musasabi journal

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268号 2013/6/2
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書

本日の埼玉県飯能市は曇り空。いつも見える秩父連山がかすんでいます。ことしは5月中に梅雨入り宣言なるものが出てしまいましたが、6月はあじさいのきれいな季節ですよね。

目次

1)ロンドンの英兵殺害:あれは何だったのか?
2)イングランド人のイングランド意識
3)ヨーロッパ人の自信喪失
4)大西洋主義者の幻想
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)ロンドンの英兵殺害:あれは何だったのか?
 

5月22日、ロンドンの路上で英国陸軍の兵士が殺害された事件、あれは何だったのでしょうか?事件を伝える翌日の英国の新聞は容疑者とされる人物の現場写真を大きく掲げ、すごい見出しが並んでいます。
  • Daily Mail: Blood on his hands, hatred in his eyes
    手は血まみれ、目は憎しみでいっぱい
    The Sun: We killed this British soldier. It's an eye for eye
    この英国兵を殺したのは俺たちだ。眼には眼をということだ。
    The Mirror: BEHEADED ON A BRITISH STREET
    英国の路上で首切り殺人
    The Times: Soldier hacked to death in London terror attack
    ロンドンのテロ攻撃で兵隊が惨殺される
    The Guardian: You people will never be safe
    あんたらだって安全とは言えないぜ

という具合です。はじめの3紙は「大衆紙」と呼ばれる新聞で、写真のサイズといい、見出しの言葉といい、ほとんどタブロイド判のポスターみたいなものです。「高級紙」とされるThe Timesもこれを「テロ」と呼び、Guardianまでが読者の不安や恐怖を煽るような見出しになっています。Daily Mailなどは
  • 'You and your children will be next': Islamic fanatics wielding meat cleavers butcher and try to behead a British soldier, taking their war on the West to a new level of horror
    次はあんたとあんたの子供らの番だぜ・・・狂信的イスラム教徒が肉切り包丁を振り回し、欧米との戦争を新たなテロのレベルに引き上げようとしている。
と書いています。

同じ日のThe Guardianのサイトでコラムニストのサイモン・ジェンキンズ(Simon Jenkins)が、このような報道ぶりこそが事態をより悪くしていると批判しています。

ジェンキンズはまず、
  • テロリズムは「戦争」ということになっているが、戦争になったときに最初に考えねばならないのは、敵があなたのどのような行動を望んでいるかということだ。
    The first question in any war - terrorism is allegedly a war - is to ask what the enemy most wants you to do.
と述べています。つまりどのような行動が敵を最も喜ばせるかということです。ジェンキンズによると、それは自分たちの主張をなるべく多くの人々に知ってもらうための「広報」であるということです。今回の場合、誰が撮影したのか、凶器を手に持った容疑者がその場に居合わせた市民のビデオカメラに向かって、犯罪の動機についてイラク戦争やアフガニスタン戦争に英国がかかわっていることを挙げ、「これはそのことへの仕返し((tit-for-tat)だ」と語りかけている。それがネット時代のいま、ツイッターなどを通じて瞬時に全世界に配信される。

実際のところ、英国やアメリカは無人の戦闘機を使ってアフガニスタン、パキスタン、イェメンなどでテロリストの殺戮活動を続けているわけですが、その際の犠牲者には民間人もいるはずです。しかしアフガニスタンやイェメンの村には、英米の無人機による殺戮を伝えるスマホを持った「市民ジャーナリスト」はいない。それならロンドンでやれば「市民ジャーナリスト」はわんさかいるから、自分たちの行動を全世界に流してくれる、と聖戦の戦闘員(jihadists)たちが考えても不思議はない。

案の定、今回の場合、英国のメディアが市民ジャーナリストの撮影した映像を大々的に使うことによって、ありふれた暴力事件にすぎないものが、政治性を持った地球規模の影響を与えるかもしれない大事件にされてしまった。あろうことかキャメロン首相などは海外休暇を切り上げて帰国、COBRAと呼ばれる「内閣危機対策本部」(Cabinet Office Briefing Room)まで開いてしまった。テロリストたちにしてみれば上出来な結果だった。

もちろんテロリストに利用されるからという理由でインターネットを閉鎖することは技術的に難しい(というより不可能である)わけですが、メディアや政治家には大騒ぎをしてテロリストたちにメガフォンを用意するようなことはしないという選択肢もあった。ジェンキンズによると、メディア、政治家、言論界の有名人、「専門家」と呼ばれる人々が一緒になって大騒ぎをして危機感を盛り立てることでテロリストのお手伝いをしてしまった。単なる殺人犯でも見る人が見ればヒーローにもなる。ただの暴力行為も政治的なディスカッションとからめると何やら意味のあるものに見えてきたりする。しかも・・・
  • 危険なのは、そのような政治論議では、ときとしてテロリストたちが勝ってしまうことがあるということだ。
    The danger is that this debate is one the terrorist might sometimes win.
とジェンキンズは言っています。

▼ジェンキンズが上のようなことを述べたのは、殺害事件の翌日、メディアというメディアが恐怖の紙面・番組作りをやっている最中のことです。やはりこの人はただものではない!

▼それにしても大衆紙を中心とするメディアはなぜ大騒ぎになるような紙面づくりをしたのでしょうか?大変な事件であるということを伝えるのがメディアの使命だと考え、そのためにはイメージがセンセイショナルになるのもやむを得なかったということ・・・?それもあるかもしれないけれど、そうすることで新聞が売れるということもありますよね。読者の「怖いもの見たさ」という欲望を満たすということです。

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2)イングランド人のイングランド意識
 

あなたが外国へ行って「お国はどちらですか?」と聞かれたら普通は「日本です」と答えませんか?国内にいて同じ質問をされると「宮城県です」とか「東北です」などと言いますよね。日本にいる英国人に"Where are you from?"と聞いたら何と答えるか?むささびの勘によると10人中少なくとも5人(おそらくそれ以上)はI am from EnglandとかScotland、Wales、Northern Irelandのように答えると思います。案外少ないのがBritainという答えなのではないか。ましてや"UK"なんて人はほとんどいない。

5月25日付のThe Economist(英国版)に出ていた記事によると、一昨年(2011年)行われた国勢調査において、Englandで暮らしている人に「自分がどこの国の人間か」(national identity)について聞いたところ60%が“English”とのみ答え、“British”とのみ答えた人の19%を大きく上回ったのだそうです。残りはイングランド以外の地域や外国生まれだったりした人もいるし、“English”と“British”の両方を記入した人もいる。

同じ英国人でもEngland出身者(あるいはEngland在住者)が自分のことをまずEnglishと考えるのかBritishと考えるのかによって階級、人種、支持政党などが分かるとThe Economistの記事は言っている。例えば黒人・アジア系では自分たちをBritishであると考える人が圧倒的に多い。バングラデッシュ系の人で自分をEnglishと考える人はわずか8%だそうです。

白人の場合は地理的な分布がある。工業都市バーミンガムがあるウェスト・ミドランズや北イングランドの都市部(どちらかというと低所得者層が多い)へ行くと、白人の圧倒的多数が自分を“English”であるとしている。The Economistによると、英国がますます多文化・多人種社会になり、しかも1997年に誕生したブレアの労働党政権によって地方分権が促進されてスコットランドやウェールズ、北アイルランドなどの人々がそれなりの帰属意識を持つようになって、残されたイングランド人たちも自分たちの帰属場所(アイデンティティ)のようなものを探し始めた。その結果としてEnglishnessということを意識するようになったというわけで、IPPRという社会問題研究機関によると、自分のことを“English”と呼ぶ白人には移民反対の意見が多いのだそうです。英国独立党(UKIP)の支持者もこのグループに入る。反対にどちらかという富裕層が暮らすエリアではEnglish派の数は「圧倒的」というほとではなくなる。例えばケンブリッジではこれが6割弱(57.5%)に減る。

というと、Englishnessが人種的少数派や白人富裕層とは無縁のものになりつつあるように響くし、イングランドの旗(St George)を極右団体のシンボルと結びつけて眉をしかめる白人インテリ階級も多いけれど、The Economistによるとそれほど悪い話だけではない。例えば白人と民族少数派の間に生まれた人たちの間ではほぼ半数(46%)が自分たちをEnglishと呼んでいる。

一般的に言って、白人の英国人は他の人種に対して寛容な態度はとるけれど、その一方で非白人については、その人がイングランド生まれだったとしてもEnglishとは見なさないという調査結果もある。しかし・・・
  • それでもイングランドのサッカーチームのイングランドらしさを疑う人は殆どいない(黒人の選手が数人は所属していたとしてもだ)。あの常連の負け組たちでさえもイングランドという国を団結させてしまうのだ。イングランドとしての誇りを強くできるようなものを作ることなどそれほど難しいものではないはずだ。
    Still, few question the Englishness of the England football team?which contains several black players. If that bunch of serial losers can unite the nation, developing a few other sources of English pride ought not to be too difficult.
とThe Economistは言っています。

▼The Economistの記事の最後の部分で、サッカーのイングランドのことを「あの常連の負け組たち」などと毒づいているところを見ると、きっとこの記事を書いた人もイングランド人で、サッカー狂いでイングランドのファンなのではないか。でないと、こんな悪口は出ないものです。

▼ヨーロッパにおけるラグビーの国際試合にSIX NATIONSというのがあるけれど、参加国はイングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド、フランス、イタリア。つまりイングランドもウェールズもフランスやイタリアと同列の「国」(nation)なのですよね。イングランド、スコットランドは日本でいう本州とか北海道というのとは違う。単なる地理的な「場所」や「地域」ではない。外国にいると英国国旗はUnion Flagで決まりのように思うけれど、英国に行くとそれぞれの旗が相当に幅を利かせているのが分かります。

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3)ヨーロッパ人の自信喪失

 

アメリカの社会問題研究機関であるPew Researchのサイト(5月13日付)がEUの現状を伝える世論調査結果を報告しています。題して
記事は次のような書き出しになっています。
  • いまやヨーロッパの病人はEUそのものである。これまでの半世紀、より団結したヨーロッパを創り出そうという努力がなされてきたが、ユーロ危機がもたらした最大の犠牲者はこのような努力そのものである。(統一ヨーロッパを作り出そうという)ヨーロッパ・プロジェクトはいまやヨーロッパ中で評判の悪いものとなってしまっている。
    The European Union is the new sick man of Europe. The effort over the past half century to create a more united Europe is now the principal casualty of the euro crisis. The European project now stands in disrepute across much of Europe.
"Sick Man of Europe"は今から30年以上も前の英国に貼られたレッテルですが、Pew Researchの記事によると、これまでにこの種のレッテルを貼られた国はたくさんあるのですね。ドイツ、イタリア、ポルトガル・・・危機的な状況にある国を指してSick Manというわけです。で、現在のSick ManはEUそのものだということです。Pew Researchが、昨年(2012年)と今年(2013年)の2回にわたってEU加盟8カ国(ドイツ、英国、フランス、イタリア、スペイン、ギリシャ、ポーランド、チェコ)の人々(合計約7600人)がそれぞれEUおよび自国とEUの関係についてどのような思いでいるのかを調べた結果、次のような結果が出ています。


左側の表が「欧州統一によってヨーロッパの経済力が強くなった」と考える人の割合、右側は「EUに好意的」な人々の割合です。例えばフランス人は、昨年の時点では36%が「経済が強くなった」としていたのに、今年はこれが22%にまで落ちている。さらに「EUに好意的」と考えるフランス人は60%から41%にまで落ち込んでいる。ドイツ、フランス、英国の数字を比較すると次のようなことが言える。
  • ドイツ人:経済統合についての支持率は減っているが、それでも半数以上(54%)が支持している。「EUに好意的」は8ポイント減ったとはいえいまだに6割の人がEUという存在を支持している。
  • 英国人:経済統合も「好意的」もマイナスではあるけれど、独仏に比べれば落ち込みの度合は緩やかです。英国人の場合、EUそのものへの期待がもともと低いということも緩やかな落ち込みの理由になっている。
  • フランス人:経済統合については36%→22%、「好意的」は60%→41%と両方とも極端に落ち込んでいる。
第二次大戦後にヨーロッパは一つになって二度と戦争を起こさないようしようという、いわゆる「ヨーロッパ・プロジェクト」の推進役であったドイツとフランスの国民の対EU感覚が相当に違ってきていることは注目に値するとPew Researchは言っています。

調査対象になった国民のうち特に現状にイライラ感を募らせているように見えるのがフランス人で、景気が悪いと言う人が91%にのぼり、オランド大統領に否定的な意見が67%にも上っています。サルコジさんよりも24ポイントも低いのですね。さらにヨーロッパ統合というプロジェクト(European project)についても否定的で、77%ものフランス人がヨーロッパの経済統合のお陰でフランス経済がダメになったと考えている。

これをドイツと比べるとフランス人の幻滅現象がよりはっきりする。まず景気ですが、「悪い」というドイツ人はたったの25%、メルケル首相に批判的な人が昨年(19%)より増えているとはいっても25%だから、フランスのオランド大統領にしてみれば羨ましい限りです。ヨーロッパの経済統合については43%が「お陰でドイツ経済がダメになった」と言っているのだからこれは必ずしも少ないとは言えない(けれどフランス人の幻滅感に比べればまだ落ち着いている感じです)。

Pew Researchのサイトにはこれ以外にもいろいろなデータが出ているのですが、全部を紹介するのはムリ。というわけで最後に、調査対象になった国民が自分たち以外の国についてどのようなイメージ(stereotype)を抱いているのかを示す下記の表を紹介しておきます。イメージの中身を紹介しておくと:
  • Trustworthy:信頼できる
    Arrogant:傲慢
    Compassionate:思いやりがある
というわけで、それぞれにmostとleastがついています。

何と言っても際立つのはドイツに対する信頼感(Trustworthy)ですね。ギリシャ人以外の全員がドイツを「最も信頼できる」(Most Trustworthy)と言っている。ドイツ人までそう言ってるのだから間違いない!?では「信頼できない」(Least Trustworthy)はどうかというと、予想通り「南欧」が圧倒的なのですが、イタリア人は自分たちのことを「最も信頼できない」と言っている。これ、信頼できます?それから、ポーランド人はドイツへの信頼感についてMostとLeastの両方に載せている。複雑です。

ちょっと笑えるのは「最も思いやりがある」(Most Compassionate)の欄です。どの国の人も自分たちの国が「最も思いやりがある」と考えているということですね。それからドイツ人が冷たいと思われているようであります。

▼最後に紹介した「イメージ」に関する表ですが、それぞれの国が何回くらい出てくるのかを数えてみました。ただし自分たちの国を挙げた部分は数には入れないで数えてみたところ次のような結果になった。
  • ドイツ:19
    フランス:3
    英国:2
    イタリア:2
    ギリシャ:2
    スペイン:1
    ポーランド:0
    チェコ:0
▼よく悪くもドイツの存在感が圧倒的であるということです。予想されたこととはいえ凄い数字ではある。英国については、ドイツ人とフランス人が「最も思いやりがない」(least compassionate)としているのですが、手持ちの英和辞書によるとcompassionateの語源はラテン語で「苦しみをともにする」という意味なのだそうです。そう言われると英国はEUの問題についてはleast compassionateであることは間違いないですね。

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4)大西洋主義者の幻想

 

The Economistの英国コーナーに"Bagehot"(バジョット)という政治コラムがあります。5月18日付のBagehotが話題にしているのは、キャメロン首相が5月13日から3日間アメリカを訪問したことに関連して「これからの英米関係」なのですが、記事の見出しが
  • 大西洋主義者の幻想
    The Atlanticist delusion
となっています。Atlanticistは、英国に限らずヨーロッパ諸国と北米(アメリカとカナダ) の間において大西洋を挟んで政治・経済・軍事における協調を大事にしようという考え方をしている人たちのことですね。ただこのエッセイで「幻想を抱いている」と批判されているのは、英国の保守党内の反EUグループです。

で、イントロが次のようになっています。
  • オバマ大統領は、英国がEUを離脱するという脅しに対して自らの拒否反応を示すことは差し控えた。が、これは役に立たない行動であると言える。
    Unhelpfully, Barack Obama restrains his scorn for Britain’s threat to leave the European Union
訳が下手くそなので分かりにくいかもしれないけれど、オバマさんはかねてから英国がEUを離脱することには反対であることを明らかにしているのですが、ワシントンで行われたキャメロンとの共同記者会見では、そのことをあからさまに言うことを避けてしまったということのようであります。そもそもなぜオバマさんが英国首相との共同記者会見で英国とEUの関係について発言することになったのか?

実はキャメロン首相としては今回の訪米でオバマ大統領の支持をとりつけたい案件が二つあった。いずれも6月17日~18日に北アイルランドのロック・アーン(Lough Erne)というところで開かれるG8首脳会議で話題になる案件で、一つはシリア情勢のこれ以上の悪化を避けること、もう一つはアメリカとEUの間で交渉が進んでいる自由貿易協定についてだった。キャメロンに同行した英国の記者団も、この二つの件でキャメロンがオバマからどの程度の支持を取り付けるのかということに絞って取材するつもりでいた。

が、キャメロンの留守中にロンドンで政権の2閣僚が、キャメロンが2017年に約束している、英国がEUの加盟国であり続けるべきかどうかの国民投票(むささびジャーナル259号)に関連して「自分は(条件次第では)EU離脱を支持する投票をするつもりだ」という趣旨の発言をした。これで同行記者たちの関心はシリアだの自由貿易協定だのからは飛んでしまい、キャメロンに対しては政権内の意見の不一致ともとれる状態へのコメント、オバマに対しては、アメリカ政府としては英国のEU離脱についてどのようなスタンスなのかを問い直す会見となってしまったわけです。

これに対してキャメロンの答えは、英国がEUに残り続けるための条件についてEUと交渉してから国民投票をすると言っているのに、交渉もしないで離脱だ・離脱だというのは、ボクシングの選手が戦う前から「タオルを投げ入れるのと同じ」という趣旨のものだった。オバマさんは何を語ったのか?それがBagehotというコラムのテーマです。大統領はまず
  • I think the UK’s participation in the EU is an expression of its influence and its role in the world.
    英国はEUの加盟国であることによって世界的な影響力を行使し、世界という舞台において然るべき役割を果たすという意思を明らかに表現していると言える。
と述べた。これはどう読んでも英国のEU離脱反対の意見、つまり英国内の反EU派が聞きたくない言葉です。で、オバマはさらに続けて次のように述べている。
  • David’s basic point, that you probably want to see if you can fix what’s broken in a very important relationship before you break it off, makes some sense to me.
    非常に重要な関係において壊れてしまっている部分がある場合は、関係そのものに終止符を打つ前に壊れた部分を修理することができるかどうか考えてみようというのがデイビッド(キャメロン首相)の基本的なスタンスであり、それは私にもある程度は分かる。
つまりキャメロンとしては、EU加盟にサヨナラする前に「話し合おう」と言っているのであり、そういうキャメロンの姿勢についてオバマさんは「ある程度は分かる」(makes some sense to me)として理解を示している。オバマ大統領はさらに続けて
  • I at least would be interested in seeing whether or not those [reforms] are successful before rendering a final judgment.
    (キャメロンが言うような)EUの改革がうまくいくのかどうか、私としては少なくとも最終的な判断を下す前にその部分だけは見ておきたい。
と述べた。ここでいう「改革」というのは、具体的にははっきりしていないけれど、キャメロンがEU残留の条件として交渉するであろうEUのあり方のことです。

アメリカは英国がEUに残留することを強く望んでおり、そのことは(例えば)今年1月に欧州担当国務次官という肩書のフィリップ・ゴードン(Philip Gordon)という人が、英国のEU残留は「アメリカにとって必要不可欠だ」(essential and critical to the United States)と述べて公式に明らかにされている。上に紹介したオバマさんの3つのコメントのうち最初のものはゴードン発言に近いけれど、残りの二つを読むとあたかもキャメロンの「条件闘争」に理解を示している(場合によってはEU離脱も仕方ないと思っている)ようにも受け取れる。

The Economistのコラムは、英国のメディアはオバマ発言を「キャメロンの戦略への支持を表明したもの」(a sign of support for Mr Cameron’s strategy)として報道しており、英国の反EU派も大いに勇気づけられている・・・と書いたうえで
  • It was nothing of the sort.
    が、それは全く違う。
と言い切っている。オバマが言っているのは「英国はEUにとどまってこそ影響力を保つことができる。EUも英国を加盟国とすることで、前向きで開放的になれる」ということであり、
  • そのことは「ちっぽけな英国」(little Britain)よりも(アメリカにとって)重要である。
    it is more important to America than little Britain
とオバマは言っているのに、反EUを主張する保守党の政治家の中にはそのあたりのことを分かっていない者がいる、とThe Economistは批判的に言っている。

このコラムニストによると、こと対EU関係に関する限り、アメリカの最大の関心事はユーロ圏がこれからどうなるのかということであり、これについては英国はほとんど部外者のようなものです。ただ、英国が離脱したりするとこれに追随する国が出てくるかもしれず、そのことがユーロ圏の崩壊につながるかもしれないという意味で反対なのであって、「ちっぽけな英国」(little Britain)のことよりそちらの方が心配だとアメリカは考えているというわけです。

Bagehotのコラムは、保守党内の反EU論者には大西洋主義者(Atlanticists)、すなわち英国にとってはEUとの関係よりも対米関係の方が大切だと信じている人たちが多く、アメリカがそれほどには英国を重要視していないことに幻滅を感じる向きもある・・・というわけで、
  • これが共和党の大統領だったら思想的にも近いし、英国に対してもっと尊敬の念を払うはずだと考えて、自分たちを慰めている人たちもいる。
    For consolation, some cling to a belief that a Republican president, being ideologically more attuned to them, would show more respect for Britain.
と言っている。オバマさんが本能的に英国との一体感を持っていないことを示す最近の例として、マーガレット・サッチャーの葬儀に政府の高官を派遣しなかったことを挙げています。ただそれはオバマさんが民主党の大統領だったからということなのか?おそらく大統領が共和党であったとしても、英国のことを今以上に真面目にとる(taking Britain much more seriously)とは想像しがたい。
  • アメリカにとっての優先順位の中で英国が下落したとしても、それはお互いが変わりつつあるということの表れにすぎない。
    Its slide in America’s order of priorities mainly reflects how both countries are changing.
英国とアメリカが情報・軍事の両面において同盟国であることに変わりはないけれど、「ブッシュの戦争」と言われたイラク戦争が終わり、来年には両国ともアフガニスタンからも撤退するとなると、軍事同盟も以前ほどには重要なものではなくなる。そしてアメリカは文化的にも人種構成的にもヨーロッパ的な色が薄くなりつつある。20世紀の世界規模の3つの戦争(第一次・第二次大戦と冷戦)はいずれも部隊がヨーロッパだったけれど、冷戦が終わって20年以上も経っており、アメリカのヨーロッパへの肩入れはかつてほどにははっきりしない(hazier)ものになっている。となるとアメリカの対英関係も「それほど特別ではない」(less special)なものになりつつるのは当然であるということです。

キャメロン首相はブレア、ブラウンのような前任者に比べれば、このような時代の変化に柔軟な態度をとっているように見える。ブレアよりは英国の力の限界を分かっているし、ブラウンのようにアメリカの大統領の尻を追い掛け回すようなこともしない。そしてオバマもまたキャメロンの現実的な姿勢を買っているように見える。大統領がキャメロンの対EU戦略に柔軟な言葉で臨んだのことは二人の間がうまくいっていることの証拠でもある。The Economistのコラムは、長い眼で見てオバマ政府がキャメロンの助けになるかどうかは分からない(another matter)けれど、EU離脱を主張する保守党内の「大西洋主義者」については次のように語っています。
  • ヨーロッパを脱して自由奔放に活動する英国・・・という大西洋主義者のビジョンは虚構にすぎない。そのあたりのことをオバマ大統領はもっとはっきり言うべきだった。
    The Atlanticists’ vision for Britain’s freewheeling post-European future is a figment. It would have been better if the president had said so unambiguously.
▼このエッセイで面白いと思ったのは、英国の保守派がオバマ大統領に対して「これが共和党政権だったら、もっと英国に敬意を払ってくれるだろうに・・・」と、アメリカの民主党政権に対して複雑な想いを抱いていると書いている部分だった。これは大西洋主義者の感覚ですが、むささびの推測によると日本の安倍さんたちも同じような思いを抱いているのではないか。これがブッシュの共和党だったら・・・というわけです。違うのは、英米の保守主義者の間にはAtlanticismという共通項があるけれど、日米の保守主義者にはない。アメリカの眼は欧州ではEUの将来に向いているし、アジアでは中国に向いている。英国も日本もそれほどの重要度はないということです。それでも英国とアメリカの心理的な近さは強い。

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5)どうでも英和辞書
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eccentricity:奇抜・風変り

eccentricは「エキセントリック」でほぼ定着してしまっているけれど、Cambridge Dictionaryによると "strange or unusual, sometimes in a humorous way" と解説されている。「変わっている」ということですが、時として「笑いを誘う」ような性格とか立ち振る舞いのことですね。

上の写真はロンドンの無料紙Metroに出ていたもので、見出しは
  • Plumber builds world’s fastest fully-functioning toilet
となっている。Plumberは「配管工」のことだから、「ある配管工が世界最速の完全機能トイレを作った」という意味ですね。リンカンシャーに住むColin Furzeという配管工(33才)が「トイレ付スクーター」なるものを開発したというわけであります。記事よると140ccのエンジンがついており最高時速55mphというから、ほぼ90キロは出るってことです。ハンドル部についているボタンを押すだけで水洗トイレの水が出る仕掛けになっているらしい。

Colin Furzeによると、これさえあればバイクで出勤していてトイレに行きたくなっても大丈夫ということなのですが、問題は水洗用の水タンクを搭載しており、これがかなりの重量なのでバイク全体の安定性に欠けるということ。さらに凹凸の激しい道路を走ると、便器から水が飛び上がってお尻がビショビショになる可能性がある。

どうしてもご覧になりたい方はここをクリックすると、この快速トイレの「完全機能」を動画で見ることができます。でも、走っているバイクの上でどうやってズボンやパンツを脱いだり着けたりするのか?そのあたりの解説がない・・・というより、そんなことできっこない。ということは、最初から何も着けずに乗るしかないってこと?

eccentricityもここまで来るとほとんど病気ですね。
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6)むささびの鳴き声
▼5月28日付の毎日新聞のサイトに『教育再生会議:小学校で英語、正式教科を提言 首相に提出』という記事が出ていました。教育再生会議というのは安倍政権発足後に誕生した組織で、早稲田大の総長である鎌田薫という人が座長を務めているそうです。この人は1948年生まれだから私より7才年下です。

▼毎日新聞の記事によると、今回の提言は「大学改革と教育のグローバル化」をテーマにしているのですが、大学については外国人の教員をもっと雇うようにしたり、大学生の外国留学を促進したりするほか(毎日新聞の記事をコピペすると)
  • 一部大学で大学での意思決定に影響を及ぼしているとされる教授会の役割を見直し、学長のリーダーシップが機能しやすいように統治機構も見直す。

    となっています
▼これ、どういう意味なのでしょうか?大学の運営などにまつわる決定をする際に教授会が影響を及ぼしているところが(全部とは言わないけれど)「一部」にはあり、そのような大学では学長がリーダーシップを発揮しにくい・・・だから教授会には黙っていてもらおうということですね?このあたりはもう少し具体的に知りたいですね。

▼大学改革に関する提言として「世界大学ランキングで10年間に国内から10校以上を100位以内に入れる」というのもありました。英国の教育専門誌、Times Higher Educationのランキング(2012~2013年)によると、1位~10位のうち8校はアメリカ、2校が英国(オックフォードとロンドン・インペリアル・カレッジ)でした。何を基準にランキングが決まるのか分からないけれど、100位以内に入っている日本の大学はというと東大(27位)と京大(54位)の2校だけです。

▼で、教育再生会議の提言に話を戻すと、大学改革以外ではほぼ100%「英語教育の充実」のオンパレードであります。例えば:
  • 小学校:英語教育を「正式教科」として5年生以前から開始する
  • 中学校:英語による英語授業
  • 高校:国際的素養を育成するスーパーグローバルハイスクールを指定

    という具合です。
▼提言を受けた安倍首相は、「日本の力を強める提言をしっかりと実行していきたい」と述べたと毎日新聞は伝えています。安倍さんも鎌田さんも、日本人が英語を今よりも上手に使えるようになることが「日本の力を強める」ことに繋がるという考え方に凝り固まっているようなので、何を言っても分からないと思います。少なくともこの二人よりはまともなアタマをお持ちのむささび友だち(略してムサトモ)の皆さまにのみお話いたします。

▼順不同で言うと、中学校における「英語による英語授業」ですが、誰が教師になるのでしょうか?日本人ですか?英語を母国語としている人(ネイティブ・スピーカー)ですか?後者をお考えの場合の参考として、前回のむささびの「大学入試にTOEFL導入」の最後のところで触れたJETという計画のことを思い起こしてください。この26年間で英語圏の大卒者が少なくとも10万人(10万ですよ)これに参加しています。年間の給料は300万円以上、300万X10万人=3000億円。JET計画は外務省・総務省・文科省の共同主宰だから理論的にはこのお金の3分の1は文科省から出ていることになる。で、過去26年間、中学生の英語力はどの程度上がったのでしょうか?

むささびジャーナルの187号にフィンランドにおける英語教育を見学させてもらった時の印象を載せています。鎌田さんが「英語による英語の授業」なるものにこだわるのであれば、「やりたきゃどうぞ」としか言いようがないけれど、私が見学したヘルシンキの小学校での英語の授業はフィンランド人が先生でした。当然ながら英語はとてもうまい人だった。でも授業中、子供たちが彼女の使っている英語が分からないと見ると、当然のようにフィンランド語で伝えていました。なんでもかんでも「フィンランドの教育は正しい」というつもりはないけれど、「英語を英語で教える」にしても先生は日本人(英語の上手な日本人)の方がいい・・・という可能性も考えた方がいいと思います。

▼高校生の「国際的素養」を育成するスーパーグローバルハイスクール。「国際的素養」って何ですか?まさか「英語が流暢」ということではないですよね。ね!?最近、BBCのサイトを見ていたら35年前に「スペースインベーダー」というコンピュターゲームを開発したTomohiro Nishikado(西角友宏)という人がインタビューされていました。このゲームは世界的ヒット作ですよね。この人は鎌田総長のいわゆる「国際的素養」はどの程度あったのか?そもそも英語なんてできたのでしょうか?西角さんが「スーパーグローバルハイスクール」のような学校に通っていたら、世界中の人々を魅了してしまったこのゲームの開発はできなかった。むささび、これだけは保障します。
 
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