1)パブ保存の悪戦苦闘
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英国へ旅をしてパブに入ってビールを飲むと何やら普通の英国人と仲間になったような気がして楽しいですよね。最近、そのパブをめぐってちょっとした動きがありました。11月18日、英国下院で小企業・起業・雇用法案(Small Business, Enterprise and Employment Bill)の修正案というのが賛成284:反対259票で可決されたのですが、この法案は英国におけるパブの経営に画期的な影響をもたらすものとして、賛否両論大いに注目されています。
英国のパブは経営形態によって2種類に大別されます。一つは全国チェーンで展開する、パブ会社(pubco)の傘下にあるもので、親会社に「縛られている・繋がっている」というわけで
"tied pubs" と呼ばれています。 もう一つはチェーンからは独立してそれぞれのオーナー(pub landlords)が経営するもので、"free
houses" と呼ばれています。現在、英国にあるパブの数はざっと5万軒、うちチェーン系の"tied pubs"が2万3000軒、残りが
"free houses" となっているのですが、チェーン系のほとんどがEnterprise InnsとPunch Tavernsのどちらかに属している。
今回、下院でビジネスのやり方が問題になったのはチェーン系のパブの方です。Punch Tavernsのようなパブ会社は「パートナーになって楽しくパブを経営しませんか?」と呼びかけて、経営ノウハウを提供したり、パブ開店のために土地を賃貸したりすることでチェーンを増やしているのですが、主なるビジネスはビールの「提供」です。チェーンに加盟すると、ビールを安く卸してもらえるのですが、ビールの種類はパブ会社が決めるので、パブ経営者には選択の自由がない。これを改めてパブ経営者に選択の自由を与えることにしたというのが第一点。
さらに問題とされたのが、パブが立地する土地の賃貸料です。チェーンに加盟するということはパブ会社に対して借地人になるということでもあり、しかも借地料はパブ会社が勝手に値上げしたりすることもできる。中にはそれが払えずに閉店に追い込まれるパブが出てきた。それだけではない。信じられないハナシですが、パブ会社によっては土地そのものを売ってしまうケースもある。そうなるとパブは閉店せざるを得ない。で、今回の修正案では、土地代はパブ会社が設定するのではなく、第三者によって算定された代金を支払うということになったわけ。
もともとパブはビールメーカーが独占的に全国展開していたのですが、1980年代のサッチャー政権が独占はおかしいというので規制緩和を行ったところ、ビール会社による独占はなくなったけれど別の企業が独占するようになってしまったというわけです。
で、今回の修正案可決について、パブ会社側の団体である英国ビール&パブ協会(British beer & Pub Association)が
- この変更によってほぼ400年にもわたって英国独特のパブ業界に貢献してきた「ビールの絆」が事実上破られることになった。
This change effectively breaks the 'beer tie', which has served Britain's unique pub industry well for nearly 400 years.
と嘆いている一方で、パブ会社の「横暴」に反対する運動を続けてきた「昔ながらの英国ビールを守る会」(Campaign for Real Ale:CAMRA)の代表は「偉大なブリティッシュパブの将来を守る第一歩になった」(a move that will secure the future of the Great British pub)と歓迎しています。ロンドンのハムステッドという地区にあったOld White Bearというパブは300年という歴史を誇っていたのですが、その敷地をパブ会社が売却してしまい、一時は閉店したのですが、地元民の運動で再開店する方向に進んでいるようであります。
ただ・・・CAMRAはこれで英国パブの将来は明るいようなことを言うけれど、The Economistなどによるとパブ会社の「横暴」があってもなくても、パブの数は過去12年間で1万2000軒も減っているし、1999~2012年、パブやレストランにおけるビールの消費量は42%もダウンしているという現実はある。
なぜパブが減るのか?The Economistは2007年に労働党政権下で施行された店内喫煙禁止法、金融危機による景気の低迷、パブで出されるビールにかかる税金が上がったことなどを挙げた上で、英国人はパブで飲むより、スーパーでビールを買って自宅の居間でサッカーのテレビ中継を見ながら楽しむという生活習慣になってしまったことを挙げています。
▼ネットで調べると、英国のパブで1パイント(約480ml)のビールを飲むと、平均3ポンド前後とられる(地域にもよるけれど)。一方、テスコというスーパーのサイトを見ると、1ポンド出せば440mlのビールが4本買える。友だちを自宅に呼んで、居間でテレビの前でワイワイやりながらビール飲んでサッカーを楽しむ方が圧倒的に安い。昔は庶民の住宅が今ほどに充実しておらず、パブで一杯やりながら談笑するのが庶民的息抜きの定番だった。要するにライフスタイルが変わってしまったということですよね。
▼数年前に英国に滞在した際に思ったのですが、パブが「居酒屋」である時代はかなり前に終わってしまい、いまやファミレス時代なのだということだった。1980年代初期の英国でパブに3世代ファミリーでやってきて楽しげにランチを食べる様子なんてあっただろうか?それと最近の日本では英国風、アイルランド風のパブというのがたくさんありますよね。むささびには妙に居心地がいいのでありますが、その秘密はどこにあるのだろう?ほとんど行ったことがない、「居酒屋」より居心地がいいと思いません?
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2)やっぱり楽でない、五輪の後始末
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11月22日付のSpectator誌のサイトに
という見出しの記事が出ています。書いたのはロス・クラーク(Ross Clark)というジャーナリストなのですが、イントロが
- 2012年のロンドン五輪が本当にいくらかかったのかは実は全く明らかになっていない
The full cost of the 2012 Olympic Games is still far from clear
となっている。ジャーナリストという人たちは何かというとケチをつけるのが好きだから、国内外のみんなが熱狂・絶賛した、あのロンドン五輪にもいろいろと問題があるということなのだろうと思って読んでみた。東京五輪の関係者(猪瀬・前東京都知事や舛添現知事)もロンドン五輪は絶賛していますよね。
2012年のオリンピックがロンドンで開催されることが決まったのは2005年7月。立候補当初の開催予算は会場建設と大会運営も入れて24億ポンド(約5000億円)だったのが、開催決定のころには27億5000万ポンドとなり、1年後の2006年にはこれが42億5000万ポンドにまで跳ね上がってしまった。
取材していた記者のロス・クラークは、その時点で間違いなく100億ポンドを超えるだろうと思っていた。2014年現在、公式に発表されている数字は89億2000万ポンドですが、これからいろいろと「あれもあった・これもかかった」という類のハナシが出てくるので、89億2000万も最終的な数字とは思えないとのことで、100億ポンドを超えなかったら、「オリンピック・スタジアムの前でクビを差し出してもいい」(I promised to eat my hat on the steps of the Olympic stadium)とクラークは言っている。
Spectator誌の記事で問題にしているのは、ロンドン五輪のメイン・スタジアムのことです。ロンドン遺産開発公社(London Legacy Development Corporation:LLDC)という組織がこれを管理しているのですが、スタジアムはウェストハム・フットボールクラブ(West Ham Football Club)というプレミア・リーグのサッカークラブの本拠地(6万人収容)として使われることになっておりそのための改造工事が行われることになっている。
が、その改造コストが1億5400万ポンドから1億8990万ポンドへ引き上げられることが、つい最近発表されたのだそうです。建設会社の説明によると、新しい屋根の取り付けが「思ったより複雑」(proving
to be more complex than had at first been realised)なのがその主なる理由なのだそうです。しかしこの1億8990万ポンドには、「取り外し可能な座席」(retractable
seating)の工費は入っていない。この座席はサッカーの試合に際して取り外してグラウンドスペースとして使えるようにするもので、絶対に欠かせないものなのだそうです。さらにプレミアリーグともなると、サッカー・スタジアムにはレストランやバー、さらには貴賓室まで儲ける必要があるが、それらもこの新しい経費には含まれていない。
つまりいろいろ含めて2億ポンドを突破する可能性は十分ある。8万席の既存のスタジアムを6万席の競技場に改造するのになぜ2億ポンドもかかるのか?プレミア・リーグのアーセナルの本拠地として使われているロンドンのEmirates Stadium(2006年完成)の場合、総経費は3億ポンドだった。しかしこれは既存の施設を改造するのではなく、新しいものを作ったケースで、工事費にはそこにあったゴミ処理場の移設費用やそこで稼働していた工場の移転費用などが入っている。それを考えると、五輪スタジアムの改造に2億ポンドというのはいかにも高いというわけです。
もともと立候補当時、ロンドン五輪のスタジアムは、五輪後には2万5000人収容の陸上競技場になる予定だったので、屋根がついていない。ただ読みが甘かったのは、2万5000人も集まる陸上競技イベントなんてほとんどないということに気がつかなった。
五輪の4年前の2008年、ボリス・ジョンソンが市長になって、スタジアムのサイズは変えずにサッカー場として改造する方が望ましいということになり、ウェストハム・フットボールクラブの本拠地として使われることになったのですが、ほぼ2億ポンドの改造費のうちウェストハムの負担は1500万ポンド。99年契約で一年のうちの11ヶ月はウェストハムに優先利用権がある。もちろんウェストハムは借り賃を払うわけですが、それがいくらなのかについて、LLDCは年間「数百万ポンド」(‘several million’)としか言わないし、99年も待たずにウェストハムが別の場所に引っ越したいとなったらどうなるのかについてもどのような取り決めになっているのかが明らかにされていない。ウェストハムは現在はアプトンパークというところに本拠地を持っているのですが、五輪スタジアムと契約をするにあたってこれを売却しており、その際の収入が7100万ポンドだったことを考えると、1500万ポンドの改造費負担なんて何でもない・・・とクラークは言っている。
でも改造総計費が1億8990万ポンドで、ウェストハムが1500万ポンドを負担するとして、残りの約1億7500万ポンドはどうやって賄うのか?クラークによると、オリンピック・パークの土地売却のほか政府からのお金が2500万、LLDC自体が3600万などを負担するのですが、このスタジアムが存在しているニューハム(Newham)という区も4000万ポンドを負担することになっている。区民の税金が使われるということです。
新スタジアムの収入のいくらかが区に支払われたりという見返りはあるのですが、クラークによると問題になりそうな「見返り」として、改造工事に必要な労働者はニューハム区が主宰するハローワーク(job centre)を通じてのみ調達することになっているということです。これらの仕事にありつくためにはニューハム区民であることが必要ということになる。ニューハム区は4000万ポンドを払うことで、隣接する区の住民がスタジアムの改造工事現場で働くことを制限することになる。労働力の自由な流れを阻害するということになるのではないか、とクラークは言っている。
というわけで、他にもいろいろと問題はありそうなのですが、Spectatorの記事は
- 悲劇なのは、ロンドンに二つの国立のスタジアムが存在することになってしまったということだ。ウェンブリーと五輪スタジアムの二つだが、実際には一つで十分だったのだ。しかし過ちはなされてしまった。それにしても英国の納税者はスタジアムを二度建設するためにお金を出しているようなものだ。しかもそのスタジアムは実質的にはサッカー・チームに手渡されるのと同じことになる。
The tragedy is that we have ended up with two national stadiums - Wembley and the Olympic stadium - when one would have done. But that error having been made, did taxpayers need to be stung effectively to build the Olympic stadium twice, so that it could be handed over to a football club?
と言っています。
▼前号のむささびジャーナルの「どうでも英和辞書」が、東京五輪のメインスタジアムについてwhite elephant(白い象)という言葉をとりあげています。「無用の長物」という意味ですが、このエッセイを書いたロス・クラークは、ロンドン五輪が遺した、巨大な「白い象」が生き返るためには、相当な手術が必要なようである、と言っています。ただ、彼によると、現在ロンドンの不動産価格が狂ったような高騰を続けているので、オリンピックパークの土地を切り売りすることで、スタジアムの改造工事も賄える可能性はあるとのことであります。
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ロンドン五輪は英国人を変えた!? |
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3)ツイッター写真が命取りに
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上の写真、エミリー・ソーンベリー(Emily Thornberry)という労働党の国会議員(女性)が自身のツイッター上で使ったもので、ツイッター上に掲載したのが11月20日、キャプションとして"Image
from #Rochester" と書いてある。「ロチェスターという場所で撮った写真を発信した」という意味です。ソーンベリー議員は影の内閣で法務長官(Attorney
General)をつとめる労働党の重鎮なのですが、このツイッターのおかげでこれを辞任せざるを得なくなってしまった。なぜこの写真が辞任劇につながるのか?話せば長いことながら、まあ聞いておくんなはれ・・・。
まず撮影場所のロチェスターですが、ロンドンからクルマで東へ1時間ほど走ったところにある町で、11月20日に国会議員の補欠選挙(むささびジャーナル305号)があり、ソーンベリー議員は労働党の候補者を応援するためにこの町に乗り込んでいた。この補欠選挙は保守党の議員だった人物が英国独立党(UKIP)へ移籍したことを理由に行われたものなのですが、このUKIP候補者が勝って、同党二人目の国会議員の誕生という結果となった。第2位は保守党の候補者で、ソーンベリー議員が応援した労働党の候補者は第3位だった。
以上が上の写真がツイッターで発信された背景です。次に写真そのものについて説明します。アパート風の住宅の窓からイングランドの旗が3枚垂れ下がっており、その前の駐車場には白いバン(ワンボックス車)が停まっているという、どうってことない風景ですよね。
まず背景のアパート風の建物、これはおそらく公営住宅(council house)というやつで、低所得者が暮らす安アパート。次にイングランドの旗。これはサッカーのワールドカップでお馴染み、イングランド人の愛国心を掻き立てる存在ですよね。そして・・・決定打とも言えるのが駐車している白いバン(white
van)であります。むささび自身まったく知らなかったのですが、"white van man" という英語(ブリティッシュ)の表現があるんですね。「白いバンを運転する男」ということですが、Cambridge Dictionaryは次のように定義しています。
- a man who is thought to be typical of drivers of white vans by being rude, not well educated, and having very strong, often unpleasant opinions
白いバンを運転する男の典型:無礼で無教養のくせに自己主張が強く、往々にして不愉快な考え方をする
ソーンベリー議員が"Image from #Rochester"というタイトルでツイッターに掲載した写真が象徴するのは、安アパートで暮らす愛国主義的労働者階級(patriotic
working classes)であり、結果としてこの種の人たちに対する彼女(および労働党)の嫌悪感(contempt)を表現するツイッターになってしまった。労働党と言えば、本来ならこのクラスの人たちによって支えられている政党のはずなのにその人たちを侮辱するとは何事か!というわけです。しかも悪いことにソーンベリー議員自身はロンドンのIslingtonという、どちらかというと金持ちエリアとされる区域の選出議員であり、それがメディアで面白おかしく取り上げられて大騒ぎになったのですが、キャメロン首相などは
- このツイッターが意味しているのは、ミリバンドの労働党が一生懸命働いて、愛国主義者で国を愛している人びとをバカにしているということだ。実にひどいハナシだ。
what this means is Ed Miliband’s Labour party sneers at people who work hard, who are patriotic and who love their country. And I think that’s completely appalling.
と述べて大喜びしております。補欠選挙では保守党候補が負けたのだから、喜んでいる場合ではないのですが・・・。当のソーンベリー議員はというと、後日のツイッター上で
- 3枚のイングランド旗の写真が無礼を働いたことをお詫び申し上げます。イングランド旗を掲げることにはみんなが誇りを持つべきであります!
I apologise for any offence caused by the 3 flag picture. People should fly the England flag with pride!
と謝罪しております。
11月21日付のGuardianによると、ソーンベリー議員のツイッターについて政治記者の間では、影の内閣を辞任するほどのことではないという意見と「辞任は当然」という意見に分かれているのですが、一致しているのは、この写真掲載が「大失態」ということなのだそうです。ただGuardianは、この騒ぎを英国人以外の人びとに説明して分かってもらうのは難しいだろうとも言っています。
▼確かにこの写真だけ見て「労働者階級をバカにした」なんて、外国人には分かりっこない。英国は来年5月7日の選挙に向けて各党ともに臨戦態勢という感じなのです。世論調査の世界では現在のところ労働党と保守党が支持率30%程度で抜きつ抜かれつしているのですが、なんといっても特筆ものなのは、UKIPの支持率が16%もあるということ。本来なら保守・労働の次に来るのは自民党(Lib-Dem)のはずなのに、この党への支持率は8%程度という状態です。
▼この騒動を伝えるメディアが最も頻繁に使っているのが、"snob" という言葉です。「お高くとまる」というような意味ですよね。数ある英単語の中でも、人格表現としては最悪の部類にはいるかもしれない。議員には申し訳ないけど、謝罪文も可笑しいと思いません?国旗について「みんなが誇りを持つべきであります!」なんて、却って白々しいと思われるだけなんでないの? |
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「階級社会」の概念と現実
英国人の英国観 |
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4)民主主義の全国巡業?
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大英帝国の研究で知られるバーナード・ポーター(Bernard Porter)という歴史家が11月25日付のLondon Review of Books (LRB)のサイトに「巡回国会」(Parliamentary Roadshow)という短いエッセイを書いているのですが、現在の英国はもちろんのこと、日本にも当てはまるかもしれない意見を言っています。結論からいうと、英国の国会を各都市回り持ち開催にしようということです。
ロンドンのあの国会議事堂は、建物の名前としてはウェストミンスター宮殿(Palace of Westminster)というのですよね。あの宮殿の歴史は11世紀にまで遡るけれど、いまから180年前の1834年に火災でほとんど焼けてしまい、1870年に現在の建物ができた・・・ということが議事堂のサイトに書いてある。あの議事堂が出来た当座、ロンドン市民はもちろんのこと国会議員の間で非常に評判が悪かった。最大の理由はテムズ川からの悪臭が議事堂内に漂ってどうにもならないということだったらしい。
バーナード・ポーターも個人的には好きになれない建物であるとのことですが、建物がかなり傷んできており、これを修繕するには30億ポンド(4500億円~5000億円)もかかるのだそうです。あの建物を修繕するのに30億ポンドもの税金を使うことの善し悪しはともかく、仮に30億ポンド使って修繕工事をすることになったとして、工事中の議会はどうするのかという問題が出てくる。修繕工事の音がする中で議会を開催するのは大変だというわけでバーナード・ポーターは
- それこそ絶好のチャンスだ。傷んでいるのはウェストミンスター宮殿の壁紙だけではない。その中で仕事する人たち(国会議員のこと)の評判も相当に傷んでいるではないか。
There’s a golden opportunity here: the fabric of the palace isn’t the only thing that’s crumbling. The reputation of those who work in it is, too.
と主張します。この際、議会の建物と同時に議員の評判も「修繕」してはどうかということですね。
むささびジャーナルでも何度か紹介したとおり、英国独立党(UKIP)という右派政党が、国民の欲求不満を吸い上げるように勢力を伸ばす一方で、これまでは全くの泡沫政党に過ぎなかった緑の党(Green Party)までもが結構支持者を増やしている。要するに「保守」だの「労働」だのという既成政党の評判が全く落ち込んでいるということです。保守党は「名門私立校出身の金持ち」であり、労働党は、「学生時代からの観念的左翼活動家の集まり」であるというイメージが浸透してしまって有権者の間に「どいつもこいつもオレたちとは無関係」という欲求不満が高まっている。こういう状況こそナチズムの台頭を生んだのだと言っている。ポーターはまた
- こうした状況をさらに悪くしているのが政治家と大半の国民の間の地理的な距離である。
Aggravating this is their geographical distance from most people.
と言って、国会議事堂があるロンドンおよびイングランド南部とポーターが住んでいる北イングランドとの経済的な格差に触れている。住宅価格なども全く違う。北イングランドの人たちのロンドン政治への反感は相当なもので、スコットランド独立の国民投票が行われたときは「反ウェストミンスター」意識の点でスコットランド独立派への共感が大いに盛り上がったのだそうです。
そこで政治と有権者の間の地理的な距離感を小さくするために、ウェスミンスター宮殿の修繕工事の期間中だけでも国会を地方都市に立地し、それを一年ごとの持ち回り開催にしてはどうか、というのがポーターのアイデアです。今年がマンチェスターなら来年はスォンジー(ウェールズ)、その次はグラズゴー(スコットランド)、さらにはニューカッスル(北イングランド)という具合です。こうすることで、国会議員が「地方」の弱さと強さを実体験できるし、政治家にくっついてくる全国紙の政治記者たちも国会が開催されている地方のことをもっと積極的に報道するようになる。巡回議会(peripatetic
parliaments)というのは、中世の英国では行われており、単なる戯言ではないとのことであります。
- しばらくロンドンから離れることは、崩壊しつつある英国の民主主義に「善なる活力」を与えるだろう。それをやって失うものは何もないではないか。
Getting away from London for a while could do Britain’s crumbling democracy a power of good. What’s to lose?
とポーターは言っています。
▼日本の国会も、来年は札幌、その次は金沢・・・という風に巡業システムにするというのはどうでしょうか?東京・永田町だけに居なければならない理由なんてどこにもないのでは?「遷都」ではなくて「遷議会」ですな。何でも東京中心という発想は、「東京を元気にすれば日本が元気になる」と言っていた、あの知事さんでオシマイにしましょう。国民体育大会だって県の持ち回りでやっているのだから。 そうなると安倍さんあたりが「国会なら山口に決まってるでしょ。ボクのおじいちゃんだって山口県だったんだからぁ」とか言い始め、それに対して石破なんとかいう人が「鳥取砂丘に国会を作る運動」なんてのを始めかねない・・・止めたほうがいいか、やっぱ。
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英国内の「南北格差」 |
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5)ヘンリー・キッシンジャー:91才の「識見」
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ヘンリー・キッシンジャー(Henry Kissinger)を憶えていますよね。1969年から1977年までリチャード・ニクソンとジェラルド・フォードの米政権で国務長官をつとめたあの人です。1923年生まれだから今年で91才になるのですが、"World Order" という本を著したのだそうですね。そのためのPRということもあるのでしょうが、ドイツの週刊誌、Der Spiegelとインタビューを行っており、それが11月13日付の同誌のサイトに掲載されています。かなりの長さで、全部を紹介するのは難しいのですが、むささびの独断で特に面白いと思われる部分だけ抜き出してお知らせします。またキッシンジャーのコメントが一つ一つかなり長くて、英文をつけると読みにくくなるので今回は省きます。ここをクリックすると全文を読むことができます。
インタビューはまずロシアと欧米との間の緊張関係について語ります。キッシンジャーは、3月に行われたロシアによるクリミア併合について、ヒットラーによるチェコスロバキア侵攻と違って、ロシアはクリミア併合によって世界制覇を狙ったのではないのに、欧米はプーチンの考えるところを誤解していると批判します。「ではプーチンは何を考えていたのか?」という問に対して次のように答えます。
- プーチンは巨額のお金を使ってソチの冬季五輪を遂行した。あの五輪を通じてプーチンが訴えたかったのは、ロシアが進歩主義的な国家として文化的にも欧米と繋がっているということ、ロシアが欧米の一部であることを望んでいるということだった。だとしたら五輪終了の一週間後にプーチンがクリミアを併合し、ウクライナに戦争をしかけるなどということはナンセンスではないか。なのにそれは起こってしまった。なぜなのか?そのことを(欧米の指導者は)自らに問うてみる必要がある。
つまりロシアが自分たちも欧米の仲間だと言いたかったのに、ソチ五輪の開会式への首脳の出席をボイコットしたりして欧米側がプーチンの意図するところを理解しようとしなかった・・・それがクリミアやウクライナ東部における事態のエスカレーションにつながった。そのことについては欧米にも責任の一端があると言っている。ウクライナの国内情勢についても欧米はロシアと対話をするべきだった。なのに欧米が行ったのは、EUとウクライナの経済協力の促進のように、ウクライナをEUに取り込もうとすることだけだった。そのことがプーチンを欧米から遠ざけてしまった、と言っている。
「プーチンのこれまでの行動を見ていると、自分で自分を窮地に追い込んでしまったようにも見える。要するにロシアとどう付き合えばいいと思っているのか?」という記者の質問に対しては次のように答えます。
- 憶えておくべきなのは、ロシアが国際体制のなかで重要な部分を占めており、従って使い道のある存在であるということだ。イランとの核不拡散についての協定やシリアをどうするのかという問題も含まれる。このことは戦略的エスカレーションよりも大切なことだ。一方においてウクライナが独立国であり続けることは大切であり、経済や貿易の面でどの国と連帯を深めるかはウクライナ自身が決めるべきことだ。が、あらゆる国がNATOの枠組みの中での同盟関係を持つ権利があるというのは必ずしも全てに当てはまるものではない。ウクライナのNATO加盟についてNATO加盟国がすべて(満場一致で)賛成することがないということは誰だって知っている。
要するにロシアは欧米にとって「使いでのある」(useful)な存在であり、そのような付き合いをするべきだということ、そのために過度にロシアを敵に回すようなことは止めたほうがいい、と。ウクライナをNATOに入れようなどとは考えないほう方がいいということ(のようです)。"useful" という言葉でロシアという国を位置づけようとしている。
次なる話題は「イスラム国」に悩まされるシリアとイラクです。Spiegelの記者が「イスラム国との戦いの最も重要な目的はイラクとシリアにおいて被害を受けている市民の保護にあるのではないのか?」と質問すると、
- 最初に言っておきたいのだが、シリアの危機を、冷酷な独裁者がか弱い国民を痛めつけているのであり、独裁者さえ除去すれば国民は民主的になる、という考え方には賛成できない。
とキッシンジャーが答える。記者がなおも「シリア危機をあなた自身がどのように定義しようが、シリアで市民が被害を受けていることは事実ではないか」と食い下がると、キッシンジャーは次のように答えます。
- そのとおりだ。シリアの人びとは同情されて然るべきであり、人道支援を受ける資格もある。そもそもあの国ではいま何が起こっているのか?そのことについての私の考えを述べてみたい。シリア内戦には三つの側面がある。一つは他人種間の紛争、もう一つは旧態然たる中東の体制に対する反逆であり、そしてアサド政権に対する反政府闘争という側面だ。(欧米の側に)シリアが抱えている問題をすべて解決しようとする意思があり、そのためにはあらゆる犠牲を惜しまないという気があり、問題解決のための体制を作り出すことが可能であると考えるというのであれば、シリア内戦に介入することは可能かもしれない。が、だとするとそれは軍事介入ということを意味し、その結果として起こることに直面する覚悟が必要だ。リビアを見ろ。カダフィを打倒したことが道義的には正しかったことは間違いない。しかし我々(欧米)にはその後に生じた空白状態を満たそうとする意思はなかったということだ。その結果、現在のリビアでは民兵たちが互いに殺し合いを続けているし、国全体が統治不能状態であり、アフリカの兵器庫ともなっているではないか。
リビアについては、前号のむささびジャーナルで掲載した『リビアが忘れられている』という記事と同じようなことを言っているわけですが、Spiegelの記者の「やはり反アサド独裁政権のために欧米は軍事的な介入をするべきだったのでは?」という問いかけに対するキッシンジャーの答えは
- 私は常に積極外交というものを追求してきたが、そのために必要なことは誰と協力関係を持つのかを分かっているということだ。信頼できるパートナーが必要だということだが、シリア問題に関してはそのようなパートナーはいないと思う。
というものだったのですが、彼はインタビューの別のところで、
- シリアの問題についてはロシアと協議するべきだった。お互い(ロシアと欧米)がシリアにおいてどのような結果になればいいと思うのかを話し合い、そのための全体的な戦略を相互に検討し合うべきだったのだ。最初からアサド打倒を叫ぶのは間違っていた。たとえそれが欧米の最終的な目標であったとしても、だ。
と述べて、ロシアとの協調路線を貫きながらシリアのアサド政権やイスラム国に対処するべきであったと主張している。
キッシンジャーが「積極外交」(active foreign policy)というものを常に信奉してきたと述べたことに関連して、Spiegelの記者が「あなたはベトナム戦争において"攻撃的政策”(aggressive policy)を展開したがそのことを悔いることはあるか?」と質問したのに対しキッシンジャーは次のように答えています。
- まず忘れないで欲しいのは、あの戦争は私が仕えた(共和党)政権が、前の政権(民主党)から引き継いだものであるということだ。民主党のジョンソン政権によって50万のアメリカ軍が展開されていたのを(自分が仕えた)ニクソン政権が徐々に撤退させ、1971年には地上軍の撤退が終わったのだ。私に言えるのは、我々はものごとを極めて慎重に進めたということだ。戦略的にも私に関する限り最善の道を選んだと言えるし、最善の確信をもってことにあたっていたと言える。
「自分のやったことは絶対に間違っていない」と言っているのですが、Spiegelの記者によると、新しい著書においてキッシンジャーが自己批判をしているともとれる部分があるのだそうです。
- あなたは著書の中で、昔は歴史を説明できると考えていたが、現在では歴史上の出来事を判断するに際しては昔よりも慎重(modest)になっていると書いているが・・・
という質問に対してキッシンジャーは
- 私が学んだのは、歴史というものは、常に新たに発見されるべきものであり、固定的に語られるべきものではないということだ。人生において人間は成長するということを認めるということであって、必ずしも自己批判ではない。私が言いたかったのは、自分の意思一つで歴史をかたち作ることができるなどと考えるべきではないということだ。そのこともあって、私は結果として起こることが分からないのに(他国のことに)介入するということには反対なのだ。
- I have learned, as I wrote, that history must be discovered, not declared.
It's an admission that one grows in life. It's not necessarily a self-criticism.
What I was trying to say is you should not think that you can shape history
only by your will. This is also why I'm against the concept of intervention
when you don't know its ultimate implications.
と述べている。
▼このコメントはキッシンジャーの「いま」を知る上で大切な部分だと思うので英文もつけておきます。特にわからないのは "history
must be discovered, not declared" というところ。直訳すると「歴史は発見されるべきものであって宣言されるべきものではない」となる。これでは何のことだか分からない。正直言って、むささびの日本語(「歴史というものは、常に新たに発見されるべきもの・・・」)が正しいのかどうか100%の自信はないのですが、キッシンジャーが言いたいのは、歴史の研究は固定観念のようなものを捨ててかからなければならないということなのではないか、と(むささびは)考えたわけです。
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「結果がわからずに介入するのはよくない」と言っているくせに、2003年のイラク戦争についてキッシンジャーは賛成していた。「あの戦争だって、その結果として何がどうなるのか明確には分かっていなかったはずではないか」と記者が突っ込むと
- あのとき私が考えていたのは、アメリカに対する攻撃(9・11テロ)のあと、アメリカはその立場を明確にすることが大切であるということだった。国連も(イラクによる)主なる違反行為を認めていた。だから私はフセイン打倒は正当な行為であると考えたのだ。ただ私は軍事的な占領によって民主主義を確立しようとするのは非現実的であるとも思っていた。
イラクを爆撃して、フセイン政権を打倒することは「正当」だが、その後の民主主義確立が軍事占領政策によってできるなどと考えるのは「非現実的」だ、と。「なぜそれが非現実的であると自信を持って言えるのか?」(Why are you so sure that it is unrealistic?)と記者が追及する。キッシンジャーの答えは・・・
- 何十年にもわたって占領政策を続ける気があり、しかも(その国の)人びとがついてくるということが確実であるのなら軍事的占領による民主主義確立も可能だろう。しかしそれはおそらく一国だけでできるような事柄ではないだろう。
というものだった。
▼このインタビューには'Do We Achieve World Order Through Chaos or Insight?'というタイトルがついている。「世界秩序は混乱を通じて出来上がるのか識見によって確立されるのか?」という意味ですよね。これはタイトルであるけれど、キッシンジャー自身の問いかけでもある。もちろん彼の答えは「識見」(insight)こそが世界の秩序を保障するということであり、しかもそれは彼自身の「識見」というわけでしょう。
▼「世界の秩序」というのを別の言葉でいうと、歴史も感覚も人生観も異なる70億もの人間が存在している地球で、殺し合い、殴り合いを最小限に留めるということですよね。キッシンジャーという人は、よく言えば「現実主義者」かもしれないけれど、基本的に力による政治の信奉者であるということですね。国際政治においては強いものが勝ちということ。善悪は関係ない。でも彼はそのようには言わない。国際政治において大事なのは「識見」だと主張するだけ。彼のいわゆる「識見」は軍事力に裏打ちされた「支配的な意見」のことでしょう。第一次世界大戦から20世紀の終わり頃までは、アメリカの考え方こそが「識見」だった。しかしそれは彼自身が「終わらせた」と主張するベトナム戦争を境に陰り始めて現在に至っているのでは?キッシンジャーの「識見」はアメリカが「世界の警察官」であったころに国務長官であったからこそ通用したのでは?
▼キッシンジャーは1923年、ドイツのフュルト(Furth)という町でユダヤ人の家庭に生まれ、1938年にナチスを逃れて渡米、「超」の字がつくような明晰な頭脳の持ち主であったと見え、40才にしてハーバード大学の政治学教授となっている。Spiegelによると、彼は頭脳の点では広く尊敬を集めているけれど、政治経歴については問題視する意見が多い。ベトナム戦争ではナパーム弾の雨をベトナム、ラオス、カンボジアなどに降らせ多数の市民の死者を出した。さらにキューバ空爆秘密作戦まで練り上げていたのだそうで、これはカーター大統領によって潰された。
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6)どうでも英和辞書
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narcissist:ナーシシスト・自己陶酔者
英語の発音をカタカナで書いたりするのはまずいのかもしれないけれど、narcissistの発音は「ナルシスト」ではなく「ナーシシスト」なんですね。「シ」が二つ入るとは知らなかった!と、それはまあいいとして、「ナーシシスト」というのは、自分で自分のことを素晴らしいと思い込んでしまうような傾向のある人のことですよね。自己中心主義というか・・・むささび的というか。「ムササビスト」なんても面白いかもな。
アメリカのBuzzFeed Newsという政治関係のサイトによると、1929年から2014年までの85年間で14人の大統領がいるのですが、最も自己陶酔的だったのはハリー・トルーマン(1945年~1953年)、いちばん自己陶酔的でなかったのはハーバート・フーバー(1929年~1933年)だそうです。
どうしてそんなことが分かるのか?このサイトの編集部が14人の大統領が在任中に行った記者会見における大統領の発言部分を徹底分析、一人称単数(つまり "I")とその関連代名詞(my, me, mine)がどの程度使われたのかを調べたのだそうです。その結果が上のリストというわけです。右側の数字は話された言葉のうちI-my-me-mineの割合です。トルーマンは4.85%、パパ・ブッシュが4.65%、アイゼンハワーが4.55%・・・この3人がトップ3です。
注目すべきなのはオバマ大統領です。下から3番目(2.45%)で自己陶酔度が非常に低い。ただ、憶えていますか?オバマさんが初めて当選した時のスローガンは
"Yes, we can" だったのですよね。"we"も一人称には違いないけれど複数です。で、一人称複数の関連代名詞(we
- our - ourselves - us)の使用頻度でいうと、3.6%でオバマさんがトップ。オバマさん以外で、一人称単数よりも複数を多く使った大統領はレーガンとJFケネディの二人だけなのだそうです。 |
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7)むささびの鳴き声
▼むささびは高倉健の映画を映画館で見たことは一度もありません。テレビで見たことはあるかもしれないけれどそれほど印象に残っていない。私の場合、友人たちが騒いでいたヤクザ映画にはさっぱり興味がもてなかったし、『幸福の黄色いハンカチ』などもいまいち関心がなかった。例外的に面白いと思ったのは、ごく最近テレビでみた『飢餓海峡』ですが、これは三國連太郎、伴淳三郎、左幸子らが主人公で、若手刑事役の高倉健はどちらかというと脇役だったですよね。
▼だから健さんが亡くなったときにBBCやGuardianがかなり大きく報道しているのを見て「へえ」と思いましたね。Daily Mailなどは、ロサンゼルス空港で歩きながら深刻な顔つきで携帯電話に話しかけている俳優のマイケル・ダグラスの写真をあしらって「高倉健死去の報にがっくり」という見出しの記事を掲載していたし、Guardianは死去を伝えるニュース以外に「追悼記事」(obituary)まで載せていた。どの記事にも共通して使われていたのが "brooding" という言葉。やくざ役の健さんを表現しているのですが、「悲しそうな」とか「怒っている」のような意味ですね。
▼どこかのテレビ局がやっていた「高倉健特集」を見ていたら、健さんの言葉として映画俳優になったことについて「とにかく食わなければならなかった」という趣旨のことを言っていたのを聴いて、はっとしましたね。同じようなことをごく最近のテレビで作家の五木寛之さんが言っていたのですよ。司会者が「五木さんはどんなお気持ちで小説をお書きになっていたのでしょうか」というような質問をしたのに対して「どんなもこんなもないですよ。生活のためです。売れればお金がもらえたのですから」という趣旨の答えをしていた。健さんは1931年、五木さんは1932年の生まれで、むささびよりほぼ10才年上です。二人とも文字通り「食えれば御の字」という時代を生きた人たちです。感傷的な言い方で恥ずかしいけれど「食っていく」という言葉は心に滲みました。
▼11月25日付の毎日新聞の「発信箱」というコラムに『女子アナ内定取り消し』という短いエッセイが載っています。書いたのは小国綾子さんという記者。「東京・銀座のクラブホステスのアルバイト経験を理由に、女子大学生(22)が日本テレビからアナウンサー職の内定を取り消されたと聞いて、モヤモヤしている」という書き出しです。日テレがこの女子大生の内定を取り消した理由として「アナウンサーには高度の清廉性が求められる」ということがあったのだそうですね。小国さんも大学時代にスナックのホステスのバイトをしたことがあるそうで、日テレに対して「ホステスには清廉性がないって言いたいの?」と詰め寄っている。日本テレビが本当にそんなことを言ったのだとしたら笑えますよね。現在テレビカメラに向かっている日テレの女のアナウンサーは皆さん「高度の清廉性」に富んでいる、と、そういうこと!?
▼11月28日付の朝日新聞のサイトに「『吉田調書』報道で前報道局長ら6人を処分」という記事が出ています。この報道にかかわった記者や編集者たちに「停職」だの「減給」だのという「処分」が下されたというわけです。この記事には朝日新聞の「取締役・編集担当」という人によるコメントが掲載されていて「本社の第三者機関から厳しい指摘を受けた」と言っている。前回のむささびで取り上げた、あの「見解」のことですね。むささびの「素朴な疑問」を聞いてください。「本社の」という言葉と「第三者」という言葉は両立するのでしょうか?朝日新聞とはまったく無関係の独立組織があって、そこが任命する委員会というのであれば「第三者」ですが、自分たちが関連する委員会を「第三者」と言える根拠は何なのでありましょうか?朝日新聞の「第三者機関」の性格を検討する「第三者機関」を立ち上げる!?
▼と、それはともかく、朝日新聞の社員が給料を減らされたり、停職処分になったりすることと読者はどのような関係になるのでしょうか?第三者機関に批判されるような記事を書いて、朝日新聞の名を貶めた、その罰として減給を命ずるというのならわかるけれど、わざわざ読者に発表するような情報とも思えない。読者や福島の作業員たちに対する「みそぎ」ですか?読者や作業員はそのようなことを期待しているんですか?
▼朝日新聞がやるべきだったし、これからだってできると思うのは、あの報道をした記者たちが何を考えていたのかを、記者たち(第三者委員会ではない)の言葉できっちり伝えることだった。記者たちを「人間」として扱うという意味でもある。それが読者や東電の関係者を人間として見ることにつながる。
▼むささびの友人が「近頃の朝日新聞バッシングは酷い」というわけで、「来年早々とりあえず3ヶ月」は朝日新聞を購読しようと思っていると言ってきました。「このまま行けば御用新聞ばかりに成り果てる」というのが最大の理由のようです。むささびは朝日新聞の読者ではないけれど、朝日新聞バッシングをやっている新聞がいいと思っているわけでは全くない。彼らは朝日新聞の記者たちが入手に成功した「吉田調書」を手に入れることさえできなかったのですからね。
▼朝日新聞バッシングをやっている新聞について、朝日の記者たちが「あいつらは朝日に入社できなかったんだよね」と笑っている・・・と別の事情通が教えてくれました。その朝日記者たちのレベルも相当に低くてそういう人たちとは付き合いたくないのは確かではあるけれど、「朝日叩き」のみに生きがいを感じてキャンキャン吠えている風なメディアにはそれ以上の侘しさを感じますよね。あんたら他にやることあるんでないの?
▼というわけで、もう明日は12月です。寒いのは苦手なのです、あたしは。 |
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