1)High Teaの意味
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The Economistのブログによると、あの英国航空(British Airways:BA)がこのほど機内食用に供されるティーバッグの新シリーズを発表したのだそうです(「あの」というのは、サービスに関する限りかなりひどいという定評の英国航空という意味)。ティーバッグのメーカーはTwinings。BAが乗客に供する紅茶は年間約3500万杯、紅茶は沸騰したお湯でいれるものですが、35,000フィートの上空では沸点は100℃ではなく、89℃なのだそうで、Twiningsが開発した新シリーズは89℃のお湯で完璧な味が出るらしい。新シリーズはアッサム、ケニヤン、セイロンの3種類をブレンドしたもので、「ミルクを入れても入れなくても完璧な紅茶であること間違いなし(perfect
cup of tea is promised, with or without milk)」とのことであります。
ところで地上における「お茶の時間」には、上流階級が楽しむ「アフタヌーンティー」と労働者階級の「ハイティー」というのがあるのだそうですね。 Afternoon Teaというサイトによると、上流階級の夕食時間は大体8時ごろであり、昼食時からかなり時間があっておなかがすいてしまう。そのための「虫押さえ」としてやり始めたのがアフタヌーンティーであり、サンドイッチとかスコーンのようなものを食する、いわば「ミニ・ミール」ですね。
で、「ハイティー」というのは主に北イングランドやスコットランド南部の工業地帯で暮らす労働者階級がとった夕食を起源としているそうなのであります。上の写真がそのイメージです。この地域では、一日働いた父ちゃんが帰宅するのが夕方の6時ごろで腹ペコ状態で帰ってくるのだから優雅に「ミニ・ミール」というわけにはいかず、普通の食事(フル・ミール)をとることになる。ハイティーで供されるものは、マグカップに一杯の紅茶、パン、野菜、チーズ、パイ、ポテト・・・ときて、「たまに肉も」(occasionally meat)となっています。
アフタヌーンティーが社交の場を提供したのに対してハイティーはずばり空腹を満たす食事そのものであったというわけですが、なぜハイティー(高いお茶)なのかというと、アフタヌーンティーが客間のソファだのカウチだのに坐って優雅に会話を楽しみながらとるのに対して、ハイティーは普通のテーブル(ソファよりも高い位置)で食する、だから「高いお茶」なのだとしてあります。
これらは100年以上も前の英国社会でのハナシであり、今ではアフタヌーンティーはホテルやレストランでしかやらないし、それらがハイティーと呼ばれることもあるのだそうです。ちなみにロンドンのFortnum & Masonにおけるアフタヌーンティーのお値段は一人だと69ポンド(ほぼ9000円)、二人で138ポンドだそうであります。
▼それにしてもアフタヌーンティーのお値段、おひとり様69ポンドはすごいですね。私、一度だけロンドンの「一流ホテル」でこれをやったことあります。はっきり言って一度で十分。 |
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2)相変わらずの職業別信用度
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英国の世論調査機関、IPSOS-MORIが毎年行っている「職業別信用度調査」(Trust in Professions)の2013年版がこのほど下記のグラフのとおり発表されています。英国における代表的な職業人(Professions)を15種類あげた上で「彼らが真実を語っていると思うか」(you
would generally trust them to tell the truth or not)という問いに答えてもらっています。
どちらかというとパブリックな性格の職業が中心なのですが、グラフでもお分かりのとおり、信頼度ナンバーワンの職業人はお医者さんでほぼ9割(89%)の人が「信頼できる」と答えている。以下、教師、科学者、裁判官とくるのですが、5番目に教会の牧師のような聖職者を抜いてテレビ番組のキャスターが来ているというのが不思議です。特に「ジャーナリスト」が下から2番目という信用度しか得ていないことを思うと、同じメディア人でありながらテレビのカメラを通じて語りかける職業人は「嘘はつかないだろう」と考えられているということでしょうね。
今回の調査では銀行の経営者が下から3番目に来ています。これはここ数年の経済的な不況にもかかわらず銀行経営者だけは巨額のボーナスを得ているとか、金利の不正操作事件などが背景になっているのですが、「ジャーナリスト」と「政治家」が最下位争いをしているという図式はここ7~8年まったく変わらない。政治家の不評についていうと、最近ではかつて閣僚まで務めた自民党(Lib-Dem)の大物議員が、あろうことか自分のスピード違反を妻のせいにしたことがばれてしまったことがあるし、数年前にはいわゆる「経費」の不正請求の問題があった。
ただこのような問題が起こる以前から政治家が信用されないという現象は起こっており、その大きな理由が「ジャーナリスト」によって悪しざまに報道されるということだった。ジャーナリストが叩きまくる政治家の評判が下がる一方で、叩いているジャーナリストの方も大して信頼されていないという図式です。
さらに日本との比較のうえで興味深いのは「公務員」(civil servants)に対する信頼度です。政治家がわずか18%であるのに対して、公務員は曲がりなりにも(?)半数以上(53%)が「真実を語っていると思う」と答えている。
ところで日本リテイル研究所という組織の資料(2001年)によると日本とアメリカにおける職業別信頼度は次のようになっています。
日本 |
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アメリカ |
エンジニア |
1位 |
看護婦 |
看護婦 |
2位 |
薬剤師 |
裁判官 |
3位 |
獣医 |
薬剤師 |
4位 |
医師 |
医師 |
5位 |
小・中・高教師 |
デイケア従事者 |
6位 |
牧師 |
獣医 |
7位 |
裁判官 |
弁護士 |
8位 |
警察官 |
歯科医師 |
9位 |
歯科医師 |
自動車整備士 |
10位 |
大学教授 |
▼日米英、それぞれの調査は質問の仕方も異なるだろうし、それぞれどの程度信頼するべきなのかは分からないけれど、10位までに入っている職種を見るとお国柄が出ているようで、話のタネにはなるかもしれないですよね。例えば英米のリストには医師・教師・裁判官・警察官・聖職者が入っているけれど、日本のリストには教師・警察官・聖職者が入っていない。私としては、この中でも「聖職者」の存在・不在に注目したいですね。英米においては牧師さんのような人たちがかなりの尊敬を集めているのに対して、日本では神主さんとかお坊さんとかの存在感が薄いように思うわけです。
▼政治家とジャーナリストはどこもそれほど尊敬されていないとみえて、日米ではリストにも入っていない。日米には「獣医」というのが入っているけれど英国のリストにはない。看護婦への信頼度が医師よりも高いというのも日米で共通している。英国でも看護婦は相当の信頼を集めているはずですが、なぜかリストには入っていない。それから日米のリストには「公務員」がないですね。
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3)目からうろこ:浜矩子さんのTPP批判
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先日、NHKのラジオを聴いていたら同志社大学の浜矩子教授がTPP(環太平洋経済連携協定)への日本の参加について話をしていました。彼女は日本の参加云々以前の問題としてTPPという体制そのものについて疑問を呈しており、むささびはそれを聴いていて「なるほど」と納得が行ってしまったわけであります。そこでネットをいろいろと調べたら昨年(2012年)4月28日に「連帯ユニオン」というところが主催して、浜矩子さんによる講演会「TPP問題を考える」(会場:エル大阪南館)というのが開かれており、その講演テキストがネット上で公開されていました。
講演テキストはここをクリックすると読むことができますが、ここでは「むささび」が浜さんの意見のどこに納得が行ってしまったのかを紹介したいと思います。結論から言ってしまうと、私自身は浜さんの意見を知る前まではTPPには賛成であったし、いまでも例えば農協などがいうTPP反対論には大いに違和感を覚えています。私が納得してしまったのは、TPPそのものに対する浜さんの意見というよりも国際的な問題全般に対する浜さんの視座のようなものであるということです。
まずTPPって何?というあたりを確認しておくと
- TPPは太平洋に面した国々の間の自由な貿易を促進しようというもので、関税なしの貿易にしようということで、例えば農産品が保護されている農協などが反対している。農業だけではない。医療保険の自由化によって日本の国民保健制度も影響を受けるというわけで関連業界・団体は反対している。
ということにしておきます。たいして間違ってはいないですよね。安倍さんも民主党の野田さんも菅さんも、日本はTPPに参加するべきだと考えていた。安倍さんのTPP参加表明について、日本語版Wall Street Journalのサイトは
- 首相は「交渉に参加する決断をした。今がラストチャンスだ。このチャンスを逃すと世界のルール作りから取り残される」と述べ、世界経済の約3分の1を占める大きな経済圏が生まれつつあるなか、「日本だけが内向きになったら成長の可能性はない」と説明した。
と報道しています。この発言の中でも「日本だけが内向きになったら成長の可能性はない」という部分が安倍さんのいちばん言いたい部分ですよね。TPPに反対する勢力は「内向き」ということです。もう一度言うと、私にはこの点(内向きはよくない)については安倍さんの言うことは正しい・・・と思っていた。で、TPPに反対する浜さんは、次のように述べています。
- TPP に反対するにせよ、賛成するにせよ、その理由が180度違う人たち同士が集まっています。極右も極左も反対するという、不思議なテーマなのです。
浜さんはこのような状況のことをTPPをめぐる「同床異夢」と言っている。
TPPはTrans-Pacific Partnershipの省略形ですが、浜教授によるとTotally Protectionist Partnership(全面的保護主義パートナーシップ)と言った方が正確なのだそうです。つまりTPPは「加盟国の間の貿易」を自由にしようと言っているだけで、これに加盟していない国々は自由の恩恵を受けることができない。要するに自分たちだけで固まってグループを作りよそ者は排除する・・・Totally Preferencial Partnership(全く差別的パートナーシップ)と呼んでもよろしいのだそうであります。
浜さんによると、この世の中には「自由・無差別・互恵」という精神に貫かれたWTO(世界貿易機構)というものがあり、環太平洋などという小さなエリアではなく、全世界を傘下にいれて自由貿易を促進している。日本はWTOの理念を世界に広めなければならないのにTPPのような「差別的パートナーシップ」に入れてもらうために尻尾を振るとは何事か・・・というわけで、
- 日本はTPP について、しかるべくものを申していくべきです。アメリカに対して「みんなWTO という開かれた組織に所属しているのに、その仲間内で地域限定的な姑息なことをやるとは何事か」と叱り飛ばすべきなのが日本であると思います。
と主張しています。
▼これ以上、浜さんの講演を紹介するのは止めにしておきます。TPPをめぐる議論について自分自身それほど熱心にフォローしていたわけではないので、多少のびくつきを抱えながら言うのですが、これまでの議論は「農業を潰す気か!」という農協、「輸出なしに日本は生き残れない!」という経団連が、それぞれに自分たちの存在こそが日本を救うのだと喧々諤々やっているだけで、日本も含めた「世界」にとって何がいちばんいいのかという視点が欠けている議論のように思えるわけです。正直言って、私も浜さんの意見を聴くまではTPPの閉鎖性・差別性にはアタマが回っていなかった。
▼TPPとは全く関係ないけれど、尖閣をめぐる中国との対立について、何をすれば日本や中国も含めた「世界」にとって最善なのかという視点に立つ議論が日本では全くないように見える。中国でそれがあるのかどうか知らないけれど、少なくとも日本ではそのような議論があって欲しいと思います。というわけで、いわゆる「国益」論だけがTPPについての議論ではないことを教えられただけでも浜さんには感謝しなければいけない。上に紹介したのは、ほんのさわりだけです。よろしければ講演テキストの全文をお読みになることをお勧めします。
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4)MargaretからRonへ「送られなかった手紙」
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3月22日付のBBCのサイトに約30年前のフォークランド戦争に関連して当時の首相、マーガレット・サッチャーの個人的な書類が公開されたという記事が出ています。いろいろな手書きメモがそのまま掲載されていて結構にぎやかなサイトになっているのですが、記事を書いたBridget Kendallという外交専門の記者によると、"Thatcher papers reveal Tory party split over Falklands"というわけで、これらの書類からあの当時の保守党がフォークランド戦争についての賛否で分裂状態であったことが分かるとしています。
このサイトで公開されている書類の中でも私が最もサッチャーらしくて面白いと思ったのは、彼女がロナルド・レーガン米大統領宛てに書いた手紙のドラフト(草案)です。レーガンは英国とアルゼンチンンの間をとりもつべくアレクサンダー・ヘイグ国務長官を英国とアルゼンチンに派遣したりしていたのですが、サッチャーさんの眼にはそれが「弱腰外交」と映ったことは次の文面からも明らかです。
- Throughout my administration I have tried to stay loyal to the United States as our great ally, and to the principles of democracy, liberty and justice.
私の政府は常に我々の偉大なる同盟国であるアメリカおよび民主主義・自由・正義の原則に対して忠実であり続けようとしてきました。
-
- In your message you say that your suggestions are faithful to the basic principles we must protect. I wish they were but they are not.
貴方はメッセージの中で貴方のご提案がそうした基本原則、我々が守らなければならない基本的な原則というものに忠実なものである、とおっしゃっております。貴方のご提案がそのようものであればいいと私は思います。が、そうではありませんね。
というわけで、それからあとは、自分自身も平和的な解決を望みはするが、アルゼンチンの不当な侵略は絶対に許すことができないということを強く述べています。実はこの手紙がレーガンに送られることはなかったのです。この手紙を見せられた閣僚たちが内容がきつすぎるというので反対、より穏便で外交的な文章の手紙が送られたのだそうです。
ただ、非常に興味深いのはサッチャーさんとしては、これがレーガンのもとへ送られなかったことがよほど口惜しかったと見えて、手書きの草案とは別に、わざわざ「レーガンに決して送られることがなかった手紙」(the
letter to Reagan that was never sent)というタイトルをつけタイプライターで打って、将来公開された暁には誰にでも読めるようにしているということです。Kendall記者によると、サッチャーさんとしてはこのような形で自分の本心を伝えたかったのだろうと言っています。ここをクリックすると「決して送られることがなかった手紙」の現物を見ることができます。
▼フォークランド戦争をめぐるレーガンとサッチャーの意見の違いは1982年5月31日付のSunday Timesに掲載された両者の電話会談でも明らかです。この中でサッチャーさんが「アラスカが侵略されたら、あなたならどうしますか?」(Just supposing
Alaska was invaded ...)と詰問すると、レーガンが「アラスカはそんな状態ではないと思うけど・・・」(I don't quite
think Alaska is a similar situation)と、ややしどろもどろ気味ながらも反論、サッチャーさんも「似たようなものですよ」(More
or less so)とやり返す。
▼レーガンも参ったという感じです。意見は全くの平行線なのですが、Sunday Timesの記者は二人がお互いを最初からファーストネームで呼び合っていることで個人的には気が合った仲だったと言っている。ただサッチャーはレーガンをRonと呼んでいるのに、レーガンはサッチャーをMargaretと呼んでいる。Maggieではない。Maggieというのはやりすぎってことになるのでしょうか? |
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5)ベトナム戦争とリチャード・ニクソンの「国家反逆罪」
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いまから45年前の1968年はアメリカ史に残る出来事が重なった年です。ベトナム反戦運動が吹き荒れる中で、4月4日に黒人運動の指導者だったマーチン・ルーサー・キング、6月6日にロバート・F・ケネディ上院議員がそれぞれ暗殺された。さらにその年は大統領選挙で共和党のリチャード・ニクソンが勝利した年でもあります。
最近のBBCのサイトを読んで、実はあの年のアメリカではもっと異常なことが進行していたことがわかりました。その年に行われた大統領選挙と和平会談の段階に入っていたベトナム戦争に関係しています。BBCが伝えるワシントン政治の裏話の主人公はジョンソン大統領(民主党)と共和党の大統領候補者であったリチャード・ニクソン、それから1968年当時ワシントンでBBCの特派員をしていたCharles
Wheelerという記者です。
1968年の大統領選挙は民主党がヒューバート・ハンフリー、共和党がリチャード・ニクソンを候補者として戦われていました。民主党の現職大統領であるリンドン・ジョンソンは、ベトナム反戦運動の猛烈な高まりを受けて二期目の選挙には立候補しないことを明らかにしており、8月下旬にシカゴで行われた党大会で現職の副大統領であったヒューバート・ハンフリーが候補者に選ばれたわけです。一方の共和党は、アイゼンハワー大統領(1953~1961)の副大統領を務めたリチャード・ニクソンの独走だった。
アメリカによる軍事介入が1964年に始まったベトナム戦争については、1968年5月に北ベトナムとアメリカの間でパリ和平会議(Paris Peace
Talks)が始まっていたのですが、共和党のニクソン候補はパリの和平会議があまりに順調に進展すると大統領選挙では自分に不利に働くことを怖れていた。そこで(BBCによると)ニクソンは自分の選挙運動の幹部の一人であるAnna
Chennaultという女性を使って和平会議の妨害工作を始めたというのです。
ニューヨークにあったニクソンのアパートに南ベトナムの駐米大使を呼び、Anna Chennaultを紹介、彼女が自分にとって極めて重要なスタッフであると強調した。これが7月。そのころのニクソンは次期大統領間違いなしと考えられていたのだから、南ベトナム大使が彼の言うことをまともに受け取ったとしても不思議ではなかった。
10月末、北ベトナム政府からパリの会議を意味のあるものとして進展させるべく妥協する意思があるというメッセージが伝えられる。大統領選挙の直前です。この申し出によってジョンソン大統領は北ベトナムに対する爆撃の完全停止を行うだけの理由ができたわけですが、それこそリチャード・ニクソンが最も怖れていたことだった。もしジョンソンの名前で北爆停止が発表されれば、大統領選挙は民主党の勝利に終わる可能性があるからです。
そこでニクソンはAnna Chennaultをワシントンの南ベトナム大使館に派遣、自分が大統領に選ばれたなら南ベトナムにとって有利になるような結果を提供できるとして、南ベトナム政府は直ちにパリの和平会議から脱退するべきであると進言した。そしてジョンソン大統領は、北爆停止を発表しようとしていた前夜になって南ベトナムが和平会議から脱退することを知らされる。大統領はまた南ベトナム脱退の背景(ニクソンの関与)をも知らされる。FBIが南ベトナム大使の電話を盗聴、Anna
Chennaultと大使の会話の内容がそのままホワイトハウスに伝えられてジョンソンの知るところとなったというわけです。その中でAnna Chennaultは大使に「とにかく選挙が終わるまでがんばってくれ」(just
hold on through election)と告げたりしていた。
ジョンソン大統領はFBIに命令してニクソン陣営の選挙運動を徹底的に監視することにすると同時に、このことにニクソン個人がかかわっているのかどうかを調べさせた。ニクソンによる個人的なかかわりがはっきりした時点でジョンソンは共和党のエベレット・ダークセン上院議長を通じてニクソン側に「和平会議の妨害は国家反逆罪に当たる」というメッセージを伝えたのだそうです。
これに対してニクソンは、なぜ南ベトナムが和平会議を脱退したのか見当もつかないと主張する。ジョンソン側にしてみると、ニクソンをおおっぴらに追及しようとすると、ジョンソンらが南ベトナム大使館の電話を盗聴させていたことがばれてしまうという弱点があった。で、結局、ジョンソン大統領はニクソンの「国家反逆」を表ざたにはしないという方向に進むことにする。ただ民主党のハンフリー候補にだけはニクソン側のスキャンダルについて伝えておいた。しかしハンフリーは、ここで「国家反逆」などというハナシを持ち出すと正に国論二分という状態になってしまうし、そもそもこの選挙は自分たちが勝つと思っていたのでそのようなリスクを負うことはやめにした。
一方のニクソンはというと、選挙期間中、政府の戦争政策を批判し「南ベトナムを交渉のテーブルにつけることすらできない」とジョンソン政府を責め立てた。そして選挙はニクソンの勝利に終わるのですが、得票数の差が1%にもいかないぎりぎりの勝利だった。大統領の座についたニクソンはベトナム戦争をさらにラオスやカンボジアにまでエスカレートさせ、1973年の和平合意までに2万2000人のアメリカ兵が死ぬことになる。
以上のことは、ジョンソン大統領記念図書館(LBJ library)が解禁した電話の録音テープから明らかになったものなのですが、ニクソンがベトナム和平を妨害しているという噂は、1965年から1973年までBBCのワシントン特派員をしていたCharles
Wheelerという記者も掴んでおり、ジョンソン大統領の側近であった人物たちにインタビューをしているのだそうですが、この記者はこの噂を番組にすることなく2008年に死んでいます。
皮肉な話ですが、その2008年にジョンソン大統領の電話録音テープの解禁が始まったのだそうで、2013年のいまこの記事を書いたのはBBCのワシントン支局でCharles Wheelerと組んでプロデューサーの仕事をしていたDavid Taylorという人です。David Taylorは記者だったCharles Wheelerが遺したインタビューの記録やメモ書きを基に解禁されたジョンソンの電話記録を聴いてこのストーリーを書いたというわけです。またこのストーリーは最近のBBCラジオ4でも番組化されています(が、日本では今のところ聴くことはできません)。
解禁されたジョンソン大統領の電話の会話記録はここをクリックするといろいろ出ていますが、次の二つは特に面白いのではないかと思います。
- 11月2日:ダークセン上院議長(共和党)との会話
ジョンソン大統領がパリの和平会議の経過について説明する一方でニクソンによる妨害工作(と思われる)ものに触れて、ニクソン陣営はタイヘンな間違いを犯しており、反逆罪(treason)にもあたると非難しています。それに対してダークセン議長は「ニクソンに話をする」と答えています。ジョンソンがニクソンらを非難する言葉の中にChina lobbyとかChina folksという言い方が使われているのも興味深い。
- 11月3日:ニクソン本人との会話
大統領選挙の投票日を二日後に控えた時点の会話です。ニクソンは、ジョンソン大統領に対して全面的に協力するし、必要ならサイゴンでもパリでも出かけて行く用意があると強調している。ジョンソンはそれに対して「今現在はまだ自分が大統領なのだから候補者たちもそのつもりで行動して欲しい」と告げる。ニクソンは「もちろんですよ」と応じるのですが、次期大統領は自分であるということを確信している雰囲気です。
▼個人的なハナシですが、私はこの年(1968年)アメリカにいました。ベトナム反戦運動や黒人の地位向上運動が大いに盛り上がると同時に白人社会でもヒッピーが出てきたりして、アメリカ人が自分たちの国や信条のようなものに疑問を抱き始めた年なのではないかと思います。ジョンソン大統領は反戦運動の敵扱いで、デモに行くと次のようなチャンティングが良く聞かれた。
- Hey, hey, LBJ
How many kids did you kill today?
▼とはいえ2013年の現在、そのジョンソンの電話の会話記録が公開されるというのはすごいことですね。特にニクソン関連のものは貴重な史料です。
▼ちなみにネットを調べると、1968年、日本では「三億円事件」、「東大紛争」、「金嬉老事件」があって、参議院選挙の全国区で石原慎太郎がトップ当選(青島幸男が2位)、マラソンの円谷幸吉選手が「もうこれ以上走れない」と書き置きして自殺したり・・・。大塚食品の「ボンカレー」が80円で発売され、青江三奈の「伊勢佐木町ブルース」、いしだあゆみの「ブルーライト・ヨコハマ」、水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」、そして(お待たせしました!)都はるみの「好きになった人」がヒットしております。 |
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6)「五分五分ジャーナリズム」では中東は伝えられない
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The Independent紙のロバート・フィスク(Robert Fisk)記者は過去30年間、ベイルートで暮らしながら記事を書いており、中東専門のジャーナリストして有名です。この人の記事は戦争の現場からのものがほとんどで、さまざまな紛争をそれに巻き込まれた人々の視点から伝えており、いわゆる「従軍記者」とか「戦争ジャーナリスト」による「大本営発表」式の戦場最前線報告ではない。彼なりの「ものの見方」(views)が鮮明に出てくる。イラク開戦10周年というわけで、インターネットをあたっていたら、今から3年前の2010年10月12日に米カリフォルニア大学バークレー校で彼が行った講演会の音とテキストに行き当たりました。
講演のタイトルは"The Terror of Power and the Power of Terror"(権力のテロとテロが生む権力)というもので、アフガニスタンやイラクにおける「対テロ戦争」に関連してフィスクなりのジャーナリストとしての姿勢のようなものを語っています。非常に長い講演で、とても全部を紹介するわけにはいかないので、その気のある方はサイトに掲載されているテキストや音をお聴きになることをお勧めします。
で、この講演の中で私が紹介したいと思うのは、いわゆる"50/50 journalism"(フィフティ・フィフティ・ジャーナリズム)なるものについて彼が語った部分です。あえて日本語に訳すと「五分五分ジャーナリズム」ということになるのでしょうが、物事を伝えるのに一面的な伝え方をするのではなく、異なった見解や背景を平等に紹介することで報道の中立性を保とうとする姿勢のことです。
サッカーの試合について報道する場合、地元のチームのことだけではなく、相手方のことをも伝える・・・それがフェアな50/50 journalismというものだ、とフィスクは駆け出し記者のときに教わったのだそうです。また、政府が新しい高速道路の建設計画を発表したというニュースがあるとする。それが如何に必要かつ素晴らしい道路であるかを説明する政府高官のコメントを伝えるのと同じようなスペースを使って、道路の建設に反対する人たちの意見をも報道することが大切である。道路賛成に50%、反対に50%のスペースや放送時間を与えることによって偏った報道になることを避けることができる。即ち50/50
journalismというわけです。
ロバート・フィスクは、カリフォルニア大学における講演で、ジャーナリストの中に50/50 journalismという「中立性についての誤った考え方」(false idea of neutrality)を中東に持ち込んで報道する人がいる、と言います。彼に言わせると中東で起こっているのはサッカーの試合でもなければ高速道路の建設でもない。まさに「血まみれの悲劇」(a bloody tragedy)なのだとして次のように語っています。
- もちろんジャーナリストは中立であるべきで偏向があってはならないし、客観的でもあるべきである。が、それは最も苦しんでいる人々の側に立ったうえでのことである。それが誰であろうとも、だ。
Yes, we should be neutral and unbiased, we should be objective, on the side of those who suffer, and whoever they may be…
いまから40年前の1982年9月、ベイルート南郊にあったパレスチナ難民キャンプで2000人以上ものパレスチナ住民が虐殺されるという事件があったのですが、これを取材したフィスクが報道したのは、殺されたパレスチナ人と生存者のことのみであり、この虐殺行為を見ていながら何もしなかったイスラエル側の事情などについての報道はしなかったのだそうです。
フィスクの50/50 journalism批判に関連して、ここをクリックすると、むささびジャーナルがかつて紹介したブレア首相のメディア批判のことが出ています。2007年、首相を退陣する直前に行ったスピーチの中で、ブレアさんは、英国の新聞の中でも特にThe
Independent紙を名指しで取り上げ、同紙が事実を伝える「新聞」(newspaper)ではなく、意見を伝える「意見ペーパー」(viewspaper)だと痛烈に批判したのです。これに対して同紙の編集長が「首相がThe
Independentを批判するのは、それがviewspaperであったからではなく、首相のイラク政策に反対したからなのではないか」と反論しました。ブレアによるviewspaper批判は、どう考えてもThe
Independent紙のフィスク記者のイラク戦争報道に対する批判であったわけです。
▼フィスクの50/50 journalism批判の根幹は、物事を伝えるという活動をしている自分の立っている位置を明確に意識していることにあると思います。そしてそれが「苦しんでいる人々の側」であると明言してしまっているということです。政府や反政府勢力の言うことを単に受身的に「伝える」のではないということです。つい最近のThe Independentにシリア情勢について"The cost of war must be measured by human tragedy, not artefacts"(戦争のコストは文化遺産ではなく人間に起こった悲劇によって測られるべきだ)という記事を書いている。最近、内戦状態のシリアについて「文化遺産が破壊されている」と危惧する声が上がっているらしいのですが、人間の命に比べれば芸術品の破壊程度なんだというのか」と怒っている。
▼フィスクの代表作の一つにThe Great War for Civilizationがあります。アルジェリア内戦、イラン革命から9・11テロに続くアフガニスタン、イラク戦争におよぶ半世紀の中東の歴史を語っているのですが、常に精神的のみならず肉体的にも内戦や紛争の銃弾が飛んでくるところに身を置いているのが伝わってきて圧倒されてしまいます。
▼その本の中でフィスクは、9・11テロの直後、アメリカのメディアが「誰が、何を、いつ、どこで、どのようにして起こしたか」(who, when, what, where, how)については洪水のように報道したけれど、「なぜ」(why)については殆ど報道することがなかったと批判しています。テロリストがあのような狂気に走った理由・動機です。フィスクによると、あの当時のアメリカでは、whyを問題にすることはテロリストに味方するのと同じという風潮があったのだそうです。彼自身は9・11テロのwhyはパレスチナ問題にあると言っています。
▼ロバート・フィスクについては過去のむささびジャーナルでも何度か触れたことがあります。例えばむささびジャーナル196号で広島への原爆投下に関連して、英国の英雄であるマウントバッテン卿が「それによって日本人が殺されるとしても、英米の犠牲者が少なくなるのであれば・・・」としてこれを容認する発言をしたことについて、フィスクは「日本の兵隊たちが殺したのが敵側の兵士たちであるのに対して、マウントバッテン卿の部下たちが殺したのは殆どが日本の市民であった」と批判したりしています。確かに欧米メディアにおける「常識」に挑戦するような報道が多いので、「ジャーナリズムそのものを否定するのか」(New
York TimesのEthan Bronner外信副部長)と批判する人もかなりいる。 |
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7)どうでも英和辞書
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A-Zの総合索引はこちら |
mind the gap:すき間にご注意
ロンドンの地下鉄を何度か利用した人なら"mind the gap"という駅のアナウンスのことはお分かりですよね。プラットフォームに電車が入ってくるとやたらに野太い男性の声で
- Mind the Gap. Mind the Gap
という録音アナウンスが流れる。mindは「気をつける・注意する」、the gapはホームと電車の間のちょっとした「すき間」のことを言います。「ホームと電車の間が空いておりますのでご注意ください」という意味ですね。東京だと(私の知る限り)JR中央線(総武線)の飯田橋駅で同じようなアナウンスが流れるのですが、こちらはやたらと甲高い女性の声です。
ロンドンの地下鉄の場合、線や駅によって違うらしいのですが、どうやら私の記憶に鮮明に残っているのはオズワルド・ロレンスという俳優さんを起用したもので、1969年に制作され、Northern Lineという路線の各駅で使われていたのだそうです。が、これが途中で全部の駅ではなくEmbankmentという駅でのみ使われるようになった。ロレンスは2007年に亡くなったのですが、未亡人となったマーガレット・マッコラムさん(ロンドン在住)は最愛の夫の声を聴きたさにほぼ毎日のようにEmbankment駅のプラットフォームへ通っていた。
が、昨年(2012年)11月1日、夫のアナウンスとは違うものが流れたのを聴いて愕然、ロンドン交通局に掛け合ったところロレンスのアナウンスをCDにして贈られたばかりでなく、Embankmentに限ってこれからもオズワルド・ロレンスのアナウンスを使うことになった・・・というハナシがBBCのサイトに出ておりました。泣かせるじゃありませんか。
というわけでYouTubeに出ていたオズワルド・ロレンス(だと思う)のMind the Gapを聴いてあげてください。彼のアナウンスの特徴はMind the Gapのdをしっかり発音することにある。「マインド・ザ・ギャップ」であって「マインザギャップ」ではない。
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8)むささびの鳴き声
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▼ラジオを聴いていたら、日本のメディア事情について専門家を呼んでディスカッションをやっていました。まず数字を言うと、2000年から2012年までの12年間で、新聞協会加盟の新聞の発行部数が560万部減ったのだそうです。日本の新聞の総発行部数はざっと5000万部だそうで、560万部減ということは1割強減ったということになる。また新聞社が得る広告収入ですが、バブル時の1990年あたりで約1兆2000億円であったのが、20年後のいまは6000億円と半減している。これだけで考えても「苦しくないはずがない」とその専門家が言っておりました。
▼番組では広告会社の博報堂が行っている日本人のメディアとの接触についての追跡調査についても触れらていましたが、それによると日本人が「メディア」と接触する時間は一日平均で351・4分(約6時間)だそうです。メディアにもいろいろあるし、年齢によっても異なるのですが、例えば60~69才の男性の場合、一日平均約190分間テレビと「接触」するのだそうです。新聞は47分、ネットは70分。ぐっと若くなって20代の場合、テレビは120分、新聞は20分、ネットは205分となる(いずれも男性)。
▼博報堂の調査の詳細はここをクリックすると見ることができます。分かってはいたけれど感慨深いのは、いまやネット時代なのだなぁということです。特に高齢者とメディアの関係が今昔の感ありです。60~69才の人たちは自宅でテレビを見て過ごすという時間が長いわけですが、テレビのあとに来るのが「ネット」であって新聞ではないのですね。それでも一応60代の人たちは、一日の約50分を新聞を読んで過ごしてはいるのですが、10代(15~19才)の場合は新聞を読むのに過ごす時間はたったの9分。ほとんど読んでいないのと同じということになる。
▼尤もこれらの人々は紙としての新聞は読まないけれど、新聞社がネット上で主宰しているニュースサイトを見ているかもしれないのだから「文字メディア」そのものの存在価値が低下しているというわけではない。従って新聞社がネットを運営することで商売になるのであれば、いつまでも紙にこだわる必要はないし、ネット時代を怖がる必要もない・・・と私が聴いたラジオ番組に出演していた専門家は言っていたし、現にネット版に力を入れる新聞社も出てきているとのことであります。
▼ただ、朝日新聞を例にとると、デジタル版の購読料金は3800円です。新聞を購読している人の場合は3007円(新聞料金)+1000円(デジタル料金)=4007円払って紙とネットの両方を楽しめますということであります。私の計算が間違っていたら是非教えて欲しいけれど、これが正しいとすると朝日新聞の料金は非常に高い(と私は思います)。英国のTelegraphの場合、ネット版のみの料金は一か月約10ポンド、ネット版と紙の新聞を購読すると約30ポンドです。朝日新聞の料金体系の中で特に高いと思うのがデジタル版の3800円です。Telegraphの10ポンドは、円換算で1300円というところですが、お金の価値ということでいうと10ポンド=1000円あたりではないか。つまり朝日はTelegraphのほぼ4倍の料金をとるということになる。
▼私がこのラジオ番組を聴いたのと時を同じくして、アメリカのPew Researchという社会問題の研究機関がThe State of the News Media 2013という報告書を発表しているのですが、それによると、2000年から現在までの13年間でアメリカの新聞業界の編集スタッフの数が30%削減され、1978年以来初めて4万人を切ったのだそうです。また新聞やテレビも含めた「ニュース産業」全体に対する読者や視聴者の態度も厳しいものになっていて、世論調査対象者の65%が、それまで読んでいた新聞や見ていたテレビのニュース番組を捨てた(desert)つまり読まなくなり見なくなったと答えているのだそうです。そのように答えた人の多くが高学歴・高所得層なのだそうで、その理由は「それまで接していた新聞やテレビが、これまでのような情報を提供しなくなったから」(it
no longer provides the news and information they had grown accustomed to)と答えている。
▼Pew Researchによるとメディアに対する消費者の不満の背景には、メディア業界が直面している経済的な困難があるけれど、そのことについて認識している消費者はほとんどいないのだそうです。つまり漠然と不満を感じて読んだり、見たりするのを止めてしまったということです。
▼今回もお付き合いをいただきありがとうございました。 |
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