musasabi journal

2003 2004 2005 2006 2007 2008
2009 2010 2011 2012 2013 2014
 2015 2016 2017      
369号 2017/4/16
home backnumbers uk watch finland watch green alliance
美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
前回の「むささび」のころは桜の「開花」についてのニュースがいっぱいだったけれど、もうかなり散ってしまいましたよね。上の写真は埼玉県のごく小さな町にあるお寺の境内に咲いている桜のそばで、地元の老夫婦が花見をしているところです。桜も夫婦も、ひっそり静かに楽しんでいる風情。贅沢の極致ですね。今回のむささびの主なる中身(シリアのこと)とは大違いであります。

目次

1)シリア:大西洋同盟、試練のときだ
2)トランプに国際法なんて無理?
3)シリア報道:「受け狙い」がもたらしたもの
4)「トランプのミサイルこそテロリズムだ」
5)「求む:反抗的従業員」(日本)
6)どうでも英和辞書
7)むささびの鳴き声


1)シリア:大西洋同盟、試練のときだ


このむささびが出るころにシリアがどうなっているのか・・・「むささび」をお読みの皆さまは、シリアのアサド政権がサリンをばらまいたというニュースに接したとき、まず何を想いましたか?むささびが想ったのは「何故?」でした。そのようなことをしてアサドにとって何の得になるというのか?彼は残酷・無慈悲な独裁者かもしれないけれど、自分のやることがもたらす結果の損得を考える程度のアタマはある、でないと独裁者として君臨することさえできないだろう・・・と思ったわけです。むささびのように考えた人はたくさんいる。例えばかつて駐シリアの英国大使だったピーター・フォードという人は
  • アサドはバカではない。トランプが自分に対して柔軟な姿勢をとっているときに化学兵器など使ったら、如何に自分自身が不利な立場になるかということは分かっていたはずだ。
    Assad is not mad and would have known that when Donald Trump produced an olive branch in his direction [then] any use of chemical weapons would have been counter-productive.
と言っている。トランプが常々口にするのは「ISの打倒」であって、そのためにはロシアとも協力する、つまりロシアに支えられている(とされる)シリアのアサド政権を敵視することはない・・・だと言うのにわざわざサリンを撒いて自分自身を国際的に不利になるようなことをするだろうか?

ただ・・・そうなると、シリアにミサイルを撃ち込んだトランプの行動も理解し難いと思いません?子供たちが毒ガスで殺されるのを見て我慢できなかった・・・それが自国中心主義のトランプのやることですか?そんなことをやってロシアを敵に回し、アメリカ人を戦場に送り込むことになりかねない直接軍事介入に繋がるようなことをあの大統領がやるだろうか?

どうもよく分からない・・・というわけで、今回はトランプの行動について英国のメディアに出ていた意見を3つ紹介します。これらを読むとますます分からなくなってしまうかもしれないのですが・・・。まずは保守派の新聞 Daily Telegraph の社説から。4月9日付のサイトに出ていたもので、短い社説なのでそのまま全文を紹介します。

大西洋同盟は最も困難な仕事に直面している
The Atlantic alliance faces its hardest task

2013年の過ちを繰り返すまい
西側諸国はついにシリアのアサド政権に対処するべく足並みを揃えようとしている。2013年にシリアの反政府勢力を支援しないことに決めたことによって、西側は、ロシアが隙間を埋めるかのようにしてアサド体制を擁護、彼を勝利に導くことを許してしまったのだ。しかし先週に取りざたされた(アサド政権による)化学兵器の使用は、西側の対応を迫るものとなった。アメリカは今回もまたアサドが人道上の一線を超えることを許そうとするのか?いや、トランプ大統領はそのようなことを許さないことに決めたのである。トマホーク・ミサイルがあの独裁者の空軍基地を爆撃したのだ。
The West is finally cobbling together a policy for dealing with Bashar al-Assad. The decision not to support the Syrian resistance in 2013 allowed Russia to fill the void, prop up the regime and nudge it towards victory. But the alleged use of chemical weapons last week demanded a reaction. Would America permit Assad, yet again, to cross a humanitarian red line? The President, Donald Trump, decided not: Tomahawk missiles struck the dictator’s air base.

英米がリードする
アサドに反対するという態勢を確立した今、問題は、西側が彼(アサド)をどうしようとしているのかということであろう。おそらく昔ながらの英米同盟がその答えを探るための指導的な役割を果たすことになるのであろう。今や英米両政府は、お互いの外交政策を決定づけるための分水嶺に立っていると言えるのだ。
The question is, having established an objection to Assad, what will the West do about him? Predictably, it is the old alliance of Britain and America that leads the search for answers. It is a watershed moment that could define the foreign policies of both governments.

トランプは変わった・・・
アサドがトランプ氏に提供したのは、共和党内のタカ派とハト派のどちらをとるのかという選択肢であるともいえる。ハト派は選挙期間中に熱烈に彼を支持したが、大統領候補から大統領へと上り詰めていく中でトランプ氏は、アメリカの力の行使が避けて通ることができないものであることを学んだであろうことは疑いの余地がない。いまアサドに対して何もしないということは、戦争犯罪を容認し、ロシアにとっての戦略的勝利を与えることを意味するのであり、そのことはアメリカの権威の失墜をも意味するのである。トランプ氏は行動することを選択した。トランプ氏は決断力に富み、タフな人物であると見えるようになった。しかしシリア問題に関わることを選択したということは、トランプ氏がアサドに対して首尾一貫した政策を形成することに責任を持つということでもある。それこそが正に重大かつリスクを伴う挑戦であると言えるのだ。
Assad poses Mr Trump a choice between the two sides of the Republican aviary: hawks and doves. The doves supported him enthusiastically during the election, but in evolving from a candidate to a president, Mr Trump has doubtless learnt that US power is not something that can be walked away from. Inaction against Assad would mean tolerance of a war crime and a strategic win for Russia, which would also mean the diminishment of US authority. Mr Trump chose action. He suddenly looks decisive and tough. But once he chose to get involved in Syria, he committed himself to forming a coherent policy towards Assad ? and that is a serious, risky challenge.



上のグラフは、アサド政権による(とされる)化学兵器の使用に関連して、「ではどうするべきなのか?」についてアメリカ人と英国人を対象に行った調査結果(Yougov)です。これはトランプ政権によるミサイル攻撃が行われる前に行われた調査結果を示しています。いちばん多いのは「どうすればいいのか、分からない」ということなのですが、「アサド政権打倒」とか「反政府勢力に肩入れする」というのも結構あるんですね。「シリア政権の責任者だけを攻撃」(アサドをやっつけろ)と「今やっている以上のことはやらない」(面倒だから手出しをするな)の2点で英国人とアメリカ人が対照的な反応を見せているのが興味深い。おそらく昔から中東では痛い目にあっている英国人の方が現実をわきまえているということなのでは?

▼要するにトランプのミサイル攻撃を支持すると言っているのですが、この社説を読んでいると悲しくなりますね。むささびの感覚からすると、もうとっくに終わった「アメリカの時代」に未だにこだわっている「大英帝国ジュニア」の言葉が並んでいるとしか思えないわけです。シリアの問題にからめて先日アメリカの国務長官がモスクワを訪問しましたよね。日本のメディアでは、英国のジョンソン外務大臣が、予定していたモスクワ訪問をキャンセルしたということ、どの程度取り上げられていましたか?報道されたとしても米粒のような記事だったのでは?対シリア、対ロシアのこれからを考えるうえで、EUにも属していない英国という国の存在は極めて影が薄いのであります。

back to top

2)トランプに国際法なんて無理?

4月10日付のLondon Review of Books (LRB) のサイトに "No Legal Justification" (法的正当性ゼロ)という見出しのエッセイが出ています。シリアのアサド政権が自国民を化学兵器で攻撃した(とされる)ことに対抗して、アメリカのトランプ政権が行ったシリアに対するミサイル攻撃のことを語っている。書いたのはメルボルン大学の国際法の専門家であるアン・オーフォード(Anne Orford)教授ですが、トランプが行ったミサイル攻撃には「法的正当性」(legal justification)がないと言っている。


オーフォード教授によると、トランプ政権によるシリアへのミサイル攻撃が違法行為であることは殆どの国際法学者が認めている。理由は簡単で、国連憲章(UN Charter)によって許される「力の行使(recourse to force)」は、その国の自衛のための行為もしくは国際的な平和と安全を確保するために安全保障理事会が承認した行為である必要がある。トランプによるシリア攻撃は、そのどちらにも当たらない。国際的な法秩序の維持を考える場合、自衛以外の軍事力の行使や他国の国内問題への干渉は許されないということが基本中の基本になっている。トランプのミサイル攻撃については、その法的な正当性が全く説明されていない。


トランプの口から出てくるのは、これが「文明国」(civilised nations)と「野蛮文化」(barbarism)の戦いであり、野蛮人たちは「神の子供たち」(children of God)を虐殺している・・・という情緒的な言葉だけである、と。教授によると、アメリカおよびその同盟国の識者たちもそれに何ら異を唱えることもしていない。それどころか、アメリカでは民主党系の識者までがトランプの単独行動を支持するかのような発言をしている。例えばヒラリー・クリントンが国務長官であったときに政策局長という立場にあったアン=マリー・スローターという人物などは次のように発言をしている。
  • ドナルド・トランプはシリアについて正しいことを行ったのだ。反吐が出そうな大虐殺を眼にしながら長年にわたって無意味に手をこまねいてきたのだが、ついにやったのだ!!
    Donald Trump has done the right thing on Syria. Finally!! After years of useless handwringing in the face of hideous atrocities.
オーフォード教授によると「国際的な法秩序は理想的な状態とは言い難い」(far from ideal)かもしれないけれど、少なくとも国家による暴力行使が正当化されるために公開の場における議論や挑戦にさらされるための手段を提供することはしている。集団安全保障という考え方は、どの国も自分たちがとる行動についての説明責任を負っていることを前提にしている。トランプ政権は、国際法が要求する最低限の制約をも無視するものであり、シリアに対する政策を説明するだけの理念や共通政策のようなものは何もない。あるのはトランプ本人の解釈による
  • アメリカさえ正義のために立ち上がるならば、いずれは世界が平和と調和に満たされることになる。
    as long as America stands for justice, then peace and harmony will, in the end, prevail.
という「信仰」のようなものである、と教授は言っている。

▼このエッセイを読むまでは気にしたこともなかった国連憲章UN Charter)ですが、他国に対する武力行使について次のように規定しています。
  • All Members shall refrain in their international relations from the threat or use of force against the territorial integrity or political independence of any state, or in any other manner inconsistent with the Purposes of the United Nations.
  • すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。(国連広報センター)
ここをクリックすると、化学兵器の拡散と利用を防ぐことがアメリカの「安全保障上の国益」にかなうものであるとするトランプの声明の全文を読むことができます。ミサイル攻撃はアメリカの自衛行為である、というわけです。

back to top

3)シリア報道:「受け狙い」がもたらしたもの
 

国際法の専門家であるメルボルン大学のアン・オーフォード教授は、トランプの対シリア・ミサイル攻撃を法的な正当性がないと言っているのですが、彼女のエッセイの中で、「欧米のメディアによるシリア報道が恣意的で反政府勢力からの情報のみに依っている」(reporting from Syria is selective and shaped by the Western media’s dependence on rebel groups)という部分があります。このことはこれまでにも英国の中東専門ジャーナリストによって指摘されている。The Independent紙のパトリック・コバーン記者が今年2月のLRB誌に寄稿した "Who supplies the news?"(誰がニュースを提供したのか?)というエッセイがそのあたりのことを詳しく伝えている。

昨年(2016年)7月から12月にかけて、シリアの反政府勢力が支配していた東アレッポという場所が政府軍によって包囲・爆撃されたことがあります。10万人の市民が避難するという戦いだったのですが、最終的には政府軍の支配するところとなったものです。この間の外国メディアの報道について「テレビも新聞も情報の真偽も確かめることなく、見た目に目立ちそうな大虐殺のような話題を競って報道していた」とコバーンは告発している。


例えばアメリカのNBCテレビが「シリア政府軍によって40人以上の民間人が焼き殺された」(more than forty civilians had been burned alive by government troops)と伝えたことがあるけれど、そのニュースの出所は「アラブのメディア」(the Arab media)という極めて漠然としたものだった。さらに英国のDaily ExpressやアメリカのNew York Timesを始めとする新聞が「政府軍の到着を前にレイプを怖れた女性20人が自殺した」と大々的に伝えたことがあるけれど、これなどはアブドラ・オスマンという、良く知られた反政府系の人間によるごく短い「証言」だけを基にした報道だった。


東アレッポで起こったことに関しては、国連の関係者が「シリア政府寄りの民兵組織によって85人が殺害された」という情報を発表しており、コバーンによるとそれが最も信頼できる(most credible)ものであったけれど、欧米メディアの中にはこの悲劇を1994年にルワンダで起こった虐殺事件に匹敵すると伝え、しかもそれが正規のシリア軍によって行われたものだと伝えるものが多かったのだそうです。彼に言わせると80万人が殺されたルワンダ虐殺と東アレッポを同じように語るのは、「いくらなんでも誇張だ」(gross exaggeration)と言っている。
  • 戦争にはホンモノの虐殺報道に並んでニセの虐殺報道もつきものである。が、シリア内戦の報道に関する限り、でっち上げのニュースや偏った報道がニュースの世界を占領してしまっている。そのレベルは第一次世界大戦以後には見られたことがないようなものになってしまっている。
    All wars always produce phony atrocity stories ? along with real atrocities. But in the Syrian case fabricated news and one-sided reporting have taken over the news agenda to a degree probably not seen since the First World War.
というのがコバーン記者の主張です。
▼NHKの「クローズアップ現代+」という番組を見ていたら、「シリア攻撃 広がる衝撃」という特集をやっていたのですが、その冒頭部分で「サリンにやられた」シリアの子供たちがトラックの荷台で苦しんでいる様子を写したビデオが放映されていました。そしてキャスターが次のように語っていた。
  • アメリカのシリア攻撃。その引き金となった化学兵器による被害の映像を入手しました。苦しそうにけいれんする子どもたちの姿。猛毒の神経ガス・サリンによる症状だと見られています。
▼でもNHKは、その映像をどこから入手したのかは言わなかった。さらに番組の中で「シリア軍元大佐」という人物とのインタビューが放送され、「(シリア政府軍は)今も化学兵器を隠し持っているはずです」という元大佐のコメントを放映していた。これだけでアサド政権がサリンをまき散らしたという証拠になるのか?深刻な表情のキャスターを見ながらむささびは大いにしらけておりました。

▼今回の事件についてのアメリカのメディアの報道は(むささびの感覚では)かなりひどい。例えばNY Timesの4月7日付の "Acting on Instinct, Trump Upends His Own Foreign Policy"(本能に従って行動するトランプ、自らの外交政策を逆転)という記事。「2013年にもシリア政府が自国民に毒ガスを振りまいた」とした上で、あの時とはアメリカ大統領の態度が違う!とトランプのミサイル攻撃をべた褒めしている。CNNは「トランプはついに米国大統領になった」(I think Donald J. Trump became President of the United States)と称賛、Washington Postも「トランプ政権に道徳心が浸透している」(The “moral dimensions of leadership” had penetrated Trump’s Oval Office)と持ち上げて・・・どうかしている。

back to top

4)「トランプのミサイルこそテロリズムだ」


アサドのサリンもトランプのミサイルも理屈に合わない・・・などと思っていたら4月7日付のGuardian紙上でコラムニストのサイモン・ジェンキンズが、トランプのミサイル攻撃に関連してエッセイを寄稿して
と言っているのに出会いました。「1982年のレーガン」というのは、この年にレバノンにあるパレスチナ難民の収容所を親イスラエルのレバノン人勢力が襲撃、パレスチナ難民を大量虐殺するという事件が起こったことに関係している。イスラエルに対する非難の声が高まり、アメリカのレーガン政権が仲介に乗り出して海兵隊まで派遣したけれどどうにもならずに退散せざるを得なかった。「2001年のブッシュ」とは9・11テロ事件をきっかけとするアフガニスタンとイラクを舞台にした戦争で、結局アメリカは中途半端な状態で撤退を余儀なくされ、その後は混乱状態が続いている。アメリカが中東で「正義の味方」ぶった行動をとるとロクなことにならない・・・とジェンキンズは言っている。


アサド政権による化学兵器の使用が国際的に非難を浴びるのはこれが初めてではない(むささびジャーナル275号)けれど、ロシアがアサド大統領の腕をねじ上げる気がない限り、国際社会はどうすることもできない・・・ということを認めなければならないこともある(the world has sometimes to admit its inability to make a constructive response)というのがジェンキンズの言い分です。


ミサイル攻撃を実施するにあたってトランプは、化学兵器に反対し、テロリズムと戦うことが「アメリカの安全保障上の利益」(vital national security interest)にかなっているのであって、世界の警察官の役割を果たそうというのではないと言っている。ジェンキンズによると、アメリカがグローバルな意味での裁判官でも警察官でもないのは当たり前であるし、トランプのいわゆる「アメリカの安全保障上の利益」というのもごまかし(hypocricy)にすぎない、アメリカがこれまでシリアで行ってきたドローンによる爆撃や民間人の爆撃などの「衝撃と畏怖」(shock and awe)作戦自体がテロリズム以外のなにものでもないというわけです。

トランプは陸上軍の投入ということにまで踏み切るのか?何をやるにせよ、それがアメリカという国を守る行為というのであれば「正義」(just)といえるかもしれないが、アサドによる化学兵器の使用が「道徳的に許せない」ということを力で示そうというのでれば正義とは言えない。


ジェンキンズによれば、シリア戦争が終結するために残された唯一の道は、反政府勢力が負けを認めると同時にシリアからISを追放することである、と。その意味ではロシアがアサド政権を支援することにはロシアなりの現実主義(プラグマティズム)があるし、シリアを取り巻く政治的現実にかなっている。これまで欧米が行ってきた反政府勢力への肩入れは内戦終結には何の役にも立っていない、どころか欧米による介入が内戦を長引かせてきたことは否定できない・・・としてジェンキンズは
  • 国際社会は戦争犠牲者に救いの手を差し伸べるという人道上の義務を負っている。シリア内戦の被害者は300万人にものぼっており、彼らが中東をさまよい、ヨーロッパにまで逃避してきている。いまやらなければならないのは、戦争犠牲者を苦しみから解放することであり、内戦を長引かせることではない。シリアにこれ以上の爆弾を投下することは何の助けにもならないのだ。
    The world has a universal humanitarian obligation to help the victims of war. There are some 3 million such casualties of the Syrian war, spread across the region and into Europe. Relieving, not prolonging, their suffering should be the priority. Dropping ever more bombs on Syria does nothing for them.
と主張している。

▼トランプによるシリアへのミサイル攻撃について、世論調査をしたところ日本人は「反対」が過半数を占めたのですね。日本人の意見はNHKの調査によるものです。アメリカ人のそれはPew Researchによるものなのですが、アメリカの数字で気を付けるべきだと思うのは、かなり党派性が強いということです。トランプの行動について民主党支持者は「賛成48:反対45」とかなり拮抗しているのに、共和党支持者の場合は「賛成77:反対11」という具合に極端に賛成意見が多い。Pew Researchの調査ではトランプ政権がシリア問題の将来について明確な計画を持っていると思うかどうかも尋ねているのですが、「持っていると思う」と答えた人は、民主党支持者の場合で11%しかいないのに、共和党支持者間では61%もいる。

back to top

5)「求む:反抗的従業員」(日本)
 
4月6日付のThe Economistに "Wanted: stroppier employees"(求む:反抗的従業員)という見出しの記事が出ています。何かと思ったら、日本における労働市場の現状報告だった。イントロが記事のメッセージを伝えています。
  • 日本の就業率の高さはおとなしい労働者に支えられている
    High employment is combined with undemanding workers
この記事はまた
  • 日本の労働市場は人手不足であるにもかかわらず、賃金が上昇しないのは何故なのか?
    Japan's labour market is tight. So why aren’t wages rising?
ということも話題にしています。


 
The Economistによると、日本企業の10%以上が、ひと月の残業時間が100時間を超える従業員が存在していることを認めている。例えば昨年10月に自殺した関西電力の社員は200時間も残業をやっていた。残業がやたらと多い業界の一つが運送業で、佐川急便の配達員が荷物を蹴飛ばしたりしているところがネットで流れ、会社が謝罪に追い込まれた。佐川ではパワハラを受けた社員が自殺をした例もある。さらに広告代理店の電通の社員は100時間以上の残業をしていたのに、上司から勤務カードを改ざんしてこれを隠ぺいするように言われた挙句に自殺した。

労働時間の短縮を妨げている要因として、労働者たちの意識もある、とThe Economistは言っている。最近、政府の音頭取りで採用された、毎月の最終金曜日には早く退社する「プレミアム・フライデー」の制度ですが、これを実行した勤め人は東京ではわずか4%だった。残業時間の上限規制も簡単には実施されそうにない、とThe Economistは見ている。

G7の就業率:労働年齢の人口に占める%
2016年10~12月
 
労働政策研究・研修機構(Japan Institute of Labour Policy and Training)が2015年に行なった労働者の意識調査によると、残業しなければならない最大の理由は「人手が足りない」ことなのだそうです。少ない人数で多くの仕事をこなしているということですよね。日本では2012年末から現在までの約4年間で、労働年齢(15~64才)の人口が380万人減少しているのに働いている人の数は220万人も増えている。つまり仕事はあるのに働き手が不足している・・・労働年齢人口の減少に反比例して労働需要が増えてしまっているということです。

G7各国の失業率:労働人口の%
2016年10~12月

だったら労働賃金が上り、それが価格の上昇(インフレ)に繋がるのが普通ですが、日本の場合は賃金も価格も停滞したまま。なのに労働者も労働組合も怒らない。昨年の賃金の上昇率はわずか0.2%、これでは価格も上昇しない。日銀が目指すインフレ率2%はなかなか達成できないというわけです。

 

ではなぜ日本では賃金が上がらないのか?The Economistの説明によると、日本の場合、労働に対する需要が高くなると、労働の価格(賃金)が上るのではなく、労働の供給も高くなる、つまり働き手が出て来てしまう。例えば外国人労働者の数が2012年末で68万人であったのが、現在では100万を超えている。さらに同じ時期に、女性と高齢の労働者の数も200万人以上も増えている。女性の場合は生活のためということもあるが、高齢者の場合は生活が苦しいから働くというより、パートの仕事をして貯めたお金で夫婦で温泉に行くというようなケースが多いのだそうです。要するに日本の労働市場では「需要と供給」という、いわゆる「市場原理」が働かないということです。

▼この記事を読んでいると、労働力に対する需要が供給を上回っているのに労働コスト(賃金)が上らないのは、高齢者やパート主婦のような働き手が労働力不足を補ってしまうからだと言っているように思えません?それもあるのかもしれないけれど、日本の労働者が自分を犠牲にして「低賃金・長時間労働」を受け入れてしまうということもあるよね。でも最大の理由は労働組合がかつてのような戦闘性を持たなくなった、つまり「反抗的(stroppy)」でなくなったということですね。いいこっちゃない。

英国政府のサイトに残業について書いてあるのですが、それによると「従業員の残業は予めで労使契約でうたわれていなければならない」としたうえで、次のように書いてある。
  • Even if it does, by law, they can’t usually be forced to work more than an average of 48 hours per week. An employee can agree to work longer - but this agreement must be in writing and signed by them.(契約でうたわれているとしても、1週あたり48時間以上の労働を強制することはできない。従業員がそれ以上の長時間働くことに合意することは可能であるが、その場合は書面による合意を必要とする)。
▼(むささびの記憶によると)英国政府が外国企業に対して対英投資を薦めるときの謳い文句が「柔軟な労働力」(flexible labour force)だった。「柔軟」とは「会社の言うことに素直に従う」という意味だから、英国の労働者は少々の残業は喜んでやるという意味でもあった。でも、むささび自身は詳しくは知らないけれど、「過労死」なんて聞いたことがなかった。

▼ただOxford Living Dictionariesという英語辞書のサイトに "karoshi" という単語があり、その説明として "(in Japan) death caused by overwork or job-related exhaustion"(働き過ぎもしくは仕事に関連する疲労を原因とする死亡)とある。最初に(in Japan)という言葉が入っているということは、日本特有の現象であるという意味なのでしょうね。

back to top

6) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 

Oxford comma: オックスフォード・コンマ

英語ではいくつかの名詞を並列的に記述するとき、最後に出てくる名詞の前に "and" とか "or" を置くけれど、それらの接続詞の前にコンマを入れる人もいますよね。そのコンマのことをOxford commaというのだそうです。例えば「鉛筆と消しゴムとノートを持って来てください」という文章は
  • 1) Please bring me a pencil, eraser, and notebook.
    2) Please bring me a pencil, eraser and notebook.
の両方が可能です。1) の中の "eraser" の後ろにあるのが "Oxford comma" というわけですが、2) のようにこれを入れない人もいるし、それはそれで通用している。むささびは入れたことがないし、AP通信社の記事は原則として"Oxford comma"は使わないことになっているのだそうです。

なぜ "Oxford comma" なるものが存在するのか?オックスフォード大学出版局(Oxford University Press)は出す書物がすべてこのコンマを使うのがルールになっていることからこのような名前がついたのだそうですが、その役割は「誤解を避ける」ことにあるらしい。例えば次のような文章:
  • I sent Christmas cards to my cousins, Judy and John.
この文章は「私は自分の従兄妹(いとこ)たちとジュディとジョンにクリスマスカードを送った」と解釈することもできるけれど、「私の従兄妹であるジュディとジョンにカードを送った」と解釈することもできる。後者の場合は "cousins" のあとについているコンマが"cousins"という言葉を説明する役割を果たしている。この文章を
  • I sent Christmas cards to my cousins, Judy and, John.
とすれば「従兄妹、ジュディ、ジョン」が並列になって、「従兄妹」と「ジュディ、ジョン」が同じ人たちというような誤解は生じない。それが"Oxford comma"である、とこのコンマの使用を主張する人たちは言うわけです。これに反対する人たちは"Oxford comma"がいかにもくどくて煩いと言うわけ(むささびもそう思う)。これを使わずに誤解もされずに「私の従兄妹であるジュディとジョンにカードを送った」と言いたいのであれば、
  • I sent Christmas cards to Judy and John, my cousins.
と書けばいいではないか、と。"Oxford comma"に関する記事をいろいろと読むと、どうやらこれを主張する人たちは「文法にうるさい学者気取り」と見なされたりしているらしい。ちなみにミセスむささびは無意識に"Oxford comma"を入れてしまうのだそうです。

back to top

7) むささびの鳴き声
▼トランプがなぜシリアにミサイルを撃ち込む行動に出たのか?むささびなりの一つの説明は、アメリカ国民に自分はオバマとは違うというところを見せつけたかったから。自分が大統領としては不人気であることを意識している。2013年にシリアのアサド政権が化学兵器を使ったという噂が流れ、当時のオバマ政権が口では強いことを言いながら「態度が甘かった」とされている。今回のトランプの行動についてはヒラリー・クリントンまでが賛成したりしています。「オバマの轍を踏んではならない」というわけです。大統領選挙の際のトランプは"Make America great again!"をスローガンにしていた。シリアにミサイルを撃ちこむトランプはその「公約」を実行したということですね。しかもこれで「プーチンと仲良し」などという「良からぬ噂」も吹き飛ばすことができた・・・。

4月15日付の毎日新聞のサイトに、米軍が最近、アフガニスタンにあるISISの地下施設にGBU43という大型爆弾を投下したという記事が出ていました。爆弾そのものについては「米軍が保有する非核通常兵器の中では最大級」と書いてある。むささびが書きたいのはこの爆弾のことではない。トランプの行動論理のことです。4月14日付のThe Economistのサイトがこの爆弾の投下について書いているのですが、書き出しが "Donald Trump is giving his generals much more freedom than his predecessor" となっている。「トランプが前任者(オバマ)に比べるとはるかに大きな自由を軍の指揮官たちに与えている」ということです。

▼ISISやアサドのような人間と関わるには、国連憲章だの人権だのと面倒なことを考えずに爆弾でやっつける、そしてそれが国民的に受ける、これっきゃない・・・これがトランプの思考回路であるわけ。前任者のオバマは「優柔不断」というレッテルを貼られる。メディアがそれに手を貸す。「悪い奴ら」を退治するのに軍隊を使って何が悪いのさ、というわけですね。でもアメリカ大統領のような、何億人もの人間の人生を左右する決定を行なう立場にある人間が「優柔不断」(慎重)になるのは当たり前で、むしろその方が望ましい(とむささびなどは思う)。

▼と、ここまでは前置き。むささびが問題にしたいと思ったのは安倍晋三首相のことです。(運命とはいえ)このような人間を首相として持ってしまった国の人間であることを、むささびはしみじみ情けないと思います。シンゾーのアタマの中にあるのは、基本的に「世の中強い者勝ち」という感覚であり、トランプがシリアにミサイルを発射したときにはいち早く「全面支持」のコメントを発表したのは、とりあえず強い者の側についておこうという哀しい習性が発揮されたということ。そして最近になって、「北朝鮮はサリンを搭載したミサイルを撃つ可能性がある」という発言をした。だからアメリカと組まなきゃいけないし、自衛隊に敵地攻撃能力を与えなければいけないという発想になる。

▼アサドは欧米人にとって、金正恩は日本人にとって「極悪人」ということになっている。そのイメージ自体がどこまで現実に即したものなのか分かったものではないけれど、拉致事件などもあって北朝鮮という国が「ならず者国家」のような印象を与えていることは仕方がない部分もある。が、二人の「極悪人」をリーダーとする国が両方とも国連に加盟しており、さまざまな国と国交を結んでいるということも事実です。そのような国にミサイルを撃ち込んだ結果として起こる混乱をどう収拾するのかということを考えるアタマは軍人にはない。オバマの「優柔不断」もその点に関わっている・・・ということを理解する能力はトランプにもシンゾーにもない。

▼トランプと異なり、シンゾーはNHKの世論調査では53%という支持率を維持している。しかしシンゾーが支持するトランプのミサイル作戦には過半数が反対している。森友学園問題で、政治家の関与や行政のそんたくは一切なく、ごみの撤去費用を差し引いた適正なものだとする安倍政府の説明に納得している人は「大いに」と「ある程度」を足しても14%しかいない。反対に「納得していない」は78%もいる。シンゾーの奥さんを国会に呼ぶことに賛成という意見が42%で、「必要ない」の22%を大きく上回っている。要するに安倍内閣への「支持率」は高いのに、実際にやっていることについての評価は全く低い。これはどういう意味なのか?シンゾーが首相の座にいまだに坐り続けているのは、有権者が「他にロクな人間がいない」とメディアによって思わされているから。

▼「森友」で思い出したけれど、日本記者クラブの会報の最新号(10ページ)に「それは一本の電話から始まった」という記事が出ています。朝日新聞の記者が「森友問題」の発端から書いているのですが、とても面白い。これを読んでいると、シンゾーが何とかしてこの問題をウヤムヤのままにしてしまいたいという切なる希望を持っていることがよく分かる。その希望を成就するためなら、シリア、北朝鮮、プレミアム・フライデー・・・何でも使う。

▼お元気で!
back to top
←前の号 次の号→
むささびへの伝言