musasabi journal

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368号 2017/4/2
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
とうとう4月、野球の季節になりました。最近のプロ野球は西武ライオンズの選手のことも全く知らないので、かつてほどには盛り上がらないのですが・・・半世紀も前には考えられないほどプロ野球の世界が様変わりしましたね。かつては「巨人・大鵬・卵焼き」とか言われていたけれど、いまや野球といえば日ハムの大谷ですからね。上の写真は北イングランドのヨークシャー・デイルズ国立公園のパノラマです。絵画のように見えるけれど写真です。

目次
1)メイの離縁状?
2)ロンドン・テロと「盗み見憲章」
3)財務相から編集長へ:G・オズボーンの変身?
4)元テロリストの死
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)メイの離縁状?


3月29日、英国政府がEUに対して正式な離脱通知を行ったことは日本のメディアでもかなり詳しく伝えられています。あえてむささびが解説することなどありませんが、何もしないというのも癪なので、メイ首相がEUのトゥスク大統領に送った書簡そのものを紹介しておきます。と言っても手紙を全文翻訳・掲載しようというのではない。むささびが紹介するのは、正式書簡の最初のパラグラフと最後のパラグラフだけです。イントロと結論だけ。それでも一応雰囲気は伝わるのではないかと思うわけです。関心がおありの皆さまはここをクリックすると全文を読むことができます。
イントロ
昨年6月23日、英国国民はEUを離脱するという投票を行ないました。以前にも申し上げたことですが、この決定は、我々がヨーロッパの仲間として共有している価値観を拒否することを意味するものではありません。また欧州連合あるいは加盟諸国を傷つけようとするものでもありません。反対であります。英国はEUが成功し繁栄することを願っているのです。あの国民投票は、英国の国としての自決権を復活させようとする投票であったというのが、我々の考えるところであります。我々はEUを去ります。しかしヨーロッパを去るわけではありません。そして我々はヨーロッパ大陸全土の友人たちとともにパートナーであり同盟相手であることにコミットし続けることを望んでいるのであります。
On 23 June last year, the people of the United Kingdom voted to leave the European Union. As I have said before, that decision was no rejection of the values we share as fellow Europeans. Nor was it an attempt to do harm to the European Union or any of the remaining member states. On the contrary, the United Kingdom wants the European Union to succeed and prosper. Instead, the referendum was a vote to restore, as we see it, our national self-determination. We are leaving the European Union, but we are not leaving Europe - and we want to remain committed partners and allies to our friends across the continent.
結び
我々の前に横たわる仕事は極めて重要なものではありますが、自分たちの能力以上のものではないはずです。何のかんの言っても、EUの機構や指導者たちのおかげで、戦争で疲弊した大陸を平和国家の連合として一つにまとめあげ、独裁主義から民主主義へと体制を変換することに成功したのです。我々がお互いに協力することで、離脱国としての英国の権利や義務について合意に達することができるはずであります。そして同時にヨーロッパ大陸の繁栄、安全、グローバルな力のために貢献するような深くて特別なパートナーシップを確立することになるでありましょう。
The task before us is momentous but it should not be beyond us. After all, the institutions and the leaders of the European Union have succeeded in bringing together a continent blighted by war into a union of peaceful nations, and supported the transition of dictatorships to democracy. Together, I know we are capable of reaching an agreement about the UK’s rights and obligations as a departing member state, while establishing a deep and special partnership that contributes towards the prosperity, security and global power of our continent.

▼要するにあの国民投票は何だったんですかね。むささびの見るところでは、保守党内の右派勢力を黙らせようとしてキャメロンが打った賭けが裏目に出たのですよね。「右派勢力」というのを別の言い方をするならば、「英国はヨーロッパ大陸の奴らに引き回されるような弱い国じゃないんだ」と確信している勢力のことです。キャメロンはまさか負けると思っていなかったし、離脱派もまさか勝つとは思っていなかった。キャメロンはこのような重大な決定を、何度かのテレビ討論会と単純多数決で決められると思い込んでいた。議論されたのは、EUを離脱した英国がどうなるのかということだけであり、自分たちの投票行動がヨーロッパと世界にどのような影響を与えるのかについては全く語られることがなかったし、そのことを指摘する声もほとんど出なかった。むささびとしては、そのようなことがまかり通ってしまう英国という国に対して大いに幻滅を感じたわけです。

▼メイさんはスコットランド、ウェールズ、北アイルランドも含めて全国を回って「国民的団結」を呼びかけたのですが、自分たちはEUという「団結」から離脱しておきながら、スコットランドや北アイルランドに対しては国民的団結を呼びかける矛盾をどのように考えているのか?おそらく矛盾とは考えていないのでしょうね。ドイツ人やフランス人に支配されるのはイヤだけど、自分たちがスコットランド人やアイルランド人を支配することは何とも思わない・・・なぜ何とも思わないのか?決まっておる、それは英国(イングランド)が「すごい国」だから。「支配するのは当然、されるのは我慢できない」と、そのあたりもむささびが幻滅を感じる所以です。

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2)ロンドン・テロと「盗み見憲章」

3月22日、ロンドンで起こった「テロ」についてGuardianのコラムニスト、サイモン・ジェンキンズがテロ事件と同じ日に
  • ウェストミンスターのテロは悲劇ではあるが、民主主義に対する脅威というわけではない
    The Westminster attack is a tragedy, but it’s not a threat to democracy
と題するエッセイを寄稿しています。イントロは
  • テロリストの狙いは人間を数人殺すことだけではなく、多勢の人びとを恐怖に陥れることにある。テロに対して政治家やメディアが過剰に反応すると、彼らの思うつぼにはまってしまう。
    The terrorists’ aim is not just to kill a few but to terrify a multitude. For politicians and media to overreact would play into their hands
となっている。


今回のテロは、昨年ブリュッセル空港で起きたテロ事件(32人が死亡)からちょうど1年目に起こったわけですが、ジェンキンズはあのテロ事件やその前にパリで起こったテロに対するヨーロッパの政治家やメディアの反応を思い起こそうと言っている。BBCは何日もの間にわたって「現場からの報告」の中でパニック(panic)、脅威(threat)、威嚇(menace)というような言葉を使い続けた。フランスのオランド大統領は「ヨーロッパ全体が攻撃されたのだ!」(all of Europe has been attacked)と叫び、キャメロン首相(当時)も「英国は極めて現実的なテロの脅威に直面している」(the UK faces a very real terror threat)と発言、アメリカの大統領候補だったトランプは「ベルギーもフランスも文字通り解体しつつある」(Belgium and France are literally disintegrating)と大声を張り上げていた。テロリストたちにとってあれほど有難いことはなかった・・・とジェンキンズは言います。

メディアおよびメディアを通じて「民主主義に対する脅威だ!」と騒ぎ立てる人間の存在なしには、テロリストはお手上げなのだ、と。ジェンキンズがそのような政治家が「テロ対策」と称して作り上げる例の一つしてあげているのが英国の "Investigatory Powers Act"(捜査権法)という法律です。この法律が施行されたのは昨年(2016年)末のことですが、これを準備したのが今から3年ほど前、内務大臣だったティリーザ・メイ現首相であったというわけです。

この法律によって、インターネットへの接続サービスを提供するプロバイダー会社は、一人一人の顧客が誰にメールを送り、誰から受け取り、どのようなサイトにアクセスしたかという情報を1年間保管し、警察や情報機関の求めに応じてその情報を提供することが義務付けられている。別名「盗み見憲章」(snooper’s charter)と呼ばれて、国家による国民監視活動を推進するものとされ、プライバシー保護という点から大いに問題視されたのですが、結局成立してしまったものです。

ジェンキンズによると、この法律が検討されていたころのメイ内務大臣は「テロの脅威に対抗するためにもEUに加盟していることが大切だ」(“terrorist threat” was why we should stay in the EU)という考え方を明確にしていた。メイ内務大臣の計算によると、EU加盟国間の情報交換ネットワークに加盟していると、テロリストのDNAを割り出すのに要する時間は15分、加盟していないと143日かかるとされていた・・・というわけで、ジェンキンズはEU離脱を進めるメイ首相は今、あのときの主張をどのように思っているのか(Does she still say that?)と疑っている。

▼ロンドン・テロと言えば思い出すのは2005年7月7日のテロ事件です。あのときは死者52人で、文字通り英国の領土内で起こったテロ事件としては最悪のものとなったのですが、事件翌日のガーディアンにロビン・クックという政治家が「テロと戦いは軍事力では勝てない」というエッセイを寄稿している。この人はブレア首相(当時)によるイラク爆撃に抗議して外務大臣を辞めてしまった人で、ガーディアンへの寄稿文でも「テロリストたちに勝つということは、異なる価値観や人種的な背景を持った人々が共存することは不可能だとする彼らの思想そのものを打ち負かすということでもある」と主張している(むささびジャーナル62)。「ISIS打倒!」と叫んでいるトランプあたりとはだいぶ違う。

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3)財務相から編集長へ:G・オズボーンの変身?
 

3月17日付のBBCのサイトにわが目を疑いたくなるような記事が出ていました。
  • George Osborne to become editor of London Evening Standard
ジョ-ジ・オズボ-ン(George Osborne)は2010年5月から昨年(2016年)7月まで6年間にわたってキャメロン政権の財務大臣を務めていた人物で、首相のキャメロン以上にメディアにおいて露出度が高いのではないかと思われるくらい存在感のある人物だった。それがロンドン・イブニング・スタンダードという日刊紙の編集長に就任する!?しかもオズボーンは財務相こそ辞めたけれど、現在でも国会議員ではあるわけです。新聞編集という仕事を続ける一方で国会議員としての仕事も続けるということです。そんなこと、あり!?


と、むささびは驚いているけれど、英国では国会議員(年間サラリー7万5000ポンド)が別の職や収入源を持つこと自体は禁じられておらず、「議員金銭利害登録」(Register of Members’ Financial Interests)という書類に記載さえすれば構わない。保守党のマイケル・ガブ(BREXITのリーダー格)などはThe Times紙に週に一度のコラムを寄稿して年間15万ポンドの収入を得ている。また外国の例を見ると、アメリカは議員が別の職を持つことを禁止しているけれど、ドイツ、イタリア、カナダなどは許されるのだそうですね。日本はどうなんでしたっけ?


ただ・・・規則は規則として、大臣を辞めてからのオズボーンの「副収入」を見るとため息が出ます。3月23日付のThe Economistによると、金融関係(財産管理)の企業で1週間に一日出勤して年収65万ポンド。アメリカのthink-tankとは年収12万ポンドで契約、講演料・書籍の原稿料などでこれまでに78万ポンドを稼いでいる。為替レートではなくて、お金のとしての購買力で比較すると、65万ポンドは6500万円ということになる。つまり昨年7月のメイ政権誕生と同時に財務大臣を辞めて以来、議員としてのサラリー以外にざっと1億5000万円の収入があったということです。London Evening Standardでの仕事は編集長として週4日勤務で年収は20万ポンドだそうであります。


London Evening Standardは1827年創刊、ロンドン周辺で読まれている老舗の夕刊紙です。政治的には保守系で、2009年に無料のフリーペーパーとなって現在に至っている。フリーペーパーとしての発行部数はざっと85万部だそうです。ジョ-ジ・オズボーンは1971年生まれの45才、2001年に初当選してからずっと保守党の下院議員です。私立学校を経てオックスフォード大学で学んだ典型的なエリートなのですが、大卒の時点でThe TimesやThe Economistでジャーナリズムの世界に入ろうとしたのですが選抜ではねられてしまった。でも一応Daily Telegraphの地方版で仕事をすることはできたのだとか。

London Evening Standardの編集長に就任することについてオズボーンは次のようにコメントしています。
  • 自分は保守党国会議員であることに誇りを持っているが、編集長であり、献身的かつ独立心に富んだジャーナリストたちのリーダーとして、我々の関心は如何にロンドンの人びとの声を代弁するかということに尽きる。
    I am proud to be a Conservative MP, but as editor and leader of a team of dedicated and independent journalists, our only interest will be to give a voice to all Londoners.
▼ジョ-ジ・オズボーンはキャメロンらと一緒になって英国のEU残留キャンペーンに取り組んだ人物ですよね。でも45才にして大臣を辞めた後でも週4日勤務で20万ドルの年収を貰える仕事にありつける・・・BREXITに投票した「忘れられた人びと」が「ロンドンのエリート」たちに反発したという説明も分からないでもない。

▼日本では新聞記者が政治家になったというケースは多いですよね。古いハナシですが、石橋湛山(毎日新聞、東洋経済)、緒方竹虎、河野一郎(朝日新聞)らがいるし、新聞ではないけれど小池都知事はテレビの出身ですよね。でも政治家から編集者(記者やコラムニストではない)に転身するケースはどの程度あるのでしょうか?英国における政治家+編集者兼務の例としては、The Economistの創刊当時(1843年)に編集長だったジェームズ・ウィルソンという人は自由党の国会議員でもあったし、同じく自由党の議員だったCPスコット(1895年~1906年)はマンチェスター・ガーディアン紙の編集長だった。

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4)元テロリストの死


日本のメディアのサイトでは、ごく限られた範囲で報道されたけれど、英国では大きなニュースであったのが、北アイルランド自治政府の副第一大臣(副首相にあたる)であったマーティン・マギネス(Martin McGuinness)の死去(3月21日)だった。1950年生まれ、1970年代にはアイルランド共和軍(IRA)の司令官として対英テロ闘争を率いた人物であり、その意味ではテロリストであったわけですが、現在の北アイルランド自治政府の出発点となった1998年の「ベルファスト合意」(Belfast Agreement)の締結にあたってはIRAの政治組織であるシンフェイン党の政治家として貢献した人物でもある(むささびジャーナル363号)。

英・アイルランド関係:主なる出来事
1688年 イングランド名誉革命。カソリック教徒のジェームズ2世をアイルランドへ追放
1690年 イングランド軍がカソリック軍を破りアイルランドを支配下に
1707年 イングランド、ウェールズ、スコットランドから成るUnited Kingdom of Great Britain 成立
1800年 アイルランドがUKに併合されてUnited Kingdom of Great Britain and Irelandが成立
1916年 アイルランドで対英独立の武装蜂起(Easter Rising)
1920年 英国政府がアイルランドをプロテスタントの多い「北」とカソリック中心の「南」に分割
1922年 南がアイルランド自由国(Irish Free State)として英国から独立、プロテスタント中心 の北部は英国に残ることに
1947年 アイルランド共和国(Republic of Ireland)成立
1950年 5月23日 マーティン・マギネス生まれる
1968年 北アイルランドにおける選挙制度改革運動がマギネスの生まれ故郷であるロンドンデリー で暴動にまで発展、「北アイルランド紛争」(the Troubles)の始まりとなる
1985年 英国・アイルランド合意(Anglo-Irish Agreement)が結ばれ、アイルランド共和国が 北アイルランド問題に関わるようになる
1998年 ベルファスト合意(Good Friday Agreement)によって「北アイルランド紛争」に終止 符

英国では「北アイルランド紛争」のことを "The Troubles" と呼ぶのですが、1968に始まって1998年のベルファスト合意までちょうど30年間続く。その間の死者は3600人を超えた。全部が全部、IRAのテロで死んだわけではなく、英国人からのテロや警官隊との衝突によるアイルランド側の犠牲者も含まれているのですが、いずれにしても一つの国の中で1年につき約160人もの人間が、人間によって殺されるという状態が30年も続いていたわけです。


"The Troubles"始まりの日となった1968年10月5日、マギネスの生まれ故郷である北アイルランドのデリーでは、英国から離れて南のアイルランドの一部になるべきだと主張するアイルランド民族主義者やカソリック系住民による街頭デモが行われていた。これを英国の警官隊が力で制圧しようとしたことで暴徒化するのですが、18才だったマギネスがこれを目撃、市民権運動に身を投じるきっかけとなった。マギネスはベーコン工場で働くノンポリ人間だったのですが、警官隊の横暴ぶりを眼にして彼自身も投石に加わった。

3年後には英国政府が軍隊を投入、デモ隊に向かって発砲、死者が出た。マギネスが思ったのは、これは文字通り戦争なのだということ。武力に対しては武力で対抗しなければならない。平和的・政治的な手段では何事も為されない。英国軍の兵士が最後の一人まで北アイルランドから消えてなくなるまで戦う。マギネスが目指したのはアイルランド全体が社会主義共和国になることだった。一方、1972年に英国政府による北アイルランドの直接統治が始まります。そして1976年、マギネスはIRAの幹部の一人として対英武装闘争に活躍するようになった。


"The Troubles"の間、起こった主なテロ事件を挙げると次のようになる。
  • 1972年:英軍が発砲、デリー市民13人が死亡(血の日曜日事件)
  • 1974年:バーミンガムのパブ爆破で21人死亡
  • 1976年:ダブリンで駐アイルランド英国大使が射殺
  • 1979年:マウントバッテン卿(女王の従兄)爆死
  • 1984年:ブライトンのホテル(保守党大会会場)爆破
  • 1987年:北アイルランドのエニスキレンで民間人11人死亡
  • 1990年:ガウ保守党議員射殺
  • 1998年:北アイルランドのオマーで29人死亡
マギネスについてのThe Economistの追悼文によると、 彼は最初のうちは北アイルランドにおけるカソリックに対する偏見や差別と闘うには武装闘争しかないと思い込んでいたけれど、これを進めていくうちにテロでは何も達成されない(getting nowhere)と思うようになり、北アイルランド問題に対する「政治解決」を模索する中でブレア政権による「自治政府」の設立に参加することにした。


生まれ故郷のデリーで行われたマギネスの葬儀にはビル・クリントン元米大統領や女優のジェーン・フォンダらが出席したほか、北アイルランド自治政府のアーリン・フォスター第一大臣(首相にあたる)も参加、会場から拍手が起こったと伝えられている。フォスター第一大臣は北アイルランド議会の第一党である民主連合党(Democratic Unionist Party:DUP)の党首。DUPはマギネスのシンフェイン党とは水と油の関係にあり、支持者の中にはマギネスを今でもテロリストと呼んでいる人も多い中での葬儀参列だったので話題になったということです。

 
▼マギネスの死についての報道も英国人の北アイルランドに対する複雑な感情を反映しています。上の写真(左)は保守系のDaily Mailで、1974年にイングランドで起こったIRAによるテロ事件の関連写真を掲載、マギネスはテロリストだったというメッセージを伝えています。右の写真はどちらかというと労働党寄りのDaily Mirrorの第一面で、葬儀に参加したクリントン元アメリカ大統領による「マーティンのためにも和平を達成しよう」という呼びかけを掲載している。

▼マーティン・マギネスの故郷のことを「デリー」(Derry)と呼ぶ人と「ロンドンデリー」(Londonderry)と呼ぶ人がいるのだそうですね。前者はマギネス同様に北アイルランドも南のアイルランドの一部であるべきだと考える民族主義者(nationalists)であり、後者はその反対で今のように英国の一部であるべきだと考える連合主義者(unionists)です。いずれにしても州の名前でもあり、州都の名前でもあるわけですが、法的にはLondonderryが正式な名前であるとウィキペディアは言っています。

▼今回は触れないけれど、今、北アイルランドは政治的に極めて微妙な状態にあります。現在は北アイルランドの英国帰属を主張する民主連合党(DUP)と南のアイルランド共和国への帰属を主張するシンフェイン党による権力シェアリングという形で辛うじて「平和」を保っているけれど、シンフェイン党の勢力が伸びてきて、最近では議会内の議席数がほぼ五分五分という状態になっている。この二者は全くの「水と油」状態で、権力シェアリングによる平衡状態もいつ崩壊するか分からない。これが崩壊すると、ロンドンの中央政府による直接統治という昔の状態に戻らざるを得ない。中央政権としては、それだけは避けたい。

▼事態をさらに複雑にしているのが、英国のEU離脱です。これが実現すると北アイルランドはEU加盟国であるアイルランド共和国と国境を接することになる。これまでは英国も共和国もEU加盟国同士だったから国境警備やお互いの人的往来は気楽にやれていた。英国の離脱によって「厳しい国境」(hard border)の再現となり、人の行き来も面倒なことになり、それが社会的・政治的な軋轢を生むことにも繋がりかねない。昨年の国民投票は北アイルランドでは44.2% v 55.8%で「EU残留派」が勝っていた。にもかかわらずメイ政府が離脱を推進するのだから、シンフェイン党を始めとするアイルランド人の感覚としては面白くない。この際、英国から離脱しようという運動にも繋がりかねない。そうなるとThe Troublesの時代に逆戻りというわけです。

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5) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 

whataboutism:ワラバウティズム

ごく最近、アメリカの公共放送(National Public Radio:NPR)のサイトで見るまでは "whataboutism" という言葉の存在自体を知りませんでした。"What about ...?"という英語はあるし、頻繁に使われますよね。一つのことを話題にしていると、誰か別の人が口を開いて「あの問題はどうなのさ?」と言って、結果としてそれまで話題にしていたことが否定されたり忘れられてしまうような感じ・・・。うまい日本語が思いつかないのでカタカナに・・・。NPRが話題にしていたのは、トランプによるプロパガンダ戦術として、"whataboutism"が頻繁に使われるということ。例えばトランプ政権の司法長官に任命されたジェフ・セッションズが、トランプを支持する選挙期間中に駐米ロシア大使との接触を指摘されて議会で問題になったことがありますよね。その時トランプは得意のツイッターで
  • The same Russian Ambassador that met Jeff Sessions visited the Obama White House 22 times, and 4 times last year alone.
    ジェフ・セッションズと会談したというロシア大使は、オバマ政権の時にホワイトハウスを22回訪問、昨年だけでも4回訪問していますよ。
と発信している。つまり「だったらオバマはどうなのさ」(What about Obama?)というニュアンスですよね。駐米ロシア大使なのだからホワイトハウスを頻繁に訪れたって不思議でもなんでもないのだから、トランプの批判的ワラバウティズムは意味をなさないのですが・・・。NPRによると、"whataboutism" はソ連時代のロシアでよく使われたのだそうです。ソ連社会の問題点を指摘されると「でもアメリカでは黒人がリンチを受けるそうじゃありませんか」などと言って話題をそらせるやり方です。


考えてみると、"whataboutism" は現在の日本にもありますよね。「森友問題」で、籠池氏が「首相夫人から100万円受け取った」と言ったことについて安倍首相がこれを否定したところ、民進党の議員が「否定する根拠は?」と質問すると、首相は「民進党の辻元議員が森友学園の工事現場に自分の息がかかった作業員を送り込んだ」と言う籠池夫人のメールを挙げて「辻元議員は疑惑を真っ向から否定している。『ない』ということは証明のしようがないのは常識で、『悪魔の証明』といわれている」と反論している。自分を批判する相手に対して「じゃあ、あの人はどうなのさ」と言って水掛け論に持ち込む・・・見え見えの"whataboutism"よね。

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6) むささびの鳴き声
▼特にそれを意識したつもりはないけれど、この「むささび」に載せた4つの記事は、それぞれに関連しており、「英国」(主としてイングランド)という国やイングランド人が抱えているどうにもならない弱点を示しているように思えます。最初のティリーザ・メイの対EU離脱通知は、「サヨナラ、これからはお友だちでいましょうね」と言っているようにとれる。メイのアタマには「我々がEUを必要とするよりも、EUが我々を必要とする」という意識がある。それが故にメイに代表される「英国」はEUの人びとには嫌われる・・・けれどメイにはそのことが分かっていない。それが弱点の①。

▼2番目の「ロンドン・テロ」と4番目の「IRAテロリストの死」。前者についてはISISが犯行声明を出している。つまりイスラム過激主義の仕業である・・・と英国人は顔をしかめ、中には「だから移民なんかいれない方がいいのだ」と主張するBREXITERSに共感を覚える人もいる。元IRAのマーティン・マギネスの死についてはDaily Mailなどは「あいつはテロリストだったのだ」として、「死者を鞭打つ」かのような報道をしており、これに共鳴する声ももちろんある。が、ISISであれIRAであれ、英国内でテロを行うテロリストはほぼすべてが英国生まれであるという事実は否定のしようがない。そのことは英国人にも分かっている、分かっているけどどうにもならない。本来であればヨーロッパ諸国と一緒になって解決の道を探るべきなのだけれど、それもできない。何故?プライドが許さないから!それが弱点の②。

▼極めつけの疑問符は3番目の記事につく。大臣を辞してから1年も経たないような人物が新聞の編集長(コラムニストではない)という仕事に就くこと。どう考えても許されていいとは思えない。財務省の内部のことはみんな知っているんですからね。それとオズボーンという45才の「政治家」が議員としての活動以外のところで100万ポンドもの収入を得ている。「庶民」がこのようなエリート(たまたまEUびいきだった)に反発するのも当たり前だった。国民投票を呼びかけたキャメロンやオズボーンらには、それが全く見えていなかった。これが弱点の③、信じられないような「階級社会」が現存しているということです。

▼ただ・・・むささびが上のようなことを書いたり言ったりできるのは、英国が抱えている弱点が(あまり)隠ぺいされることもなく表に出され、それについて英国人やメディアの間で喧々諤々の怒鳴り合いが行われ、それがむささびにも見えたり、聞こえたりするからですよね。日本はどうか?新聞やテレビがキャンキャン騒いだ「森友問題」も、結局は「籠池が悪い奴だった」で幕引き、その代り(と言ってはなんですが)「教育勅語そのものは悪くない」という趣旨のことが閣議決定された。そのことについてはメディアはどの程度騒ぐのか?殆ど騒がずに、韓国の新政権が「反日的」ということには大騒ぎするのよね。

▼「日本のメディア」で思い出したけれど、安倍さんが進めている「働き方改革」に関連して3月29日付日本経済新聞のサイトに「成長底上げへ 次の働き方改革を」という記事が出ていました。電通の新入社員が、ひどい残業をやらされた挙句に過労自殺したことが騒がれて、「残業時間の上限規制」をやろうとした政府が、「残業時間の上限は繁忙期には月100時間未満」と決め、これを経団連と連合にのませた・・・これがシンゾーの「働き方改革」ですよね。

▼これに対して、「これでは過労死の合法化だ」 という反発の声が上がっている。誤解したくないので確認しておくと、「月100時間未満云々」は残業時間のことですよね?「100時間未満」ということは、99時間ならオーケーということですよね。30日間、一切の休日なしに働き、しかも毎日3時間残業しても90時間。土日出勤で9時~20時勤務・・・「残業時間の上限は繁忙期には月100時間未満」はそういう意味ですよね?違います?

▼で、日経の記事です。書き出しが「働き方改革をこれで終わらせてはならない」となっており、続けて次のように書いてある。
  • 単に働く人の待遇が改善されても生産性が上がらなければ、企業が世界と戦う競争力の向上にはつながらない。日本経済の地力を高めるための「次の働き方改革」を、官民で相次ぎ放つ必要がある。
▼つまりこの記者によると、「残業時間の上限が月100時間未満」というのは「働く人の待遇が改善」された状態のことであり、それはそれで結構なことではあるけれどそれだけでは足りないということですよね。労働者の待遇改善もいいけれど、「生産性」が上らなければ「日本経済の地力」は高まらない・・・ということのようであります。

▼この記者によると、フランスやドイツは「低い生産性」に悩んでおり、「労使の対立を超えて、解雇規制の緩和やルールの明確化にチャレンジ」した。なのに日本は「周回遅れ」の状態なのだそうです。「生産性の低い」ドイツやフランスでは過労死はあるのか?「解雇規制の緩和」って何ですか?経営者が自分たちの都合に合わせて労働者をクビにできるようにするってことではないの?

▼日経の記事を読んでむささびが想ったのは、英国でBREXITを生み、アメリカでトランプを生んだ労働者たちのことだった。彼らは彼らなりに自分たちが置かれた状況に対する怒りをたぎらせていたのに、「体制」はそのことに気が付かなかった。ひと月に100時間もの残業をやらせる職場に身を置く日本の労働者たちは、シンゾーの「働き方改革」について何を想うのか?さらには日経のこの記事を読んだら何を考えるのか?是非知ってみたい。

▼つい長話になってしまいます。お元気で!
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むささびへの伝言