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331号 2015/11/1
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
とうとう2015年もあと2カ月だけになりました。本当にあっと言う間でしたね。おそらくこれからの2カ月もあっと言う間に過ぎてしまうのでしょう。私、寒いのは大嫌いなのでありますが、この冬はどんな感じなのでしょうか・・・というようなことを毎年繰り返してため息をついているわけです。

目次

1)忘れられて当たり前?のスポーツ
2)シリア内戦とイラン
3)「核廃絶は夢ではない」
4)英国人の中国観
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)忘れられて当たり前?のスポーツ

エドワード・ブルック=ヒッチング(Edward Brooke-Hitching)という人(作家兼映画監督)が書いた "Fox Tossing, Octopus Wrestling and Other Forgotten Sports" という本は、かつては盛んであったけれどいまでは「忘れらたスポーツ」(Forgotten Sports)を約90種類集めて紹介しているのだそうです。むささび自身は未だ読んでいないし、これからも読むかどうか分からないけれど、英国のメディアではそこそこ話題になっています。どのようなスポーツが紹介されているのか?「アイステニス」(Ice Tennis)がスケートを履いて行う氷上テニスであり、スキーバレエ(Ski Ballet)がフィギュアスケートをスキーで行うものであろうということは察しがつきますよね。

でも本のタイトルに出ている "Octopus Wrestling"(タコレスリング)は人間が大きなタコと戦うレスリングであり、"Fox Tossing"(キツネ投げ)がキツネを空中に放り投げる競技であると言われれると、そんなことやって何が面白いのさ、と言いたくなりません?この本はどうやらその種のスポーツを集めて解説しているらしいのですが、中にはスポーツとは呼べないのではないかと思われるものもある。
  • Pudding Eating(プディング食べ競争)
    17世紀のイングランドにおける村祭りには欠かせないものだったらしい。基本的には早食い競争なのですが、食べるプディングというのがグラグラに煮立った牛乳に大麦を入れてかき混ぜたHot Hasty Puddingというもの。競技開始にあたってこれを鉄のポットに入れて相当な熱さにして、ヨーイドンで食べ始める。選手はプディングを素手で口にしなければならない。無理やり熱いままに口に入れる者もいれば、手にしたプディングに息を吹きかけて冷ましてから食べる者もいる。最終的には冷まして食べる選手が勝つケースが多かったのだそうです。
  • Goldfish Gulping(金魚呑み競争):
    20世紀初め、アメリカの大学生の間で流行ったもの。ハーバード大学の学生が友人を目の前にして100匹の金魚を呑み込んで拍手喝采だったのが起源らしいのですが、その後、大学間の選手権にまで発展、最高記録の210匹が出たところで大学の禁止令が出て立ち消えになった。
  • Aerial Golf(空中ゴルフ)
    軽飛行機に乗ったプレーヤーが上空から目標めがけて「ボール」を落下させ、命中したら勝ちというわけですが、この場合のボールは小麦粉入りの袋だったそうです。上空から落とすのだから、それなりの重さがないとどこへ行ってしまうか分からないから、それも理解できるのですが、おかげで試合当日はイングランドの美しいグリーンも真っ白になった。1920年代に流行ったけれど、10年ほど続いて第二次世界大戦になって消えてしまったのだとか。
  • Phone-box Stuffing(電話ボックス詰め込み)
    1950年代に南アフリカの学生たちが始めて世界的なブームになったんだそうですね。公衆電話ボックスにぎゅう詰めになって入る人間の数を争うもの。ルールは簡単で、ボックスのドアは開けておいてもよし、人間の身体が半分ボックスの中に入っていればカウントされる。これまでの最高記録は南アの学生たちによる25人、ロンドンの大学生が新記録に挑戦したけれど19人まで入ったところでアウトで涙を飲んだ。これのどこがスポーツなのか分からないけれど、いずれ南アで五輪が開催されるときは正式種目として登録される・・・ことは多分ない。
このほか「猫頭突き競技」(Cat Head-butting)、自動車のポロ競技(Car Polo)、馬乗りボクシング(Boxing on Horseback)・・・いろいろあるようです。

▼記事に出てくる"Fox Tossing"(キツネ投げ)ですが、18世紀の中頃に中欧の貴族の間で流行ったものなのだそうで、むささびの想像では人間が子ギツネを捕まえて空中に放り投げるとかいう遊びかと思ったら少し違っていた。キツネが頻繁に出没する貴族の屋敷の中庭のようなところに左右5メートルくらいのネットを敷く。草むらに隠れるように敷くのでキツネには分からない。ネットの両端を人間が持って隠れ、キツネがその上に来るのをじっと待つ。何も知らないキツネがネット上を通りかかると人間がネットの両端を引っ張ってキツネを空中に放り投げるというわけ。びっくりするキツネを見ながら人間がヤンヤ・ヤンヤの大喝采というスポーツなのだそうです。何を考えてたんだ、ヨーロッパの貴族という人たちは・・・。
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2)シリア内戦とイラン

むささびジャーナル328号で「シリアの苦難」について紹介する記事を掲載しました。その中でアサド政権にとっての最大の味方としてロシアとイランがあることを書きましたよね。10月6日のドイツの週刊誌、Spiegelにこれに関連して気になる記事が出ていたので紹介します。

シリアをめぐる動きとしてロシアがISILが占領している地域を爆撃しているということがありますね。表向きにはアサド政権からの要請に基づいてISILを叩いていることになっているけれど、アメリカなどは、ロシアがISIL空爆と言いながら実は反アサド勢力にも攻撃を行っていると非難している。そういう中でアサド大統領がモスクワを訪問してプーチン大統領と会談するなど、シリア問題にロシアが極めて積極的に関与する姿勢を見せているわけです。

Spiegelの記事はアサドのモスクワ訪問よりも前に書かれたものなのですが、
というタイトルになっており、アサド政権がイランではなくロシアに支援を求めたことの背景を検討している。しかし記事の中身は、なぜアサドがイランから離れつつあるのかを検討するものとなっています。ダマスカス(シリアの首都)にあるロシア大使館の外交官によると、実はアサド政権とイランの仲は外見ほど良好なものではない。


このロシア外交官によると、イラン政府の関係者はシリアを自分たちの植民地であると思っているかのように振舞っており、それが理由でアサド大統領と彼の取り巻きたちがイランに対して恐怖と怒りもを感じている。アサドらが特に恐れているのがイラン革命防衛隊(Iranian Revolutionary Guard)という組織なのだそうです。イランにおける「国家の中の国家」のような存在で、これを支配できるのは最高指導者であるハメイニ師(Ali Khamenei)だけで、ローハニ大統領さえも手出しができない。2011年に始まったシリア内戦ですが、イラン、アフガニスタン、パキスタン、イラク、レバノンなどからのシーア派イスラム兵士の参加がなければ、アサド政権はとっくに潰れていたとされている。このような戦闘員の参戦を手配したのがこのイラン革命防衛隊なのだそうです。

Spiegelの記事によるとイラン革命防衛隊はイランが進める「イスラム革命」(Islamic Revolution)推進のための中核組織なのですが、イランにとっての「イスラム革命」とはシーア派がスンニ派に勝利することを意味している。

30年以上も前に「イラン・イラク戦争」(1980年~1988年)というのがあったけれど、それはイランの「イスラム革命」が自国に波及することを恐れたサダム・フセイン大統領のイラクとの間で起こった戦争だった。イラクにはシーア派のイスラム教徒が多かったのだそうです。最初はイラクが優勢であったのに、イラクと国境を接する隣国シリアがイランを支援して石油パイプラインを閉鎖したりしたことで逆転した。


何十年もの間サダム・フセインのイラクと敵対している間は、シリア=イランの同盟関係はお互いに利益をもたらしていた。しかしフセインがいなくなってからは、アサドが政権の座に留まるためにはイランが頼りということになってしまった。2013年、イランが本格的にシリア内戦に関わるようになったとき、あるイランの高官が口にしたのは「シリアはわれわれにとって35番目の県のようなものだが、戦略的に重要な県なのだ」という言葉だったのだそうです。

シリアとレバノンの国境地帯にシーア派の民兵組織「ヒズボラ」の拠点がある。この拠点の防衛強化のために設立されたのが「シリア国家防衛隊」(Syrian National Defense Forces)という軍組織なのですが、問題なのはこの組織がシリア政府軍とは別組織として存在しており、これに属する軍人にはイランで訓練を受けた者が多いということです。最近、この地域でヒズボラと反アサド勢力の間で紛争が起こった際に、仲裁に入ったのがこの「シリア国家防衛隊」なのですが、その際にダマスカスのアサド政権の了解なしに紛争調停作業を行ってしまい、政権の怒りを買ったということがあった。

Spiegelによると、この事件はアサド政権が地方の民兵組織の活動をコントロールすることができなくなっており、イランの息がかかった組織がこれを担当してしまっていることを示している。そしてこの事件が示すのは、シリア内戦においてアサド政権が勝利することはない、とイランが見限ったことを示しているというわけです。


ただ、軍事組織の拡充以上に重要なのが非軍事部門における変化で、最近、特にシーア派の宗教教育センターがシリアの大都市に誕生している。この宗教センターを作るために必要な土地や建物を購入しているのがイランの密使で、ダマスカスでは外国のシーア派イスラム教徒を定着させようとしている。アサドが欲しいのは戦う兵士としてのイラン人なのに、最近ますますシリアの国内問題や宗教活動にまで口出しするようになっている(とロシア人外交官は語る)。それに対してロシアの場合は宗教上の問題はないということです。

▼元はと言えば、シリア国内の揉め事であったのが、さまざまな外国勢力の介入によって訳がわからない状態になってしまった。Spiegelによると、イランはアサド政権を見限り、シリアという国の中にもう一つの国(a state within state)を作ろうとしている。つまりシリアという国の分割が始まっているとのことです。英国の中東専門記者であるパトリック・コクバーンは、シリア内戦の縮小を図るためには「米英仏およびその同盟国がアサド政権を打倒しないことに合意し、さらにアサド政権側もシリアの全土を取り戻すような試みはしないことを受け入れることが必要になる」と言っている。つまりシリアという国を「北シリア」と「南シリア」のように分割するということなのでしょうが、ため息が出るほど困難なハナシですね。
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3)「核廃絶は夢ではない」

記事としては古いけれど、話題としては全く古くならない・・・8月6日(広島の原爆記念日)付のSpiegelにミハイル・ゴルバチョフ・元ソ連大統領とのインタビュー記事が出ています。むささびジャーナルではこれまでに2回ゴルバチョフ関係の記事を掲載しています。最初は201号で、話題はアフガニスタン情勢、二度目は今年(2015年)初めの311号で話題はウクライナ情勢だった。今回は掲載日が広島の原爆記念日であることからも明らかなように、核兵器の廃絶です。彼のメッセージは
  • アメリカの軍備こそが「核のない世界」の実現にとって乗り越え難い障壁となっている
    US Military an 'Insurmountable Obstacle to a Nuclear-Free World'
ということにある。むささびが紹介するのはインタビューの一部です。できれば全文をお読みなることをお勧めします。英文は省略しますので、疑問の個所などありましたら原文を参考にしてください。

*********************************
Spiegel:あなたは1985年3月にソ連共産党の書記長に就任し、就任演説の中で「核兵器の完全破壊とその使用の永久禁止」(complete destruction of nuclear weapons and a permanent ban on them)を呼びかけている。あれは真面目にそのように思ったということか?
Gorbachev: 核軍縮についての話し合いはそれまでにも延々と続いていた。うんざりするほど「延々と」話し合いをやっていた。私としては単に言葉だけでなく、行動を伴った言葉(words followed by action)が絶対必要だと思っていた。あの頃は軍拡競争が続いていただけでなく、武器の数、殺傷能力などの点でより危険な状態になっていたのだ。何万という核弾頭がさまざまなシステム(航空機、ミサイル、潜水艦など)に搭載されていたのだ。
Spiegel:当時のソ連はNATO加盟国が所有する核兵器によって脅威にさらされていると感じていたのか?
役立たずだったジュネーブの外交官たち
Gorbachev:あの頃、核ミサイルがNATO加盟国の国境地帯に配備されることが進められていた。我々との距離がますます近くなりつつあったし、NATOには核兵器使用のための具体的な計画もあったのだ。ちょっとした技術的な誤りで核戦争が勃発することが大いにあり得る状態にあったということだ。その一方でジュネーブにおける軍縮会議では、外交官たちがペーパーの山を築きながらワインを飲みまくっているという状態で、全く役に立っていなかった。そういう状態だったのだ。
Spiegel:1986年、ワルシャワ条約加盟国の会議の席上、あなたはソ連の軍事上の目標は来るべき戦争に備える計画づくりではなく、西側との軍事衝突を避けることに力を入れると宣言した。つまり戦略転換というわけだが、その理由は何だったのか?
Gorbachev:あの当時、私にとってはっきりしていたのは、欧米との関係における行き詰まり状況が続いており、核軍縮は進まず、相互不信と敵対心だけが大きくなっていっているということだった。だからソ連にとっては核軍縮が外交上の最重要課題であったということだ。
Spiegel:軍縮を進めようという背景には、1980年代にソ連が直面していた経済的な行き詰まりもあったのではないのか?
▼軍拡と経済
Gorbachev:軍拡競争が自分たちの経済にとって大いに負担となっていることは我々にも分かっていたし、そのことが我々の政策において一定の役割を果たしたことも事実だ。が、我々にとって明らかだったのは核兵器による衝突の可能性はソ連人のみならず人類全体にとっての脅威であるということだった。問題の兵器の破壊的な性格、それがもたらす結果について我々(ソ連)はよく知っていた。チェルノブイリにおける核事故によって、核戦争というものがもたらす結果についても正確に想像することができた。核軍縮が絶対に必要だと考えるに至ったのは経済的な負担という理由よりも、政治的・倫理的な考察の結果であるということだ。
Spiegel:アメリカのレーガン大統領との経験について聞かせて欲しい。多くの人びとはレーガンこそが冷戦の推進者だと思っているが・・・。
核:モラルと政治
Gorbachev:レーガンは正直な確信をもって行動していたし、本気で核兵器(の存在)を拒否していた。彼と初めて会ったのは1985年11月だったが、その会談を通じて我々は最も大切な決意を共有することができたのだ。すなわち「核戦争に勝者はおらず、核戦争は絶対にあってはならない」(Nuclear war cannot be won and must never be fought)ということだ。この短い文章がモラルと政治を結びつけたと言える。政治と道徳は相容れないものだというのが大方の意見だった。残念ながらアメリカは米ソ共同宣言におけるもう一つの重要なポイントを忘れてしまった。それは米ソ両国とも軍事上の優位は求めない(They will not seek to achieve military superiority)というものだったのだ。
Spiegel:アメリカには失望したか?
Gorbachev:何年たっても変わらない部分が(アメリカには)ある。例えば1950年代の時点ですでにアイゼンハワー大統領が指摘した産軍複合体の持つパワーもその一つだ。彼らはレーガン時代にもブッシュ時代にも強大な力を発揮していた。
Spiegel:あなたの軍縮政策について、ソ連の指導部内では反対はなかったのか?
Gorbachev:当時の指導部は軍縮の重要性を理解していた。全ての指導的な政治家が、彼らなりの経験を通じて厳しいものの見方をしていた。西側との交渉では「ノー」ばかり言っていた、あのグロムイコ(外相)でさえ軍拡競争の危険性を理解しており、その意味では我々は団結していた。
Spiegel:お互いが破滅するような核兵器を持つことが核戦争を防止するという「理論」をどう思うか?
「破滅の恐怖が核戦争を防止する」という論理の危険性
Gorbachev:その言い分には危険な論理がある。もし世界の中の5カ国や10カ国が核兵器の所有を許されるのなら、それが20カ国になっても30カ国になっても大して変わらないのではないかという理屈もある。核兵器を作る能力を有する国が何十もあるのだから、それは可能なハナシではある。核兵器のない世界に向かって進むのか、核兵器が地球のすみずみまで拡散するという事態を甘んじて受け入れるのか・・・選択肢はそれしかない。たった一国が、ほかの国の防衛予算をすべて足したもの以上の軍事予算を使って、圧倒的多数の通常兵器を所有する・・・そんな世界で「核兵器のない世界」(a world without nuclear weapons)が実現するなどと想像できると思うか?核兵器が廃絶された後はその国だけが軍事的な優位を保つようになるのだ。
Spiegel:アメリカのことを言っているのか?
あまりにも大きすぎるアメリカの軍事力
Gorbachev:そのとおりだ。アメリカが圧倒的な数の通常兵器を有しているということこそが、核兵器のない世界へ向けての道筋をつけるにあたってのどうにもならない障害になっているのだ。だからこそ国際政治の世界で、非軍事化(demilitarization)ということを課題として復活させなければならないのだ。軍事予算の削減、新しい兵器開発の凍結、宇宙の軍事化禁止などを課題にする必要があるのだ。そうしない限り、核のない世界を目指す話し合いも「空虚な言葉の羅列」に終わってしまうのだ。世界はより不安定で危険な場となり、何が起こるか予想ができない場になる。皆が敗者になる世界だ。世界を支配することを狙っている国も敗者となるのだ。
Spiegel:現在、核戦争の危険があると思っているか?
諦めとパニックが怖い
Gorbachev:非常に心配だ。現在の状況は怖い(scary)くらいだ。核保有国は未だに数万もの核弾頭を持っており、核兵器そのものがヨーロッパに存在している。貯蔵核兵器を削減するペースも遅々としている。その一方で新たな武力競争が始まっている。宇宙の軍事化は実に危険であり、核拡散の危険は以前よりも大きくなっている。包括的核実験禁止条約(Comprehensive Test Ban Treaty:CTBT)はアメリカの批准がない中で効力を発揮するに至っていない。
Spiegel:「核兵器のない世界」というのは、結局単なる「夢」にすぎないのではないか?
Gorbachev:現状が如何に厳しいものであっても諦めたりパニックに陥ったりしてはならない。1980年代の中頃には「原子爆弾の地獄」行きの列車は止めることができないという意見が多かった。それでも我々は短期間に多くのことを成し遂げたのだ。何万もの核弾頭が破壊されたりしたのだから、それは誇りとするべきだし、オバマ、プーチン、メルケルらにとってはいい教訓となるはずだ。
▼「核兵器のない世界」は通常兵器の削減努力抜きにはあり得ないというゴルバチョフの指摘は、このグラフ(Telegraphから拝借)を見ても明らかですね。アメリカの軍事予算が群を抜いており、それを第二位の中国が追いかけているという構図がある以上、いくら核兵器をなくしてもそれ以外の兵器で米中(特にアメリカ)が群を抜いてしまうようでは意味がない。アメリカの予算(5690億ドル)は、これでも2014年度(5870億ドル)に比べれば削減されたものである一方、中国の場合は1760億ドル(2014年)が1910億ドルへと膨れ上がったものであることも無視することはできない。さらに注目すべきは日本ですね。「平和国家」ということになっているけれど、防衛予算の額という点では世界で第7位なのですね。
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4)英国人の中国観

10月20日から23日まで中国の習近平主席が英国を訪問したニュースは日本のメディアでも大いに取り上げられていました。もちろん英国メディアでも大きな話題であったのですが、中国国内の人権問題に言及したりして、どちらかというとキャメロン政権が示した「大歓迎」とはちょっと雰囲気の違うコメントが目立ったように思います。例えばGuardianの社説は
  • 英国は中国との間で長期的かつ緊密なる経済関係を望んでいる。しかし将来、非常に大きなリスクが横たわていることも事実だ。
    Britain wants a close long-haul economic relationship with China, but there are huge risks ahead
として、原発建設を始めとするインフラ関連事業への投資、ロンドンの金融業界において拡大する中国の影響などなど、キャメロンの進める対中接近ぶりを見ると、英国の重要産業が中国の所有物になってしまい、経済政策そのものにも中国の影響が出てくるのではないかと懸念している。

またThe Economistは
  • 英国はレッドカーペットを敷いて習近平氏を歓迎しているが、中国以上に親友の国々のことを忘れてはならない
    B
    ritain has rolled out the red carpet for Xi Jinping. It must not forget its better friends
として、特にアメリカが直面する南シナ海における中国の行動にチャレンジするときには、キャメロンはこれを支持しなければならないし「戦艦の一隻も派遣してもいいのではないか」(Even better, he could send along a ship)とも言っています。

一方、Evening Standardなどは、前の連立政権で産業大臣をつとめたビンス・ケーブル氏の「現実的な対応」を求めるエッセイを掲載しています。
というわけで、政府に対しては前向き(positive)であると同時に「現実的な対応」(hard-headed approach)を求めています。彼の見るところによると、英国は中国との経済関係については他国よりも大いに遅れているのだそうです。

と、まあメディアの論議としては「ビジネスもいいけど中国の人権問題も忘れてはならない」という雰囲気に落ち着いたような印象です。ただ10月20日付のIndependentのサイトが掲載した普通の英国人を対象にしたアンケート調査では、どちらかというと中国との経済関係の緊密化を望む声が目立っています。例えば「英国にとって最も重要な貿易相手はどこか?」という問いについては「いまのところ」はヨーロッパがトップで中国は2位、アメリカは3位となっているけれど「20年後は?」と聞かれると「中国」という答えがいちばん多い。



というわけで、英国人の意識としては、経済関係では中国の存在感は非常に大きいと思われるのですが、国としての全般的なイメージとなると必ずしも芳しくない。オーストラリア、日本、中国など欧米以外の12カ国を挙げて、それぞれの「プラス・イメージ」と「マイナス・イメージ」を尋ねたところ、中国については「プラス」が29ポイント、「マイナス」が55ポイントで差し引きでマイナス26ポイントで必ずしも高いものではないという結果になっています。
このグラフは、英国人がアメリカや西ヨーロッパ以外の国々についてどのような印象を持っているのかを示しています。YouGovという世論調査機関の調査による数字ですが、あらかじめ国の名前を挙げたうえで、一種の「人気(不人気)投票」を行ったようなものです。オーストラリアは英国の一部のようなものだから親しみを感じるのは当然ですが、日本についてもポジティブなイメージを持っている英国人が多いという結果になっている。

▼最初の方で紹介したGuardianの社説は、英国が過去において外国の経済力に頼りすぎていることについて恐怖感を持ったことがあるとして、その例としてアメリカや産油国と並んで日本を挙げている。ただ振り返ってみると、これらの「脅威」は実際には(その当時でさえも)それほどのものではなかったと言っているのですが、今から30年ほど前、英国人の間には日本に対する恐怖感・嫌悪感のようなものがあった。クルマからテレビを始めとする家電製品に至るまで日本製品が洪水のように欧米に押し寄せていたのですよね。おかげで失業が生まれ、企業の倒産も相次いで、「すべて日本が悪いのだ!」という「ジャパン・バッシング」に繋がった。
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5) どうでも英和辞書
  A-Zの総合索引はこちら 
onomatopoeia:擬音語

"onomatopoeia" は「オノマトペ」と発音するようなのですが、例えばクシャミの「ハクション」は "achoo"、「キャーッ!」は "eek!" または "yaaa!"、「ガチャーン」は "crash" などなど、ここをクリックすると、擬音語の英和リストがいろいろ出ています。知らなかったけれど、オノマトペにもBritishとAmericanがあるんですね。自動車のホーンは、日本語では「ブー」だと思うけれど、米語では "honk"、英語では "hoot" なのだとか。 英語の"hoot"はアメリカではフクロウの鳴き声らしい。

懐かしい「汽車」が走る音は、「シュッシュポッポに決まっとるがね」などと主張するのは"国際社会"では受け付けられない!米語で "choo-choo"、英語で "puff-puff" らしい。でも日米英のどれをとっても、いまどきの音ではない。そもそも汽車が走ってないんだから。では蛙(カエル)は?日本では「ケロケロ」(青蛙)か「ゲロゲロ」(ガマガエル)だと思うのでありますが、アメリカのカエルは "ribbit-ribbit"、英国のものは "croak-croak" と鳴く。

Onomatopoeia listというサイトに出ている擬音をアトランダムに挙げてみます。
  • ahahah:貴族の笑い声。ちょっと甲高い声で言うのだそうです。
  • mwahaha/mwahaha/muahaha悪い奴らの笑い声。これ、日本語も同じですね。越後屋から賄賂をもらった代官が「そちもワルじゃのう、ムハハハハ・・・!」という、あれ。
  • vreeeeeeeeeeeeeeew:蒸気機関車の汽笛。しかしですね、蒸気機関車の汽笛とくれば、春日八郎の『赤いランプの終列車』に出てくる、あの悲しげな「ボォーーーーーッ」に止めをさすことくらいは、分かってくれなきゃ困るのよね。
  • zoomba-zoom:ジャズのベースの音。なるほど・・・これはいけるな。「ブンブンブンブン」よりは本物に近い(と思う)。ジャズ・ベースがお好きな皆様、オスカー・ペティフォードの演奏は本当に楽しいですよ!1953年、共演はデューク・エリントンです。
  • hissssssssss ssss ss車のエンジンがかからないときの音。これも可笑しくていい。"ssss ss..."にいかにも燃料切れの情けなさが出てい
  • potato-potato-potato調子が悪いオートバイのエンジン音。どのように読めばんな音になるっての!?ポテトポテトポテトポテト・・・確かに「スカンスカンスカン・・・」とていなくもないか?
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6) むささびの鳴き声
▼3番目に掲載したゴルバチョフのインタビュー。彼は今年で84才、むささびよりちょうど10才年上です。思えばレーガンもサッチャーも「過去の人」になってしまったけれど、ゴルビーはまだこのように発言し続けているのは凄いことですよね。「歴史を変えた」という意味では、社会主義ソ連を崩壊させるきっかけを作ったこの人の存在は大きい。おそらく彼自身としては、社会主義という思想そのものまで捨て去ろうというつもりではなかったけれど、ソ連の保守派がゴルバチョフをそのような立場に追い込んでしまったということなのでしょうね。

▼インタビューにおける彼の発言の中で更なるディスカッションが必要だと(むささびが)思うのは、核戦争は「絶対にあってはならない」(must never be fought)という認識でレーガンと意識が同じだったという部分で、彼はそれを「政治とモラルが結びついた言葉」と説明している。核戦争を防止するためには、「人間とは何か」(what is human being?)という「現実論」だけではなく、「人間、どうあるべきか」(how should human being be?)という「理想」のようなものを考えざるを得ないということ・・・ゴルビーの言っているのはそういうことだと(むささびは)解釈するわけです。

▼このインタビューの中でゴルバチョフは、「お互いの破滅に繋がるという恐怖が核戦争を防止する」という発想についての感想を求められていますね。彼の答えは「それは危険な考え方だ」(There's a dangerous logic in that)となっている。むささびとしては、なぜそれが危険なのかをもう少し語って欲しかった。核兵器の問題だけでなく、「相手が武器を持っているのだから、こちらも同じようにすることが平和の維持に繋がる」という発想の至らなさをきっちり語って欲しいと思ったわけ。

▼4番目に掲載した、中国への大接近をはかる英国ですが、保守的なオピニオンマガジンの代表格であるThe Spectatorに、「英国が中国を必要とするより、中国が英国を必要とするのだ」(China needs Britain more than Britain needs China)というエッセイが載っています。英国はその昔は「世界の工場」として七つの海を支配した大帝国であったけれど、現在では斬新なデザインとかエンタテイメントなどの分野で世界の先端を走っている。これからの中国が最も必要とするであろう「ソフト・パワー」を英国は持っている・・・というわけです。対中大接近の中心人物であるオズボーン財務大臣は「英国はこれからの中国にとって、欧米諸国の中では最も強力なパートナーとなる」と言っている。

▼このエッセイの言うことが正しいかどうかはともかく、オズボーン大臣のような私立学校⇒オックスフォード大学という英国の保守派エリートの感覚を反映したものであることは間違いない、とむささびは思っています。それは一方において、「世の中、いろいろあるけれど世界の中心は自分たちだよね」という感覚で、自分たちが中国に教えることはあるけれど、中国人が自分たちに教えるものなどありっこないという感覚です。そしてもう一方においては、本当は自分たちが経済的にも軍事的にも世界の中心であった時代は、20世紀の初めにアメリカが大国になった時点で終わっていることは分かっている。

▼そんな自分たちにセールスポイントがあるとすれば、世界とのコネクションである。これまでの英国はヨーロッパにおいては「アメリカと最も近い国」、アメリカに対しては「ヨーロッパの主要国」という存在価値を発揮してきたつもりでいる。中国がいま最も必要としているのは、これまで以上に幅広い欧米とのコネクションであり、それを提供できるのが英国である、と。これらのコネクションを築いてきたのが自分たち(オックスブリッジ)である、と。

▼The EconomistやGuardianは中国に対する「近づきすぎ」に警告を発しており、The Economistなどはアメリカを支援するために、南シナ海に「船」(a ship)を派遣するべきだとまで言っている。南シナ海における米中「対決」というのがどこまで本当なのかよく分からないけれど、米中の間で板挟みのような状態になったときに英国がどのように行動するのか?そして何よりも、2017年までには実施しなければならないEUへの加盟継続に関する国民投票がどうなるのか?EUに加盟していない英国を中国がどのように思うのか?

▼国際情勢の読み合いなどは、面白いかもしれないけれど、むささびの能力を超えているので止めておきます。全然関係ないのですが、昨日(10月31日)の夕方、暗い中を子供たちがぞろぞろ歩いているのを見かけました。あれがハロウインとかいうものらしいですね。ヘンなものが流行ってるんですね。それから、誰も気にしてくれないけれど、私が作る干し柿はいけます。はっきり言って見かけは汚いけど美味しい。干す時に霧吹きでウィスキーを振りかけるのでありますが、その美味ぶりはとてもこの世のものとは思えない!

▼というわけで、今回もお付き合いを頂いたことに感謝します。
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むささびへの伝言