musasabi journal

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397号 2018/5/13
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
いつの間にか5月も半ばです。極端に暑かったり、寒かったりで調子が狂うけれど、基本的には暖かい方がいいよね。疲れなくてすむ。それから・・・空の色も青に限りますね。上の写真はイングランドのどこかです。気が塞いでいるときも、このような空を見るとほっとしますよね。

目次

1)社会分裂の国際比較
2)ウィンドラッシュ世代の悲哀
3)英連邦という「幻想」
4)生誕200年:マルクスが言いたかったこと
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)社会分裂の国際比較

4月末の約1週間にわたってBBCが"Crossing Divides"(分断を越えて)という特別企画による放送を行いました。いま世界中どこでも「対立」とか「分裂・分断」という現象が目立ちません?英国のBREXIT、アメリカのトランプ現象、欧州における極右の台頭・・・まさに"The world seems more divided than ever"(世界がいまほど分裂しているように見えるときはない)という時代である、と。BBCのこの企画は、そのような流れの中でもお互いを結び付けようという動きがないわけではないというわけで、あえてそちらのアングルに焦点を絞って人間の努力を紹介しようとするものです。例えば冷戦時代に米ソを結び付けるためにベーリング海峡を泳いで渡った男の話、若者と年寄りが一緒に暮らすコミュニティの話題、人種の違いを乗り越える学校教育etcのような話題が紹介されています。


ここでむささびが紹介するのは、これらの番組やビデオではなくて、"Crossing Divides"という企画を行うにあたってBBCが英国の世論調査機関と協力して行った27か国にまたがる国際世論調査です。今年の1月26日から2月9日までの2週間、約2万人の成人を対象にオンラインで調査したものです。結論を言うと次の3点に絞ることができるのだそうです。
  • 4分の3の人間が自分たちの社会が10年前よりも分裂している(more divided than it was 10 years ago)と感じている。
  • 社会的な緊張感を生み出している最大の要因は政治的な意見の違い(differences in political views)で2番目は貧富の格差である。
  • ただ多数の人びとが世界的には違いよりも共通点(things in common)の方が多いと思っている。
この種の調査がどの程度実際の状況を反映しているのか分からないけれど、(真実に近いものと信ずるとして)興味深いと思うのは、日本・中国・韓国における人びとの感覚です。例えば「あなたの国はどの程度分裂していると思うか?」(How do you think your country is divided these days?)という問いに対して「大いに分裂・かなり分裂している」(very/fairly divided)と答えた人の割合を見ると、韓国人が世界平均よりも上なのに対して日本人も中国人も平均よりも下にきている。トップ3はセルビア、アルゼンチン、チリでいずれも9割以上が yes と答えている。英米露中韓日の6か国の人びとはというと:

社会が分裂していると考える人間の割合
 

となっている。英国とアメリカの世論分裂はBREXITやトランプ現象からしても察しがつく。一方、日本人や中国人のほぼ半数が「分裂している」と答えているのに対して韓国人の場合はこれがほぼ8割にものぼっている。では日中韓の人びとは、何が原因で社会が分裂していると感じているのかというと次のようになる。

 社会分裂の原因:日中韓の場合


日本人も中国人も「政治的な意見対立」を挙げてはいるけれど、韓国人ほど極端ではない。これから朝鮮半島のことを考えるうえで興味深い違いです。

 分裂の原因:英米露の場合


では対立の原因について英米露の人たちは何を想っているのか?日中韓にはなくて英米露にあるのは「移民」です。この調査の場合は「移民と本国民」との間の対立的感情という意味です。日中韓にはこの種の対立がないのは、そもそも移民自体が少ないということでしょう。で、次の質問にはどのように答えているか?
  • あなたの国の人びとは、異なった文化・育ち・意見を持つ人びとに対してどの程度寛容だと思うか?
    How tolerant do you think people in your country are of each other when it comes to people with different backgrounds, cultures or points of view?
自分たちの国で暮らしているけれど、生まれや育ちが外国という人びとに対する接し方です。
異人種への寛容性は?
 

調査対象国全体では74%のカナダ人が「大いに・ある程度寛容(very/fairly tolerant)」であると思っておりこれがトップなのですが、第2位に中国人が来ているのですね。日本人と韓国人の数字が低いのとは対照的です。繰り返しますが、この数字は「自分たちが外国人にどの程度オープンか」ということを自己評価したものであって、第三者による評価ではありません。

ところで今回のアンケート調査の中で日本人が27か国中の27番目、すなわち yes と答えた人が最も少なかった質問があります。
  • 世界中の人びとの間には違いよりも共通点の方が多いという意見に賛成ですか、反対ですか?
    Do you agree or disagree that people acoss the world have more things in common than things that make them different?
この質問に対して「賛成」と答えた人が最も多かった(81%)のはどこだと思います?ロシアです。日本が最下位なのですが、下から2番目はハンガリーで、3番目は韓国です。中国は13番目だからちょうど真ん中です。
人間には共通点が多いと思う
 
 
「世界中どこへ行っても人間は同じだ」と考える心理はどのように説明されるのでしょうか?育ちや文化が異なる人間に対して寛容なのでしょうか、その反対なのでしょうか?

▼「自分たちの社会が分裂・分断している」と感じる日本人は、英米などに比べると明らかに少ないし、「貧富の差」を感じる人間は多いけれど、割合からすると中韓よりは低い。最も興味深いのは「政治的見解」が理由で社会分裂が起きていると感じる人間の割合ですね。日本と韓国では極端に違う。日本人の方が政治意識が低いというよりも、自分たちが何か言えば物事が変わるのだという感覚が薄いということかもしれない。

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2)ウィンドラッシュ世代の悲哀

4月29日付のBBCのサイトにアンバー・ラッド(Amber Rudd)という内務大臣(女性)が辞任したというニュースが出ていました。サイトのトップページに出てはいるけれど、トップニュースという扱いではない・・・ということは、英国の国内ニュースとしては大きな出来事ではあっても、世界的な視野からするとそれほどでもないということになる。


アンバー・ラッド前内相(左)とメイ首相

ここ1~2か月ほど英国メディアに頻繁に登場する言葉に "Windrush generation"(ウィンドラッシュ世代)というのがあります。第二次大戦後の1948年~1971年の間に英国へやって来たカリブ系の移民のことで、いずれもかつての英国の植民地の出身者のことを指す。「ウィンドラッシュ」は彼らが大挙して渡英する際に乗ってきた船の名前です。これらの移民は戦後の復興政策を進める英国政府が積極的に迎え入れた人たちだったのですが、移民の子供たちの中には親のパスポートだけで入国した者も多く、中には入国後に英国籍を取得する手続きをせずにここまで来てしまった人もいる。


ウィンドラッシュ世代が渡英したころは、出身地が英国から独立する前(植民地)だったので誰もが自分を文句なしに「英国人」だと思っており、国籍のことなど全く気にしなかったし、British Nationality Act 1948(英国籍法令)も英連邦出身者=英国及び英連邦諸国の国民と定めていた。というわけで英国に到着後も英国パスポートの取得さえしなかった者もいたし、内務省も移民として入国した人の記録をつけずに居留権を与えてしまった。事情が変わったのは、1971年に成立、73年に施行されたImmigration Act 1971(移民法)だった。この法令によって73年1月1日以前に英連邦から来た移民は「特例として」英国への永住権が与えられることになったけれど、それ以後にやって来た人びとが永住権を獲得するのは困難になった。

事情がさらに変わったのは、ティリーザ・メイ(現首相)が内務大臣だったころの2012年に、英国を「不法移民にとってきわめて住みにくい国」(a really hostile environment for illegal immigrants)にするという方針が打ち出されたことだった。具体的には、企業が労働者を雇うとき、国民健康保健(NHS)の担当機関が住民に保健サービスを提供するとき、民間の不動産所有者が住宅を賃貸するとき・・・被雇用者、保健サービスの利用者や賃借人などが合法的に英国に居住していることを証明する書類の提出を求めることとした。


要するに不法移民を国境で閉め出すことに加えて、国内にいる不法居住者の摘発・追出し作戦に乗り出したというわけです。そうなると違法居住などという意識は全くないけれど、あえて英国の市民権獲得の手続きなどせずに住み着いてしまったウィンドラッシュ世代とその子供たちにとっては、思いもよらない辛い時代になってしまった。彼らの中には英国政府発行のパスポートも所有していない者もおり、中にはそれが発覚して強制送還されたり、失職する者まで出て来てしまった。

今年60才になるアンソニー・ブライアン氏は、ジャマイカ生まれで1965年に両親とともに英国へやって来たとき8才の子供だった。その彼が昨年(2017年)内務省から違法滞在者である旨の手紙を受け取ると同時に職も失ってしまい、違法滞在者用の収容所に入れられたこともあった。現在は滞在が認められているけれど、居住の合法性を確認するペーパーの到着を待っている状態でいる。

1971年以前に移民として英国へ来た英連邦加盟国出身者は約52万4000人、うち英国への永住許可の資格を持っていない人はざっと5万7000人(推定)となっている。最も多いのがジャマイカ出身者で1万5000人、次いでインド出身者が1万3000人、その他(パキスタン、ケニア、南ア)が2万9000人などとなっている。英国政府はこの5万7000人に対しても永住許可を与えることになっており、これらの人びとに対して手続きするように呼びかけている。

 英国籍を持たずに英国に居留している英連邦出身者

で、最初に紹介したラッド内務大臣の辞任ですが、ウィンドラッシュ世代の子供たちが辛い目にあっていることが話題になり始めたころ、内務省が「不法移民」とみなして強制退去の対象とする人数について目標を定めているという疑惑が浮上した。要するに「最低限このくらいの人数は強制退去させよう」という、役所としての目標値を定めていたということです。ラッド大臣は下院における答弁でも「人数目標などあるわけない」と否定したのですが、実際にはこれが存在したことは省内では知られていたことが分かり、大臣は「自分は知らなかった」と逃げたのですが、目標人数が定められていたことを示す内相宛ての文書まで見つかってしまった。となると大臣が下院を欺いたということになり、辞任しかないということに・・・。。

▼英国への移民の物語を書いた名著に "BLOODY FOREIGHNERS" という本があります。書いたのはロバート・ワインダーというジャーナリスト。それによると第二次大戦直後のジャマイカは失業率が40%という状態だった。英国から政治家らがやってきて「本国には職がわんさとある」と呼びかけたのだから、それに応じる者が多数出たとしても不思議ではない。ウィンドラッシュ号で大量のジャマイカ移民が到着した1948年にはロンドンでオリンピックが開かれているのですが、400メートル走でジャマイカ出身のアーサー・ウィント(Arthur Wint)という選手が金メダルを獲得したときは英国空軍のブラスバンドが国歌(God Save the King)を演奏して「英国人走者」の勝利を祝福した。が、何年か後のオリンピックで金メダルを確実視されていたジャマイカ出身の走者が敗れたとき、英国のメディアは「ジャマイカ出身のアスリート」(Jamaican-born athlete)と呼んだのだそうです。

▼「ウィンドラッシュ世代の悲哀」という事態は、「英連邦」という機構抜きにしてはあり得ない。そもそも英連邦とは何なのか?それは現代の英国、EUを離脱して単独で世界と付き合っていこうとしている英国にとってどのような意味のある存在なのか?このあたりのことは別の記事で語りたいと思います。

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3)英連邦という「幻想」

上の記事で紹介した「ウィンドラッシュ世代」の問題は英連邦の存在抜きにはあり得ないものです。4月16日から20日までロンドンとウィンザーで英連邦首脳会議(Commonwealth Heads of Government Meeting 2018)なる会議が開かれた。この会議の直前のThe Economistが
  • 英連邦はEUにとって代われるか?
    Is the Commonwealth a plausible substitute for the EU?
という記事を掲載しています。


英連邦(the Commonwealth)って何だかご存じで?正確には "The Commonwealth of Nations" というのですが、かつて英国が「大英帝国」(British Empire)であった時代に植民地であった国(現在は独立国)であった国によって構成されるゆるやかな連合体で、現在はカナダ、オーストラリア、南アフリカ、インド、パキスタン、ジャマイカなど53か国がこれに加盟している。The Economistによると、英連邦加盟国を合わせると、地球上の陸地面積の5分の1、世界の人口の3分の1、国連加盟国の4分の1を占めるのだそうです。英連邦加盟国の総人口は約24億です(EUは5億1000万)。

EUを離脱する英国にとって、英連邦諸国とのネットワークは貴重この上ない財産であり、英国が加盟する国際機関としてはEUに代わる可能性だってあるという声もあるわけですが、The Economistの記事によるとそれは「お人好しの幻想」(amiable delusion)なのだそうであります。

いろいろと理由はあるけれど、最も切実なのが貿易です。英連邦諸国はその殆どが経済的には発展国であり、経済成長の速度という点ではEU諸国よりも上であり、将来性は見込めるかもしれないけれど、貿易額という点で見ると、英連邦諸国との貿易額は英国全体の貿易額の10分の1に過ぎないのに対して対EUのそれはほぼ50%もある。

英国製品の主な輸出先:数字は全体に占める%
英連邦加盟国は一つも入っていない
 

英連邦諸国の中で潜在的に有力な貿易相手国といえばインドですが、インドとの二国間貿易を促進しようとすると、インド人による対英移民の規制緩和を求められることが予想される。移民制限の緩和はEU離脱派にとっては最もうれしくないことの一つです。オーストラリアも有力な貿易相手国ですが、彼らが望んでいるのは中国との貿易促進です。カナダはインドとの自由貿易協定の締結を望んでいるけれど一向にらちが明かないというわけで、The Economistはオーストラリアの外交官によるかなり厳しいコメントを紹介している。
  • 英連邦は貿易上の力はないのと同じ。小さな島国と付き合っていくためには便利な組織ではあるが優先順位は低い。
    the Commonwealth has “no capacity on trade. We see it as a useful adjunct to our engagement with small island nations but give it no priority.”
とのことであります。

▼確かに加盟53か国と言っても、キプロス、マルタ、バハマ、グレナダなどはどこにあるのかさえもよく分からないのだから「優先順位は低い」というのは無理もないかもしれない。が、ちょっと考えてもみてください。植民地という、どちらかというと屈辱的な地位にあった国が独立を勝ち取ったら、普通ならそれっきり縁が切れても何の不思議もないと思うけれど、52もの国が「ゆるやか」とはいえ英国と連合体として付き合うことを選択した。すごいことだと思いません?とはいえ、BREXIT推進派の人間たちが「EUを離れてもCommonwealthがあるんだからダイジョウブ」などと考えているとしたら度し難い「お人好し」(hopelessly amiable)と言わざるを得ませんね。

▼ところで「外務省」というと英語では普通、Foreign MinistryとかMinistry of Foreign Affairsと言いますよね。英国外務省の場合はこれが "Foreign and Commonwealth Office (FCO)" となります。つまり「外国」と英連邦は別ものであるということですよね。

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4)生誕200年:マルクスが言いたかったこと


今年(2018年)はあのカール・マルクスの生誕200年の年なのですね。ウィキペディアによると、マルクスは1818年5月5日に生まれ、 1883年3月14日に64才で没している。案外若くして亡くなったのですね。5月3日付のThe Economistのサイトが
  • 世界の支配者たちよ、カール・マルクスを読め!
    Rulers of the world: read Karl Marx!
という見出しの記事を載せている。



The Economistという資本主義の申し子のような雑誌がなぜ資本主義の打倒を叫んだカール・マルクスの本を読め!などと叫ぶのか?それは彼が『資本論』を始めとする数多くの著作の中で指摘した資本主義の持つ欠陥(flaws)とも言える現象が、今日の資本主義社会について当たっている部分が結構あるからです。例えば資本主義経済の自由競争が格差と独占を生むというマルクスの予言はかなりの部分当たっている。アメリカにおけるフェイスブック、グーグル、アマゾンのようなオンライン・ビジネスの勝ち組が独占に近いような市場シェア占めているし、最近の英国ではインターネットを通じて単発の仕事を請け負う「ギグ・エコノミー」によって新しい貧困が生まれているという調査結果が出ている。プロレタリアートならぬプレカリアート(不安定身分)の誕生です。

ただ、The Economistによると、マルクスはさまざまな誤りも犯している。例えば資本主義がマルクスの予言どおりに一握りの資本家と大多数の貧困労働者階級に分裂するという結果に繋がったのか?マルクスは資本主義社会に「福祉国家」などというものが出現することは想定していなかった。さらに世界銀行の統計によると、1990年の時点では18億5000万人だった「絶対貧困層」が2013年には7億6700万人にまで減少している。マルクスはこのようなことを予想しただろうか?


何と言ってもマルクスが犯した最大の誤りは、資本主義社会で暮らす人びとが「革命」(revolution)ではなく「改革」(reform)によって社会を変える能力を有するようになると思っていなかったことであろう、とThe Economistは言います。マルクスは資本家による搾取に苦しむ労働者階級(プロレタリアート)が立ち上がって暴力的に資本家階級に挑戦する「階級闘争」以外には自分たちの生活が向上する可能性はないと主張した。しかし実際には英国などでは話し合いや妥協を通じた改革が可能だった。マルクスの思想が根を下ろしたのは中国やロシアのような「遅れた専制主義」(backward autocracies)の国だけだった、とThe Economistは言っている。

ただ、BREXIT、トランプ現象、ヨーロッパにおける極右勢力の台頭などという現象を見ると、どれもが「自由な資本主義社会」において疎外された労働者階級の怒りが「ポピュリズム」という形で高まっている現象に見える。そしてそれに対するリベラル改革者たちの対応は危機意識の点でも、解決策を見つける能力の点でも、かつての改革者たちに比べれば大いに見劣りがする、というわけで
  • マルクスの生誕200年を機に、この偉大な人物を再発見するべきだ。そうすることによって、資本主義が持つ深刻な欠陥を理解しようとするべきであり、それらの危機を直視しない限り襲ってくるであろう災禍について心を配るべきであろう。
    They should use the 200th anniversary of Marx’s birth to reacquaint themselves with the great man - not only to understand the serious faults that he brilliantly identified in the system, but to remind themselves of the disaster that awaits if they fail to confront them.
とThe Economistは言っている。カール・マルクスはいろいろな意味で誤りを犯したけれど、資本主義という経済システムに内在する欠陥を突き止めたという点ではその偉大さを認めざるを得ないということであります。


ところで、今からほぼ60年前の1961年に社会心理学者のエリッヒ・フロムが"Marx's Concept of Man"(マルクスの人間観)という本を書いています。本の序文でフロムは、マルクス主義・社会主義の見本とされた当時のソ連は「国家資本主義」(state capitalism)であり、中国は個人の解放という社会主義本来の原則を否定する全体主義(totaltarianism)の国であると批判しています。その一方でフロムは、アメリカ人もまたマルクスの考え方を単純にソ連や中国の全体主義そのものであるというレッテルを貼るだけで、これをまともに理解しようとしていない批判しています。

フロムによると、マルクスの思想は人間の自由(freedom)を追求するものではあるけれど、それは受動的な「~からの自由」(freedom from)だけではなく、能動的な「~をする自由」(freedom to)をも追求しようとするものであると言っている。人間が本来的に持っている潜在能力(potentialities)を開花させようとする姿勢であり、西洋の伝統的なヒューマニズムが追求してきた「人間の尊厳」(human dignity)とか「同胞愛」(brotherhood)を追求するものである・・・とフロムは言っています。

▼The Economistの記事はもっぱら資本主義社会が持つ経済的な弱点(富の独占や多数の貧困化など)を指摘したということにおいてのみ「マルクスを見直そう」と言っているように見えます。「マルクスが何を言おうが、人びとがそれぞれの自己利益を自由に追求しようという資本主義のシステムそのものは間違っていないよね」という姿勢です。エリッヒ・フロムのいう「~からの自由」だけを絶対的なものとすると、国家権力による規制からの自由のようなものは達成できるかもしれないけれど、自由な社会で生まれる「落ちこぼれ」とか「疎外感」のようなものは、「不自由よりはまし」なものとして受け容れるしかない。

▼The Economistの主張によれば、現代の資本主義社会に存在する福祉制度はマルクスが予想していなかったものであり、その意味において「資本主義はやがて社会主義にとって代わられる」というマルクスの予想・予言は当たっていないのかもしれないけれど、社会福祉という考え方自体が社会主義的なものですよね。資本主義の社会主義化です。ただひょっとするとマルクスも(フロムも)予想していなかったのが、資本主義による自由競争が生んだ「負け組」が、トランプ現象、BREXIT、極右という方向に走ってしまったということなのでは?マルクスの人間観が内包している(とフロムが言っている)「人間の尊厳」だの「同胞愛」などという発想は「きれいごと」(political correctness)としか思えない。行き着いたのが自分たちとは異なる人間(移民・少数人種など)を排除して自分たちだけで固まろうという発想であり、トランプやBREXITはそれらの人びとには(とりあえずは)受けたということです。

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5) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 

standard time:標準時

「標準時」とは(ネットで調べたら)「一国・一地方で公式に採用されている時間」となっている。ブリタニカ百科事典によると"standard time"は "the time of a region or country that is established by law or general usage as civil time"なのだそうです。

北朝鮮の国営放送が、同国の標準時を30分早めて韓国の標準時に統一したと発表したという記事が5月5日付のYahoo Newsに出ていました。これによりソウル、平壌、東京の間に時差がなくなったのだそうであります。この件に関連して5月4日付のThe Economistのオンライン版にちょっと面白い記事が出ていた。同誌によると、北朝鮮と韓国(と日本)の間には3年ほど前まで時差はなかったのですが、2015年8月になって金正恩さんが30分遅くするように命令した。その理由はそれまで使われていた標準時が「邪悪なる日本の帝国主義者たち(wicked Japanese imperialists)」によって押し付けられたものだから。事実それまでの朝鮮半島の標準時は1910年に日本が朝鮮を植民地化した2年後(1912年)に決められたものと同じだった。実は韓国も1954年にこれを変更したのですが、7年後の1961年に日本と同じ標準時に戻した。理由は標準時が異なると日本との貿易上の障害になるということだった。

The Economistの記事のポイントは、北朝鮮による標準時変更のことではなく、昔から国の支配者が「時間」を自分の思いどおりにすることはよくあるというハナシです。確かに時間を支配すると人びとの生活そのものを支配するという意味合いが大きい。尤もそのどれもがうまくいくわけではない。フランス人は1789年の革命から4年後の1793年に、それまでの王政に別れを告げようとして、「1日=10時間、1時間=100分、1分=100秒」とする「フランス革命時間」(French Revolutionary Time)なるものを導入しようとして失敗した。さらにロシア革命後のソ連においては1930年代に1週間=5日にしようとしたけれど続かなかったという例もある。

標準時といえばアメリカでは国内の時間帯に差がありますよね。東部時間・中部時間・山岳部時間・太平洋時間というのがあって、それぞれ1時間ずつ違うので、ニューヨークとロサンゼルスでは3時間の時差がある(距離にして約4500キロ)。不思議なのはインドと中国の場合、東西の距離は約5200キロもあるのに国内の時差はないのだそうですね。The Economistによると、両方とも統治の方法が中央集権的だということが理由らしい。日本の場合、最東端の南鳥島と最西端の与那国島の距離は3146km。だけど時差はない。

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6) むささびの鳴き声
▼米朝会談は大きな出来事なのであろうとは思うのですが、世界にとっての重大事という意味ではトランプによるイラン核合意からの離脱の方がはるかに深刻なのでは?むささびジャーナル395号でも触れたとおり、シリアの内戦を舞台にしてイスラエルがイランを武力攻撃しているし、昨日(5月12日)の『報道特集』によると、核合意以前のイランでは、イスラエルのテロリストがイラン国内で核科学者を暗殺したりしている。イスラエルはイランが核兵器を開発すれば自分たちが真っ先に攻撃されると思い込んでいる。そしてイランにもまた自分たちが核武装しないとイスラエルに核攻撃されると思い込んでいるグループがいる。

▼トランプの対イラン強硬姿勢の背後にいるのはイスラエルですが、北朝鮮の背後にいて核開発やミサイル発射を後押ししていた国は?あえて言えば中国でありロシアであるということになるけれど、この二つの国が金正恩の北朝鮮と心中覚悟でアメリカと武力対立するなどあり得ます?しかし中東でアメリカとイランが軍事的に衝突すると、それぞれの背後にいろいろな国が繋がっているからあっという間にダイナマイトの導火線に火がついたような状態になる。

▼アメリカのイラン核合意からの離脱に(むささびが)想うのは「アメリカの時代は終わった」ということですね。「パクスアメリカーナ」(Pax Americana)という言葉は「第二次大戦後、アメリカがその圧倒的な軍事力と経済力によって維持してきた平和」(コトバンク)と説明されています。軍事力・経済力に裏打ちされてのことなのだろうけど、かつてのアメリカには「独立」「自由」「人権尊重」のような道義的な意味でも世界をリードする輝きのようなものがありましたよね。それがトランプの登場で単なる「金持ちのガキ大将」になってしまった。

▼「ガキ大将」の登場でアメリカの時代が終わったのですが、その終わりはいつごろ始まったのか?ド素人の与太話として聞いてもらうとして、2001年9月11日の同時多発テロ後のアフガニスタン爆撃あたりがアメリカ時代の終わりの始まりだったと思う。9・11という思いもよらないテロ攻撃に直面して冷静さを欠き、あたかもアフガニスタンがアメリカを攻撃したかのような錯覚に陥って行動してしまった。ロバート・フィスクという英国のジャーナリストが指摘したように、アメリカのメディアが9・11について「なぜ起こったのか」を問うことを止めて軍事行動にのめり込んでしまったということ。アメリカを支持しない国はぜんぶ敵国・・・ブッシュのヒステリアが(オバマ時代に多少影をひそめた後に)トランプに引き継がれた。

▼トランプがイランとの核合意を行ったオバマ政権を批判したのはその「弱腰」(weakness)だった。核拡散防止だの中東和平だのという姿勢は、クリントンやオバマの民主党政権による「きれいごと外交」(politically correct diplomacy)の産物であり、全くアメリカの得にはならない・・・『報道特集』の画面には、オバマの「弱腰」を批判するトランプの後ろに"Keep America Great" と書いたたくさんのプラカードがありました。あのアメリカ人が考える "Great America" は "Pax Americana" のアメリカではない。

▼アメリカは世界一の金持ち国かもしれないけれど、世界中が模範とするような国ではなくなった。むささびのような年齢の日本人にとってこの違いは大きいのでありますよ。憲法記念日(5月3日)にNHKを見ていたら、現在の日本国憲法の制定過程についてのドキュメンタリーをやっており、これがアメリカによって押し付けられたものだから「自主憲法」に変えるべきだという考え方が紹介されていました。シンゾーらもそれを言っているわけですが、それを日本に「押し付けた」頃のアメリカは、自分たちこそが世界の模範(Pax Americana)だと(アメリカ人自身が)思っていた。

▼"Keep America Great" を叫ぶアメリカ人にとって北朝鮮はどのような国として写っているのか?北朝鮮の非核化だの日本人の拉致だのをどの程度マジメに考えているのか?北朝鮮に捕虜とされていたアメリカ人を解放したトランプは「強い」からいいのであって、「正しいことをやった」からいいというわけではない。これらのトランプ人間たちは、日本における憲法論議をどのように見ているのか?彼らにとっての関心事はただ一つ、自分たちにとって得なのか・損なのか、それだけ。

▼お元気で!

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むささびへの伝言