musasabi journal

232号 2012/1/15
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美耶子の言い分 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
今日は1月15日、本来なら成人の日なのですよね。最近の関東地方はカラカラで風の冷たい日が続いています。みなさまのところはいかがでしょうか?

目次

1)Big Issueが苦しんでいる
2)自殺幇助を合法化しよう
3)英国版新幹線にゴー・サイン
4)英国を変えた殺人
5)日露戦争と英国
6)どうでも英和辞書
7)むささびの鳴き声


1)Big Issueが苦しんでいる

ホームレスの支援を目的に発行されている週刊誌、Big Issueを読んだことあります?私は日本でも英国でも読んだことがありませんが、最近のThe Economistによると英国のBig Issueは発行部数がここ4年ほどで16万7000部から12万5000部にまで減少したりして結構苦戦を強いられているのだそうです。

1991年にGordon RoddickとA. John Birdの二人がホームレスを支援しようと始めたのですが、そのやり方が面白い。雑誌の値段は2ポンドなのですが、まず支援を必要とするホームレスにBig Issueを5部(ロンドンの場合は10部)無料提供する。ホームレスは街角でそれを販売、収入はすべてホームレスのものになる。彼らがその収入を使って、今度は有料でBig Issueを買うのですが、購入代金は半額の1ポンドでこれを売ると収入はすべてホームレスのものになる。但し購入した雑誌が売れなくても代金の払い戻しはないので、ホームレスも「仕入れ部数」は慎重に決めなければならない。ビジネスですね。

英国のBig Issueの編集内容を見ると、ウィリアム王子のような有名人との単独インタビューから時事問題まで、要するに普通の総合誌のようなものが多い。つまりホームレス支援団体の機関誌という感じでは全くないわけです。

発行部数が減少したとはいえ12万5000部というのは大変な数だと(私などは)思うのですが減っていることは間違いないし、その理由の多くが普通の商業誌と同じです。インターネットの普及で新聞も雑誌も売れなくなってしまったし広告収入もネットメディアに奪われている。街角配布メディアとしては無料新聞という強敵も現れている。もう一つThe Economistが指摘しているのは、最近の消費者はネットで買い物をすることが多くてショッピングのために町へ出てくるということが少ないということ。ネット・ショッピングをするような消費者は、街角でチャリティのつもりでBig Issueを買うケースが多かったので、ここでもネットの影響が出てきてしまっている。

というわけで、Big Issueとしても編集内容を変えて創刊当初のようにホームレス支援のためのキャンペーン・マガジンの姿に戻そうとしているのだそうです。実はBig Issueを売る人たちの意見として、派手派手しい有名人インタビューなどは移り気な(opportunistic)読者には受けても長続きしないという声がある。またオンライン・マガジンにも力を入れようとしているのですが、その場合はホームレスを街角レポーターのような感じで参加させることを考えている。

ちなみに、The Economistによると、現在借家も含めて自分のものと呼べる住居を持っていない家族は全国で約46,550世帯(前年比で14%増)、ロンドン市内のホームレスは約2000人で、これも増加の傾向にあるのだそうです。

▼確かにこれまでの編集内容を見るとホームレス支援というよりも、「普通の雑誌」を意識しているように見える。雑誌の創刊趣旨がホームレスの自立促進にあることを考えると、「内容は大したことないけれどチャリティのつもりで買ってください」というのでは物足りない。ホームレス支援であろうがなかろうが、面白い雑誌だから買ってくれという方が前向きな気がするし、その発想のユニークさには脱帽です。が、これを買う読者のチャリティ意識を考えればホームレス支援という初心に帰ろうというのは分かりますよね。

▼日本版のBig Issue(隔週刊)はここをクリックすると見ることができます。英国のそれと同じで、編集内容は一般週刊誌風です。1月1日号は「ナショナル・トラスト法を提案する」という特集があって、英国のノエル・ギャラガーという歌手との「スペシャル・インタビュー」があって、浜矩子さんを始めとするライターがそれぞれの専門分野で「いまの時代」を語っています。1冊300円で、一部売ると160円が売った人の収入になるというシステムのようです。

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2)自殺幇助を合法化しよう

1月5日付のBBC のサイトに気になるニュースが出ていました。Assisted suicide: 'Strong case for legalisation' (自殺幇助を合法化すべきだ)という報告書が発表されたとのこと。死亡幇助に関する委員会(Commission on Assisted Dying)という組織が発表したもので、幇助死の合法化を訴えています。この委員会はDignity in Dying(死における尊厳)というボランティア組織の求めに応じて幇助死問題を検討したもので、委員会のメンバーとして元大法官のLord Falconer、前ロンドン警視庁総監のLord Blairらの名前が挙がっています。政府や議会からの要請で検討したものではないので法的な拘束力はないのですが、Dignity in Dyingのような組織による啓蒙キャンペーンでは大いに使われることになる。

現在の法律ではイングランドとウェールズでは、自殺幇助は最高14年の禁固刑という犯罪です。自殺幇助をめぐっては多発性硬化症という不治の病におかされた女性が2009年に自殺幇助が合法であるスイスへ行って自分の命を絶ちたいが、そのためには夫の助けが必要となるというわけで、検察庁に対して自分の死後に夫が罰せられない保障を求めるという裁判を起こしたことがあります。

その結果、検察庁が発行したのが、自殺を幇助した者を起訴するかどうかについては「諸般の事情を考慮に入れて決める」(various issues that the DPP will take into consideration)という中間的ガイドラインであり、現在もそれが生きているわけです。このあたりのことは、検察庁のサイトに詳しく出ていますが、自殺のために海外へ行く人を助けたという理由で起訴したことはこれまでにないのだそうです。が、死亡幇助に関する委員会のFalconer委員長に言わせると、このガイドラインなどでは「全くもって不十分(very, very unsatisfactory)」なのだそうであります

報告書は厳重な条件を付けた上で幇助死を合法化すべきだと言っているのですが、前提として医者によって余命が1年以内(less than 12 months to live)であると診断された者にのみ適用され、次のような条件をクリアする必要がある。

▼二人の独立した医者が「余命1年以内」という診断を承認していること(Two independent doctors were satisfied with the diagnosis)

▼本人があやゆる社会的、医療上の支援が存在するということを認識していること(The person was aware of all the social and medical help available)

▼幇助死を望むという決定が自発的になされ、他人からの圧力や本人が負担であると感じたりする状態であってはならない(They were making the decision voluntarily and with no sense of being pressurised by others or feeling "a burden")

▼精神的な病の影響下で行動しているのではなく、自らの力で薬を摂取する能力があること(They were not acting under the influence of a mental illness, and were capable of taking the medication themselves, without help)

幇助死の合法化に反対するCare Not Killingというグループは、この合法化によって障害者や社会的弱者による「自殺」が増えるとして

The current law exists to protect the vulnerable, elderly and disabled from being pressured, or feeling under pressure to ending their lives because they are either a financial or care burden.
現在の法律は自分たちが経済的にもケア的にもお荷物になっていると感じて自ら命を絶ちたくなるようなプレッシャーを感じたりすることがないように弱者・高齢者・障害者を保護するために存在している。

と言っており、合法化が進むと自殺者が年間13000人増える可能性があると言っています。これに対してこの委員会のFalconer委員長は

The choice is whether or not vulnerable people are better protected by the current law, where the only safeguard is the threat of prosecution, or whether or not the stringent safeguards we envisage where two doctors look at it before the person has committed suicide, whether they provide better protection than the current law.
現在の法律では、自殺を幇助すれば罰せられるという脅威が唯一の安全弁となっているが、それで弱者の保護になるのか。むしろ我々が提案しているような厳重な安全規約(自殺前に二人の医師による診断が必要)の方が現在の法律よりも弱者を守ることになるのではないか。

と言っています。要するに自殺幇助を無条件に処罰するのではなく、厳重な条件付きで認める方が却って弱者を「自殺」から守ることになるのではないかということです。この委員会の条件に従うと、認知症患者の安楽死は「精神的な病の影響・・・」の部分に抵触するので違法ということになります。

▼自殺幇助の合法化を求めるグループの名前、Dignity in DyingのDignityという言葉を辞書でひくと「威厳・尊厳・品位・気品」という意味になっています。「あの世へ行くときは尊厳をもって行きたい」という意味ですよね。そして「尊厳をもつ」ということの意味の一つとして、死ぬ時期や方法は自分で決める権利を担保するということがある、とされているわけですね。この考え方に反対する人たちのアタマには「人間には死に関しては自分で決めることは許されていない」というキリスト教の考え方があると私は思っています。理屈の世界ではない。私(むささび)はキリスト教徒ではないけれど、死に際しての「尊厳」という発想には傲慢を感じてしまいますね。

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3)英国版新幹線にゴー・サイン

1月10日付の英国メディアがそろって伝えていたニュースとして、英国における高速鉄道の建設計画(HS2: High Speed 2))に政府がゴー・サインを出したというのがありました。建設が決まったのは、ロンドンとバーミンガムを結ぶルートで、工事開始は2016年で開通は2026年を予定しています。総工費は170億ポンドなのですが、開通するとロンドン=バーミンガム間の所要時間が現在の約1時間半(82分)から45分に短縮されることになっています。ロンドン・バーミンガムというと、約200キロで、東京・静岡という感じです。

今回発表されたのはロンドン=バーミンガム間ですが、今後はこれがさらに北へ延長され、マンチェスターとリーズへ繋がるY字型の高速鉄道ルートとなる。ただバーミンガムから北への延長路線が完成するのは早くても約20年後の2033年ということになっています。総工費は320億ポンド、政府の試算では新しい高速鉄道の利用客は1時間当たり2万6000人、経済効果は60年間で470億ポンドとされています。

当然ながらこの計画については賛成派(Yes to High Speed Rail)と反対派(Stop HS2)がそれぞれの主張を展開しているわけですが、ロンドン=バーミンガム・ルートの沿線というと、イングランドでも指折りの美しい田園風景で知られていて、現在の保守党議員30人の選挙区になっており、沿線住民には反対意見が非常に多いというのがキャメロン首相にとって悩みの種とも言える。ただ産業界などからは圧倒的に賛成意見が強いし、もともとブラウン政権時代に労働党もこれを支持していたという経緯もあって、議会における関連法案の通過は問題なしという見方が多い。

高速鉄道建設計画とは別の話として、イングランド北部公共政策研究所(Institute for Public Policy Research North)というところの調査によると、ロンドンの住民一人当たりのために政府が使っている交通インフラの整備費用が2700ポンドであるのに対して イングランド北東部で使われている額は200分の1以下のわずか5ポンドなのだそうです。

北イングランドには繊維、鉄鋼、造船などといった古い産業で栄えた町が多く、金融やサービス産業で栄えるロンドンを中心とする南イングランドとの南北格差が言われて久しいのですが、この調査結果もそれを裏付けたようなかたちになっている。政府としてはロンドン=バーミンガム間の高速鉄道が将来はマンチェスター、リーズまで延長されることで、イングランドの南北格差にまで繋がるものと期待しているわけですが、それは20年以上も先の話です。

高速鉄道の建設に反対しているのは、美しい田園地帯で優雅なカントリーライフを楽しむ中流クラスの人たちだけではありません。The Economist誌なども「高速鉄道が採算に合ったことはきわめてまれであり、地域格差の解消にもつながっていない」として

Better connections strengthen the advantages of a rich city at the network’s hub: firms in wealthy regions can reach a bigger area, harming the prospects of poorer places. Even in Japan, home to the most commercially successful line, Tokyo continues to grow faster than Osaka.
鉄道ができて連絡が良くなることで得をするのはネットワークの中心になる富める町なのだ。豊かな地域の企業の活動範囲が広がって、豊かでない町の将来をダメにするだけなのだ。高速鉄道が経済的に最も成功しているとされる、あの日本でさえも東京の経済成長は常に大阪のそれを上回っているではないか。

と指摘しています。

▼今回の高速鉄道計画については、英国版経団連である英国産業連盟(Confederation of British Industry)が主要な新聞に、これを支持する旨の手紙を掲載したりしており、沿線住民による「自然の風景が壊される」という反対意見も影が薄いようであります。高速鉄道でロンドンと結ばれることが地元経済の活性化に繋がるとするバーミンガムの人々の切実さに比べればそれも仕方ないかという気がしないでもない。が、例えば日本の場合、新幹線の開通によって本当に「地方」が潤ったのでありましょうか?東京への一極集中をさらに加速させただけなんてことはなかったのか?


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4)英国を変えた殺人

1月4日付の英国メディアのサイトはStephen Lawrenceという黒人青年殺害の罪に問われた二人の容疑者が裁判で有罪判決を言い渡されたというニュースでもちきりだったのですが、中でも派手だったのがDaily Mailだった。上の写真はいまから15年前、1997年2月14日付のDaily Mail紙の第一面です。MURDERERS(殺人者たち)というどでかい活字の見出しがあって、その下に

The Mail accuses these men of killing. If we are wrong, let them sue us.
Daily Mailはこれらの男たちを殺人で告発する。もし我々が間違っているのなら告訴してもらおうではないか。

というメッセージが挿入されています。こいつら人殺しなんです!と読者に呼びかけているわけですが、やや大衆紙っぽいとはいえ、Daily Mailという主要日刊紙にしては読者の度肝を抜くような第一面です。

そして下の写真は今年(2012年)1月4日付のDaily Mailのサイトのトップページです。やはりMURDERERS!という大きな文字と二人の男の顔写真があって、その真ん中に次のような文章が掲げられている。

15 years ago, the Mail took the momentous decision to accuse five racist thugs of murder. Yesterday, as Stephen Lawrence finally got justice, we were proved right about two of them. Now what about the other three...
Daily Mailは15年前、5人の人種差別主義のチンピラどもを殺人者として告発するという画期的な決定を行った。そして昨日、ついにStephen Lawrenceに正義がなされ、5人のうち2人については我々が正しかったことが証明された。さて、残りの3人はどうなのか・・・


1997年の紙面で5人を人殺しと糾弾、そのうち二人が本当に有罪となったけれど、まだ怪しからん人間が3人いるではないかということです。この事件の概略を説明すると・・・。

1993年4月22日、当時18才だったStephen Lawrenceという黒人青年が南東ロンドンのElthamというところで友人とバスを待っていたところを白人の若者たちに襲われナイフで殺害された。間もなく容疑者5人が逮捕されたのですが、7月末になって証人(被害者とバスを待っていた友人)の証言に信用性がないとして、検察庁(Crown Prosecution Servic: CPS)が5人を不起訴にしてしまった。1994年には被害者の遺族が私人としての告訴(private prosecution)に踏み切ったけれどこれも1996年に敗訴、犯人は無罪放免になってしまった。

が、1997年2月13日、検死陪審による死因審問(inquest)が行われ、被害者の死因が5人による人種差別的攻撃にある(racist attack by five youth)という判決が出される。ネット情報の受け売りですが、検死審問とは、死因を法的に確定させるための制度であり、変死体について検視官が陪審員を招集して審問を行うことで死因を特定するためのものなのだそうです。そこでStephen Lawrenceが5人に殺されたものだと決められたわけです。そしてその翌日、2月14日付のDaily Mailが最初に紹介した5人は殺人者だとする見出しを掲げた新聞を発行するにいたる。

その後、1999年にこの事件および警察の対応などに関する公聴会(public inquiry)が開かれ、ロンドン警視庁が組織的な人種差別(institutional racism)を行っているという報告がなされるなどして、この問題がくすぶり続ける。2004年5月5日、検察庁がこの事件については誰も起訴することはしないということを明らかにして、これでお終いかと思われたのですが、2005年4月に政府(法務省)が、この事件に関しては同一犯罪で被告を再度裁判にかける、「二重の危険(double jeopardy)」禁止の原則(一事不再理)を適用しないと発表した。つまり一度は無罪とされた被告でも再び裁判にかけることもあり得るということにしたわけです。

2011年5月、5人のうちの二人についての再審が行われることに決定、今年(2012年)1月3日の裁判で二人の被告の衣類から殺されたStephen LawrenceのDNAが発見されたことが明らかになった。それまでの19年間、被害者の両親による執拗な運動が世の中を動かしたというかたちなのですが、1月4日付のDaily Mailは、再審の結果二人が有罪とされたことについて、「2012年1月3日は両親にとって、警察にとって、そして英国の正義にとって栄光に満ちた日となった」として、自らのキャンペーン記事については次のように書いています。

it’s a glorious day for British newspapers, proving that the power of journalism, courageous headlines and relentless campaigning can act as a huge force for good in society and make a major difference to countless lives.
(今日という日は)英国の新聞にとっても素晴らしい名誉の日であると言える。ジャーナリズムの力、勇気ある見出し、そして情け容赦のないキャンペーン報道・・・これらが世の中の善を守るための大いなる力として作用し、数えきれない人々の生活を大きく変えてしまうこともあり得るということを証明してしたのだ。

この事件についてはキャメロン首相が、正義がなされたのは「Daily Mailのキャンペーン報道のお陰だ(helped by the campaigning journalism of the Daily Mail)」とコメントしているし、エド・ミリバンド労働党党首もDaily Mailの報道について「名誉ある役割を果たした(honourable role the Daily Mail has played )」と称賛しています。

一方、高級紙とされるThe Timesの社説は「Some Justice at Last!:ようやくある程度の正義がなされた!」という見出しで

The conviction of two people for Stephen Lawrence’s murder is a qualified victory for civilised values.
Stephen Lawrence殺害事件について、この二人に有罪判決が出されたということは文明社会の価値観にとっては条件付きの勝利であると言える。

という書き出しになっています。「ある程度の正義(Some Justice)」とか「条件付きの勝利(qualified victory)」という、控え目な言葉が使われているのは、本来5人が有罪になるべきなのが二人だけにとどまっているとされていることに理由があります。それにしても、殺人事件など珍しくもない英国において、何故この判決がそれほどの騒ぎを引き起こしたのか?英国社会に根を下ろす(とされる)人種差別(racism)にかかわっており、警察までがこれに染まっているのではないかという事実が出てきてしまったからです。

殺されたStephen Lawrenceの両親は1960年代にジャマイカから移民として英国にやってきたのですが、殺されたStephenの遺体は英国ではなく、故郷のジャマイカに埋葬されています。彼の母親は、英国にはいまだに人種差別が存在しており、「そのような国に自分の息子を埋葬する資格はない」とまで言っている。

▼容疑者二人を有罪とする陪審員の評決が出た裁判所から出てきた両親は、取り囲んだ報道陣から感想を聞かれて"How can I celebrate when my son lies buried?"(自分の息子が死んで埋められているというのにお祝い気分になどなれるはずがないでしょう)と答えたのだそうですが、そのコメントとDaily Mailの報道のはしゃぎぶりの間にあるギャップのようなものにこの事件の割り切れなさがあるように思います。

▼Daily Mailに代表される普通の英国は、今回の有罪評決が「正義の勝利」であるとして、大いに喜んでいるように見える。Daily Mailの報道について「よくやった」というニュアンスのコメントを発表しているキャメロンやミリバンドによって代表される英国です。しかし殺された青年の両親にしてみればとても喜べるようなものではない。この件とは別の話ですが、BBCのサイトの中のUKコーナーを開けていつも思うことは、殺人がらみの記事が非常に多いということです。トップページには平均15~20件くらいのニュースの見出しが並んでいるのですが、多い時は5~6件が殺人関連だったりする。

▼Transatlantic Trendsという世論調査機関が行った移民に関する6カ国(英・米・仏・独・伊・スペイン)の国民の意識調査では、英国人の反移民意識(68%)が他の5カ国民よりも圧倒的に高いという結果になっている。このこともまた今回の有罪判決で「正義が勝った」と喜ぶ世論とは対照的であることを示しています。

▼とはいえ、19年間にわたるStephenの両親の法廷闘争のおかげで、警察内部の人種差別意識が明るみにだされたばかりでなく、画期的な法律が2件改正・成立されてしまった。一つは人種関係改正法(Race Relations Amendment Act 2000)で、公的な機関における人種差別防止に極めて厳重な規則が設けられたもの。もう一つは2003年刑事訴訟法(Criminal Justice Act 2003)で、この法律ができたことでいわゆる「一事不再理の原則」(一度判決が確定した犯罪は二度と裁かれることがないという原則) が破棄されて、場合によっては再審もあり得るということになったということです。


▼その意味で、The Economistは今回の出来事をA murder that changed Britain(英国を変えた殺人)と呼んでいます。考えてみると、最近の英国では新聞によるキャンペーン報道が目り立ちますね。一昨年はTelegraphによる政治家による費用スキャンダルの暴露報道があったし、昨年はGuardianのマードック系新聞による電話盗聴事件の報道があった。Daily Mailの記事はここをクリックすると読むことができます。

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5)日露戦争と英国

前回、日英同盟について書かせてもらいましたが、もう少しこの頃の日本と英国にこだわってみたいのでお許しを。何を話題にしたいのかというと、日英同盟が締結された2年後に起こった日露戦争(1904年2月~1905年9月)と英国の関係です。日露戦争は、ロシア側から見ると遼東半島を中心とする中国南部と満州、それと朝鮮における自国権益の維持・拡大を目的とした戦争であったわけですが、日本側から見るとロシア帝国による南下(朝鮮支配)を防ぐことで日本の安全を保障するための戦争であったわけですね。

そして英国はというと、清国に権益を持っているのみならず、ロシア帝国が南へ勢力を拡大してくると南アジア、とくにインドまでが危険にさらされるということがあるし、もちろん2年前に締結された日英同盟の存在もあって日本に対してさまざまな支援を行ったのですが、元ウェールズ大学教授のDavid Steedsが、英国が具体的にどのようなことを行ったのかについて興味深い報告をしています。

まず戦費調達のための国際的なローンの手配。アメリカと共同で民間の金融機関を通じて手配したものだったそうです。また日本海軍が使用した武器や戦艦はほとんどが英国からの輸入品であったとされているけれど、Steedsによるとこのあたりの英国の支援はもっと混み入っている。チリからの受注で建造された英国製の軍艦2隻が注文キャンセルでロシアによって購入されるのを英国海軍が購入してしまったというケースもあるし、アルゼンチンが買うことになっていたイタリア製の軍艦を日本が購入するための仲介役を務めたりしたことも。

しかし英国による日本支援の中で最も重要なものは間接的な外交活動にあった。即ち日露戦争開戦2ヶ月後の1904年4月、英国とフランスの間に友好協定(Entente Cordiale)が成立したということです。この協定は当時の欧州情勢の産物であり、日露戦争とは無関係なのですが、それまで何かと言うと対立していた英仏間の緊張関係を和らげる効果を持った。英国は日本の同盟国であり、フランスはロシアと同盟関係にあったわけですが、英仏友好協定の締結によってフランスがロシアを支援して英国の同盟国である日本の不利になるような行動をとることは「ほとんどあり得ない(extremely unlikely)状態になってしまったのだ、とDavid Steedsは指摘しています。

日露戦争は結果としては日本の勝利で終わるのですが、開戦からほぼ3か月後、1904年4月28日付のThe TimesにENGLAND AND RUSSO-JAPANESE WARという見出しの記事が掲載されています。To the Editor of The Timesとして"Sir..."という書き出しになっているので、ひょっとすると読者からの投書なのではないかと想像しています。かなり長い記事の中に次のようなくだりがある。

It is out of the question for Russia to be defeated by Japan. Such a defeat would be the destruction of Russian prestige for gonerations; it would be a national humiliation too colossal to be even thought of by Russia.
ロシアが日本に敗れるというのは問題外である。そのような敗北は何世代にもわたってロシアの名誉を破壊することになるし、ロシアにしてみれば国としての屈辱たるや考えることさえできないようなものとなるであろう。

この記事は現在のThe Timesのアーカイブに出ていたものなのですが、残念ながらこの筆者の名前が出ていない。記事はこのあと「ロシアは最後のルーブルまで、最後の兵士まで徹底的に戦うであろう」として次のように書いています。

Russia cannot and will not accept such a defeat. Let any Englishman reflect what would be his attitude under corresponding circumstances in his own country.
ロシアはそのような敗北を受容するわけにはいかないし、受け容れもしないだろう。英国人が自分の国についてそのような立場に立たされたらどのような態度をとるか考えてみればいい。

記事が戦争の行方についてのかなり専門的な分析になっているところを見ると、「投書」であったとしてもそれなりの注目を浴びるような筆者の手になるものなのではないかと想像しています。

▼最後に紹介した部分の中でも「英国人がロシア人の立場に立たされたら・・・」という部分が気になりますね。日露戦争は小さな日本が大きなロシアを破ったというので、英米の人々の間では拍手喝采であったという記述をどこかで読んだことがあります。確かにそのようなこともあったのだろうとは思うけれど、その一方では、この筆者のように英国と同じような大国であるロシアと戦争をする日本という国や日本人に対する警戒心のようなものも英国人にはあったのでしょうね。それを察知したかのように、日露戦争から5年後にロンドンで日英博覧会なるものが開かれて、草の根レベルの日本紹介が行われることになるわけです。

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6)どうでも英和辞書
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twin town:姉妹都市

私が暮らしている埼玉県飯能市はアメリカ・カリフォルニア州のブレアという町と姉妹都市関係を結んでいおり、市の広報誌には市民交流の記事が出ています。姉妹都市のことをsister cityというけれど何故かbrother city/townとは言いませんね。英国では姉妹都市のことをtwin cityとかtwin townというのが普通です。姉妹都市関係を結ぶことはtown-twinningと言う。

外国の都市と正式に姉妹都市関係を結んでいる英国の地方自治体の数は推定で2000カ所ですが、最近のBBCのサイトによると最近ではこれを解消する動きが目立っているのだそうです。町の偉いさんが外国旅行をするための言い訳に税金を使わっていると言われたりして止めるケースが多いのだとか。

英国の町と外国の都市との姉妹都市関係の例をいくつか挙げると、ロンドンはニューヨーク、パリ、テヘラン、北京、東京など10都市、エディンバラはミュンヘン、ニース、バンクーバーなど7都市、バーミンガムはシカゴ、フランクフルト、ミラノ、リヨンなどとなっています。日本の町がほとんどないのが不思議ですが、リンカンシャーの町、ボストンが石川県白山市とロンドン市内のランベス(Lambeth)という区が東京の新宿区と姉妹都市関係にあるのですね。

税金の無駄遣いという側面もあるかもしれないけれど、自治体同士がコミュニティ活動や町づくりに関する知恵を交換したりするのは悪いこっちゃない。特にネット時代にはそれほどお金をかけずに交流するのは可能ですからね。

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7)むささびの鳴き声

▼薪ストーブが流行っているのだそうですね。我々の知り合いが薪を作って売る仕事をしているのですが、今年は異常に注文が多いのだそうです。薪は木を切ってからすぐではなく、2年は寝かせてから使うのが一番なのですが、その2年モノが売り切れ。樹木であれば何でも薪になるというわけではありませんよね。杉・檜・松のような針葉樹は直ぐに火はつくけれど灰になるのも早い。それに比べて桜・くぬぎ・ならのような広葉樹・落葉樹は火つきは遅いけれど火の玉になってから長い間もつので暖房にうってつけであるわけです。群馬県などでは薪に向いている樹木そのものが不足しつつあるのだそうです。

▼以前にも言ったかもしれないけれど、ウチの石油ストーブを買い替えようとしたら「最近じゃ、皆さん暖房にはエアコンをお使いになります」というわけで、石油ストーブそのものが品不足なのだそうです。ウチのストーブはファン・ヒーターだから石油ストーブとはいえ電気で動く。だから昨年の大震災のときの停電では使えなかった。つまり電気に頼り過ぎる生活は考え直した方がいいということなのに、昔ながらの石油ストーブ(ファンによる温風ではなく輻射熱で暖めるあれ)は予約しないと買えないというのはバカにしている。

▼それもこれも電力業界の横暴のせいなのでは?と憤慨していたら、the public eyeという国際NPOが「Worst Company of the Year 2012(世界最悪企業2012)」コンテストなるものを実施しており、その候補として日本からは東電が候補にあがっていると教えてもらいました。ネットによる投票で決まるのだそうです。ここをクリックすると出ています。

▼自分が飼っているイヌのことについて、ああだこうだと話をするのは、聞かされる方の身になって考えると退屈このうえないのだから控えるべきだ、ということは承知のうえで失礼させてもらうのでありますが、ウチで一緒に暮らしているボーダーコリーのジョイス(名前)がテレビを見て反応することは以前にも申し上げました。野球中継でピッチャーが投げようとする瞬間にワンワン吠えながらテレビ画面に飛びつこうとするってことも。

▼で、最近判明したことなのですが、相撲の立ち合いの瞬間にも同じことをするのであります。相撲の場合、何度か仕切り直しをしてから行事が審判の方に頷き、塩のところにいる呼び出しが立ちあがって「時間です」と告げる、場内から歓声があがる、最後の仕切りに入る・・・ここでジョイスがウーッとやり始めるわけです。力士がさっと立ち上がる直前(直後ではない)に「ワンワンワンワンッ!」ってんで画面に向かって突進しようとする。そうはいきません。私が後ろから首輪を持って抑えているからです。それを必死に振り払おうともがくけれど、人間にはかなわない。で、勝負がついてしまうとすたすたと別のところへ行ってしまう。でも次の取り組みの制限時間になるころに再びやってくる。

▼あれは何なのでしょうか?彼女はどうして「制限時間一杯」がわかるのでしょうか?野球といい相撲といい、緊張の一瞬が危ないのです。はっきり言ってこんなことでテレビを壊されたのではたまらない。不思議なのは、もう一匹のポインターのフロちゃんの方はソファに横になってボーッとテレビを見ることはあるけれどジョイスのような反応はしない。あの反応は彼女の犬種と関係があるのでしょうか?以前に一緒にいた柴イヌはそのような反応は全くなかったのですが・・・。

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