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356号 2016/10/16
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
埼玉県は、なんだかあっという間に夏から晩秋に移ってしまったという感じです。日差しはあるのに、どこか弱弱しい。我が家の柿の木は、今年は実がならない年なのですが、それでも10個ほどは収穫、干し柿にして食べました。妻は如何にも汚いものを見るような目つきですが、バーボンを吹きかけて作ると美味しいのであります、ホントです!

目次
1)MJスライドショー:日本の秋
2)EU離脱への道
3)「離脱交渉の発動は法律違反だ」
4)英国とドイツ:歴史観の差
5)ノーベル賞:個人より「国」が大事?
6)ザトペック:長距離ランナーの悲哀
7)どうでも英和辞書
8)むささびの鳴き声


1)MJスライドショー:日本の秋


日本や英国のいいところは四季がはっきりしていることですよね。むささびは明るくて生命を感じる春がいちばん好きであります。冬と夏は寒さと暑さに対してそれなりに覚悟や慣れがあるので、何とかなる。はっきり言って「秋」というのはどうも・・・。日の暮れが早くなるし、なんだか楽しいことの「お終い」を感じるわけです。
  • 寂しさに 宿を立ち出でて 眺むれば いづこも同じ 秋の夕暮れ 
  • 奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき  
・・・どうも寂しくていけませんな。というわけで、だったらいっそ「寂しさスライドショー」ということで、お付き合い頂けません?

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2)EU離脱への道

英国がEUを離脱することは、6月23日の国民投票で決まったけれど、では「いつ」、「どのような形で」離脱するのかということが注目されていました。メイ首相が最近(10月初旬)の保守党大会で明らかにしたところによると、離脱時期は遅くとも2019年3月末日と決まりました。このことは日本のメディアでも伝えられています。EUの規定(リスボン条約第50条)によって、離脱する国はその旨をEUに正式に通告する必要がある。離脱そのものは「通告」から2年以内ということになっている。保守党大会でメイ首相は、EUへの正式通告を来年(2017年)3月末までに行うと発表したもので、それから2年後だから2019年3月末日以後は英国はEUの国ではなくなるわけです。

10月8日付のThe Economistが、メイ首相の発表を受けて「離脱への道」(Road to Brexit)という社説を掲載、離脱するにしてもそのやり方について注文を付けています。
  • メイ首相は自分の党の危険な本能に抵抗しなければならない
    Britain’s prime minister must resist her party’s dangerous instincts
というわけです。「危険な本能」って何?良く言えば「独立独歩への欲求」ですが、別の言い方をすると、何でも独りで出来るという時代錯誤的感覚のことを言います。


いずれにしても、これから離脱後の英・EU関係についてさまざまな交渉が行われるのですが、なるべく英国に有利な状態で離脱することがメイ首相の責任ということわけです。ポイントは2つです。一つは英国企業によるEUの「単一市場」(single market)へのアクセスの問題であり、もう一つはEU・英国間の人の往来(特にEU加盟国から英国への労働移民)の自由の問題です。英国は前者を要求するけれど、EUはそれなら人の往来の自由も認めろということになる。英国の離脱強硬派にしてみれば、労働移民の自由など認めてしまうと、何のためのBrexitなのかということになる。

というわけで、人の往来の自由は絶対に認めない、その代償として「単一市場」への自由なアクセスは諦めてもよろしい・・・これが "hard Brexit"。反対に「単一市場」への自由なアクセスは英国経済にとって生命線、これを確保するためには人の往来の自由についても少しは認めるべきだ・・・というのが "soft Brexit" の考え方です。

The Economistは「離脱」そのものに反対であったのですが、
  • EUとの交渉で最善の取引を勝ち取るために、メイ首相は移民問題については柔軟な態度をとる必要がある。交渉の中核はEUの単一市場に最大限のアクセスを勝ち取ることにある。
    To get the best deal, she needs to be flexible on immigration. The centrepiece of the deal ought to be to secure maximum access to Europe’s single market.
移民制限の点で少しはEUに譲歩するべきだというわけですが、離脱強硬派からすると、そのような妥協を許すと、結局以前と同じような状態になるのではないかとなる。ただThe Economistに言わせれば、そもそも国民投票の結果は「離脱52%対残留48%」で、実は国民の半数が残留を望んでいたのだから、何もかも離脱派の要求通りという方が理屈に合わない。しかも「離脱」に入れた人の中には単一市場へのアクセスは確保するべしという意見もかなりの数ある。となると、この際は移民の点で少しは妥協して市場アクセスの方を確保するのが当然ということになる。


いずれにしても英国は、これからも外国との貿易で生きていくわけですが、その際に貿易のルールを管理するWTO(世界貿易機関)という国際組織に加盟する必要がある。現在も加盟しているのですが、それは「EUの加盟国」という肩書で加盟しているのだそうですね。つまり「EUを通じて」会員になっており、それによって53か国と自由貿易協定が結ばれている。これがEU離脱となると、改めて英国単独でWTOに加盟し、53か国と自由貿易協定を結ばなければならなくなるのですね。知らなかった・・・。


▼EU離脱に絡めてサンダーランドという町に工場を持っている日産自動車のことをお話ししましたよね。この工場は自動車工場としては英国最大なのですが、ここで生産される車の3分の2がEUへ輸出されている。英国がEUから離脱となると英国の自動車メーカーはいずれも10%の関税を払わなければならなくなる。The Economistの報道では、そのような事態になれば、日産としては英国政府に対して何らかの補償を求めることになる、とゴーン社長が発言したのだそうです。

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3)「離脱交渉の発動は法律違反だ」
 

最初のThe Economistの記事は、主として経済的な理由から離脱通告のあり方を論じているわけですが、最近の英国メディアのサイトには、現在メイ政権が進めようとしている「離脱通告」には法的な問題があってロンドンと北アイルランドのベルファストの高等裁判所に政府を相手取った訴訟が起こされているという記事が出ている。10月13日付のBBCの記事などはその例であると言えます。



ロンドンの訴訟

まずある投資家が起こしたロンドンにおける訴訟ですが、メイ政権が進めようとしている離脱工程が国会における審議と投票を経ていないことを法律違反としている。原告側の主張によると
  • 英国の欧州経済共同体(EEC)への加盟は1972年欧州共同体法によって定められたものだ。(EU離脱を通告する)リスボン条約第50条を発動することは、その共同体法に定められた個人の権利を侵害する恐れのある行為にあたる。
    invoking Article 50 will threaten the rights of individuals enshrined in the 1972 European Communities Act - which paved the way for the UK to join the European Economic Community.
というわけで、政府が国会(下院・貴族院)における審議も投票も経ずにこれを進めることは憲法違反だということになる。政府側は、6月23日の国民投票によって政府は正式離脱を進める権限を与えられたのだと主張しているわけですが、裁判所がどのように判断するのかが注目される。

北アイルランドの場合

一方の北アイルランドにおける訴訟ですが、これは1998年に英国とアイルランド共和国の間で結ばれ た「ベルファスト合意」(Belfast Agreement)に関係します。この合意に基づいて、アイルランド 共和国と北アイルランドで国民投票が行われた結果、アイルランド共和国が「北アイルランド」という 地域の領有権を放棄することに合意、それによって北アイルランド和平が実現したわけです。



1998年に「ベルファスト合意」が締結された際に、もう一つの法律として北アイルランド法(Northern Ireland Act)というのが作られている。この法律は英国がEUの加盟国であることを前提としているというわけで、原告側は、英国がEUを離脱するのなら、北アイルランド法の条文を変える必要があると主張している。問題なのはその北アイルランド法を変えるためには北アイルランド国民の合意が必要になるということです。6月23日の「国民投票」は、北アイルランドにおいては「残留派」が勝利しており、このことで再度投票を実施しても同じ結果になる可能性が高い。そうなると北アイルランド国民の意思によって、英国のEU離脱が影響を受けるという状態にもなりかねない。話がややこしいわけです。

▼ロンドンとベルファストの裁判はいずれも最高裁まで争われる可能性が高く、おそらく12月には最高裁の判断が確定するのではないかと予想されています。ロンドンの裁判で原告が勝った場合、離脱交渉の発動そのものが国会の了解なしには行えなくなり、党大会におけるメイ首相の「約束」は無効となる。で、これを国会で審議・投票した結果、政府による離脱交渉の発動そのものに反対の意見が勝った場合、「離脱」そのものがひっくり返されかねないというのが離脱派の心配のタネというわけです。

▼メイ政権が押し通そうとしているEU離脱そのものが、国会での審議も投票も行われないまま国民投票にかけられたものなのですよね。よく考えてみると(考えなくても分かるけれど)ひどいハナシだと思いません?EU離脱で生活の影響を受ける英国人はたくさんいるし、英国が残るかどうかで影響を受ける人はEU側にもわんさといる。つまりいろいろな人間が時間をかけて議論しなければならない問題なのに、国民投票による "Yes or No" だけで決めてしまった。しかも票差たるや「離脱52%:残留48%」、それをそのまま受け入れるのが民主主義である、とメイは言っている。だったら国会議員なんて要らないってことになりません?

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4)英国とドイツ:歴史観の差


2016年10月8日から2017年1月9日まで、ベルリンのマルティン・グロピウス・バウ(Martin-Gropius-Bau)という博物館で "The British View: Germany – Memories of a Nation"という名前の展覧会が開かれています。これは2014年にロンドンの大英博物館で行わた "Germany - Memories of a Nation"(ドイツ:ある国の記憶)という展覧会をそのままベルリンで開催しようという企画で、長いドイツの歴史を200点の「モノ」を通して振り返ろうというものです。車のフォルクスワーゲン(ビートル)、ゲーテの肖像画、家具のモダンデザインなどにまじって第二次大戦中のナチの行為を示すモノも数多く含まれている。

 

ロンドンにおける展覧会を企画したのはニール・マグレガー(Neil MacGregor)という館長さんなのですが、現在は大英博物館を定年退職している。実はこのベルリンにおける展覧会も彼の主導で開かれているものなのですが、10月7日付のGuardianにマグレガーがベルリンにおける展覧会に先立って行ったスピーチについての記事が掲載されています。

マグレガー氏はスピーチの中で、ドイツでは過去の歴史に「厳しい評価」(rigorous appraisal)が与えられるとして、英国人の歴史観と比較しながら次のように語っています。
  • 英国では、歴史というものが、自分たちは強いのだということを自己確認していい気分に浸るために使われる。英国人は常に思慮深くてグッド・ピープルであるというわけだ。ほんのちょっぴり奴隷貿易についても触れるし、戦争についても語られることはあるが、最も力が入れられるのは明るい話題ばかりなのだ。
    In Britain we use our history in order to comfort us to make us feel stronger, to remind ourselves that we were always, always deep down, good people. Maybe we mention a little bit of slave trade here and there, a few wars here and there, but the chapters we insist on are the sunny ones.

要するに英国人が教わる歴史は、英国についての「いいことずくめ」であり、それは極めて「危険かつ嘆かわしい」(dangerous and regrettable)ことであると言っている。例えば1815年のウォータールーの戦い(Battle of Waterloo)について、ナポレオンを破ったのは英蘭連合軍+プロイセン軍の同盟軍であったのに、英国では最終的にナポレオンを破ったのは英国人であると教えられるというわけです。

マグレガーが強調しているのが、ドイツにおける第二次大戦についての記憶で、ドイツ語にはMahnmale(記念碑)という言葉があり、それは常にナチスとの関連で「国の恥記念碑」(monuments to national shame)という意味として使われており、ベルリン市内のあちこちにMahnmaleが立っている。なのに英語にはそのような意味を持つ言葉自体が存在しないのだそうです。つまりドイツ人は常に第二次大戦でドイツが何をしたのかを記憶しておこうとしているというわけですが、
  • しかしドイツ人にとっては、戦争中に起こったことは直視するしか選択肢がないのでは?
    Did they really have an option but to confront what had happened though?
という問いに対してマグレガーは
  • オーストリアは直視していないし、ソ連崩壊後のロシアも過去に向き合っていない、日本も同じだ。
    Austria hasn’t done it. Post-Soviet Russia hasn’t done it. Japan hasn’t done it.
と答え、「実際には英国もフランスもやっていない」(Britain and France have never really done it)と指摘しています。


ドイツのあちこちで見られる戦争記念碑(ゾーリンゲン)

マグレガー氏はさらに、ドイツの歴史は権力の地方分散の歴史であり、ドイツという国は何百年もの間、たくさんの独立王国(それぞれが独自の通貨を持っている)の集合体として存在していたことを強調している。つまり「ドイツにはもともと国境という概念がない」(no hard and fast borders in Germany)ということを知ることで、ヨーロッパがどのようにして形成されてきたかが分かるし、Brexitの関連で言うと、国境がないという状態そのものが英国人のような島国人間(island folk)がパニックに陥ってしまうようなものなのだと言っている。

▼「日本は戦争中の自らの行いを(ドイツのようには)直視していない」とマグレガーは言っており、その意味では英国だって同じだと主張しているわけですが、日本においてはマグレガーのような見方を「自虐史観」であるとして青筋立てて怒る人たちがいた。でも最近では余りそれを見なくなった。なぜなら今や「反自虐史観」が言論界の大勢を占めているから。青筋立てる必要がなくなった。

▼確かにドイツの態度を絶賛し、返す刀で「それに引き替え日本は・・・」というハナシの進め方は、どこか一方的で幼稚な部分がありますよね。でも「自虐」というと聞こえが悪いだけで、自分を省みる態度そのものは奨励されて然るべきです。少なくとも「アタマの幼いシンゾー」や「劣等感の裏返しでふんぞり返りたがるシンタロウ」よりはマシ。英国に関してはマグレガーの言うことは当たっている。


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5)ノーベル賞:個人より「国」が大事?

10月4日、今年のノーベル医学・生理学賞が東京工業大学栄誉教授の大隅良典氏に与えられることになったという報道の大騒ぎぶりには、(いつものこととはいえ)むささびが大いに気持ち悪い思いをしたことは言うまでもありません。翌日(10月5日)のメディアにノーベル物理学賞の受賞者についての記事が出ておりました。例えば・・・
  • 毎日新聞:物理学賞は米3氏に 超電導など理論的に説明
    東京新聞:ノーベル物理学賞に米国の3氏 物質の特殊な状態、数学で説明
    朝日新聞:ノーベル物理学賞に米の研究者3人 超伝導など原理解明
    読売新聞:ノーベル物理学賞に米の3氏…超伝導など解明
    NHK:ノーベル物理学賞は米の3人に 日本人の受賞ならず
という具合です。


各紙の見出しには「米3氏」とか「米の研究者3人」などとあったので、3人とも「アメリカ人」なのかと思ったら、BBCの記事の書き出しは、今年の物理学賞が "three British-born scientists"(英国生まれの3人の科学者)となっていたし、Guardianの場合は見出しで "British trio win Nobel prize in physics..."(英国の3人が受賞)と謳っていました。受賞した3人の科学者が、いずれも英国出身なのだからもちろん間違いではないですよね。ちょっと可笑しいと思ったのは、BBCの記事とNew York Timesのそれのニュアンスの違いです。
  • NY Times
    Three physicists born in Britain but now working in the United States were awarded the Nobel Prize in Physics...
  • BBC
    Although British in origin, the three individuals all now live and work in the US.
両方とも「出身は英国でも仕事はアメリカ・・・」と言っているのですが、NY Timesは "born in Britain but..."と言い、BBCは "Although British in origin..." と言っている。前者が淡々と事実を伝えているのに対してBBCの表現に英国人の「無念さ」のようなものを(むささびは)感じてしまったわけです。きっとそれはむささびの想い過ごしであろうと思っていたら、The Economistの記事が次のように伝えていました。
  • この3人はいずれも20世紀における頭脳流出の例であると言える。英国生まれの研究者がアメリカのいい給料と研究施設を求めて海を渡ったということだ。
    All three are products of the 20th-century “brain drain” that saw British-born researchers head west to the larger salaries and better laboratories of America.
むささびの言語感覚が正しいのか、英国人に聞いてみようかと思ったのですがアホらしいので止めました。ちなみに「化学賞」についての見出しは、NHKが「ノーベル化学賞は欧米研究者3人 分子マシン開発など」となっている。つまり「受賞者がどこの人なのか」を先に伝え、「何をしたのか」は後に来ている。新聞の見出しも全く同じです。AFPの日本語版は「ノーベル化学賞、ソバージュ氏ら3氏に 分子機械に関する研究で」という具合に受賞者がどこの人なのかについては触れてもいない。BBCの見出しは"Tiny machines win chemistry Nobel prize"というわけで「何が」受賞したのかは伝えているけれど「誰が」については見出しでは触れていない。



ところでノーベル賞委員会のサイトを見ると、1949年、日本人として初めてノーベル賞を受けた湯川秀樹博士が記念のパーティーで行ったスピーチのテキストが掲載されています。湯川さんは、この受賞が自分だけでなく日本人すべてにとって「大いなる恩恵」(great benefit)をもたらすものであるとスウェーデン科学アカデミーに感謝しながら
  • 日本人はこの受賞に大いに勇気づけられたことでしょう。今の日本人は、日本を平和で文化的な国として再建する途上にあるのです。
    They were very much encouraged by it on their way of reconstruction of Japan as a peaceful and cultural country.
と述べています。湯川さんのスピーチに先立って、スウェーデン科学アカデミーのカール・スコッツベルグ会長が挨拶し、湯川さんに対して「あなたの頭脳は研究所であり、ペーパーであり、ペンでもある」(your brain is your laboratory, paper and pen)と前置きしてから、
  • あなたこそはさまざまな国や人種を一つにするという意味での科学の大切さを示す最高の模範なのではありませんか?
    And are you not the very best example of the importance of science in bringing nations and races together?
と問いかけています。そしてスコッツベルグ会長は、日本とアメリカが最近まで血で血を洗うような戦いのさなかにあったのに「今ではアメリカ人と一緒に働いているではないか」(Today you work happily in the midst of American colleagues)と締めくくっています。

▼日本のメディアの名誉のために言っておくと、物理学賞を授与するスウェーデン科学アカデミーが発表したプレス・リリースには3人の名前と現職(いずれもアメリカの大学)だけが書いてあるのだから見出しで英国を謳わないのも当たり前ではある。

▼湯川さんが受賞した年、むささびは8才だった。ラジオを通じて何度何度も「湯川秀樹」という名前を聞いた記憶があります。それにしても世界にはいろいろな「賞」があるだろうに、なぜ「ノーベル賞」というとこれほどの騒ぎになるのですかね。程度の差はあるけれど、英国だってけっこう騒いでいますからね。ただNHKのように「日本人の受賞ならず」などということを見出しで謳ったり、「速報」で報道したりするというのは日本だけなのでは?彼ら(NHK)の感覚はいまでも1949年なのかも?あるいはノーベル賞もオリンピックと同じと考えているってこと?

▼ところでThe Economistによると、科学関係のノーベル賞の世界では高齢化が目立つのだそうですね。21世紀に入ってからこれまで化学・医学・物理学の受賞者のうち50才以下はたったの8%だそうで、20世紀における36%を考えるとかなりの高齢化であるということです。

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6)ザトペック:長距離ランナーの悲哀
 

むささびと同い年(昭和16年生まれ)か年上の皆さんであれば、「ザトペック」という名前を子供のころに聞いたことがありますよね。ヘルシンキ五輪のマラソンで金メダルを取った選手ですが、あれは1952年だったんですね。むささびはまだ小学生(11才)だったのですが、おそらくラジオから流れてくるニュースで聴いていたのでしょう。「苦しそうに顔をゆがめながら歯を食いしばって走る」ので有名だったのですが、その頃はテレビなどなかったから実際に走る姿は見たことがない。

そのザトペックについての伝記本が今年の4月に2冊出ており、10月6日付のLondon Review of Books (LRB) に書評が出ていました。何故いまザトペックなのかがよく分からないけれど、むささびには懐かしい名前なので、とりあえず書評だけでも読んでみようと思ったわけです。

父親は全く無理解

エミール・ザトペック(Emil Zatopek)は1922年、チェコスロバキア(現在のチェコ共和国)のコプリブニス(Kopvivnice)という町で生まれた。父親は自動車工場で働いていたのですが、自分の子供たちを革のベルトで打つのを常としており、ついに妻にそれを取り上げられた。エミールは14歳で別の町へ移り、製靴工場で働くようになる。そこで初めて徒競走に参加して好成績を収めたことで、自分が走り好きであることに気が付く。1944年、22才のときに2000メートル走でチェコ新記録を作ったのですが、父親は息子の走り好きには全く無理解で、「時間と靴の無駄」と考えていた。新記録を作った息子に手紙を送り「お前の身体では無理、ただちに走るのを止めて帰って来い」という手紙を送ってきた。もちろんエミールはこれを無視して走り続ける。


エミール・ザトペックが世界的な注目を浴びるのは1948年のロンドン五輪です。5000メートルと1万メートルに出場、5000メートルは銀メダルに終わったのですが、1万メートルでは29分59秒6の五輪新記録で優勝した。

長距離3冠王に

ただ彼の名前が本当に有名になったのは1952年のヘルシンキ五輪です。エミールは29才、5000メートル、1万メートル、マラソンの3競技に出場、3冠王に輝きます。長距離走における3冠王は後にも先にもザトペックしかいない。それにしても64年後の2016年のリオ五輪における記録と比べると、今更のように時の流れを感じます。

5000m 10000m マラソン
ヘルシンキ
(ザトペック)
14分06秒6 29分17秒 2時間23分03秒
リオ 13分03秒30 27分05秒17 2時間08分44秒

ザトペックはヘルシンキ大会の後、1956年のメルボルン大会ではマラソンで出場するのですが、2時間29分34秒の記録で第6位に終わり、これが最後の五輪出場となった。

ヘルシンキで長距離3冠王に輝いたザトペックは、チェコスロバキアの国民的英雄となる。当時のチェコスロバキアは社会主義政権、ザトペック自身も共産主義の思想を信じていたけれど、1960年代には共産主義に疑問を持つ有名人が増えていく。それに伴ってエミール・ザトペックの政府への支持の気持ちも萎えていく。


プラハの春

1968年の「プラハの春」後にザトペックと妻のダーナは民主化を要求する「2000語宣言」に署名、8月20日にソ連軍がプラハに侵攻したときは、ザトペックも抗議デモに参加する。この間にある青年がソ連の侵攻に抗議して焼身自殺するという事件が起こったのですが、チェコスロバキア共産党がそれを「リベラル・グループにそそのかされた行為」と非難、ザトペックも非難の対象になっていた。

「プラハの春」の挫折後、民主化運動への参加者たちの約30万人が「思想」を理由に職を失うなどして社会的に除け者扱いされるようになる。アスリートとしてのザトペックの実績はチェコの学校の教科書から削除され、ザトペックの名前を冠した体育館は名称を変えられたりした。ザトペックはボヘミア地方の産業廃棄物置き場で井戸を掘り、ミネラルウォーターを汲みだすという仕事にありつくけれど、生活は苦しく、ついに「プラハの春」運動への支持を撤回する声明を出さざるを得なくなる。


ソ連の秘密警察?

つまりスポーツ界を引退してからの生活は決して幸せなものではなかったわけですが、1989年、ソ連崩壊の直前にポーランドやチェコで起こった「ビロード革命」という民主化運動が盛り上がる中でザトペックはソ連の秘密警察の手先であると非難されたことがある。彼は本当にスパイだったのか?LRBの書評エッセイはその可能性は低いとしながらも、彼が民主化運動への支持を撤回するという「妥協」をしてしまったことは事実だとしている。ザトペックの場合、共産主義政権への支持も批判もよく知られた話だったわけで、仮に彼が本当にスパイだったとしたら、ずいぶんと下手くそなスパイ(pretty ineffective one)だったと言える。ただ彼自身の意図はともかく、民主化運動を弾圧する政権と妥協したことも事実だった。
  • チェコの歴史には、強大な権力にも妥協することなく戦ったヒーローが多く記録されている。ザトペックはそうではなかったということだ。
    Czech history is littered with the charred remains of heroes who refused to compromise in the face of irresistible force. Zatopek wasn’t one of them.
ザトペックがチェコのプラハで数回にわたる発作後に心臓麻痺で亡くなったのは2000年11月22日、 78才だった。「我々、耐久ランナーたちは練習が好きなのだよ」(We endurance runners like to practise a lot)というのが彼の口癖であったそうですが、死に方まで耐久レースのようであったということです。

ここをクリックすると、ザトペックがヘルシンキ五輪でマラソンを走る姿を見ることができます。それほど苦しそうな顔はしていませんがね・・・。この動画に途中でリタイヤする選手が写りますが、これは英国のジム・ピータースという選手です。先頭を走っていたのにザトペックに追いつかれたのですが、その際にザトペックがピータースに「ペースはこんなもの?それとも速すぎるかな?」と声をかけたのだそうです。不愉快に感じたピータースは「ちょっと遅すぎるよ」言い返した。そのすぐ後でリタイヤしたのだそうです。ザトペックは悪気があったのではないけれど、言われた方がいい気持ちを持たなかったとしたら、それも分かりますね!

▼ザトペックが変わっていたのは食事だそうです。レース前にビール、チーズ、ソーセージ、パンを食したのみならず、白樺の葉っぱを食べることを習慣にしていたのだそうです。理由は「シカが食べている。シカは足が速い」ということだった。それにしても、ザトペックは「弾圧にもめげず初志を貫徹」というタイプではなかった・・・きっと「いいヤツ」」だったのですね。ソ連の手先なんかじゃない!

▼全然関係ないけれど、幼いころのむささびは阪神タイガースのファンだった。あの頃の阪神に村山実というピッチャーがいたのですが、彼の投げ方は「ザトペック投法」と言われていた。単に苦しそうな顔して歯を食いしばって投げたというだけのことだったのですが。

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7) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 

thinking twice:慎重に考える

何か事を実行する前に「慎重に考える」というのが、本来の "thinking twice" の意味ですよね。言葉というのはそういうものだと思うけれど、新しい単語や表現に出会ったときに、そのまま何となく通り過ぎてしまうものと、妙に心に残るものとがありますよね。それぞれが個人的な体験だから、説明しても聞いている皆さまにはつまらないハナシなのですが、むささびにとって"thinking twice"は、ノ ーベル文学賞をもらったボブ・ディランの "Don't think twice, it's all right" で初めて出会 った言葉だった。

歌詞は "it ain't no use to sit and wonder why, babe"(くよくよ考えたって仕方ないよ)で始まり、「これでお別れだ」という意味のことを述べた挙句の締めくくりの言葉として"Don't think twice, it's all right"というのが繰り返し出てくるものです。そのときの日本語訳が『くよくよするなよ』となっていたのを記憶しています。なるほどね、この歌の場合は「心配すんな」(Don't worry)という意味で使われているわけですね。

ただ歌詞をよく読むと、結構面倒な中身なのですね。案外単純ではないということ。"Don't think twice, it's all right"というフレーズの直前に出てくるセリフを読むと、日本の演歌の世界とはちょっと違うなぁと思ったりするわけよね。
  • You’re the reason I’m trav’lin’ on
    アンタが理由でオレは旅に出るのさ
  • We never did too much talkin’ anyway
    おれたちってあんまり話しなかったね
  • I gave her my heart but she wanted my soul
    心をあげたのに、魂を欲しがったんだよね、あんたは
  • You just kinda wasted my precious time
    あんたオレの大事な時間を無駄にしてくれたんだよね
これらのラインの後に"Don't think twice, it's all right"が続くわけ。つまりこの歌の場合、"thinking twice"は「慎重に考える」ではなく「くよくよ考え込む」という意味で使われているということ。

ボブ・ディランもむささびも(そしてむささびの読者の多くも)同じような時代を生きてきましたね。その間にいろいろあって、シンゾーみたいな人間が支配する国で暮らしてしまっているけど・・・let's not think twice about that!

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8) むささびの鳴き声
▼例によって思いつくままに。米大統領選挙のクリントンvsトランプの2回目の討論会を見ました。もちろん全部ではない。最初の30分程度だったと思います。トランプの「女は何でもやる」発言(いわゆるロッカールーム・トーク)について喧々諤々やっているのを見ていて、余りにもアホらしくなって止めてしまったのですが、その夜、ラジオのニュース番組を聴いていたら、最後の方で「シリア問題」だの「医療保険問題」のような政策についてのディスカッションもあったのだそうですね。その意味では「一回目よりはマシだった」のだとか・・・。

▼トランプは、シリア問題についてはアメリカは関わり合いになるべきではなくて、すべてプーチンのロシアに任せた方がいいという主張だったとのことですね。トランプはイラク戦争にも反対だったと言っている。あの戦争のおかげでイラク国内がメチャクチャになり、それがISISの台頭に繋がったのだ・・・というわけですが、あれをやったのは共和党のブッシュ政権だった。そのとき(2003年)にトランプは反対していたのか?いま反対ということは、共和党の政府のやったことが誤りだったということを認めるということなのか?そのあたりのことはメディアは問い質しているのでしょうか?ISISの台頭を結果論として語るのは誰にでもできる。トランプの場合、イラク戦争には反対しても、ISISをやっつけると言っている。サダム・フセインをやっつけたのは間違っており、ISIS相手なら爆撃もオーケーと言っていることになる。

▼今回の大統領選挙は、政策論争がなくて「極めてお粗末」とあちらのメディアは批判しているけれど、トランプがここまで生き延びたのは正にメディアのおかげではないのか?例えば最近の「女は何でもやる」発言をすっぱ抜いて騒ぎ立てたのはワシントン・ポストですよね。あんな報道をして何が面白いんですかね。トランプにダメージを与えることを意図したものだと思うけれど、そのようなレベルの戦いをやっていたのでは、トランプの思うつぼにはまるだけですよね。オバマ夫人が民主党大会で言った "When they go low we go high"(あの人たちが汚いことをするのならなら、私たちは清潔でいきましょう)という言葉は真実を突いている。


▼どうでもいいことなのかもしれないけれど、毎日新聞のサイトを見ていたら、同紙が東京五輪(2020年)の「オフィシャル・パートナー」となっていることが謳われていました。一応聞いておきたいのでありますが、毎日新聞は「東京五輪は返上しろ」という人の意見はどの程度マジメに報道する気があるのでしょうか?リオ五輪の際に、開会式の当日になっても五輪反対のデモをやっている人がいたということが伝えられていましたよね。2020年に同じようなデモが都内のどこかで行われた場合、毎日新聞はどのような姿勢で報道するのでしょうか?「オフィシャル・パートナー」であることと「報道」は別問題ってこと?そんなこと、できるんですか?

▼その毎日新聞のサイト(10月6日付)によると、護憲運動の中心となってきた「九条の会」というのが、高齢化の一途を辿っており、存続自体が危ぶまれているとのことであります。記事の中にこの会の呼びかけ人リストというのが出ていたのですが、井上ひさし、小田実、加藤周一ら9人、うち6人が亡くなっている。存命なのは梅原猛、澤地久枝、大江健三郎の3人だけ。そこでこの際新たに「九条の会・世話人」というのを12人置いて、若い世代の平和運動と連携して運動の継続を図ろうとしています。

▼その「九条の会」の活動目標の一つとなっているのが、ノーベル平和賞の受賞だそうですね。日本の憲法第九条を守ろうとする日本国内の動きは国際的にも注目されており、ノーベル平和賞もまんざら夢ではないのだそうです。それが実現した場合、NHKなどはどのような報道をするのですかね。「みなさん、また日本が国際社会に褒められましたよ!良かったですねぇ!」となるのでしょうか?シンゾーなど、どんなコメントを出すんですかね。

▼念のために言っておくと、英国労働党党首のジェレミー・コービンの出身母体はStop the War Coalitionという反戦団体です。この組織はシリア情勢について「あらゆる勢力による爆撃行為を非難する」と主張、アサド政府やISISとも話し合いを求めていることから、日和見主義だと非難されたりしている。にもかかわらず今のところスタンスは変えていない。「さらなる爆撃は一般市民の犠牲者を増やすだけ」ということでシリア政府、ロシアだけでなく、英米による爆撃もやめるべきだと言っている。主要メディアの間では評判が悪いけれど草の根労働党員には人気がある。コービンと彼の仲間たちは「九条の会」のことは知っているのでしょうか?

▼ノーベル文学賞を受けたボブ・ディランを「反戦歌手」と呼んでいる新聞があったけれど、「そうだったかなぁ」というのがむささびの想いです。彼の歌は好きで、レコードも買ったし、歌詞も覚えたけれど、ボブ・ディランが(ポール・ニューマンやムハメド・アリのように)反戦集会で演説したというハナシは聞いたことがない。いちばん好きだったのは「どうでも英和辞書」で紹介した "Don't think twice, it's all right" かな。

▼「九条の会」に戻って、自分が関わっていないのだから偉そうなことを言うのはまずいかもしれないけれど、「オフィシャルサイト」はもう少し何とかならないものかと思うよね。「高齢化」の割にはフォントが小さい。それと会員や関心のある人による「投稿欄」のようなものがあるとは思えない。ノーベル平和賞を狙うのであれば、English versionのセクションをもう少し充実させてもいいのでは?というようなことはおそらく考えているのでしょうね。でもそれがなかなか・・・ということなのかも?

▼本当に寒くなりました。身体に気を付けましょう!
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