musasabi journal

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431号 2019/9/1
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BREXIT 美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
「9月」と聞いただけで涼しくなったような気がするのは、単に「気がする」だけのこと。まだまだ暑い日が続くようです。それにしてもこの夏は恐怖の暑さでしたね。でも9月になると「のど元過ぎれば」というわけで、あの空が懐かしく思われたりするのですよね。

目次

1)ボリスのギャンブル
2)オルブライト、ファシズムを語る
3)トランプ支持者を心理分析する
4)人間は「見て見ぬふり」ができない!?
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)ボリスのギャンブル

ボリス・ジョンソンが9月11日から10月13日までの約一か月間、議会を閉会すると発表したことで、ただでさえ分裂症気味の英国の政治がますます分からなくなっていることは、日本のメディアでも大きく伝えられましたよね。ご存知かとは思うけれど念のために確認しておくと、今現在、議会は夏休み中(7月25日~9月2日)です。火曜日(9月3日)になると議員が休暇から帰ってきて議会も再開されるのですが、ジョンソンが言うのはそれから8日後の9月11日から10月13日まで議会を休会にするということです。


そして10月14日には議会が再開されて女王の施政方針演説が行われる。その17日後の10月31日は、英国がEUを正式に離脱する日に当たっている。女王の演説前に首相が議会を閉会すること自体は違法ではないし、これまでにもあったことですが、それはせいぜい数日間という話です。なぜ今回に限ってひと月以上も閉会するのか?それついての首相サイドからの説明がない。

ボリスによる議会の閉会が発表された日の目立った動きの一つが、スコットランド保守党のルース・デイビッドソン党首(40才)の辞任発表だった。過去8年間、党首をつとめてきたのですが、英国のEU離脱には最初から反対しており、ボリス・ジョンソンの保守党党首就任にも反対だった。彼女の辞任は、将来のスコットランドの英国からの独立の機運を盛り上げることに繋がるのではないかと言われています。

9月3日から10月31日の間、議会が審議を行える時間は、土日を除くと20日間ということになる。当然ながらBREXITだけが政治ではない。教育・治安・福祉 etc 現在の英国が直面する様々な課題についても議論しなければならない議会にとって、20日間でこれらの問題プラスBREXIT関連の審議もやらなければならない。ジョンソンは10月31日の離脱日は「何が何でも守る」と言っており、やむを得ない場合は「合意なき離脱」も大いにあり得るというわけです。つまり議会側から見ると、ジョンソンは議員からとやかく言われずに自分の思い通りの離脱を実現させたいのだ、ということになる。


今回のボリス・ジョンソンの動きについて、アメリカ人はどのように見ているのかと思って調べたら、8月28日付のワシントン・ポストのサイトでアン・アプルボーム(Anne Applebaum)というコラムニストが
と言っているのに出会いました。両方とも指導者が、国民の望まない政策をごり押しすることで、憲法違反ぎりぎりの政治を行っているということだそうです。従来の主要政党(この場合は共和党と保守党)が選挙で負けることを怖がって、ごり押し人間を担がざるを得ない状態に陥っていることも似ている。さらにこれらの傾向に抵抗しなければならない野党側に人気のあるリーダーが見当たらないという点も。BREXITは本来、議会が主権を取り戻すことができる政治課題であったはずなのに、
  • 英国議会(と英国の政治家たち)はBREXITによって将来にわたって信用を失墜することになるかもしれない。そのあたりもアメリカの従弟たちと似ているではないか。  Brexit might end up discrediting the British Parliament, and British politicians, well into the future — just like their American cousins.
とこのコラムニストは言っている。


▼上の写真、議会を閉会することが発表された翌日、ボリスのぬいぐるみを着た市民がロンドンの議会前でこれに抗議して英国の民主主義のために墓を掘っているところ。「墓碑」に書かれているRIP BRITISH DEMOCRACYのRIPという言葉がRest in Peace の略語だとは知りませんでした。「民主主義」に対して「静かにお休みください」と言っているわけです。

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2)オルブライト、ファシズムを語る



マデリーン・オルブライト(Madeleine Albright)という名前を憶えていますか?1997年から2001年までの4年間、ビル・クリントンの民主党政権でアメリカの国務長官を務めた女性です。アメリカの歴史上初めての女性国務長官だった。1937年、チェコのプラハ生まれの82才、在任中にアメリカの国務長官としては初めて北朝鮮を訪問したりしましたよね。その彼女が昨年(2018年) “Fascism: A Warning” という本を書いた。

2018年7月30日付のThe Economistの "Open Future" という編集企画の中でオルブライトとのインタビューが掲載されています。世界中を席巻しているかのように見える非民主主義的な政治にどのように対応するべきなのか?を語っている。


手段を選ばない 最大の敵はシニシズム
私は「警告」している 助け合う精神
「虚偽」には「真実」で対抗 人間性のシェアに向けて

The Economist: ファシズムって何ですか?What is fascism?

手段を選ばない

Albright: ファシズムについては、これといった決まった定義があるわけではなく、はっきりした意味もなく使われる傾向はある。私の著書(Fascism: A Warning)における「ファシズム」は、右翼・左翼・中道などを支える「思想」というより、個人や政党が国家やあるグループの名前を使って権力を奪取してこれを強化しようとするやり方(approach)のことだと思ってもらいたい。あえてラベルを貼るならば、ファシズムに傾倒する人間は、自分たちの目的達成のためには、暴力を含めてありとあらゆる手段を使っても構わないと思っているような人間のことだ。ファシストたちは権力を手に入れるために民主的な手続きを経るケースもあるが、ファシズムは根本的なところで反民主的(profoundly anti-democratic)だ。

The Economist: 20世紀の現象であったファシズムという言葉は本当に21世紀の今日でも当てはまるものなのか?現代の政治危機は「ファシズム」という言葉では説明できないのではないか?

私は「警告」している

Albright: 北朝鮮を例外として(aside from North Korea)、現在世界に存在する政府の中に「ファシスト」と呼ばれるべきものはないと思う。が、現在の世界における様々な傾向や条件を観察すると、かつてムッソリーニやヒトラーの台頭を促したのと同じような状況が見られることは確かなことだ。具体的には経済格差、主要政党に対する信頼感の喪失、公共空間の腐食現象、少数派への侮辱行為、表現の自由への抑圧、論理と真実の歪曲(pervert logic and distort truth)などがそれにあたる。


このような現象を理由として、直ぐにもファシズムが復活するなどと言い切るのは極端に過ぎるかもしれない。が、私の本の副題である「警告:A Warning」という言葉は文字通り受け取ってほしい。かつて似たような兆候が見られたときに私と同世代の人間はこれらの初期症状を無視したのだ。

The Economist: あなたは専制社会を子供として体験し、学者として抑圧的な体制を研究し、外交官として忌むべき国家指導者と交わるという体験をしている。そのような体験者として、ファシズムに対してどのように対抗していけばいいと考えているのか?ファシズム的な政治家だけではなくて、ファシズムに従おうとする群衆に対する抵抗のことだ。

「虚偽」には「真実」で対抗しよう

Albright: 多少センチメンタルに響くかもしれないが、「虚偽」(lies)に対する最善の対応策は「真実」(truth)であり、憎しみ(hate)に対するベストの対応は「厳しい愛情」(tougher sort of love)とでも言うべき態度だと思う。1989年のチェコスロバキアにおけるビロード革命(Velvet Revolution)の際に指導者だったヴァーツラフ・ハヴェルが共産主義指導者に伝えたのは、「街頭デモを行っている民主主義勢力を恐れる必要はない、我々はあなたたちとは違う(we are not like you)のだから」ということだった。



今、民主主義を専制政治から峻別している制度(institutions)や価値観(values)を捨て去るようなことがあるとすれば、それは我々の敗北を意味する。たとえ民主主義的な制度や価値観がどんなに不完全なものであったとしてもこれは守らなければならない。歴史を振り返ると、一見強そうに見えるごろつき人間たちも、やりすぎで失敗したり、誇り高い女や男たちの静かな勇気を過小評価して潰れ去るものなのだ。いま地球全体を見回すと、心配の種には事欠かないように見えるけれど、どれも絶望というほどのものでもない。

The Economist: リベラルや民主主義者が余りにも受け身的ということはないか?「ごろつき政治」(thuggish politics)では、リベラルの側にも男っぽい態度が必要となのでは?敵と同じようなレベルにまで身を落とすことで精神まで見失うことになるということか?

最大の敵はシニシズム

Albright: 我々が戦う必要があるのは、右であれ左であれ「シニシズム」だ。ファシズムが芽生えるのは、社会そのものにアンカー(係留装置)がなくなったときなのだ。例えば「メディアは常に嘘をつく」、「裁判制度は腐っている」、「民主主義などインチキだ」、「企業は悪魔に身を売っている」等々の思い込みが激しくなり、ついには「悪に勝つのは強い者だけ」(only a strong hand can protect against the evil “other”)という発想に陥る。そこで言う「悪魔」は、ユダヤ人のときもあるし、イスラム教徒であることもある、黒人やいわゆる「労働者」(redneck)あるいは「エリート」であることもある。我々が4000年かかって築き上げてきた文明の伝統や制度には欠陥もあるかもしれないが、これまでのところはベストなものであり、それを捨て去ることで得るのは、さらに悪いものであることは間違いない。



「ごろつき政治」(thuggish politics)に対抗できるのは「さらなるごろつき」ではない。それに対抗するのは、民主主義をより効果的に機能させるために集まる人間の知恵や思想を寄せ集めることなのだ。我々が崇拝しているはずのリンカーン、キング牧師、ガンジー、マンデラのような人物こそが、我々の中にある最善のものを引き出すことができると言えるのだ。

The Economist: 多くの人びとが、民主主義に対する脅威に対抗するためには強い制度(strong institutions)が必要だと主張している。あなた自身もそれを口にしている。が、あなたは人間の心の弱さや困難な時代における市民個々人の責任ということにも関心を持っている。なぜそのようなことに興味を持つのか?

助け合う精神

Albright: 第二次大戦後にできたさまざまな制度の中には今や普通人の感覚から離れてしまったものある。制度自体が何故できたのかということさえ分からなくなってしまった。そのこと自体は警告すべきことではないかもしれない。が、過去にしがみつくだけでは未来を構築することはできない。70年も経っている制度は、70才になる人間同様にリフォームが必要なのだし場合によっては新しい制度にとって代わられる必要もある。

しかしながら年月の如何にかかわらず、どのような制度といえどもそれを管理する立場にある人間の性格を反映している。社会的な責任の必要性、国際親善、法の支配の尊重、少しだけでもお互いに助け合う・・・そのような人間社会にはつきものの必要性に気が付くまでに、第二大戦のような規模の戦争が必要になることがないことを祈るばかりだ。



人間性のシェアに向けて

人間が人間性というものをお互いにシェアしようする態度を失ってしまったら、どのような制度であっても人間を救うことはできない。それが如何にうまく作られていたとしても、だ。人間が他人の権利を踏みにじるようなことが、世界中で行われるようになったら、制度に救いを求めることはできない。
  • 我々が歴史から学んだのは、物事を作り上げるにあたって自信と知恵のある人間は基礎のしっかりした制度を作り上げるということであり、それに反してびくびくしているような人間、自分のことしか考える能力のない人間が作る機構は麦藁のようにひ弱なものにすぎないということだ。We have learned from history that the confident and wise build systematically with brick, while the frightened and self-absorbed build hastily with straw.

このインタビューは、次の『トランプ支持者を心理分析』という記事とあわせて読むと面白いかもしれない。

▼彼女が強く主張している事柄として「シニシズム(cynicism)に陥ってはならない」があり、むささびの心にも強く響きました。シニシズム(cynicism)という言葉を適切な日本語で表現するのが難しいと思いません?なんとなく意味は分かるのに・・・。ケンブリッジの辞書を見たら "cynical" という言葉について次のような説明がありました。
  • "believing that people are only interested in themselves and are not sincere"
▼この説明には、むささびも納得がいきました。要するに「人間なんて、所詮は自分勝手なもので、世の中、強い者が勝つ」ということで、正義だの不正義だのをマジメに考えるのはくだらないと思う姿勢のことですよね。トランプも含めて、言っている本人は「現実主義者」のつもりなのだけれど、「マジメでない」(not sincere)ということが致命傷ですね。今の日本でも「シニシズム」は本当に大きな顔をしていると(むささびは)思います。

▼このインタビューの中でオルブライトが頻繁に使っているのが、"institution"という言葉です。むささびが日本語に直すことを苦手とする言葉なのですが、英和辞書を見ると、「制度・法令・慣例」などという日本語が並んでいる。おそらくこの三つを総称できるような言葉があればそれが一番いいのだろうと思うけれど、そんな言葉あります?いずれにしてもオルブライトが強く主張するのは、これまでの西洋文明が作り上げてきた民主主義的な"institution"を簡単に捨て去ってはならないということで、その"institution"の中にはメディアも含まれている。現在の主要メディアにはいろいろと問題はあるけれど、だからと言って新聞や放送がなくなってもいいというわけではないということです。

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3)トランプ支持者を心理分析する


今年の7月、トランプが自身のツイッター上で、自分に批判的な発言をしている民主党の女性下院議員(非白人)に対して、差別としか思えないメッセージをツイッターに書き込んで顰蹙を買ったことがありますよね。「アンタら、自分の国へ帰りなさい」という類のメッセージだったっけ。トランプのこの投稿に対しては、批判の書き込みもたくさんあるのですが、約20万件の「いいね!」と5万件の「リツイート」があったと記録されている。


"Psychological Today" というサイトに「トランプ支持者の心理分析」(A Complete Psychological Analysis of Trump's Support)という記事が出ています。米・ジョージ・メイソン大学のボビー・アザリアンという心理学者が書いたもので、トランプの言動を支持するアメリカ人の心理を「独裁者的な性格」(Authoritarian Personality)、「支配欲」(The Desire to Want to Dominate Others)、「破壊願望」(Just Want to Watch the World Burn)など14の心理現象に分けて説明しています。

そのうち "The Power of Mortality Reminders and Perceived Existential Threat" という見出しの部分だけを紹介してみます。"Mortality Reminders" は「命の限界への気づき」、即ち自分もいずれは死ぬのだということに気づかされるということであり "Perceived Existential Threat" は、自分の周りに脅威が存在すると思い込む状態のことです。人間のアタマの中で起こるこの二つ心理現象が生み出す力・・・それがトランプの影響力の本質だというわけです。むささびなりの言葉に置き換えると「あ~あ、どうせ俺も死ぬんだ、けど世の中ひどい奴らだらけだ」ということになるのですが・・・違う?


社会心理学用語に "Terror Management Theory" というのがあるんだそうですね。日本語では「脅威管理理論」というらしいけれど、これでは何だかよく分からない。人間誰でも自分がいずれは死ぬという「命の限界」(mortality)を理解しているのですが、その意識が死に対して抱く恐怖や不安の根源となる。ただそれは表面には出ず人間心理の底に存在している。この「無意識の恐怖」を自分で抑える(管理する)ために、人間は宗教・思想・国家意識のような「世界観」を持とうとする。それが生きていることに意味と価値を与え、恐怖を和らげることに役立つ。即ち「脅威管理」(Terror Management)というわけです、

「脅威管理理論」によると、人間は自分の命の限界に気づかされるときに自分と同じような文化や伝統などを共有する人たちを強力に守ろうとする。その一方で自分たちとは違う人間たちには排他的・攻撃的になる。仲間同士集いたいという意識とよそ者を排除しようとする心理が同時に働くというわけですが、このような心理は主に右翼的な思想の持主に多いとする心理学者もいるのだそうです。日本にもヘイト活動などをやって騒いでいる人間がいるよね。


死を意識することでナショナリズムへの傾倒傾向が強くなるけれど、その傾向が投票行動にも影響して、より保守色の強い大統領候補に投票する傾向が強いのだそうです。さらにアメリカの学生を観察していると、死を意識するとアメリカ軍による外国への軍事介入(大量の市民の死を招く)を支持する傾向が強い。こうした傾向は保守的な思想の持主にのみ見られるのだそうです。

常に脅威が存在することを強調することで、トランプは、自分が発する極右的な発言や世論の分裂を招くような言葉遣いが、国民によって好意的に受け取られるような心理状態を作り出しているのかもしれない、というわけです。

▼死に対する恐怖心が仲間意識を呼ぶけれど、それは排他性にも繋がる・・・そんなものですかね。トランピストやBREXIT人間(ついでにシンゾー・ベッタリストも)に共通していると思うのは、自分たちをバカにしている(と勝手に思い込んでいる)奴らに対する怒りであり、深い部分での劣等意識なんじゃありませんかね。特にシンゾイストたちの「嫌韓」意識の底にあるのは劣等感です。これは間違いない。トランピストとその仲間たちの怒りの対象は、人間についての綺麗ごとばかり並べたてる「エリート」です。

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4)人間は「見て見ぬふり」ができない!?
 

BBCのサイトを見ていたら、2分30秒ほどのビデオ・ストーリーで "Is the bystander effect a myth?" (傍観者効果は迷信か?)という報告がありました。人間がたくさんいる町中などで、障害者が信号に間に合うように懸命に歩道を渡ろうとしていたり、乱暴そうな男がおとなし気な通行人に言いがかりをつけて殴りかかったりするような場面に出くわすことがありますよね。そんなとき、あなたならどうしますか?障害者に手を貸しますか?暴力人間が他人を殴ることを止めようとしますか?それとも「どうせ自分以外の誰かが助けの手を差し伸べるだろう」というわけで、あなた自身は何も行動を起こさずにやり過ごします?このようなケースで「自分以外に傍観者がいる時に率先して行動を起こさない心理」のことを、心理学用語で "bystander effect"(傍観者効果)というのだそうですね。一種の「集団心理」ですよね。


BBCのビデオは
  • Famous psychology result could be completely wrong.
    良く知られた心理学上の現象は、本当は完全に誤っているのでは?
と問いかけている。つまり人間は心理学者が言うほどには、他人のトラブルに無関心ではないということです。これはAmerican Psychologistという専門誌に紹介されたもので、世界中の町中に設置されたCCTVカメラに収められた数千件の画像を調べた結果なのだそうです。
 

"bystander effect" という考え方が生まれたのは1964年、ニューヨークで起こったあるレイプ・殺人事件がきっかけなのだそうです。キティ・ジェノベーゼという28才になる女性が襲われたのですが、ニューヨーク・タイムズによると37人もの人間が事件を目のあたりにしながら、30分以上も何もしなかったのだそうです。この事件を例に挙げて、ビブ・ラテイン(Bibb Latane)とジョン・ダーリー(John Darley)という社会心理学者が、"bystander effect" という言葉を使ったのが最初です。

この心理現象についてはいろいろな説明がある。自分以外にも多くの目撃者がいることが分かっている場合、被害者を助けることは自分の責任ではないと思う場合もあるし、事情を知らずに干渉して却って非難されるかもしれないと思うこともある。さらには「これだけの数の人間が見ているのに誰も手を出さないのだから、大した事件ではないのだろう」と考えることも・・・。


しかし最近になって、ビブ・ラテインやジョン・ダーリーのような学者が提唱した「傍観者効果」なるものに疑問を呈する学者たちが出てきた。英国・ランカスター大学のリチャード・フィルポット(Richard Philpot)教授らが英国、南ア、オランダにおける監視カメラによる街角の暴力シーンを徹底分析した結果、9割以上のケースで一人もしくはそれ以上の人間が暴力を止めに入る「干渉」行動に出ていることが分かった。干渉者の数が一人というケースは稀で、大体において数人が干渉行為に参加している。さらに暴力の目撃者の数が多ければ多いほど、干渉者の数も多くなる傾向があるということも分かったのだそうで、これは「傍観者効果」を最初に唱えたジョン・ダーリーらの説とは大いに異なる。


フィルポット教授らにとって意外だったのは、観察した英国、南ア、オランダの三国における「干渉」現象が極めて似通っていたことです。三国のうち南アにおける社会的な安全性は他の二国に比較すれば低いし、暴力沙汰も多い、にもかかわらず事件に割って入ろうとする人間の数の点では変わらないというわけです。
  • ということは、助けを必要とする人間を見るとこれを助けようとする自然の傾向のようなものが人間には備わっているということを示している。Philpot says it shows that people have a natural inclination to help when they see someone in need.
というのがフィルポット教授らの見解です。

ニューヨーク大学で心理学を教えるバベルという教授によると、アメリカの大学における心理学の授業では、必ず1964年のキティ・ジェノベーゼ事件が取り上げられて "bystander effect" について教えることが当たり前のようになってきたのですね。フィルポット教授らによる新説の登場は「ショッキングだが素晴らしい」(shocking but exciting)と申しております。

▼つまり人間てぇものは、学者が考えるほど他人の不幸に無関心ではないってこと?困っている人を見ると助けずにいられないような心理が誰にでもあるということですよね。むささびジャーナル428号で「人間は生まれつき善だ」と言っているアメリカ人の学者のことを紹介しましたよね。ひょっとすると、そのような人間の側面にも眼を向けようという動きが学者の間ではあるのかもしれないですね。

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5) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 
prorogue:議会の閉会・停会・休会

名詞は "prorogation" で、君主(現在はエリザベス女王)が政府(ボリス・ジョンソン)の助言を受けて議会の会期を終了させることで、選挙を伴う解散(dissolution)ではない。"prorogation"反対あくまでも君主の権限によって実施されるものではあるけれど、実際には首相がそのような助言をしないと起こらないことなのだから、事実上は首相の権限ともいえる。つまり女王はボリスの助言には「ノー」とは言わないことになっている。BBCの専門家の説明によると、
  • このような事柄はバッキンガム宮殿ではなく、(議会が存在する)ウェストミンスター宮殿でなされるべしという発想なのだ。The idea is these things are settled in the Palace of Westminster, not Buckingham Palace.
となっている。

英国の君主にも「君主の大権」(royal prerogative)なるものが許されており、理論的には女王が自分の判断(discretion)で物事を決めることはできるのですが、実際にはそのようなことはない。"discretion is a fantasy"というわけです。君主は常に前例に従い、首相からの助言に従うことが、立憲君主制が有する「岩のように固い習慣」(rock-solid convention)である、と。

BBCの王室担当記者によると、今回の件についてはバッキンガム宮殿の関係者の間でも「いい気分とは言えない部分」(significant unease)があることは間違いないのだそうです。王室関係者にとっての最大の関心は如何にして女王をBREXITをめぐるゴタゴタから距離を保つかということにある。

議会閉会に反対する署名

ジョンソン首相による"prorogation"に反対する署名活動。下院のサイトに掲載されているもので、翌日すでに120万人が署名している。ここをクリックすると最近の数字を見ることができます。
 
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6)むささびの鳴き声 
▼ある人がむささびに、8月30日付の毎日新聞(夕刊)に出ていた評論家・佐高信さんとのインタビュー記事を送ってくれました。タイトルは『今感じるべきは「絶望」だ』となっている。どういう意味?という疑問に簡潔に答えるのは(むささびには)無理。非常に長い記事であるし、いろいろなことを語っているからです。あえて佐高さんが最も伝えたい(とむささびが解釈する)メッセージの部分を一か所だけ抜き出すと、次のようになる。
  • 今は誰もが軽々しく希望、希望と口にする。今、感じなくてはならないのは『希望』ではなく、むしろ『絶望』ではないのか。
▼この記事は「この国はどこへ これだけは言いたい」という連載シリーズの一つとして掲載されたものです。つまり、日本という国がこれからどうなっていくのか?ということを考えると、希望よりも絶望感を持たざるを得ない、と佐高さんは言っている。特に政治の世界の話なのですが、例えば悪化の一途をたどる日韓関係について、佐高さんは一つの理由として、日本の政治家の「視野の狭さ」を挙げている。昔の自民党には「相手の立場に立った粘り強い交渉」を行うだけの「保守の知恵」があったけれど、「今の安倍晋三政権は、地道に、あきらめず、あらゆる知恵を絞って解決を目指す、という努力を十分にしているだろうか」と佐高さんは疑問を呈している。

▼では、何故、昔はあった「保守の知恵」が今はないように思えるのか?佐高さんはその背景の一つとして世襲議員の増加を挙げている。自民党の国会議員の約3分の1が世襲議員なのだそうですね。現在、衆参合わせて自民党議員は398人いる。そのうち130人以上が世襲議員だってこと?彼らにとっては政治が「家業」だから、政治の世界以外のことは見えない。「政治家の視野は狭くなり、ふつうに生きる人々の苦しみなんて分からなくなる」と佐高さんは言います。世襲議員の視野の狭さでは、韓国人の心情など分かりっこないし、韓国との外交交渉などまともにできるはずがない。

▼(ここでちょっと佐高さんの記事から離れて)ジャーナリストの田中良紹さんは「朝鮮民族の悲劇は日本の植民地支配から解放されても独立した国家を創ることが出来なかったことだ」と言っている。太平洋戦争終了と同時にアメリカの思惑で38度線を境に南北に分断された挙句に、米ソ対立を背景にした朝鮮戦争(1950~53年)の舞台にまでなってしまった。この戦争による死者数は南北朝鮮合わせて約400万人(総人口の約20%)だそうです。

▼一方、終戦後20年(1945~1965年)、米ソの冷戦が続く中で「その恩恵を最も受けた国は日本である」と田中さんは言います。朝鮮戦争特需で経済成長の端緒を掴み、世界が驚く高度経済成長を成し遂げ、1964年にはオリンピックを開くまでになっていた。

▼そして朝鮮戦争が終わり、韓国(南朝鮮)復興の手助け策としてアメリカが進めたのが1965年の日韓国交正常化であり、日本による経済援助で、その際に結ばれた協定の一つが、徴用工問題をめぐってシンゾーが金科玉条のごとく取り上げる「日韓請求権協定」だった。日韓国交正常化の際の日本の首相はシンゾーの遠い親戚にあたる佐藤栄作ですが、韓国の方は朴正熙軍事独裁政権だった。この独裁者が「漢江の奇跡」と呼ばれる経済復興を達成したということを日本のメディアはさんざ書き立てている。あたかも日本のお陰で韓国は豊かになったのに、恩知らずが!とでも言わんばかりです。

▼(佐高信さんの話に戻ると)「安倍政権は米国重視で何が悪いんだという『開き直り』を見せる一方で、米国に対するものとは明らかに違う『強気』を韓国に向けている。それはものすごく嫌な感じだ」と佐高さんは言います。強い相手(アメリカ)にはペコペコ・ニコニコする一方で、ちょっと弱そうな相手には露骨に見下す態度を見せる・・・確かに嫌な感じですよね。それは「相手の痛みを知らない」からだとも言っているのですが、むささびの独断と偏見によると、前号のむささびジャーナルで触れた韓国併合についてシンゾーは「朝鮮人のために日本がいいことをした」と思い込んでいるのだから「相手の痛み」なんて分かりっこない。このような人物が首相をつとめているのは、日本人が彼の態度を支持しているからですよね。不愉快だけれどそれは事実です。

▼詳しく述べる時間もスペースもないけれど、「相手の痛みを知らない」という意味では、シンゾーはトランプ、ボリスと並んで世界の3傑ということになるよね。3人に共通しているのは、生活上の苦労は何も知らないお坊ちゃん育ちであり、政治の世界などに居てはいけない存在だということ。もう一つ、そんな彼らを支えるメディアが存在しているということ。トランプはフォックス・ニュース、ボリスはザ・サン、そしてシンゾーは「朝日でも毎日でも東京でもない新聞と国営テレビ」ということに・・・。

▼もう一つ、TBS(トランプ・ボリス・シンゾー)トリオの共通点として支持者の感覚があげられる。TBSの支持者が憎みきっているのが、これまでのメディアや政治の世界を席巻してきた(と彼らが思っている)「リベラル・エリート」です。彼らが口にする「きれいごと」が嫌で嫌で仕方がない。でも・・・本当は不安で仕方ない。彼らを支えているのはトランプ支持者を支えている「脅威管理」(Terror Management)というわけです。独りでいることの怖さを克服するために宗教・思想・国家意識のような「世界観」を持とうとする・・・という、あれです。吐いちまいな、シンゾー、そうすりゃ少しは楽になる。

▼佐高さんは「今感じるべきは絶望だ」というけれど、むささびは、マデリーン・オルブライトに倣って「シニシズムにだけは陥らないようにしよう」と心に誓っております。ところで、毎日新聞に出ていた佐高さんの記事は「有料」です。むささびが有料記事は読まないということを知っている大先輩が気を利かせて記事のコピーを送ってくれたのです。毎日新聞には「このような記事はタダにしろ、このお!」と言っておきたい。も、もう止めます。お元気で!

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