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286号 2014/2/9
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書

昨日、埼玉県飯能市は大雪でした。驚きました、天気予報が当たったのですから。と、それとは無関係のむささびジャーナルです。よろしく。

目次

1)欧米の子供たちが算数に弱いわけ
2)第一次世界大戦は「正義の戦い」だった?
3)ダボスの安倍さんが起こした「波紋」
4)国営放送と公共放送の差
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声
*****
バックナンバーから

1)欧米の子供たちが算数に弱いわけ

何号か前のむささびジャーナルでOECDの国際学力比較のことを書いたことがありますよね。あの比較の中の「数学」ですが、1位から7位までを上海、シンガポール、台湾などアジアの国が占めた(日本は7位)のですよね。英国は65カ国中の26位、アメリカは36位だった。

子供の学力比較などはどうでもいいことですが、ピーター・グレイ(Peter Gray)というアメリカの心理学者がPsychology Todayというサイトの中で語っている「なぜ数学の分野でアジアの子供たちが欧米のそれを上回ってしまうのか?」という話題は単なる茶飲み話として面白いと思うので紹介します。グレイのエッセイは
  • アジアの(子供たち)の数学における優位性は、ある部分は「数字の名前」(number names)に違いがあることが原因か?
    Does Asian math superiority derive partly from a difference in number names?
という問いかけで始まっています。「数字の名前」とは「数字の読み方」という意味です。1, 2, 3は英語ではone, two, threeであり、日本ではイチ・ニ・サンです。つまり数字の読み方の点でアジアの子供の方が有利なのではないかと言っている。グレイのエッセイの中で「アジアの子供たち」という場合、韓国・日本・中国の子供たちのことを指しているのですが、分かりやすくするために、むささびはあえて「日本の子供」という表現を使います。

で、「数字の名前」の何がそれほど問題なのか?英語で1, 2, 3, 4, 5...10をどのように読みますか?one, two, three, four, five, six, seven, eight, nine, tenですよね。日本語は?イチ・ニ・サン・シ・ゴ・・・ときて最後は「ジュウ」ですが、問題はそこから先です。11, 12, 13, 14, 15, 16...20を声に出して読むと
  • 日本語:ジュウイチ、ジュウニ、ジュウサン、ジュウシ、ジュウゴ、ジュウロク・・・ニジュウ
  • 英語:eleven, twelve, thirteen, fourteen, fifteen, sixteen ...twenty
となる。ピーター・グレイによるとこの時点でアジア(日本)の子供たちは英語圏の子供たちよりも有利なのだそうであります。何故なら日本語の数え方だと、1~10の読み方さえ憶えてしまえば11以後はそれの繰り返しになるけれど、英語ではそうはいかないからです。日本語の11(ジュウイチ)をそのまま英語にすると「ten-one」となりますよね。12はten-two・・・19はten-nineで20はtwo-tens(10が二つ)となる。いずれにせよ1~10以外のものは出て来ず、99までは常に10(ジュウ)という数字をベースにした読み方になっている。ニジュウ、サンジュウ、シジュウ・・・こういうのをピーター・グレイはbase-ten patternとかbase-ten systemと呼んでいる。つまり10進法のことですよね。

グレイに言わせると、アジア流の11(ジュウイチ)という数字は、読み方からしても「ジュウ」と「イチ」の組み合わせであることが明らかです。20(ニジュウ)は「二つの10」(two-tens)であることが単純に分かる。では21は?「二つの10に1を足す」(two-tens-one)に決まっとるがね。87は?「八つの10と7」(eight-tens-seven)以外に何があるってのさ?

ところが英語の場合は、子供たちがいくらoneからtenまで正確に記憶しても、11のelevenにはone~tenの影も形もない。12(twelve)にはtwoのtwは出てくるけれど、その次に来るのはelveという見たこともないような文字の並びです。
  • 英語による数字の読み方では、(例えば)11は10に1を加えたものであり、12は10に2を加えたものであることが誰の目にも分かるというほど明確には示されていない。
    There's nothing in these names that tells us explicitly that eleven is one added to ten and twelve is two added to ten.
つまり欧米人にとって11がelevenであるということは、記憶するっきゃない。日本の子供のように「10の次だから11」という規則性のない世界で数字に取り組まなければならない。20は理屈抜きにtwentyであって、「10が2つだから20」という理屈は存在しない。72(seventy-two: むささびの年齢)は「10が7つと2」という論理で分かるということがない。とにかく暗記、これっきゃない!

アメリカの子供と日本の子供に34+12という足し算の問題を出してみる。ピーター・グレイによると、アメリカの子供はこの問題を"thirty-four plus twelve"と読むけれど、日本の子供の読み方を英語に直すと“three-tens- four plus ten-two”となる。アメリカ流の読み方の中には答えに繋がるヒントめいた情報がなにもないのに対して、日本語の場合は、この二つの数字の中に「10が4つと1が6つ」あり、足し算の答えが46であることがきわめて自然に分かるようになっているというわけです。

ある教育学者がアメリカ、フランス、スウェーデンの子供とアジア(日本、中国、韓国)の子供を対象に数字の実験を行ったことがある。年齢はみんな6才で小学1年生。それぞれの子供に紫色の積み木と白い積み木を持たせ、紫色のものは一個で10点、白いものは一個で1点であり、白の10個は紫の1個に等しいということを説明する。そうしたうえで、11, 13, 28, 30, 42という数字になるように積み木を組み合わせて欲しいという問題を出す。

その結果、アジアの子供の8割が紫の積み木(10点)を正しく使うことで、簡単に組み合わせることができたけれどヨーロッパの子供で同じようにできたのは1割に過ぎなかったのだそうです。アジアの子供は42という数字を作るのに紫を4個と白を2個という組み合わせを簡単に作ってしまったのに、欧米の子供たちの中には白い積み木を42個集めた子が少なからずいたのだそうです。
  • 学校で正式に数の計算を習う前からアジアの子供たちは有利なスタートを切ることができるということだ。彼らは暗黙の裡に10を基本にするbase-ten systemが分かっているのだ。
    So, even before they begin any formal training in numerical calculations, the Asian children already have a head start - they implicitly know the base-ten system.
とピーター・グレイは言っています。

▼そんなこと考えてもみませんでした。このハナシとは関係ないけれど、初めてアメリカへ行ったときに7ドルの買い物をして10ドル札を渡したところ、レジのおばさんがお釣りをくれるのに1ドル札を1枚ずつ私の眼の前に並べながら "Eight, nine and ten. Here you are. Thank you!" と言った。日本だとお釣りが3ドルであることは明明白白だから、いちいち並べて確認なんかしない。でも算数も数学もからっきしアウトである私はアメリカのやり方が気に入ったのですよ。でもなぁ、英米人にしてみれば、いまさらelevenではなくten-oneにするなんて言われても困るでしょうね。

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2)第一次世界大戦は「正義の戦い」だった?
 

前々回のむささびジャーナルでお伝えしたとおり、今年の英国で大きな話題となるものの一つに第一次世界大戦開始100周年があります。BBCの特集番組情報を見ても、政府主催の行事を見ても、大いに盛り上がっているのですが、そもそも第一次世界大戦とは何であったのか?についてもさまざまな意見がメディアを賑わせています。

発端となったのは1月2日付のDaily Mailに掲載されたマイケル・ガブ教育大臣による
という寄稿文で、第一次世界大戦は「ドイツの侵略と戦う正義の戦争だった」(a 'just war' to combat German aggression)ということが基本的なメッセージとなっている。大臣によると、この戦争はドイツの特権階級が推進した弱肉強食主義に基づく拡張主義に対する戦いであったというわけで、
  • この戦争について、個人個人がどのような結論を引き出そうと自由であるということ自体が、戦争で戦った男たち、女たちの勇気の直接の成果であると言えるのだ。彼らこそが英国における特別な伝統である自由のために戦い、自由を信じた人たちであるということは憶えておこうではないか。
    it is always worth remembering that the freedom to draw our own conclusions about this conflict is a direct consequence of the bravery of men and women who fought for, and believed in, Britain’s special tradition of liberty.
と言っている。なのに・・・大臣に言わせるならば、英国では左翼的知識人たちがよってたかってこの戦いをバカにするような言論を広めている。その代表的なものが第一次世界大戦中の西部戦線を舞台にして、ミスター・ビーンのR・アトキンズが主役を務め1980年代に大ヒットしたBlackadder(ブラックアダー)というコメディであると文句を言っている。

ガブ大臣によって第一次大戦をバカにしていると罵倒されてしまった「左翼知識人」の代表格とも言えるケンブリッジ大学のリチャード・エバンズ(Richard J Evans)教授は1月6日付のGuardianの中で「マイケル・ガブは歴史に対する無知をさらけ出している」(Michael Gove shows his ignorance of history)とするエッセイを発表、この戦争が自由を守る正義の戦いであったと主張する大臣に反論しています。

第一次大戦は、基本的には英国、フランス、ロシアの3国が共同で、台頭するドイツ帝国を相手に戦った戦争であるわけですが、エバンズ教授は、英国が同盟国とした当時のロシアはニコライ2世皇帝の支配下にあり、ドイツ皇帝などよりはるかに専制主義的だったこと、さらに当時の英国自体、成人の40%に選挙権が与えられていなかったのにドイツでは国の選挙には成人男性のすべてが投票権を与えられていたこと等々を考えても、これが必ずしもガブ大臣が言うような善玉が悪玉を倒す「正義の戦い」ではなかったことは明らかと言っている。教授に言わせると「ガブ大臣こそ専門家から歴史の授業を受けた方がいい」(Gove should attend some history lessons taught by the professionals)のだそうであります。

このような激論が続いている中で1月25日付のObserverが、教育省ではガブ教育大臣の下にいる、児童福祉担当のエリザベス・トラス(Elizabeth Truss)という副大臣が下院において
  • 教師は、第一次世界大戦についていろいろな考え方があるということを生徒たちに伝えるべきであり、どのように教えるかは教師次第だ。
    Teachers should inform pupils that there are varying views on the conflict, and that it was up to teachers to decide how they taught the subject.
と発言したと伝えていました。英国の場合、閣内大臣のことはSecretaryと呼ぶのですが、大臣の下には担当別の「大臣」(Minister)がいる。Ministerの方は、Secretaryの下に来るのだから「副大臣」と言うのが適切かもしれない。ガブもトラスも選挙で選ばれた政治家です。教育大臣のマイケル・ガブは1967年生まれの46才、児童福祉を担当するトラス副大臣は1975年生まれの38才。両方とも第一次どころか第二次世界大戦だって知らない世代です。ガブ大臣もトラス副大臣もオックスフォードの出身です。

▼ものごとにはいろいろな側面があることを子供たちに教えるべきであり、どのように教えるかは教師が決めるべきだ・・・というトラス副大臣の言うことは実にまともですよね。サッチャーさん以来、英国では教育の世界に政治家が口出しすることが流行るようになってしまった。お陰で教師の影が薄くなってしまっています。絶対に望ましいことではない。

▼日本では中学・高校の学習指導要領の解説書において「尖閣諸島と竹島が日本固有の領土であること」を明記しましたよね。その件について、かつては塾経営者であった文部科学大臣が、「自国の固有の領土を子どもたちに正しく教えることは、国家として当然のこと」という発言をしていましたよね。韓国や中国からの抗議については「ていねいに説明していく」とコメントしていました。これには笑いましたね。おそらく安倍内閣では「ていねいに説明」というのが決まり文句になっているのでしょう。いずれにしても、こんな人が教育行政を司っているようでは、日本の子供たちは本当に可哀そうだ(とむささびは思います)。どこかの町でそろばん塾でもやってりゃよかったんだ、この人は。

▼おそらくこの大臣に言わせると、自国の領土を「正しく」教えるのは当たり前ということなのでしょうが、中国や韓国では違う意見があるということは教えるのでしょうか?なぜ意見が違うのか、も。「中国や韓国ではそんなことやっていないのだから日本でもやらない」というのでは、日本の教育は中国や韓国と同じでいいと言っていることになる。「世界中でそんなことを子供に教えている国はない」というのであれば、日本が最初の国になればいいのではありんせんか?いずれにしてもこの人が文科大臣などをやっているようではロクな人間は育ちません。それだけははっきりしています。

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3)ダボスの安倍さんが起こした「波紋」
 

第一次世界大戦と言えば、安倍さんが1月のダボス会議で、現在の日中関係を第一次世界大戦前の英独関係になぞらえる話をして欧米のメディアの間でちょっとした騒ぎになったという話題がありましたよね。私(むささび)、はっきり言ってこの話題そのものは大したことないと思っていたのですが、ファイナンシャル・タイムズ(Financial Times: FT)のサイトを読んでいたら、ダボスで安倍さんが記者たちとの懇談会のようなものをやったときの司会役であったギデオン・ラックマン(Gideon Rachman)というFTのジャーナリストによるエッセイが出ていました。

このエッセイが、日本のメディアのいわゆる「海外で波紋」のきっかけになった部分もあり、日本でも結構報道されているようなのでご存じの方が多いと思いますが一応紹介しておきます。

ラックマンが安倍さんに日本と中国の間で戦争が起こることは「考えられる」(conceivable)か?と質問したのですが、それに対する安倍さんの答え方について次のように書いています。
  • 興味深いことに、彼(安倍首相)はこの機会をとらえてそのような紛争はいかなるものであれ問題外だ・・・とは言わなかった。
    Interestingly, he did not take the chance to say that any such conflict was out of the question.
最初のInterestinglyというのは、日本語でいう「~は注目に値する」とか「~は話題となりそうだ」などという意味ですね。安倍さんが日中戦争というものをアタマから否定するような答えをしなかったことが「注目に値する」とラックマンが考えているということですね。ラックマンは続けて次のように言います。
  • 実は安倍氏は、現在の日中間の緊張関係を第一次世界大戦の数年前に英国とドイツの間に存在した敵対関係になぞらえて、「似たような状況だ」とはっきりと述べたのだ。
    In fact, Mr Abe explicitly compared the tensions between China and Japan now to the rivalry between Britain and Germany in the years before the first world war, remarking that it was a “similar situation”.
英語談義のようになってしまうけれど、In fact(実は・実際には)という言葉は「案に相違して」というニュアンスが入っていると思います。「日中戦争なんて論外だと言うのかと思っていたら違ったんですよ」というニュアンスです。explicitlyは言外に匂わせる(implicitly)のではなく、はっきりと言葉に出して言うということ。安倍さんは、「いまの日中関係はあのころの英独関係と似ている状況にある(戦争だってあるかもしれない)」ということをはっきり言ってしまった(とラックマンは思った)ということですね。

ラックマンのエッセイがサイトに掲載されたのが1月22日。翌日(23日)には同じFTが今度は社説で
  • 日本の首相が、いかなるものであれ1914年の欧州との比較を行うということはぞっとするし、火に油を注ぐようなことになる。
    But for Japan’s prime minister to allow any comparison with 1914 in Europe is chilling and inflammatory.
と言って安倍さんの発言が不用意すぎると批判しています。

一方、The Economistのブログ(1月23日)も安倍さんのダボス・トークに触れているのですが、FTとはちょっとニュアンスが違う。安倍さんの発言が日中間の緊張関係を背景になされたことは事実としても
  • 安倍氏はむしろ普通にある健全な議論を展開したということである。すなわち、お互いに経済的に結びつきが強いのだから中国と日本の間では戦争など不可能だ、と考える人たちは、かつての急速な貿易の成長とグローバル化の波が破滅的な戦争という結果に結びついたということを見逃しているという議論である。
    Rather he was making a commonly made salutary argument: that those who think war is impossible between China and Japan because they are so intertwined economically overlook the way a previous wave of fast-growing trade and globalisation ended - in a cataclysmic war.
というわけでThe Economistは、安倍さんの発言が単なる議論のための点数稼ぎではなく、事態の深刻さに注意を喚起することを意図したものだとすれば、「拍手を送られるべきであろう」(he should be applauded)と言っています。

ところで最初に紹介したラックマンのエッセイの中では安倍さんが、いまの中国と日本は1914年の英独関係と“similar situation”(似たような状況)にあると述べたことになっています。日本の新聞などによると、この部分は安倍さんが言ってもいないのに同時通訳者が、安倍さんの意図を説明しようとして "I think we are in the similar situation" という言葉を挿入したのだそうです。日本の外務省が雇った通訳だそうで、外務省が通訳会社に注意したという記事が朝日新聞のサイトに出ていました。

一方、1月27日付の読売新聞のサイトに、ダボスにおける安倍さんのメディア懇談会に出席した飯塚恵子・アメリカ総局長が「安倍首相発言の力点を英紙誤解」という記事を書いています。安倍さんの言ったことを曲解して報道していると言っている。ただ飯塚さんも、ダボスのあの場で第一次世界大戦の英独関係を持ち出すのは「配慮不足だ」と言っています。

▼読売新聞の飯塚さんは欧米のメディアが安倍さんの発言を誤解(もしくはわざと曲解)して報道していると批判的に書いていますが、要するに「安倍晋三=戦前回帰型右翼」というイメージが国際的なメディアの間で定着してしまっているということです。FTのラックマンもその線に沿って書いただけ。外務省も安倍さんも通訳が悪かったで済ませているけれど、similar situationという言葉が通訳によって挿入されなかったとしても似たような記事になっていたと思います。現在の日中関係について聞かれて第一次大戦前の英独関係を持ち出せば「似たような状態」と言ったのと同じですからね。

▼安倍さんにもダボスにも関係ないけれど、英国のSF作家であり、著述家であり、歴史家でもあるHGウェルズ(HG Wells)は1866年生れだから第一次世界大戦が勃発した1914年には48才だった。戦争が終わったのが1918年。その4年後にA Short History of the Worldという名著を世に出しているのですが、その中で第一次世界大戦について
  • The more interesting question is not why the Great War was begun but why the Great War was not anticipated and prevented.
    もっと興味深い疑問がある。それは第一次世界大戦がなぜ勃発したのかということではなくて、なぜそれを予感し食い止めることができなかったのかということだ。
  • と書いている。
▼一生懸命これを阻止しようとした人もいたけれど、それは少数派で大多数はこの戦争を支持したのですが、ウェルズはその理由として三つ挙げている。「愛国心」(patriotic)、「愚鈍」(stupid)、「無関心」(apathetic)がそれです。何百万人もの人々が熱に浮かされたように戦争に突入していった。英国人はまさか100万もの同胞が死ぬことになろうとは思わなかったし、ドイツ人だって250万人もの死者が出た。ウェルズの世代の英国人の中には「愚かだった」と慙愧の念に苦しむ人も多くいたはずです。

▼安倍さんは現在の日中関係をあのころの英独関係になぞらえているけれど、そんな遠くのものになぞらえなくても、いまの日本国内の空気を見れば危機的状況はわかりそうなものです。自分で作り上げたのですから。

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4)国営放送と公共放送の差

 

NHKの新会長が「韓国がいまごろ従軍慰安婦問題でガタガタ言うのはおかしい」「尖閣は日本の領土に決まっておる」etcという趣旨の「個人的」発言をしてNHKと政府・政治の関係が話題になったときに、英国のBBCと政府の関係との対比が話題になりました。

BBCと政府のあつれきというと、サッチャーさんとの対立が引き合いに出されることが多いけれど、むささびが最も鮮明に記憶しているのは、イラクにおける大量破壊兵器をめぐるブレア政府との対立です。2004年に亡くなったジャーナリスト、アンソニー・サンプソン(Anthony Sampson)がその年に出したWHO RUNS THIS PLACE?という本の中でその一部始終を紹介しています。NHK会長の発言問題を考えながら、サンプソンの本のこの部分だけをもう一度読んでみました。

この対立の背景をざっと確認しておきましょう。アメリカのブッシュ政権と一緒になってイラクを爆撃することを主張していた英国のブレア政府ですが、国民の支持はいまいちだった。そこでブレアが発表したのが、MI6のような軍事情報機関からの情報を基にしたとされるイラクに関する「報告書」(dossier)だった。イラク攻撃が行われる約半年前(2002年9月24日)のことで、ブレア首相自身が前文を書いており、次のように言っている。
  • この報告書は(サダム・フセインによる)軍事計画によって大量破壊兵器のうちのいくつかは、命令から45分以内に使用準備が整うことになっていることを明らかにしている。
    The document discloses that his military planning allows for some of the WMD to be ready within 45 minutes of an order to use them.
ここでいう「大量破壊兵器」(WMD:Weapons of Mass Destruction)には化学兵器や生物兵器が含まれていることは、ブレア首相が下院における演説で明らかにしているのですが、報告書に言う「45分」というのが大衆紙によってセンセーショナルに伝えられる。The Sunなどは「英国人はあと45分で死に絶える」(Brits 45 mins from doom)という見出しで伝えている。これだけ見ると、あたかもサダム・フセインが45分以内に英国本土に向かって長距離ミサイルでも発射するかのように思える。このようにして「45分説」(45-minute claim)が独り歩きし始めて英国人の間に「サダムは悪くて怖いヤツ」というイメージが定着していく。

報告書発表から約半年後の2003年3月20日、英米を中心とする有志連合軍がイラク爆撃を開始、フセイン政権はあっさり打倒され、同年5月1日、ブッシュ米大統領がイラク戦争の「大規模戦闘終結宣言」を行う。事実上の勝利宣言です。

ところが「勝利宣言」から約一か月後の2003年5月29日にBBCラジオのニュース番組でアンドリュー・ギリガン(Andrew Gilligan)という防衛問題を担当する記者が、英米によるイラク爆撃の主なる理由とされた「イラクは45分あれば大量破壊兵器を使う準備ができる」という政府の見解そのものがいい加減なものであったというニュアンスのレポートをする。ここをクリックすると、ギリガン記者のレポートを文字で見ることができますが、特に問題となった部分を書き出すと次のようになります。
  • (ブレア政府が2002年に発表した)報告書(dossier)の作成にあたった高官の一人が我々に語ったところによると、45分という数字そのものが間違ったものであるということを政府はおそらく知っていながら報告書の中にこれを含めることに決めたということなのです。
    what we've been told by one of the senior officials in charge of drawing up that dossier was that, actually the government probably erm, knew that that forty five minute figure was wrong, even before it decided to put it in.
  • 我々の情報源によると、報告書発表の一週間前に首相官邸から命令があって、報告書をもっと誇張してエキサイティングなものにしろ、より多くの事実を見つけ出せと言われたのだそうです。
    Downing Street, our source says ordered a week before publication, ordered it to be sexed up, to be made more exciting and ordered more facts to be er, to be discovered.
「より多くの事実を見つけ出せ」という首相官邸からの「命令」が意味するのは、サダム・フセインが如何に危険な存在であるかを示す刺激的な情報をもっと見つけ出して報告書に挿入しろということです。情報当局としては仕方なしに充分な証拠固めなしで「45分」説を報告書にいれてしまった・・・とBBCの情報源は言っている(とBBCが伝えた)わけです。激怒したブレア首相はギリガン記者による報道を真っ向から否定、BBCが政治的中立(impartiality)と信頼性(integrity)に問題があるとして、謝罪と報道の撤回を要求、真相解明のための独立調査委員会が結成される事態となった。この間にBBCのニュース部門の理事が首相の報道官に宛てた手紙はかなり強烈です。
  • 戦争が始まるまでの期間、あるいは戦争中における出来事を伝えようとするBBCを、首相官邸が脅迫しようとしていると我々は固く信じております。戦争開始前に書面でも申しあげましたとおり、BBCには偏りのない全体像を(視聴者に)示すという責任があります。貴方が「何を称して不偏というのか」を判断する最高の立場にあったとはとても思えないのです。
    It is our firm view that Number Ten tried to intimidate the BBC in its reporting of events leading up to the war and during the course of the war itself. As we told you in correspondence before the war started, our responsibility was to present an impartial picture and you were not best placed to judge what was impartial.
要するに「BBCは首相官邸の圧力には屈しない、アンタに政治的中立を云々して欲しくない」ということです。この放送がもとでギリガン記者に情報提供したとされる国防省の官僚が自殺するなどして、ブレア政府とBBCの対立はどうにもならない状態に落ち込んでいくのですが、この問題を調査した独立調査委員会は結局、BBC側に落ち度があったという報告書を発表、会長は辞任、レポートをしたギリガン記者もBBCを退社せざるを得なくなったというわけです。

事実上、ブレア政府側が勝利したようなものなのですが、ジャーナリストのアンソニー・サンプソンは自著の中で次のように結論を書いています。
  • 議会における野党の力があまりにも弱かったとき、さまざまな欠陥と無責任ということはあったにせよ、BBCは危機の状況の中で最も効果的な野党の役割を果たしたといえるのだ。
    At a time when the parliamentary opposition was hopelessly weak, the BBC with all its faults and unaccountability had acted as the most effective opposition during a crisis.
「野党の力があまりにも弱かった」という部分ですが、当時の英国下院の議席数は労働党413、保守党166、自民党52で圧倒的に労働党が多数を占めていた。またイラクへの爆撃を許すかどうかについては賛成412・反対149という圧倒的多数で採決された。

BBCを辞めたギリガン記者は声明文を発表し、自分のレポートには誤った部分もあるけれど本質的な部分では全く正しいと主張、BBCについては
  • BBCは公衆が知る権利を有している事柄を調査、正確に報道する権利は守り抜いた。私とBBCが(誤りを)認めた部分を除いては、ブレア政府による報告書のとりまとめに関する私の報道はその目的を満たしたと言える。
    It has defended the right to investigate and report accurately on matters about which the public has a right to know. Save for the admissions I and the BBC have made, my reporting on the dossier's compilation fulfilled this purpose.
と述べています。「自分にも落ち度はあったかもしれないが、本質的には政府の方に誤りがあった」と言っている。ギリガン記者の声明文はここをクリックすると読むことができます。

▼ギリガン記者が問題のレポートを行ったBBC Radio 4のTODAYというニュース番組は週日は午前6時~9時、土曜日は7時~9時に放送され、時事問題の解説やインタビューが中心で、普通のサラリーマンや主婦はもちろんのこと政治家もよく聴いている看板番組です。ブレア政府 vs BBCの対立は、独立調査委員会の報告ではブレア側が勝ったような結果になっているのですが、Daily Mailに掲載された世論調査結果によると、59%が「BBCを信頼している」と答えており、「ブレア首相を信頼する」の41%を上回っている。

▼アンソニー・サンプソンが「議会における野党の力があまりにも弱かったとき」にBBCが野党の役割を果たしたと言っていることは注意しておきたいですね。いまの日本の政治が正にその状況なのですから。なのに・・・NHKの新会長は、「政府が右だというのにNHKが左だというわけにはいかない」などとも言ったのだそうですね。国営放送と公共放送を混同しているわけですね。前者は税金で成り立ち、後者は視聴料で成り立っている。我々が視聴料を払っているのは「政府が右だと言ってもNHKは左だと言うことがある」ことを期待しているからですよね。

▼TBSラジオが、NHKの新会長の発言についてのディスカッションをやっていました。元NHKプロデューサーで、武蔵大学教授の永田浩三という人も参加しています。とても面白いディスカッションです。ここをクリックすると聴くことができる(と思います)。

▼最近のThe Economistに出ていたThe ghosts of the past once again embrace Shinzo Abe(過去の亡霊が再び安倍晋三にとりついている)という記事は、NHKの「右傾化」を示すさまざまな例について解説するものです。なんとかいう名前の新会長の慰安婦発言については、他のメディアでは大騒ぎになっているのにNHKがこれを報道したのは3日後だった。民主党政権のときには、政府の原発事故への対応をさんざ批判していたくせに今では原発の話題そのものを避けている。NHKが安倍さんのお抱え機関としてまともな日本(decent Japan)の破壊活動の手伝いをしているという現実を考えると、いまから50年以上も前に安倍さんのお祖父さん(岸信介首相)を退陣させたやり方(街頭デモ)に訴えることしかない・・・?
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5)どうでも英和辞書
 A-Zの総合索引はこちら 


game changer:画期的な出来事

マウスの体細胞を酸性の溶液に浸して刺激を与えることで、あらゆる細胞に変化できる万能細胞なるものが世界で初めて作製されたという知らせを聞いたときに、ロンドンのユニバシティ・カレッジで再生医療の研究をしているクリス・メイソン教授が最初に感じたのは
  • My God that's a game changer!
だった、と教授がBBCの取材に語っています。もともとは野球の試合などで、劣勢に立っていたチームが代打の逆転満塁ホームランのおかげで試合の流れを一気に変えてしまうような事態のことを言うのだそうですね。今回のメイソン教授は「STAP細胞」の作製が「逆転満塁ホームラン!」だと言っている理由として、もしこれが人間にも応用できるとなると
  • The age of personalised medicine would have finally arrived.
と言っている。personalised medicineという言葉には(ウィキペディアによると)「オーダ-メイド医療」という和製英語があるのだそうですね。これまでの医療では疾患中心の研究や治療法の開発が行われてきており、個々の患者によって異なる状態にそれぞれ対処することは困難だった。メイソン教授はDr Obokataらによる今回の実験によって「個々人に最適な治療計画を立てられるオーダ-メイド医療の時代がついに到来することになる」と興奮しているわけであります。

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6)むささびの鳴き声
▼今日(2月9日)は東京都知事選挙ですね。むささびは都民ではないのでこの選挙には直接関係がないけれど関心はある。本日付けの東京新聞の社説が都知事選について語っており、「原発が争点である」と言っています。むささびの感覚によると、原発を争点とするということは「原発的思考方法」の善し悪しを問うということです。ポリタスというサイトに都知事選候補者の「最後の訴え」を文字化したものが出ていました。
  • 田母神としお
    東京から日本を変えます。東京が変わらなければ日本は変わりません。安倍総理が目指す方向と同じ方向を向いて、田母神俊雄は日本を変える。強くたくましく、やさしい東京。ふるさと、東京。そして、
    世界に冠たる日本をつくるためにがんばります。
  • 宇都宮けんじ
    14年間続いてきた石原都政・猪瀬都政を根本的に変える、根本的に変えていく選挙だと考えております。また安倍政権の暴走にストップをかける、戦争の道ではなく、平和憲法を守り、平和のもとで暮らす。そういう社会を作る、そのための選挙だと考えております。
  • 細川護煕
    もう過去の産業と言われる原発に頼って、日本は斜陽の道を歩んでいくのか。それとも、自然エネルギーによって新たな飛躍の時代を日本はむかえていくのか。そのどっちを選ぶのかという、これは大きな分かれ道にきているんです。
  • ますぞえ要一
    今、世界の都市のランキングの中で、東京はまだ4位です。4位ということは、オリンピックで言えばメダルが取れていない。3位がどこか、フランスのパリです、まずそれを抜く。2位がどこか、アメリカのニューヨークです。さらにこれを抜く、そして銀メダルを取る。トップの座にあるのは、オリンピックを成功した、そのおかげでロンドンになったんです。
▼この中で太字になっている部分が、むささびの定義による「原発的思考方法」です。キンキラキンに着飾って、キンキラキンにお金使って、キンキラキンに見せびらかす・・・ほら見ろ、世界が日本や東京に注目しているではないか、みんな自信持ちなさいよ、という、あれです。そういうのは中国の皆さんにお任せした方がいいのではありません?東京新聞の社説は
  • 当落のみならず「脱原発」を掲げる候補が合わせて、どの程度の票を集めるのかにも注目したい。

    と言っています。
▼私もそう思います。むささびに関する限り、この都知事選は「原発的思考方法」を止める運動の始まりだと思っています。選挙の勝ち負けや党派にはあまり関係ない。

▼それにしても昨日(2月8日)の雪には驚きましたね。ついさっきまで近所の雪かきをしていました。案外疲れますね、あれは。今回もお付き合いをいただきありがとうございました。
 
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message to musasabi journal
バックナンバーから
2003
ラーメン+ライスの主張
「選挙に勝てる党」のジレンマ
オークの細道
ええことしたいんですわ

人生は宝くじみたいなもの

2004
イラクの人質事件と「自己責任」

英語教育、アサクサゴー世代の言い分
国際社会の定義が気になる
フィリップ・メイリンズのこと
クリントンを殴ったのは誰か?

新聞の存在価値
幸せの値段
新聞のタブロイド化

2005
やらなかったことの責任

中国の反日デモとThe Economistの社説
英国人の外国感覚
拍手を贈りたい宮崎学さんのエッセイ

2006
The Economistのホリエモン騒動観
捕鯨は放っておいてもなくなる?
『昭和天皇が不快感』報道の英国特派員の見方

2007
中学生が納得する授業
長崎原爆と久間発言
井戸端会議の全国中継
小田実さんと英国

2008
よせばいいのに・・・「成人の日」の社説
犯罪者の肩書き

British EnglishとAmerican English

新聞特例法の異常さ
「悪質」の順序
小田実さんと受験英語
2009
「日本型経営」のまやかし
「異端」の意味

2010
英国人も政治にしらけている?
英国人と家
BBCが伝える日本サッカー
地方大学出で高級官僚は無理?

東京裁判の「向こう側」にあったもの


2011
「日本の良さ」を押し付けないで
原発事故は「第二の敗戦」

精神鑑定は日本人で・・・

Small is Beautifulを再読する
内閣不信任案:菅さんがやるべきだったこと
東日本大震災:Times特派員のレポート

世界ランクは5位、自己評価は最下位の日本
Kazuo Ishiguroの「長崎」


2012

民間事故調の報告書:安全神話のルーツ

パール・バックが伝えた「津波と日本人」
被災者よりも「菅おろし」を大事にした?メディア
ブラック・スワン:謙虚さの勧め

2013

天皇に手紙? 結構じゃありませんか

いまさら「勝利至上主義」批判なんて・・・
  
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