰り返すことができないという、実に当たり前のことに関係しています。町が主催したこの企画が将来どうなるのかは分からないし、オークの木がこれからも成長するかどうかも分からない。でもこの11枚の写真が2002年~12年という10年間の余市町の歴史の一部を形成するものであることは間違いない。イングランドの田舎からやってきて偶然この町に降り立ったオークの木だって悪い気はしないはずですよね。Congratulations!

▼今回もお付き合いをいただきありがとうございました。最近は真面目に寒くなってきました。お元気で。

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