musasabi journal

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271号 2013/7/14
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書

関東地方の暑さ・・・これは何でしょうか!?殺人的とはこのことであります。これまではクーラーなんて家でもクルマでも「もったいない」という気持ちが先に立って使うことにためらいを覚えてきたのですが、気温35度が「当たり前」になっているようではそうも言っていられません。

目次

1)吉田所長の死:英国メディアの伝え方
2)日本の「自信回復」とアジアの眼
3)エジプトの混乱:モルシ追放は後悔の種になる?
4)EUの農業補助金で大地主が潤う
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)吉田所長の死:英国メディアの伝え方
 

福島第一原発の事故発生時の所長だった吉田昌郎さんが亡くなったことについては、英国のメディアでも広く伝えられています。
  • BBC: Fukushima nuclear chief Masao Yoshida dies
  • The Independent: Japanese ‘hero’ who saved Fukushima plant from total meltdown dies of cancer
  • The Gurdian: Fukushima boss hailed as hero dies
  • Daily Mail: Remembered as a caring figure who always looked out for his workers
  • The Times: The Fukushima hero who battled meltdown dies of cancer
  • Telegraph: Former Fukushima nuclear plant boss dies of cancer
記事内容はほとんどが日本のメディアの記事内容のコピーという感じなのですが、最も力を入れて書かれているのは、吉田氏が東電幹部からの命令に背いて原子炉冷却のために海水を投入したことです。Guardianの記事は
  • 吉田氏は東京にいる東電幹部からの命令に逆らって、損傷した原子炉に海水を注入し続けた。これは原子炉を冷却するための必死の努力であったのだ。
    He will be remembered most of all for defying an order from senior Tepco officials in Tokyo to stop pumping seawater into one of the damaged reactors in a frantic effort to keep it cool.
と伝えています。つまり会社の命令に背くことで最悪の事態を回避したというトーンです。Telegraphは死亡記事以外に「追悼記事」(obituary)を掲載、吉田氏について
  • その決意によって原発の大惨事から日本を救ったエンジニア
    Engineer whose resolution helped save Japan from a nuclear catastrophe
と紹介、世界的に有名になってしまった「Fukushima 50」誕生のエピソードにも触れています。

BBCの記事は
  • 吉田氏は震災前に東電の原子力関連施設の管理部門を率いていたときに、津波に対して適切な対策をとっていなかったという理由で批判されたことがある。
    He was criticised, however, for not installing adequate measures against a tsunami while he headed up Tepco's nuclear facility management division, before the disaster.
と伝えています。

▼吉田さんの死去を伝えるDaily Mailの記事の中に次のような文章がありました。
  • Yoshida was an outspoken, tall man with a loud voice who wasn't afraid of talking back to higher-ups and was known to his workers as a caring figure.
    吉田氏は背が高くて思ったことをずけずけ言ってしまう男だった。声も大きくて自分の上司に向かって口答えすることを怖れない人だったが、部下には思いやりのある人物として知られていた。

▼この記事はAP通信の配信を掲載したものなので、記事を書いたのはDaily Mailの記者ではありません。ただDaily Mailというやや大衆紙的な新聞が掲載しそうなトーンの記事ではあります。

▼またBBCの記事には
  • He is later persuaded to abandon a "suicide" mission, which he offered to lead, to cool another reactor.

    という記述がありました
▼BBCのものは、いわゆる「Fukushima 50」の「結成」に関連して、吉田さんがその後に別の原子炉を冷却するために「決死隊」を組織、自分がその先頭に立つということを申し出たけれど、それは思いとどまるように説得された・・・という意味ですね。あのころ"Fukushima 50"と言えば、altruism(利他主義)という言葉で表現される英雄であったのですよね。

▼ただ二つの記事ともに原発大惨事の「当事者」に読ませるようなトーンではないように思います。「当事者」は福島の人たちのみでなく、日本人全体という意味なのですが・・・。

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2)日本の自信回復とアジアの眼
 

これまでにも何度か紹介したアメリカの社会問題調査機関、Pew Researchが7月11日、日本に関する世論調査結果を発表しています。日本人の自国の現状に対する見方とアジア・太平洋諸国の対日感覚の両方を調査したもので、次の2点が目立っていると伝えています。
  • Japanese Public’s Mood Rebounding, Abe Highly Popular
    日本人の間では安倍政権の評判が高くて自国の現状に対しては自信回復傾向にある。
  • China and South Korea Very Negative Toward Japan
    中国と韓国の対日観は極めて否定的である。
非常に多くの調査が行われているので、全部を紹介するのはムリ。それはここをクリックして見てもらうことにして、むささびジャーナルとしては、調査結果の中からいくつかピックアップして紹介させてもらいます。

Pew Researchは2002年以来、日本に関する調査を行ってきているのですが、今回の調査では日本人がかつてに比較すると自国について肯定的であることが目立ちます。例えば:
日本の進路に満足している
Satisfied with direction of country
2002 2012 2013
12% 20% 33%
景気がいい
Economy is good
2002  2012  2013 
 6% 7%  27% 
向こう1年間で景気が上向く
Economy will improve in next 12 months
 2002  2012 2013 
 11% 16%  40% 

2013年の数字を独立して捉えると、「進路に満足」は33%にすぎないし、現在の景気がいいと思っている人は3割にも満たない。これからよくなると思っている人だって5割以下であるという意味では、日本人が幸せいっぱいで沸き返っているという状態ではないのですが、それまでの傾向と比較すると「劇的に上向き」(dramatic improvement)ということになり、韓国・英国・フランスにおける数字を上回るのだそうです。2013年現在、「景気がいい」と感じている人の割合は英国が15%、フランスは9%、韓国が20%です。

ただ日本人で目立つのは次世代に対する悲観論です。すなわち
  • 子供たちの時代の方が親世代の時代よりも事態は良くなっていると思う日本人はわずか15%にすぎない。
    Only 15% believe that today’s children will be better off than their parents.
ということで、将来世代についての悲観論が日本よりも強いのは、先進国ではフランスだけなのだそうです。

次に安倍人気でありますが、支持(favourable)が71%に対して不支持(unfavourable)は28%と、安倍さんには嬉しい数字です。特に目立つ(とPew Researchが言っている)のは、支持7・不支持3の割合が、男女、地域、収入の如何を問わず当てはまるということです。昔は自民党といえば農村部では強いけれど都市部では弱いとされていたのですが、安倍政権は誰でも・何処でもおしなべて評判がいいという状態です。

その安倍さんが狙っている憲法改訂ですが、Pew Researchの質問は第9条について
  • Do you favour or oppose changing the Japanese constitution so Japan could officially have a military and declare war?
    貴方は日本憲法を変えて、日本が正式に軍隊を保持し、宣戦布告を行うことができるようになることに賛成ですか、反対ですか?
となっている。回答は「賛成」が36%、「反対」が56%となっており、平和憲法を維持しようという意見の方が強いのですが、7年前の2006年、5年前の2008年の数字と比較すると、明らかに第9条を変えようという意見が高まっており、平和憲法を維持しようという意見が減っています。


近隣諸国との関係ですが、アジア・太平洋地域の国が日本をどう見ているかについては"Japan Generally Seen Favourably"(日本は全体としては好意的に見られている)として下記のような結果になっています。Favorableは「好意的」、Unfavorableは「不愉快だ」という意味です。


調査対象の7か国のうちマレーシア、パキスタンなどの5か国ではFavorableな見方がかなりの部分を占めるのですが、韓国・中国では極端に異なる印象を持たれています。ただPew Researchは中国や韓国における厳しい意見は従来よりも悪化した結果としての数字であることに注目しています。韓国の場合、5年前の2008年の調査では好意的な意見が現在(22%)よりも25%高かったし、中国の場合は7年前の2006年にはいまよりも17ポイント高かったのだそうです。特に韓国においては、年代によって意見が違い、50才以上では82%が否定的なのですが、30才以下では否定論が66%にまで下がるのだそうです。

最後に第二次大戦における日本軍の振る舞いに関する日本の謝罪についての意見を紹介します。質問は
  • Has Japan sufficienty apologised for its military actions during the 1930s and 1940s?
    1930年代・40年代の軍事行動について日本は十分に謝罪したか?
というもので、答えは"No" "Yes" "No apology necessary"(謝罪の必要なし)、"DK"(分からない)の4つ。結果は次のとおりです。


韓国・中国で「日本は充分な謝罪をしていない」という意見が圧倒的であることは、予想どおりの結果であるわけですが、中国人の中に「日本人は謝罪した」と考える人が4%、「分からない」が16%もいるのですね。それからオーストラリア人の間で「謝罪の必要なし」が日本人よりも多いというのも意外な気がする。それから中国・韓国以外の国でも「日本は充分な謝罪をしていない」という意見の方が多いということも分かっておくべき数字だと思います。

Pew Researchの記事は次のような文章で結ばれています。
  • The Japanese public appears to be painfully aware of its image problem abroad. Six-in-ten Japanese think their country should be more respected around the world than it is.
    日本人は、外国における日本についてのイメージに問題があるということを痛切に意識しているようだ。10人中6人の日本人が日本は世界的にもっと尊敬されてもいいはずだと思っている。

▼最後に紹介した、「もっと尊敬されたい」と日本人が感じているという部分ですが、世界の人たちに「もっと尊敬されたい」と思っているのは日本人に限らない。英国人もアメリカ人もそのように思っている(けれど認めたくないという人は多いかもしれない)。私は、このように思っている日本人が10人中6人にすぎないということに注目しますね。6:4ですよ。少ないと思いません?私自身は6:4というのは丁度いい数字だと思うけれど、安倍路線では尊敬しろという方が無理というものです。詳しくは書きませんが、安倍さんのやっていることは、外国に対して「もっと尊敬して!」と叫んでいるような感じで、日本人である私自身が「尊敬」できない。

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3)エジプトの混乱:モルシ追放は後悔の種になる?

 

7月6日付のThe Economist誌がトップ記事として「エジプトの悲劇」(Egypt’s tragedy)という社説を掲載しているのですが、このむささびジャーナルが出るころに、エジプトという国がどうなっているのか全く分からなくなっています。何はともあれThe Economistの意見を紹介してみます。社説のイントロは次のようになっています。
  • ムハンマド・モルシは無能だった。が、彼を追放することによってもたらされるのは「祝福」ではなく「後悔」の念である可能性が高い。
    Muhammad Morsi was incompetent, but his ouster should be cause for regret, not celebration
ムハンマド・モルシは、このほど軍によって追放された大統領ですね。この社説はまず2011年にムバラク独裁政権が倒れ、昨年(2012年)6月末の選挙でモルシ政権が誕生した際にThe Economist誌がどのような姿勢をとっていたのかについて語っています。
  • 自由主義的民主主義を信奉する当誌は、モルシ氏の政党であるムスリム同胞団の信条に対しては心が落ち着かない部分を持っている。即ちイスラム政治運動を支配している、政治が宗教の下に来るという信条であり、女性や少数者に対するあからさまな敵意に対して懸念を有しているのである。
    As fervent supporters of liberal democracy, we are uncomfortable with the belief of the Muslim Brotherhood, Mr Morsi’s party, that politics are subsidiary to religion, and are downright hostile to the attitudes towards women and minorities that pervade the Islamist movement.
つまりThe Economistとしては、一昨年ムバラク独裁政権を打倒したのは非宗教勢力(secularists)であり、彼らが革命後のエジプトの政権の座に就くことを望んでいた。なのに民主的な選挙においてモルシ氏を推すムスリム同胞団が得票率52%をもって勝利したことは事実であり、これは認めざるを得なかった。それよりも30年間にわたる独裁政治に終止符が打たれ、エジプトがついに民主主義国家への道を歩み始めたことを大いに歓迎した。

それがモルシ政権誕生の1周年の日(2013年6月30日)に起こったデモが暴走、同胞団の本部が焼かれ、48人が死亡するという事態にまで発展してしまった。翌日の7月1日に軍がモルシ氏に対して48時間以内に反対派との闘争を解決することを要求、モルシ氏がこれを拒否、7月3日になって陸軍元帥という人物によって憲法破棄が宣言され、モルシ氏は軍によって拘束された。

このような形で民主主義が破壊されたことの責任のほとんどはモルシ氏にある、とThe Economistは主張します。1400万人もの国民が参加する反政府デモが各地で行われたということ自体、いわゆる反政府勢力が単なる「少数の現状不満分子」(small bunch of discontents)ではなかったことを示している。なぜそれほど多くの国民がモルシ政権に反対したのか?理由の一つはモルシ氏自身の無能さにある。特に経済不況を救うことができず、24歳以下の若者の40%以上が失業、IMFも援助に二の足を踏んでしまった。夏の暑さの中で停電はしょっちゅうあるし、ガソリンスタンドにはクルマの行列、農産品を作っても誰も買ってくれない・・・等々の状況の中で犯罪件数だけがうなぎ上りという有様だった。革命以後の殺人件数は革命以前の3倍にのぼっていた。

モルシ氏が政権内にさまざまな勢力を取り込もうとしなかったことも失敗だった。The Economistによると、エジプトという国はもともと分裂社会を抱え込んでいる国であり、教育程度の高い人たちは、どちらかというと非宗教的であり、エジプトが「近代的・多元的・外向き」(modern, pluralistic and outward-looking)になることを望んでいる。一方で、保守層はというと、長年にわたってエジプトを苦しめてきた不正・不平等・汚職(injustice, inequality and corruption)を追放するために社会主義とか資本主義というよりも政治的イスラム(Islamism)にその希望をつないできた。人口8400万のエジプトにはキリスト教徒が約10%いるし、それよりさらに少ないとはいえシーア派のイスラム教徒もいる。これらの人々がモルシ氏のイスラム主義政府によってガタガタにされてしまったと感じている。

モルシ氏はさらに権力の暴走を防止する裁判所、メディア、中立的な官僚機構、軍、警察などを構築する代わりにもっぱらそれらを潰しにかかるようなことをしてしまった。さらに政府の要職者にはことごとく同胞団の人材を登用、社会のイスラム化を図っているのではないかと思われてしまった。同胞団の人間が宗教的な少数派を痛めつけているのを眼にしてもモルシ氏自身は沈黙を決め込んだ。

というわけで、モルシ氏と同胞団の責任は非常に重いのですが、
  • That so many Egyptians should wish to get rid of Mr Morsi is therefore entirely understandable. That they have succeeded in doing so could well turn out to be a disaster, and not just for Egypt.
    多くのエジプト人がモルシ氏の追放を願ったとしてもそれは大いに理解できることである。が、そのことが悲劇に繋がってしまうことは大いにある得ることなのである。しかもそれは単にエジプトだけの問題にとどまらない。
つまりこのような形で大統領が追放されるということが前例になってしまうことの問題です。政府が気に入らない場合は、選挙ではなく騒動を起こして潰してしまえばいいではないかという前例です。議会ではなく街頭デモによって物事を進めてしまうという傾向が中東全体に拡大してしまうと、それは平和や繁栄の役には立たない。このようなことが許されると、エジプト以外のIslamistにも怖ろしいメッセージを伝えることになる。即ち、自分たちが選挙で勝利しても反対派が非民主的な方法で追放しようとするだろうというメッセージです。それならば自分たちが政権にいる間に反対派を力で潰してしまおうということです。

で、エジプトはどうなるのか?軍がこのまま権力を持ち続けると、ムバラク崩壊前の軍事独裁状態に戻ってしまう。いま軍がやらなけれならないのは、選挙実施の時期を明確にしそれを実行すること。そうなればエジプトにも希望はある。その場合でも軍はイスラム主義者たちに対して、もし彼らが選挙に勝利した場合は、再び政権に就くことが許されるということを約束しなければならない。但しこの1年間の実績を振り返ると、ムスリム同胞団が勝利することは考えにくい、とThe Economistは言っています。
  • エジプト軍は(一昨年の)革命において民衆の力がムバラク氏を追放したときには、これを傍観することで重要な役割を演じた。軍はいまでも多くのエジプト人の信頼を保っている。ということは、何か事が起これば再び軍に頼ろうとする可能性があるということである。軍がその民衆の信頼に応えるためには、一刻も早くエジプトを民主主義への道に戻さなければならない。
    Egypt’s army played a pivotal role in the revolution, standing by while people power pushed Mr Mubarak out. It still has the trust of many Egyptians, who are still inclined to turn towards it in times of crisis. If the generals are to repay that trust, they must get the country back on the path towards democracy as swiftly as possible.
エジプト情勢については、Financial TimesのGideon RachmanというコメンテーターがFreedom and democracy can become enemies(自由と民主主義は相容れないこともある)というエッセイを書いています。この中で興味深いと思ったのは、「エジプトの有権者の40%が読み書きができない」(about 40 per cent of the electorate is illiterate)と言っていることです。この40%の多くは貧困層であり、ムスリム同胞団を支持する熱心なイスラム教徒です。彼らは次に選挙があればおそらくイスラム主義的な政党に投票するだろう、とRachmanは考えています。つまり反ムスリム同胞団の街頭デモを行う「民衆」とは別に、熱心なイスラム教徒で常にモスクで礼拝をする「民衆」がおり、数の上では圧倒的に後者の方が多いということです。

一方、Prospectという雑誌のサイト(6月11日)がOlivier Royというイスラム研究者の「政治イスラムの失態」(The failure of political Islam)というエッセイを掲載しています。この筆者もThe Economist同様、エジプト民衆が抗議しているのは「エジプト社会のイスラム化」などというものではなく、ムスリム同胞団という政治組織の無能ぶりに対してなのであると言います。彼によると、エジプトはすでにかなりイスラム化されており、反同胞団デモには非宗教的リベラルや左派だけでなく、熱心なイスラム教徒も参加していたのだそうです。

▼BBCのラジオを聴いていても「いま選挙をやって同胞団が勝利したらどうなるのか?」というディスカッションが多い。つまり同胞団による他の勢力への弾圧が強まって、以前よりもっと悪い状況になるのではないかということです。考えてみると、モルシ打倒を叫ぶ民衆が怒っているのも「イスラム政治」に対してではなく、経済が全くうまくいかないということが最大の理由なのですよね。モルシ追放に踏み切った軍に、経済苦境を打破するシナリオはあったのでしょうか?多分なかったというのが正解ですよね。だったら一応選挙で選ばれた正統なモルシ大統領で行くしかなかったのでは?エジプトを見ていると、2011年の日本、「菅降ろし」の日本を思い出しますね。

▼昨年6月に行われた大統領選挙自体が、エジプトの民衆にとっては辛い選択であったことは、NHKの「解説アーカイブス」というサイトで解説委員の出川展恒さんが説明しています。ムスリム同胞団が推すモルシ候補とムバラク政権最後の首相だったシャフィーク候補の一騎打ちであったのですが、「両極端の2人の候補のどちらにも投票したくないという有権者も多い」と出川さんは言っていた。
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4)EUの農業補助金で大地主が潤う

 
7月1日付のThe Guardianに
  • 英国政府は国内では貧乏人向けの予算を削減しながら、ヨーロッパにおいては金持ち農家に与えられる補助金を確 保するべく戦っている。
    As the British government cut benefits for the poor at home, in Europe it fought to keep millions in subsidies for wealthy farmers
という書き出しの記事が出ています。これはEUが加盟国の農家に与える補助金に関するものなのですが、英国における土地所有についても触れています。これについては前々から気になっていたし、英国の主要メディアには農業政策に関する記事があまり出ていないように思っていたので興味を持って読んでみました。

この記事によるとEUからの農業補助金にもいろいろあり、農家への提供の仕方も国によって違うのだそうですが、英国において主体と言われるのがsingle farm payment(単一支払制度)と呼ばれるもの。これは所有もしくは賃借している土地の広さを基準に決められるのだそうです。広ければ広いほど補助金の額も大きくなるということです。

EUの補助金制度を規定しているのが共通農業政策(Common Agricultural Policy:CAP)と呼ばれるものです。ここ数年、加盟国の間では農業保護の度が過ぎるというので、補助金の額を制限しようという動きがあり、最近までルクセンブルグの欧州議会を舞台に交渉が行われてきたのですが、Guardianの記事によると、補助金制限の動きに最も強硬に抵抗したのがドイツと英国だった。自由市場経済のチャンピオンを自称するこの2か国のロビー活動のお陰で最終決定が順延されてしまったのだそうです。

補助金制限については二つの提案がなされていた。一つはCappingというもので上限を決めようというやり方で、上限を年間30万ユーロ(25万ポンド:約3500万円)にしようという提案がなされていた。もう一つはDegressivityと呼ばれるもので、補助金額が15万ユーロ(12.5万ポンド:約1800万円)を超えたものについて、ヘクタールあたりの補助金額を徐々に減額するというやり方だった。英国政府の代表(この場合は環境大臣)はこの両方に反対したのだそうです。

The Guardianは
  • 英国政府が「農民を助けなければならない」という場合、それは「人口の0.1%を支援しなければならない」と言っているのと同じ
    When our government says "we must help the farmers", it means "we must help the 0.1%".
と批判しているのですが、普通の意味での「農民」というより、とてつもなく広い土地を所有している、ごく限られた(0.1%)人々を支援しようとしているのだ、と文句を言っているわけです。この種の土地持ちには長者番付に出るような外国人のミリオネアも入っている。

自分の持っている土地が広ければ広いほど、EUからの補助金額が大きくなるのだから、この種の農地は金のなる木のようなもので、過去10年間で農地の価格は3倍にまで跳ね上がっており、投機の対象としてはこれくらい急激に値の上がっているものはない(it has risen faster than almost any other speculative asset)。しかもこの種の農地に関しては相続税がかからないのだそうですね。確かに国税局のサイトにはAgricultural Relief(農業向け免税措置)として次のような文章が掲載されています。
  • If you own agricultural property and it's part of a working farm, you can pass on some of your property free of Inheritance Tax in your will or before you die.
    貴方が農業用の土地を所有しており、それが実働農業の一部である場合、遺言の中、あるいは亡くなる前にその土地のある部分を相続税抜きで遺産として残すことができます。
国税局のサイトにはまた農地内の建造物について
  • You can also claim relief for farm buildings if the size of the buildings is proportionate to the size of the farming activity.
    建造物のサイズが農業活動の規模に比例したものであるならば、免税申請をすることができます。
とも書いてある。

The Guardianの記事によると、農地内に建造物を作る場合、お役所の許可(planning permission)が要らないのですね。これは庶民にはあり得ないハナシであると言っているのですが、例えば建物によっては、土地全体の価値を引き上げるものだってあり得る・・・という具合にいろいろと特別待遇されている上に「補助金」です。これこそ金持ちによる貧乏人の「恥を知らない略奪行為」(unembarrassed robbery of the poor by the rich)であり
  • The current structure of farm subsidies epitomises the British government's defining project: capitalism for the poor and socialism for the rich.
    現在の農業補助の構造は、英国政府の明確なる施策を反映している。すなわち貧乏人には資本主義、金持ちには社会主義という施策である。
と怒っております。

この記事の問題点は、具体的に誰がどのような土地を持っていて、いくらの補助金を受け取ったのかということが書いていないことです。ネットを調べてみたら、2010年11月10日付のDaily Mailが
という特集記事を掲載しています。それによると、英国では全人口のわずか0.6%にあたる36,000の個人がカントリーサイドの土地の半分(約2000万エーカー)を所有しているのだそうです。偶然ですが2000万エーカーというのは北海道(約2100万エーカー)よりも少しだけ小さい面積であり、英国全体の広さ(6000万エーカー)のおよそ3分の1にあたる。2000万エーカーを36,000人が所有しているということは、単純計算で一人当たり560エーカーということになる(これを日本の坪に直すとざっと「69万坪」ということに・・・と言ってもピンとこないけれど!)。ただそれはあくまでも単純に割り算をしただけの数字で、実際には2000万エーカーの殆どを1,200人の貴族(とそのファミリー)が所有しているのだそうです。


Daily Mailで紹介されている英国の土地持ちナンバーワンはDuke of Buccleuchという公爵で土地の広さは24万エーカー(約3億坪!)、資産価値は約10億ポンド(約1500億円)だそうです。チャールズ皇太子はDuke of Cornwallという肩書で約13万エーカー(資産価値10~12億ポンド)を持っているのだそうです。

なおEUの農業補助金と土地所有者の問題は2012年3月にBBCの看板ドキュメンタリー番組のPanoramaが取り上げたことがあるのですが、その際の情報によると、その時点でも英国には「25万ポンド以上」の補助金を受け取っていた土地所有者が889人いたのだそうです。その中で50万ポンド以上受け取っている人が133人、100万ポンド以上という人が47人いたのだそうです。ただここでも土地の大きさには触れられていない。


▼Daily Mailの記事を読むと貴族が土地を独占しているように思えてしまうし、実際そのような部分もあるけれど個人の地主以外に機関地主として年金ファンドが55万エーカー、ナショナルトラストが63万エーカー、愛鳥協会(RSPB)が32万エーカーを所有しています。

▼ちなみに24万エーカーって何なの?と思ってネットを調べたら、東京の「山の手線の内側X5」がざっと8万エーカーだそうです。ということは、24万エーカーの土地を持っているDuke of Buccleuchという貴族は、山の手線内の面積の15倍の土地を持っているということになる。何かの間違いですよね?

▼英国の田舎をクルマで走るとため息が出るような美しい風景が広がっていますよね。あの景色はおそらくGuardianやDaily Mailが批判的に伝えている少数による土地独占状態と関係があるのでしょう。日本のように小規模地主がわんさかいる国ではあり得ない光景だと思います。
きれいとは言えない看板広告が乱立する日本の田舎道の風景は、土地所有における民主主義の代償なのかも?

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5)どうでも英和辞書
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welcome:歓迎する


The Economistのサイト中に言葉に関するうんちくを語るブログがあります。最近そのブログに「下手くそ翻訳」(botched translation)という記事が掲載されてwelcomeという英単語の外国語訳について語っておりました。上の写真はニューヨークのマンハッタンのど真ん中にあるお店のウインドーです。このエリアは外国の観光客がたむろするところです。店のオーナーが外人客を呼び込もうというのでwelcomeという英語の外国語訳をズラズラと並べ立てた。例えばドイツ語の"Empfang"、フランス語の"accueil"、ポルトガル語の"boas-vindas"、ロシア語のприем(プリオムと発音するらしい)等々・・・が、筆者によるとどれも「下手くそ訳」なのだそうです。ドイツ語は"Willkommen"であるべきだし、フランス語は"bienvenue"、ポルトガル語は"bem-vindo"が正解、ロシア語のприемはwelcomeというよりホテルなどのreception(受付)のことを言うのだそうでこれもアウト。

・・・というわけで、窓の左下にある日本語の「ようこそ」(yookoso)について「ついに正解があった!」(Yes! Finally one correct)と叫んでおります。ただこのブログ・ライターは"irashaimase"(いらっしゃいませ)の方がいいかもしれないと断ってもいる。で、むささびとしては気になってしまうわけです。ニューヨークではなく、東京や大阪のお店はこんなときに「ようこそ」なんて言葉を張り出します?welcomeの和訳は確かに「ようこそ」かもしれないけれど・・・。このコマーシャルは店の外を歩いている人を店内に引っ張り込もうという意図でやっている。「ようこそ」とか「いらっしゃいませ」というのは、すでに店の中に入ってきた客にかける言葉なのではありません?

とは思ったもののそれでは外にいる客を呼び込むための日本語は?と聞かれると困ってしまう。「営業中」と言えば「どうぞお入りください」という意味ではありますよね。でもそっけなさすぎる。ちなみにGoogleの翻訳にwelcomeを入れてみたら「歓迎」と出てきました。これもイマイチだな。翻訳って難しいよな!
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6)むささびの鳴き声
▼最初に載せた、福島原発の所長だった吉田昌郎さんの死去について、7月11日付の朝日新聞の「天声人語」が語っています。
  • 人間の創りだしたものが人間を呑(の)み込もうとする修羅場で陣頭指揮をとった。文字どおり「最後の砦(とりで)」だった。
▼記事は吉田さんが直面した原発事故と28年前に墜落した日航ジャンボ機を関連付けて語りながら、吉田さんもジャンボ機の機長も「ともに制御不能となってのたうつ巨体と必死に格闘を続けた」という共通点があり、さらにジャンボ機も原発も「安全神話に包まれていた」という点でも似ていると書いています。そして「天声人語」は、電力4社が原発10基の再稼働を申請したことについて触れて
  • 『身を挺(てい)しても』の気概頼みで原発を操ってはならない。

    と書いて結論にしています。
▼要するに吉田さんが一時は申し出た(と英国メディアが報道している)「決死隊」の結成を考えなければならないような状態で原発再稼働なんて無理、と天声人語は言っているのですよね。「むささび」の236号で、民間事故調の報告書を紹介していますが、あの報告書の中で東電の元幹部とされる人の証言として
  • 安全対策が不十分であることの問題意識は存在した。しかし自分一人が流れに棹をさしても変わらなかったであろう。

    というのが紹介されています。
▼原発は本当に安全なのか?という疑問を呈することは「流れに棹をさす」行為であると東電を始めとする原発関係者の間では考えられていたわけです。天声人語はまた「吉田さんにはもっと色々語ってほしかった」と言っているのですが、民間事故調の報告書には、報告書作成のための取材活動について東電からの協力が得られなかったと書いてあります。福島の事故が起こる前の吉田さんはそのような「空気を読み合う」ような企業の雰囲気の中で仕事をしていたわけです。

▼2011年3月11日以来、原発についてはいろいろなことが書かれ、語られしているけれど、民間事故調のいわゆる「空気を読み合い」ながら安全神話をそのまま貫き通していた「体制」についての検討は殆どされていません。事故前までは絶対安全が「空気」となっており、事故後は「経済復活のためには必要」というのが「空気」になっている。この際、民間事故調の北澤委員長が述べたコメントを再び掲載しておきます。
  • もしも「空気を読む」ことが日本社会では不可避であるとすれば、そのような社会は原子力のようなリスクの高い大型で複雑な技術を安全に運営する資格はありません。
▼福島の原発事故の後、ドイツ政府が原子力政策の見直しをするための「倫理委員会」を設置したことがあります。その委員会の中に政治家、産業人、環境学者らとともに宗教家や哲学者も入っている・・・ということをむささびジャーナル212号で語ったことがあります。この委員会の初会合でメルケル首相が「原子力エネルギーを利用するにあたって危険性はどこまで許容できるのかについて話し合うと述べた」と当時のNHKが伝えています。

▼そのような問題を話し合うために宗教家や哲学者を動員するという姿勢は正しいと思いませんか?宗教家や哲学者は技術者やビジネスマン、政治家と違って、人間一人一人の「生き方」を考えようとする人たちです。メルケルさんにとって、原発を考えるということは、人間の生き方を考えるということであったということですよね。この姿勢が「空気を読む」ことを回避することに繋がるのではないか・・・とむささびは考えているのですが。

▼ただでさえ暑いのにダラダラと失礼しました。
 
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