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341号 2016/3/20
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
数日前、飯能市の自宅の近くでウグイスの鳴き声を聴きました。近所の家の庭には水仙などが咲き始めて・・・ようやく春が来たのかなという感じです。むささびにとっては14度目の春です。

目次

1)働く女性に優しい国:日韓びり争い
2)がんばれ、"New Day"紙!
3)「女王はEU離脱を支持している」!?
4)女王の発言報道:The Sun編集長の言い分
5)EU離脱で「英国」が潰れる
6)どうでも英和辞書
7)むささびの鳴き声


1)働く女性に優しい国:日韓びり争い

3月8日は国際婦人デー(International Women's Day)であったのですが、その3日前の3月5日付のThe Economistのサイトが
  • 働く女性にとってどの国がベストか?
    Where is the best place in the world to be a working woman?
という記事を掲載しています。The Economistがさまざまな国際機関が行った調査結果などを収集、28か国を取り上げて、それぞれの国において働く女性たちが受けている待遇を調べて指数にしたものです。「国会議員に占める女性の割合」「有給育児休暇の長さ」「管理職に占める女性の割合」など9項目について採点しているのですが、28か国中、欧米が25か国で、それ以外では日本・韓国・トルコが入っているだけです。


トップはフィンランドで100点満点で80点、続いてノルウェーとスウェーデンが79.4点とトップ3を北欧勢が占めている。大体この種の国際比較というと北欧が上位に来る。デンマークも第7位にきている。英国は下から7番目で54.2ポイント。最下位を争っているのが、トルコ(29.6)、日本(27.6)、韓国(25.6)となっている。ここをクリックすると28か国のランクを見ることができるのですが、この際、総合点トップのフィンランド、23位の英国、そして27位の日本、28位の韓国の具体的な数字を比べてみます。


国会議員の数(全体に占める女性議員の割合)でいうと、フィンランドの42.5%はスウェーデン(43.6%)に次いで第2位です。日本の9.5%というのは栄えある(?)最下位です。韓国は16.3%なのですが、28か国の中で割合が一桁なのは日本だけであります。日本に最も近い数字のハンガリーでさえも国会議員の10.1%が女性です。


企業の管理職(senior managers)に占める女性の割合は、日韓ともにヨーロッパに比べるとぐっと低い。グラフでは高く見える英国ですが全体的に見ると第9位、最も高いのはアメリカ(42.7%)だった。ただ企業の取締役レベルにおける女性の割合となるとOECD平均で16.7%だから、これは「男の世界」ということになる。取締役レベルとなると、日本は3.3%、韓国は2.2%だからほとんどいないのと同じであります。


育児のための有給休暇ですが、日本の9.3週というのはデンマークと同じなのですね。一番長いのはポーランドの22週だった。(認識不足の?)むささびにとってちょっと意外なのはアメリカで、この種の有給休暇はゼロなのですね。

▼実は最も分からないのは「育児」にかけるお金の割合です。「平均給与の何%が育児にあてられるのか」(% of average wage)というものですが、韓国の0%というのは奇妙な数字だと思いません?The Economistは韓国の数字について「寛大なる政府からの補助金のおかげ」(thanks to generous subsidies)というのですが、いくら何でも「ゼロ」というのは不思議です。それと英国の45.7%は何かの間違いなのではないかと思ってしまう。OECDの平均が18.2%であることを考えると、平均収入の5割に近いものが子育て(childcare)に使われるなんて・・・ウソでしょ!?

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2)がんばれ、"New Day"紙!

むささびジャーナル339号でThe Independent紙が紙媒体としては3月末で廃刊になることを語り、その際に英国では(日本に比べると)紙媒体としての新聞が急速になくなりつつあることについても触れました。が、2月29日に英国に新しい全国紙が誕生したというのは日本のメディアではどの程度伝わっているのでしょうか?むささびは知らなかったのですが・・・。タイトルは "New Day" という日刊紙で発行元は大衆紙・デイリー・ミラーなどで知られるトリニティ・ミラーという新聞出版社です。タブロイド判40ページの純然たる紙媒体で、ウェブ版がない。デイリー・ミラーは創刊1903年、大衆紙の老舗で、どちらかというと「左寄り」とされているのですが、トリニティ・ミラー社によるとNew Dayは政治的には中立路線を行くと言っています。

New Dayのアリソン・フィリップス編集長(女性)は新しい新聞の創刊について
  • 最近、新聞を買わなくなった人が多いけれど、それは新聞というかたちが嫌いになったというよりも、現在売店で売られている新聞が自分たちの必要とするものを満たしていないということなのだ。
    There are many people who aren't currently buying a newspaper, not because they have fallen out of love with newspapers as a format, but because what is currently available on the news stand is not meeting their needs."
と語っている。いまの新聞が読者の必要性を満たしていない・・・とはどういう意味なのか?一つには現代の読者が「時間のない人たち」(time-poor)であるということで、短い時間(30分以内)ですべてを知ることができることを売り物にしているのですが、フィリップス編集長は自身のツイッターで「センセイショナリズムによって読者を怖がらせるようなことはしない」(we won’t sensationalise or terrify you with the news)とも言っている。

彼女はまた自分の編集方針について
  • 重要なニュースをバランスよく報道し、読者に一定の考え方を強要することはしない
    (We will) cover important stories in a balanced way, without telling the reader what to think...
とも言っている。


トリニティ・ミラー社では、一部の値段は当面は25p、いずれは50pにまで持っていきたいとしており、目標とする発行部数を20万部としている。しかし新聞業界の専門媒体(Press Gazette)によると、発行2週間の時点における部数は10万部にしか届いておらず、当面は25pという値段を続けるのだそうです。50pは為替レートでいうと80円~90円ですが、金銭感覚としては50円という感じですね。

サイトがないのでNew Dayという新聞の中身まで読むことができないのですが、第一面の大々的な見出しで分かる特集記事の中身を察するならば「乳がんに打ち克つ」とか「高齢者に優しいカフェ」など、これまでの大衆紙に比べると女性読者を意識しているように見えますね。さらに見出しに使われている言葉も "hero", "childhood", "reason to live" のようにポジティブな感じのものが多いように思える。編集長のフィリップスは
  • 世の中に楽観主義と「前向き」のムードを生み出すことを狙っている。この二つがいまの世の中に欠けているのだから。
    We are trying to create a mood of optimism and positivity that is lacking elsewhere.
とコメントしている。

▼新聞業界紙のPress Gazetteによると、New Dayの編集スタッフは25人、それで毎日40ページの新聞を出すというのだから「発行するだけでも奇跡」(a daily miracle just getting the newspaper out)と言われている。でしょうね。この新聞がどこまでもつのか、全く予断を許さないという感じですが、それでもこの新聞の創刊そのものに時代の流れと英国社会の変化を感じます。

▼まず「政治的中立」という部分。これは実際には「党派性の希薄化」ということなのではないかと思います。昔のように読者を保守党支持か労働党支持かという風に単純に分けることができた時代には、新聞も党派性も単純だった。読者は自分が支持する政党に好意的な記事を掲載する新聞を読んでいたし、新聞社もそのような編集方針でやっていた。それがネット文化の浸透によってどの新聞も安価に読める時代になると、読者が自分の主義・主張を超えていろいろな新聞を読む時代になって左派系・右派系というこだわりが薄くなってしまった。

▼さらにこの30~40年ほどの間で英国社会における階級性のようなものが薄れ、「みんな真ん中」の気分になり、大卒者の数も増えたりして、かつて存在した大衆紙・高級紙の読者間の垣根のようなものが低くなってしまった。エリートと庶民の間の境目がはっきりしていた時代、普段は高級紙を読むインテリがたまに大衆紙を読むことはあった。しかし普段は大衆紙しか読まない人がたまに高級紙を読むということは絶対になかった。でも今やそんな時代ではなくなりつつある。

▼むささびの見るところによると、New Dayという新聞は、「大衆紙しか読まなかったけれどそれに飽きが来ている層」を狙っており、明らかに女性読者を意識している。この新聞がどこまでもつのか分からないけれど、ルパート・マードックのThe TimesやThe Sunが捉えきれていない読者層を狙っていることは間違いないし、この層はこれからますます大きくなっていくことも間違いない。かつてはThe Sunの売り物だった Page 3 Girl と呼ばれる女性のヌード写真が数年前に消えたのもそのような時代の変化の表れだと思います。

▼もう一つ、むささびとしては、この編集長の「楽観主義と前向き姿勢」を強調する姿勢にも拍手を贈りたい。英国であれ日本であれ、何かに対して「ノー」と言うことは構わないけれど、何に対して「イエス」というのかということもメディアは考え、伝えるべきだと思うからです。政治的独立と将来に対する楽観主義の姿勢こそ、これまでの英国(と日本)の新聞に欠けていたものであり、それが読者を新聞から遠ざけている理由の一つだとNew Dayの編集者は考えているのではないかと(むささびは)想像するわけです。
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3)「女王はEU離脱を支持している」!?


最近の英国メディアでちょっとした話題になっているのが、大衆紙"The Sun"が3月9日付の紙面で大々的に掲載した QUEEN BACKS BREXIT という記事です。女王が英国のEUからの離脱を支持しているという報道です。これに対して王室が「独立新聞基準機関」(Independent Press Standards Organisation:IPSO)という組織に「記事は真実ではない」(the story is untrue)とする抗議の申し立てを行ったというわけです。日本などでは考えられないような報道ですが、とりあえず事の次第を説明すると・・・。


クレッグ副首相(当時)Sunの報道を全面否定

いまから5年前の2011年4月、ウィンザー城において女王が閣僚を招いて昼食会を行ったことがある。当時は保守・自民の連立政権であったわけですが、招かれたのは副首相のニック・クレッグ、教育大臣のマイケル・ガブ、法務大臣のトム・マクナリー、ウェールズ担当相のシェリル・ギランの4人だった。この中でニック・クレッグは自民党の党首であり、親ヨーロッパ派で知られている政治家だったし、マクナリーも自民党の政治家だからクレッグと同じような姿勢だった。これに対してガブとギランは保守党議員で二人とも反EUグループの政治家だった。この昼食会は取り立ててEU問題を話し合うために行われたものではないのですが、昼食をしながらの談論の中で、女王が親EU派のニック・クレッグに対して彼女の反欧州観のようなものをかなりきつい口調で述べ立てた・・・ということを、現場に居合わせた人物(2人)がThe Sunに対して証言したというわけです。


ガブ教育大臣(当時)Sunの報道にコメントなし

この報道について、その場にいたとされる4人の政治家のうちクレッグとマクナリーは全面的に否定しているのですが、残りの二人はコメントを控えている。ただ教育大臣(当時)のマイケル・ガブは、前号のむささびジャーナルでも紹介したとおり、今や「離脱派」のリーダーのように思われている人物です。The Sunに情報をリークした人物と思われても仕方がない立場ではある。

今回の報道についてThe Sunのトム・ニュートン=ダン政治部長は「二人の完ぺきに信用できる立場にあるソース」(impeccably placed sources)の証言によるものであり、それがなければこのような報道をするわけがない」と書いているのですが、仮に女王の発言が事実であったとしてもそれを報道することの良しあしがあるのでは?という疑問については
  • もし女王がEU離脱について意見を持っているのであれば、有権者にはそれを知る権利があるのではないか?
    If she has a view on Brexit, don't voters have a right to know what it is?
と言っている。これに対してこの報道の真実性に疑問を持っているのがキングス・カレッジのバーノン・ボグダノール教授(憲法学)で、女王の発言は常に担当大臣のアドバイスによってなされるものであり、政治的中立性の伝統をこのような形で女王が破るなどと考えること自体が「バカバカしい」(absurd)と言っている。

実は女王の発言が問題なったについては前例がある。2014年9月のスコットランド独立を問う国民投票が行われた際に「みんながスコットランドの将来についてよく考えてもらいたい」(I hope people will think very carefully about the future)と発言したもので、これが「独立反対のコメント」としてメディアに報道されたことがある。これについてボグダノール教授は、「極めて賢明なコメントだった」(a very sensible comment)と、むしろ評価している。

バッキンガム宮殿がThe Sunを訴えたことについて、BBCの王室担当、ピーター・ハント記者は、メディアの報道についてこのようなアクションを起こすということは、この種の事柄には「不満も述べず、説明もせず」(never complain, never explain)という王室のこれまでの対応から離れることになり、いつまでも話題になり続けるリスクをおかしていると言っている。つまり「黙って放っておく」のが一番、と?

▼スコットランドの独立騒ぎの際に女王が「よく考えて」とコメントしたのと、2011年の発言との決定的な違いは、前者が皆の見ている前で行なわれたものであるのに対して、5年前のそれは、いわば「閉じられた世界」における発言であり、そこに居合わせた人でない限り、確かなことは誰にも分からないということです。

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4)女王の発言報道:The Sun編集長の言い分

英国のEU離脱をめぐるThe Sunの報道ぶりは、おそらく日本人には信じられないようなものなのではありませんか?日本の週刊誌が「天皇、原発再開を支持」と報じるようなものですからね。むささびの友人(英国人)によると、この紙面がBrexitに与える影響はほとんどないとのことですが、いかにも離脱派が女王を政治利用している印象で、離脱を望む人たちにとっては却ってマイナスになるのではないか?だとしたら何故このようなことをやるのか?とにかく分からないことだらけ・・・と思っていたら、民間放送のITVのサイトに、The Sunのトニー・ギャラガー編集長とのインタビューが出ていました。一問一答をはしょって紹介します。ここをクリックすると全文を読むことができます。

ITV:王室の方では、女王が英国のEU離脱(Brexit)を支持しているとするあなたらの記事は誤解を招くうえに不正確でもあると言っている。王室の小役人ども(Royal flunkies)がくだらんことを言っている、と?
ギャラガー編集長:我々の記事は完ぺきに正確であり、掲載したことはすべて正しいと言える。ソースが二人いるし、あの記事は女王の(欧州に対する)見方を十分に反映していると我々は考えている。
Q:5年も前(2011年)の昼食会のときに女王がEUについて批判的なことを言ったというけれど、それが英国の国民投票でEU離脱を支持する発言だというのは無理なのでは?
女王のEU批判はこれが最初ではない
A:無理だとは思わない。あのときの昼食会について我々のニュースソースは極めて細かいことまで憶えていた。それに女王がEUについて批判的なことを言うのはこれが初めてではない。バッキンガム宮殿における行事の中でも同じような発言をしており、我々にはそれについての詳細も分かっている。
Q:紙面に掲載したこと以外のことも知っているとのことだが、これからこの問題についてさらに記事を掲載するということか?
A:それは分からないが、印刷した以上のことを我々が知っているのは事実だ。全部載せない理由はニュースソースの保護ということにある。いずれにしてもそれらの情報のある部分は我々が使う権利を有していることは確かだ。王室はお怒りかもしれないが、実際には記事掲載の前日にでも否定しようと思えばできたはずだ。
Q:つまり掲載前に彼らに記事の詳細を見せたということか?
A:そうだ。宮殿にもニック・クレッグ(副首相・当時)にも記事を否定する機会は充分にあったのだ。なのにそれをしなかった。掲載後に強い調子の声明を発表しているが、その前に出した声明は記事内容を完全に否定するようなものではなかった、というのが私の意見だ。
Q:世間ではあなたらのニュースソースはマイケル・ガブ法務大臣というのがもっぱらの評判だ。そうなのか?
反BREXITの陰謀?
A:世間が何を信じようと世間の勝手だ。我々はニュースソースを明かすことは絶対にしない。ガブ大臣を陥れようとする工作が進んでいることは事実のようだ。皮肉な見方をするならば、この一連の騒ぎはガブ大臣を離脱運動の指導的な立場から引きずりおろそうとするものともいえる。ニック・クレッグに近いグループから出た噂のようだが、クレッグには説明の責任がある。彼はこの件について最初は「憶えていない」(I don't recollect this event)と言い、次に「くだらん」(it's nonsense)と発言、今では「きっとガブに違いない」(being certain it's Michael Gove)と言ったりしている。どれが本当のコメントなのか?彼には答える義務がある。
Q:今回の件に関連して、情報をメディアに漏らしたということで女王に仕える枢密院(Privy Council)のメンバー(政府閣僚)による守秘義務違反だとする声もあるが、それは正当な意見だと思うか?
女王には意見を持つ権利があり・・・
A:しかしいろいろな物事についての女王の意見はこれまでにだって知られているではないか。1986年には、女王がサッチャ-とうまく行っていないことをThe Timesが報道したことがある。女王はサッチャーの経済政策がうまくいっていないのではないかなどと疑問を呈したこともあるし、スコットランドの独立についての国民投票の際も、いかにもそれとわかるような発言(coded remarks)をした。彼女は自分の意見を大臣らに伝えることはやっているし、あたかも彼女が何についても意見を持たないというような考えをするのは、彼女にとっていいことではないはずだ。我々はジャーナリストなのだから、それらを公共の場に提供することが仕事なのだ。私は枢密院のメンバーではないのだから、その規則に縛られるものではない。
Q:ここ数年のThe Sunを見ていると、王室に対してあまりいい感情をもっていないように見える。あなたの読者はEUについての女王の意見などに関心があると思うか?
A:大ありだ。この報道についての読者の反応は圧倒的に好意的だ。みんなEUについての議論に参加しているし、どの話題よりもこの件についてのメールや手紙が多い。読者にとっては重要な話題であるということだ。
Q:読者は反EUの立場をとる女王に対して称賛の気持ちを持っていると・・・?
国民には知る権利がある
A:私が思っているのは、女王の考え方を国民が知るというのは素晴らしいということだ。女王の考えが世に知られることがあってはならないとか、女王は自分の本当の考えから目隠しをされるべきだなどと考えるのはナンセンスというものだ。また我々がいろいろな問題に関する女王の考えを知らされないというのは全く誤っている。国民は彼女の言いたいことを聴く機会が持てることを歓迎するべきなのだ。
I think it's marvellous that we are hearing what the Queen's views are. And I think the idea that she should be shielded from publicity and the idea she should be shielded from what she really thinks is nonsense. People should welcome the opportunity to hear what she has to say.
Q:女王からの抗議を処理するという事態は、メディア監視機関のIPSOにとっても大きな試練だ。彼らの決定があなたたちにとって不利なものだった場合、あなた自身のクビが飛ぶということか?
A:IPSOは彼らのやるべき仕事をやり、我々はそれを忠実に報道するということだ。私自身のクビが飛ぶというようなことはあり得ない。我々あくまでもIPSOの行動規範に従って仕事をしている。彼らが我々に不利な判断をした場合でもそれを忠実に報道するということであり、これまでにもそのようにしてきている。それが我々の姿勢だ(It's what we do)。

ギャラガー編集長の言うIPSOの行動規範(editors’ code of practice)は編集者に対する規範を定めたもので、「不正確で誤解を招きやすく、歪曲された情報」(inaccurate, misleading or distorted information)の提供を禁止するもので、その中には記事そのものとかけ離れたような印象を与える見出しの使用も含まれている。


▼編集長の発言の中で(むささびにとっては)核心と思われるのは最後から2番目の「国民には知る権利がある」という部分です。ここだけ英文も入れておいたので参考にしてください。要するに「女王にだって意見を持つ権利はあるし、国民にはそれを知る権利がある、新聞が国民の知る権利に奉仕して何が悪いんだ」と言っているのですよね。この主張のどこが問題なのでしょうか?王室側は自分たちの政治的中立の原則が壊されることに文句を言っているけれど、その前提となっているのは「女王の意見が国民の投票行動に影響を与える」ということですよね。ただむささびが英国のメディアを見たり、知り合いの意見を聞いたりする範囲では、女王の言うことがそれほどの影響力を持っているとも思えないのですよ。日本の新聞が「天皇、原発に反対(賛成)」という見出しの特集記事を掲載したらどのような反響があるのでしょうか?

▼このインタビューにおける編集長の発言もさることながらも、むささびが興味を持ってしまったのはトニー・ギャラガーという人のこれまでの略歴だった。現在51才なのですが、ロンドンのCity University卒業後、Southern Evening Echoという新聞社に入ったことが記者としてのキャリアの始まりで、以下次のような経路で昨年、The Sunの編集長に就任しています。
  • 1985年:Southern Evening Echo(サザンプトン)入社
    1987年:South West News Agency(ブリストル)
    1988年:Today紙に参加(同紙は86年に創刊、95年に廃刊)
    1990年:Daily Mail(報道部長に)
    2006年:Daily Telegraph(報道部長)
    2007年:Daily Telegraph(副編集長)
    2009年:Daily Telegraph(編集長)
    2014年:1月、Daily Telegraph編集長を辞任
    2014年:4月、副編集長としてDaily Mailへ
    2015年:9月、The Sunの編集長に
▼大学を出てから30年、7回目の転職(転社?)で現在の職場にいるわけです。彼がDaily Telegraphの副編集長・編集長を務めていたときに国会議員による経費の不正使用をめぐるキャンペーンを展開、英国中が大騒ぎになった。2014年にこの新聞を辞めているのですが、新聞業界紙によると「クビになった」(sacked)のだそうです。でも詳しいことは書かれていない。彼の持論によると、新聞記者というのは「商売」(trade)であって「職業」(profession)ではない。現場で仕事をやりながら腕を磨いていくものだということ。そのあたりが大学教授や医者のような "profession" とは違うらしいのですが、最近の記者の中には自分の仕事を"profession"と考える人が多く、それは「間違っている」と言っております。

▼むささびは新聞社というところには殆ど勤めたことがないのですが、知る限りにおいては日本の新聞記者はほんとどが大学を出て、どこかの新聞社に入社するとほぼそのまま定年までその会社に籍を置いて記者活動を行うようです。中には記者になれなくてもいいから、XX新聞社に入社したいという人もいる。英国の記者たちが「記者である」ことにこだわっているのに対して日本の記者たちは「XX社の人間」であることにこだわっている?

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5)EU離脱で「英国」が潰れる
 

前号に続いて英国のEU離脱問題です。英国の構造変更研究センター(Centre on Constitutional Change)というthink-tankのサイトにオックスフォード大学のショネイド・ダグラス=スコット教授が書いたエッセイが掲載されているのですが、英国のEU離脱の問題を英国内の地方分権(devolution)と絡めて語っています。これを読んでいると、EU離脱問題のややこしさが分かります。むささびジャーナル338号に掲載した「つぎはぎだらけの英国政治」の中に書いてあった、英国流の「行き当たりばったり」(muddling through)方式が生んだ遺産のようにも思えてくる。

「地域」ではなくて「国」

ご存じのとおり英国(United Kingdom)は、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドという4つの地域(region)から成っています。ただこれらを「地域」と呼ぶには多少の抵抗がある。日本でいう北海道・本州・四国・九州を連想してしまうからです。日本の場合、これらはいずれも「日本人が暮らしている」という意味で「日本」です。英国の場合、これらの4つの「地域」は、それぞれがほとんど「国」(nation)のようなものです。


いまから約20年前(1997年)に誕生したトニー・ブレア率いる労働党政権が実施した改革の一つに地方分権があります。その結果、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドにそれぞれ独自の議会が設立され、ロンドンの中央政府から独立した権限が与えられるようになった。このことを詳しく述べるのは止めておきますが、このときになぜか「イングランド議会」というのが作られなかったことにご注目を。

「分権」の意味

この「分権」の結果、それぞれの地域が自分たち自身の議会を通じて、それぞれに異なったやり方で物事(ものごと)を行うことができるようになった。「自治区」のようなものですね。ロンドンの中央政府からスコットランドなどの分権政府に移譲された権限としては「農業」「教育」「環境」などに関する政策決定権があるけれど、場所によって異なるケースもある。例えば「経済開発」はスコットランドとウェールズには移譲されたけれど北アイルランドにはされていない。スコットランドとウェールズには「農林漁業」が移譲されているけれど、北アイルランドは「農業」だけと言ったぐあいです。当然ながら外交や防衛については移譲そのものがされていない。


問題なのはこれらの地域に関する「分権」が行われた際、欧州人権憲章(ECHR)とEU法(EU law)というヨーロッパの法令がこれらの地域の法令に直接組み込まれてしまっているということです。例えばスコットランドには「スコットランド法1998」(Scotland Act 1998)という一種の憲法のようなものがあるのですが、その中で「ECHRおよびEU lawに適合しない法令をスコットランド議会が制定しても、それらは法律とは見なされない」という条文が入っている。同じような法令がウェールズと北アイルランドにも存在する。つまりEUの法令が優先的に使われるということです。

仮に英国(UK)全体がEUを離脱すると決めたとしても、スコットランドなどがEUとの間で取り決めている上記のような法令が自動的に解消されるわけではない。これを解消するためには、英国内で決められた「分権」に関するさまざまな法的取り決めそのものを変えなければならなくなる。仮にそれらの法規を変えることができたとしても、分権に伴って権限が移譲された分野に関係する法律の制定は、分権議会の承認なしに行うことが出来ないということが当時の英国政府によって約束されてしまっている。となると、ざっと20年前に行った分権による国の構造(constitution)そのものを再び考え直さなければならなくなる。


違いすぎる人口

United Kingdomと言っても、それぞれの「地域」が自治区のような独立性を有しているわけですが、人口の比率がイングランドが約5400万なのに対して、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの3地域を合計しても1020万にしかならない。それに比例して有権者の数(国民投票に参加できる人の数)もイングランドが圧倒的です。世論調査によると、分権エリアでも特にスコットランドと北アイルランドでは「EU残留」を望む声が多い。

6月23日の国民投票の結果、イングランドでは「離脱」が「残留」を上回り、それ以外の地域では反対の結果が出た場合でも英国全体の票数では離脱派の勝利ということになる。それをイングランド以外の地域の「国民」が素直に受け入れられるのか?イングランド以外の地域でEU残留の声が高いのは、離脱するとEUから出ている農業や地域開発のための交付金が下りなくなるということも理由になっている。
▼EUに関する国民投票は6月23日に行われるけれど、その前にスコットランド、ウェールズ、北アイルランドの議会選挙がそれぞれ5月5日に行われます。スコットランドの場合は圧倒的多数の第一党である民族党(SNP)が英国のEU離脱には反対の立場を明確にしている。5月の選挙でSNPがEU残留の主張とスコットランド独立の主張をどのように絡めるのかが注目される。最もあり得るのは選挙マニフェストで「EU離脱の場合はスコットランド独立の国民投票を行なう」と訴えることなのでは?つまり「残留」なら「当面は」スコットランド独立の国民投票は行わないとするのではないかということです(これはむささびの見方)。

▼ウェールズの場合は第一党である労働党が基本的には「残留」支持ですが、仮に「離脱」となってもスコットランドのように「英国から独立する」とまでは行かない(とむささびは考えている)。北アイルランドについては第一党であるDUPが「離脱」支持の姿勢を見せている。ただ北アイルランドの場合はDUPはそれほど圧倒的な第一党というわけではなく、第二党のシン・フェインはどちらかというと「残留」支持とされている。北アイルランドの場合は議席数以前にEUからの離脱がもたらす和平状態そのものへの影響を懸念する声が大きく、それが世論調査の数字となって表れている。

▼ついでに(と言ってはなんですが)5月5日はロンドンの市長選の日でもある。労働党が推している候補は明確に「親EU」、保守党の候補者は「反EU」であることがはっきりしているから、ある意味ではこの選挙が6月の国民投票の前哨戦のような感じになる。今年はロンドン以外にブリストル、リバプール、サルフォードなどでも市長選が行われます。そこでは大なり小なりEUが話題にのぼることは間違いない。
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6) どうでも英和辞書
  A-Zの総合索引はこちら 
autism:自閉症

上の写真は3月4日付のマンチェスター・イブニングニュースという新聞に出ていた記事と一緒に掲載されていたものです。マンチェスターにある"Grenache"というレストランで撮影されたもので、向かって左はウェイター、右はレストランのオーナーです。ここはマンチェスターでもちょっと知られた「洒落たレストラン」(posh restaurant)なのだそうです。

ウェイターのアンディ・フォスター氏(45才)はこのレストランで仕事を始めて3週間になるのですが、母親がアルツハイマーで彼女のケア担当としても登録されている一方で自分自身が自閉症(autism)という問題を抱えている。新聞記事によると、アンディが客(女性)にサーブをしていたところ、その客がオーナーを呼びつけて「このようなレストランでアンディのような人物をウェイターとして雇うことにした理由は何か?」と問い詰めた。びっくりしたオーナーが「実は彼には自閉症の気味があって・・・」と説明しようとしたところ「もういい」と遮られて「とにかくあのウェイターに我々のサービスをさせるのを止めてくれ」と言われてしまったのだそうです。

この新聞記事には、客がアンディのどこが気に入らなかったが具体的に書かれていないのですが、応対したオーナーにはむしろ客の態度の方が失礼だと思われた。で、レストランが運営しているFacebook上で「当方ではスタッフを雇う際に仕事経験とやる気(passion)は問題にするけれど、肌の色、宗教、病気などは採用の基準にはしていない」としたうえで、
  • If you DO..Then please do not book a table at Grenache. You do not deserve our time, effort or RESPECT!
    そのようなことが気になるような人はウチのテーブルを予約などしないでください。私どもの時間・努力・尊敬を受ける資格がないのです!
というメッセージを載せたところ、かなりのセンセーションであったそうです。ウェイターのアンディが自閉症の診断を受けたのは7年前のことで、新聞では「何か問題があると、自動的に自分が悪かったのだから謝らなければと考えてしまう」(I always feel that it’s automatically my fault and always think I have to apologise)とコメントしています。彼によると、その客のとなりのテーブルに坐った客は大いにチップをはずんでくれたのだそうで、問題の客については自分の何がそれほど気に入らなかったのか見当がつかないと言っています。

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7) むささびの鳴き声
▼3月12日(土曜日)、TBSの『報道特集』を見ました?むささびはじっくり見ました。東日本大震災から5年というわけで、宮城県南三陸町と福島県飯館村からのレポートだった。南三陸からは85才になる女性の5年間のレポートだったのですが、津波で夫が死亡するという痛ましい経験を経ているにもかかわらず畑を耕したり、森林の手入れをしたりで(少なくとも表面的には)結構楽しげに生きていました。飯館村からのレポートは、原発事故で帰還困難区域になってしまったエリアの住民たちが自分たちの集落の郷土史を綴った本を出版した話だった。出来上がった本を手にした男性が、「自分たちの村はこんなに綺麗なところだったのか」と感激の涙を流していました。

▼ここ数年、かつてに比べるとテレビを見ることが本当に少なくなったのですが、この番組だけは大体見ています。理由は簡単、面白いからです。でも「面白い」の定義はそれほど簡単ではないですよね。3月12日の番組も「見て良かった」と思ったのですが、その理由は(おそらく)取材対象である二人の人たちの姿にどこか「明るさ」のようなものを感じたからなのではないかと自己分析しています。状況は絶望的なのにどこか明るさを感じさせるのは、人間、絶望もどん底まで行くと却って生きていることに有難味のようなものを感じる心境になるということなのかもしれない。それは東京でオリンピックをやって「日本を元気にする」とかいう、押し付けがましいくせに浮ついた明るさとは異質の、もっと足が地に着いた明るさです。番組を作った人びとのメッセージを感じさせる番組だった。

▼その『報道特集』の5日後、3月17日(木曜日)の夕方、同じTBSテレビのニュースを見ていたら、覚せい剤関連で清原和博氏が保釈されたという報道をやっていました。警視庁(?)の建物から彼を乗せたクルマが出てくるところにはカメラマンが鈴なり、そのクルマがどこかに向かって走っているところを空からヘリコプターが撮影していたのですが、その映像には、たくさんのオートバイが清原氏のクルマを追いかけている場面が映っていました。あの報道には何の意味があったのでしょうか?

▼むささびには、あのヘリコプターもオートバイも警視庁前から「いま清原被告を乗せたクルマが出てきました!」と真顔で報告するレポーターも、さらにはスタジオから(これも大マジメに)伝えるキャスターも「醜い群衆」としか見えなかった。自分たちで「悪者」を作り出し、自分たちで大騒ぎして勝手に盛り上がっている・・・報道関係者自身が自分のやっていることにつくづく嫌気がさしているかもしれないと思うと、多少の同情も感じはしたのですが、(むささび自身の過去の経験からして)そのような「重大事件の現場」にいることが嬉しくて仕方ないと思い込んでいるカメラマンやレポーターもいるだろうと想像すると、非常に醜いものを眼にしている気になり不愉快でありました。

▼そもそも清原という人は覚せい剤の被害者ではないのですか?彼が覚せい剤を誰かに売りつけて金儲けでもしたというのですか?あるいは人殺しでもやったんですか!?それから、警察に疑われたり、取り調べで「自白」した途端に「容疑者」とか「被告」とかいう「肩書」にするのも、いい加減に止めたら?いつまで警察や検察とチームワークを組めば気がすむのさ?それでよく「自分たちの役割は権力を監視すること」などと言えるものです。

▼その一方でシリアで「テロ集団」に捕らわれの身となった日本人ジャーナリストのことも伝えられています。彼はおそらく危険を承知で、自分の判断でシリアまで出かけて行ったのですよね。部長やデスクに命令されたのではない。その彼が世の中に伝えようとしているのは、テロと戦争に翻弄される何千万という人びとの生活です。警視庁前に群がっていた人たちがヘリコプターまで動員して伝えようとしていたのは何だったのでしょうか?

▼新しい新聞 "New Day" のところで触れたけれど、この新聞の値段について「将来的には50pにしたい」と発行者は言っているのですよね。50pは英国におけるビッグマック一個の値段(3ポンド弱)のざっと6分の1です。日本におけるビッグマックの値段は一個370円。新聞の値段は、日経が160円、朝日は150円、読売130円、産経と東京が110円などとなっている。形としてはNew Dayに似ている「夕刊フジ」や「日刊ゲンダイ」が一部130円、ビッグマックの3分の1の値段です。かなり高いと思いませんか?あるいはNew Dayが安すぎるのか?

▼最初の国際婦人デーと4番目に載せたThe Sunの編集長のインタビュー記事に関連して・・・。Buzzfeedというオンラインのニュースサイトがあり、その日本語版を読んでいたら、3月14日付で「日経ビジネスが連載コラムの掲載を取りやめ 批判殺到受け」という記事が出ていました。エッセイストの本島修司という人が『日経ビジネス』誌上で、働く女性をテーマに「逃げる女性は美しい」という記事を書いたのですが、その中で「働く女性を揶揄するような表現や内容」があり、ネット上では「女を馬鹿にしている」という批判の声が上がっていたのだそうです。『日経ビジネス』がこの記事の掲載を取りやめたのですが、その際に次のような説明文を載せた。
  • 著者了承の上で当ページ「逃げる女性は美しい」の記事は掲載をとりやめました。記事の意図が十分に伝わらず、読者の皆様に誤解を与えかねない表現になっておりました。いただきましたご意見を真摯に受け止め、今後の編集に生かしてまいります。
▼そこでBuzzfeedの記者が、この記事の意図や趣旨が何であったのかについて話を聞こうと『日経ビジネス』に取材を申し込んだところ次のような返事が返ってきたのだそうです。
  • 本記事に関する見解等については当該ページに掲載したとおりで、それ以上のお答えはできません。よって、池田編集長の取材対応はできません。筆者への取り次ぎもできません。以上です。
▼「記事の意図が十分に伝わらず・・・」というのであれば、その「意図」がどんなものであったのかを説明しなければいけませんよね。「誤解を与えかねない表現」については、読者がどの部分をどのように「誤解」する可能性があると編集長は考えたのか?読者ならそこを知りたいと思うはず。なのに『日経ビジネス』編集長は「取材に応じるつもりがない」と言っている。一方、The Sunの編集長は、記事掲載後にテレビの取材に応じて報道の意図について詳しく自分の見解を語っています。ずいぶん違うと思いませんか?

▼読者の立場からすると、The Sunの編集長の姿勢の方が好ましいに決まっている。ひょっとすると英国でもThe Sunの編集長の対応は例外的なのかもしれないし、日本のメディアでも『日経ビジネス』の対応が例外的であったのかもしれないけれど、後者の態度はひどいだけでなく「愚か」だと思いません?これで『日経ビジネス』がかなりの数の女性読者を失ったことは間違いない。取材の依頼にきっちり応じて、この問題を議論することで読者(特に女性の)を増やそうとは考えなかったのか?「・・・それ以上のお答えはできません・・・よって・・・以上です」と。埼玉県飯能市役所の広報担当だってもっとまともな答え方をすると思います。

▼と、このようにメディアに関する不満をメディア外の人間が述べても「無視・ダンマリ」を決め込むのが日本のメディアの特徴です。悲しいけれどそれが現実・・・ですよね?でしょ!?

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むささびへの伝言