musasabi journal

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294号 2014/6/1
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書

6月になったばかりだというのに「お暑うございます」なんて・・・「くそ暑い」のと「凍え死ぬほど寒い」のではどちらがいいか?決まっています、暑いときは「グリーンランドの人たちがうらやましい」と思うし、寒いときは「アフリカへ移住しよう」と思ったりするのよさ(ろれつが回らない)。

目次

1)「吉田調書」をメディアが無視する理由
2)皇太子の「失言」に英国人は好意的
3)中国とロシア:友なのか敵なのか
4)英国政治「台風の目」のこれから
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声
*****
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1)「吉田調書」をメディアが無視する理由

5月20日付のNew York Timesのサイトに
という見出しの記事が掲載されています。同じく5月20日付のBBCのサイトには
という見出しの記事が出ている。二つの記事とも、5月20日付の朝日新聞が第一面で伝えた『原発 命令違反し9割撤退 政府事故調の「吉田調書」入手』という情報をそのまま自分たちの読者に伝えているものです。あの頃、福島の事故を伝える英国のメディアは、現場で懸命に働く所員についてFukushima Fiftyと言って大絶賛していたのですよね。

むささび自身は朝日新聞を購読していないので、記事はサイトで読んだのですが、2014年5月20日03時00分掲載、見出しは「福島第一の原発所員、命令違反し撤退 吉田調書で判明」となっている。昨年亡くなった福島・第一原発の吉田昌郎所長が政府事故調査・検証委員会の調べに答えた「聴取結果書」というものがあって、それは「吉田調書」とも呼ばれているものらしいのですが、それを朝日新聞が入手したのですね。朝日新聞は
  • 東日本大震災4日後の11年3月15日朝、第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた。その後、放射線量は急上昇しており、事故対応が不十分になった可能性がある。東電はこの命令違反による現場離脱を3年以上伏せてきた。
と報道しています。

むささびがこのことを紹介するのは、原発所員の「命令違反」について文句を言いたいからではないし、そのことを「隠してきた」とされることについてキャンキャン吠えたいからでもありません。朝日新聞によるこの報道に関連して、ジャーナリストの前澤猛さんが自身のメディア上で非常に興味深い指摘をしており、そちらの方を紹介したいと考えたからです。

(大事なことなのでもう一度確認しておくと)この情報を朝日新聞が報道したのは5月20日の朝刊です。前澤さんによると、彼が朝日新聞以外に購読・視聴している毎日新聞・読売新聞・NHKは同じ日の夕刊段階で、朝日新聞の報道を全く無視していたのだそうです。前澤さんは、これだけの重要なニュースを無視する日本のメディアには「他紙の記事を転載・転電する度量がない」と批判しています。そして朝日新聞の報道に関連して、菅官房長官の「吉田調書は公開しない」という趣旨の発言を紹介しながら
  • 国民(読者)不在のメディアや政府を抱える日本に本当の表現の自由があるのでしょうか?
と問いかけています。むささびも気になって、一週間後(5月26日付)の読売・毎日・日経・東京の各紙とNHKのサイトにある「検索」に「吉田調書」という言葉を入れてみたのですが、すべて「一致する情報は見つかりませんでした」という結果だった。ひょっとすると、私の検索のやり方が悪くて何も見つからないのかもしれないのですが、仮に私のやり方が間違っていないとすると、朝日新聞以外のメディアがすべて「吉田調書」の存在そのものに触れていないということになります。菅官房長官が心配することもなかった(!?)ということです。どう考えても不自然です。何か理由があって無視したとしか思えない。

私は自宅で新聞を購読していませんが、いまでもかなりの数の日本の家庭が新聞をとっていると思う。ただ、普通の家庭では購読するとしても一紙なのではありませんか?だとすると朝日新聞以外の新聞を購読している人は「吉田調書」なるものについては永遠に何も知らないということになります。前澤さんのいう「国民(読者)不在のメディア」とはそのことを指します。もちろん最近ではインターネットの発達でどの新聞もある程度は読むことができるので、「吉田調書」についてもネットを通じて知ることができるのですが、そのことと、国民的に重要な他紙の報道を「無視」することとは別の次元のハナシです。


5年ほど前のことだったと記憶しているけれど、英国で国会議員の経費の不正請求にまつわるスキャンダルが問題になったことがあります。 不正請求をした議員のリストをDaily Telegraphが一挙掲載して大騒ぎになった。このことはむささびジャーナル163号でも取り上げていますが、このときはBBCのような放送局もTelegraphの競争相手である他紙も「Daily Telegraphによると・・・」という報道を行って、結果的に不正撲滅の国民的キャンペーンのようなものになった。この現象についてケント大学でジャーナリズムを教えるティム・ラカースト(Tim Luckhurst)教授は、「このスキャンダルについては、おそらくTelegraphではなく、BBCによって知った人の方が多いだろう」として、
  • 放送メディアも他紙もTelegraphのジャーナリズムを利用して、それ以上に優れた自分たちのジャーナリズムを作り上げたのだ。
    Broadcasters and other newspapers have used the Telegraph's journalism to create more excellent journalism of their own.
と言っています。自身がかつて新聞記者であった教授の実感的コメントでしょう。スクープはTelegraphのものですが、英国人の大半はこのニュースをBBCで知ったはずだとラカースト教授が言っているのには英国なりのメディア事情があります。Daily Telegraphという新聞そのものがいわゆる「高級紙」で、それほど一般的に読まれている新聞ではないということです。発行部数もせいぜい70~80万部といったところでしょう。英国の場合、大衆紙の方が200万部も300万部も発行しており、国民的な浸透度は圧倒的に高いのです。しかしニュースの浸透度という意味ではBBCを超えるメディアは英国にはない。つまりBBCがDaily Telegraphの報道を伝えたことで国民的なニュースになってしまったということです。


似たような例として前澤さんは、1971年にニューヨーク・タイムズがベ トナム戦争に関連する国防総省の文書を掲載した「ペンタゴン秘密文書掲載事件」を挙げています。このときはニューヨーク・タイムズの特ダネをワシントン・ポスト紙が転載したのだそうですが、アメリカでは他紙の報道を転載することによるイメージダウンよりも重要ニュースを落とすことによるイメージダウンの方が深刻だと考えられているのではないか、と前澤さんは言っています。

ある新聞が特ダネとして報道した情報でも、場合によってはその新聞名をはっきりさせたうえで他のメディアも伝えることがある・・・日本人全部が朝日新聞を読んでいるわけではないのだから、普通の人々にとってはその方がいいに決まっている。なぜそれができないのか?そのあたりのことについて、新聞社で編集責任者であった、友人の佐藤公彦・神戸新聞元編集局長に「素朴な疑問」をぶつけてみました。

MJ あなたが「他紙」の編集責任者であったらどのようにしたと思うか?やはり「無視」?
佐藤 前澤さんの指摘は今の日本のマスコミの現実だと思う。神戸新聞もその件についてはまったく報道がない。僕が編集局長だとしても同じ結果だと思う。
MJ なぜ報道しないのか?
佐藤 事実の確認が取れないからだ。朝日新聞に取材に行っても何も答えてくれない。「紙面に載ったことがすべてです」これで終わりだったはずだ。政府に取材しても「私どもに聞かれても分かりません。朝日さんに聞いて下さい」で終わり。結局朝日の記事をなぞるだけになる。そんな記事を出稿しても「何も新しい事実がない」「吉田調書の存在の確認も取れないのか」とボツになるだけだ。
MJ つまり日本人全員が知るべき情報も一社の独占で終わってしまう?
佐藤 日本のマスコミ同士では他紙の報道よりも一歩進むか、それに疑問を挟むか、否定するか、何か異なる視点がなければ「後追い報道」はしない。吉田調書の件もマスコミがよってたかって報道し、政府に全文公表させればよいと思うけれど、そうすると第一報を報じた朝日の際立った手柄になるので抵抗があるのだろう。敵に塩を送るという度量がないということだ。
MJ 度量がない・・・前澤さんも同じことを言っている。
佐藤 読者、視聴者、国民のため真実を明らかにするのがジャーナリストの仕事だ。吉田調書によって原発の危機管理のずさんさと虚構が白日の下にさらされたわけで、これに憤慨し、権力に対して奮い立たないジャーナリストはいないと思う。が、日本のマスコミは敵は権力というより、ライバル社という意識から抜け出せないでいると思わざるを得ない。権力の闇を撃つのはむずかしい。
MJ 他紙が朝日の後追いをしたくない理由は分かった。でも朝日新聞自身はどうなのか?彼らにも吉田調書を広く知らせる社会的な責任のようなものがあるのではないのか?つまり他紙からの取材に対しても少々程度なら協力するのが「まとも」というものなのでは?
佐藤 紙面で見る限り朝日新聞も吉田調書の入手先については慎重な態度だ。かなり無理をして、入手先は「絶対に明かさない」という条件で手に入れたのではないか。他社にヒントを出して共同歩調をとる手段もあると思うが、情報の入手先との関係でそれができないのではないか。かつての西山太吉記者の事件のこともあるし。
MJ 西山記者の事件?
佐藤 その昔、毎日新聞の西山太吉という記者が、沖縄返還にまつわる秘密協定の存在をすっぱ抜いたことがあったけれど、あのときは政府が秘密情報の入手先を突き止め、西山記者が外務省の女性事務員と「情を通じ」と発表した。するとそれ以後の報道は秘密協定のことなどそっちのけで、政府発表の「情を通じ」だけが一人歩きし西山記者は犯罪人になり、国民のバッシングを受け、毎日新聞も打撃を受けた。朝日が調書の写真や全文を発表しないという「慎重さ」の理由はその辺りにあるのかなと想像するわけだ。

西山太吉さんのことについては、ここをクリックするとウィキペディアに出ています。

▼佐藤氏のコメントの中で、むささびにとって最もショックであったのは、吉田調書について他紙が「後追い報道」をしない理由の一つとして、朝日新聞に取材してもほとんど何も答えないであろうということがあり、その背景として、朝日新聞側に、情報の入手先が分かってしまう(かもしれない)ことに神経質にならざるを得ない事情があるのではないか、という佐藤氏の「想像」だった。西山太吉さんの事件のときは、政府の介入によって秘密協定事件が不倫事件として扱われ、記者も情報源も逮捕され、あろうことか毎日新聞は謝罪までしている。「吉田調書事件」の場合も・・・というわけですね。

▼英国のDaily Telegraphによる議員の経費スキャンダル報道はBBCの「後追い報道」によって大きくなってしまったのですが、日本のNHKは(むささびの知る限りにおいては)朝日新聞の報道を無視し続けている。NHKの編集関係者の意見を聞いてみたいものですよね。


▼このむささびが発行される6月1日現在も他紙や放送局は「吉田調書」を無視しているのでしょうか?ひょっとすると朝日新聞の報道そのものに何かの問題があるということだってあり得ますよね。佐藤氏が言うように、朝日新聞に取材に行っても何も答えてくれなかったとしたら、そのことを記事にするということはできないものなのか?「朝日新聞に取材したらノーコメントでした」という、あれです。それもやらないのだとすると、新聞社同士がお互いに庇い合っているのかもしれないと疑いたくなる。「朝日新聞が吉田調書の報道をしたこと自体、間違っている」と他紙が考えているのなら、そのように言うべきですよね。どんな場合でも「無視」とか「だんまり」は本当に不健全です。

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2)皇太子の「失言」に英国人は好意的

チャールズ皇太子がロシアのプーチン大統領のことをヒットラーに譬えたことでロシア政府がかんかんに怒っている・・・というニュースはどの程度日本のメディアで伝わっているんでしたっけ?私が見聞したテレビとラジオのニュースに関しては全くニュースになっていませんでしたが・・・。

チャールズ皇太子がカナダのハリファックスにある「移民博物館」という施設を訪問していた5月21日、博物館で78才になるポーランド系の婦人と言葉を交わした。その婦人が第二次大戦中にさまざまな苦労を経てポーランドからカナダへ逃げてきた話を語る中で自分の家族をナチの収容所に残してきたことを告げると、チャールズさんが
  • いまやプーチンがヒットラーとほとんど同じようなことをしているのですよね。
    And now Putin is doing just about the same as Hitler.
と応じたというわけ。メディアの伝えるところによると、皇太子のこのコメントについて、彼と言葉を交わした婦人は「非常に胸に響く正直なもの」(very heartfelt and honest)と言っているのですが、言われたプーチンさんはカンカンに怒っていると見えて、ロンドン駐在のロシア大使(ロシア外務省の中ではナンバーツーとされる有力者)が、王室の人間が反ロシアのプロパガンダをやるというのは「受け入れがたく、言語道断、程度が低い」(unacceptable, outrageous and low)という声明を発表したりしています。

このコメントについて、キャメロン首相はコメントなし、ミリバンド労働党党首が皇太子に同情的、いまや英国政治の台風の目となっている独立党(UKIP)のファラージュ党首は皇太子に批判的なコメントを発表しています。

で、英国の人たちはどのように考えているのか?YouGovの世論調査では53%が皇太子のコメントに賛成、20%が反対、27%が「分からない」と言っている。では、皇太子の発言は、王室の人間として「適切(appropriate)」だったかという質問に対しては51%が「適切だった」としているのですが、「不適切」(inappropriate)という人も36%と、それなりの数に上っている。これに関しては「分からない」は13%と低い数字だった。

▼チャールズさんの父上(エディンバラ公)の失言癖は有名ですが、皇太子の方も環境問題などでは結構いろいろと発言しており、YouGovの調査でも皇太子の立場で公共の問題にコメントすることについて65%が「受容できる」(acceptable)としています。

▼エリザベス女王は87才、チャールズ皇太子が女王の公務を徐々に引き受けているのだそうです。カナダ訪問などもその一つ。ところで女王の後継者としてのチャールズ皇太子への評価ですが、次なる国王はチャールズ皇太子であるべきという人は39%、ウィリアム王子という人も39%というわけで、YouGovの調査に関する限りかなり競り合っております。

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3)中国とロシア:友なのか敵なのか

遠い昔のことのように思えるけれど5月20日・21日に行われたロシアのプーチン大統領による中国訪問については、日本でもさぞやたくさんの新聞や雑誌が記事を掲載したと思います。5月24日付のThe Economist誌が
  • プーチンが東へ旋回している。アメリカは憂慮すべきだろうか?
    Vladimir Putin pivots eastward. Should America be worried?
という社説を掲載しています。The Economistという代表的な国際情報誌がプーチンの動きをどのように観察しているのか?いちおうむささびも紹介しておきます。

何といっても注目されたのは5月21日に発表されたロシアから中国へのガスの供給契約ですよね。2018年から2048年までの30年間、1年につき380億立米のガスを中国に供給しようという契約です。380億立米といってもピンとこないけれど、契約高が合計で4000億ドル(約40兆8000億円)と聞くととてつもない規模の契約であることは分かります。

これまでのロシアにとってガスの輸出先は主にヨーロッパだった。それが最近のウクライナ問題もあって、EUとの関係がおかしくなっている、ロシアにしてみればヨーロッパ以外の輸出先を求める必要があった。それが今回の中国との契約のおかげでヨーロッパだけに頼る必要がなくなった。ガス供給の契約は単に経済問題であるのにとどまることはない。ロシアはウクライナで、中国はアジアにおいて地域の最強パワーであることを主張しようとしているけれど、両方とも対米関係における緊張を生み出している。
  • およそ40年前、リチャード・ニクソン(米大統領)とヘンリー・キッシンジャー(米国務長官)の二人が中国に乗り込んで中国を反ソ連に向かわせるとともにアメリカとの同盟に踏み切らせようと企図した。果たして今日の中露コラボレーションは反米同盟として機能するようになるのだろうか?
    Just over 40 years ago Richard Nixon and Henry Kissinger persuaded China to turn against the Soviet Union and ally with America. Does today’s collaboration between Russia and China amount to a renewal of the alliance against America?
もちろん「中露反米同盟」という印象を演出するというのがプーチンさんの狙いであったし、訪中前にはモスクワにいる中国系のメディアを相手に「中露関係がいまほど緊密であったことはない」という趣旨の発言をしたりしている。考えてみると習近平主席の最初の訪問国はロシアだったのですよね。

中露の経済関係は2013年で900億ドル、中国はロシアにとって最大の貿易相手国であるのですが、2020年にはこれが倍増するのではないかと言われている。西側の金融機関がロシアへの投資を渋るようになれば中国の銀行がある。中国にとってはガスのようなエネルギー源を中東に100%依存するより供給源を多角化したい。ロシアからのガスがあれば公害を生み出す石炭に頼る必要もなくなる。

国際政治の舞台においても中露協調が進んでいる。国連安全保障理事会におけるクリミアにおける国民投票(ロシア編入を目指したもの)反対決議に中国は棄権したし、シリアのアサド政権への経済制裁についても拒否権を発動させたし、イランの核問題でも似たような立場をとっている。
  • 中国とロシアは、両国ともに歴史的には偉大な国であったのにそれがアメリカによって阻害されたという意識がある。両国ともにアメリカによって苛められたという意識が強い。
    China and Russia share a strong sense of their own historical greatness, now thwarted, as they see it, by American bullying.
・・・と、いろいろ書いてくると欧米にとっては心配事だらけという気がしないでもないけれど、ロシアと中国の間には基本的な部分で隔たりがある、とThe Economistは言います。例えば今回のガス供給契約ですが、協定に合意するまでに10年もかかっており、中国が値切りに値切ったせいでプーチン訪中の最後の最後までまとまらなかった。中国にしてみればガスの供給元はロシアだけではない。豪州もあるし中央アジアもあるというわけです。

さらに世界的な影響力という点で中国が上昇する一方でロシアのそれはどう見ても下降線をたどっている。しかしロシアはそれを認めたくない。中国には自分たちの力を認めたがらないロシアに対する苛立ちが出てくる。両国の間には広大な国境線があり、ロシア側にはほとんど人間は住んでいないけれど資源は豊富にある。資源大国のロシアには、それが故に産業構造の変革がなかなか進まない。国境線の中国側には人口の多いところがあり、それが故に国境付近にあるロシアの戦術核は中国に向いている。両国は中央アジアにおける影響力を競っているけれど、その間にロシア側に反中国的な感情が出てくる可能性もある。
  • 長期的な視野でみるとロシアと中国は緊密な同盟関係を結ぶ可能性もあるけれど、それが決裂する可能性もある。同盟関係の崩壊はそれなりに(西側にとって)困った問題でもあるのだが。
    In the long run, Russia and China are just as likely to fall out as to form a firm alliance. That is an even more alarming prospect.
というのがこの社説の締めくくりです。中露蜜月関係が続いてしまうのは困るが、かと言って武力衝突などされるのはもっと困るということですね。

▼The Economistは中国とロシアのことを "Best frenemies" と呼んでいます。friends(友人)とenemies(敵)という言葉を使った造語ですよね。友人でもあり、敵でもある関係です。むささびにはロシア人の友だちがいないのでよく分からないけれど、彼らはどう考えても自分たちをヨーロッパに近い人種だと思っていますよね。

▼中露関係については、浅井基文さんが『プーチン訪中と中露戦略連携パートナーシップの新段階』というエッセイを書いています。
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4)英国政治「台風の目」のこれから
 

5月22日に欧州議会(European Parliament)の英国代表議員(Members of European Parliament: MEP)の選挙が行われました。実はこの日にはイングランドと北アイルランドの地方議員の選挙も行われたのですが、何といっても注目を集めたのはMEPの選挙だった。英国では来年(2015年)総選挙があるのですが、それ以前の選挙としてはこれが唯一の全国規模での投票が行われるものであり、来年の選挙を行方を占うものとして大いに注目を浴びたわけです。

今回の選挙で、英国に割り当てられた議席数は73。それを全国12の選挙区に割り振って選挙したもので、主なる政党の獲得票数と議席数は次のとおりです。カッコ内の数字は議席数の増減を示しています。より詳しい結果はBBCのサイトに出ています。

英国独立党(UKIP) 440万票 24議席(+11)
労働党(Labour) 400万票 20議席(+7)
保守党(Conservatives) 380万票 19議席(-7)
緑の党(Greens) 120万票 3議席(+1)
自民党(Lib-Dem) 100万票 1議席(-10)

英国の政治をウォッチングしている人であれば、この選挙結果がいかに画期的なものであるかが分かります。これまでの英国政治と言えば、保守・労働の二大政党と中間的・進歩的(但し少数派)でヨーロッパ寄りの自民党という構図で決まっていた。なのにこの選挙では、あろうことか英国のEU脱退を主張するUKIPが首位、現連立政権の一翼を担う自民党が第5位に下落、これまでならほとんど泡沫扱いされていた緑の党にさえかなわないという事態になってしまった。つまり反EUは大躍進、親EUは惨敗ということになったということです。全国規模での投票を伴う選挙で労働党と保守党以外の政党がトップにたったのは100年ぶりのことなのだそうです。

惨敗を喫したLib-Demでは当然のごとく党首(ニック・クレッグ)の交代を求める声が出てきたりしているのですが、いちおう2位に収まった労働党についても「思ったほどの伸びではない」というのが大方の評価です。またキャメロンの保守党については3位なのだから情けない成績なのですが、「思ったほど悪くなかった」と言われたりしている。ただ三大政党の中では、保守党より右と言われるUKIPの躍進で最も影響を受けると思われるのが保守党であることは間違いない。キャメロンの穏健保守路線に対する不満が党内には根強くあり、YouGovの調査によると、前回の選挙(2010年)で保守党に入れた人の18%が「次回はUKIPに入れる」と答えている。

今回の選挙における全投票のうちUKIPの得票率は27.5%ですが、これは2010年の総選挙における自民党の得票率(23.0%)を上回ります。この調子で来年の総選挙ということになると、理論的には自民党の57議席をも上回ることになる。もちろん今回の投票率そのものが34.17%と総選挙の時の65.1%に比べるとはるかに低いのだから、これらの数字を以て2015年の選挙結果を占うというのは乱暴ではあるのですが、来年の選挙でUKIPが台風の目となることは間違いなく、保守党幹部の間では選挙協力を考えるべきだという発言も出ています。

そもそもUKIPとはどのような政策を掲げている政党なのか?BBCのサイトからかいつまんで紹介すると:
  • 対欧州関係:「円満離婚」(amicable divorce)によって離脱、貿易関係は継続させるものの加盟費などは払わない(ノルウェーやスイスと似たような関係にする)
  • 移民問題:大量・無制限移民に終止符を。
  • 同性結婚:法的には夫婦ではないが、そのような関係にあるcivil partnershipsには賛成だが同性婚の合法化には反対
  • 経済政策:大幅減税と公共事業の大幅縮小
どちらかというと「小さな政府」を標榜して、かつてのサッチャリズムを思わせる姿勢ですが、反EUと移民制限以外は具体的な政策のようなものはない。ではどんな人がUKIPの支持者なのか?The Economistによると
  • older, whiter, more socially conservative than the average, and disillusioned by a political elite they consider venal and remote.
という人たちなのだそうです。すなわち「年寄り・白人・保守的で政治家は腐敗しており、国民からは遠い存在だと感じている人々」ということになる。

問題は現在のUKIPブームがどの程度もつのかということです。今回の地方選や欧州議会選でUKIPに投票した人のうちどの程度が来年の選挙でもUKIPに入れるのかということですよね。世論調査では約半分となっているのですが、そんなに行くだろうか?という声もある。実は前回(2009年)の欧州議会選では英国票の16.5%を獲得したのですが、2010年の選挙における得票率はわずか3.1%にすぎなかったということもある。

UKIPの大躍進についてトニー・ブレア元首相はBBCとのインタビューの中で、
  • 閉鎖的・反移民・反EU、”この世界からはおさらばだ”という態度は、(英国に対して)経済的な繁栄も世界における力も影響力ももたらさない。
    Attitudes that are closed-minded, anti-immigrant, anti-EU, 'stop the world I want to get off', those attitudes don't result in economic prosperity or power and influence in the world.
として、UKIPのような「反動的かつ時代遅れ」(ractionary and regressive)勢力とは断固として対決しなければならないと主張しています。ブレアさんはまた自民党大敗の背景について「EUとは無関係」と言っています。2010年の選挙の際は労働党以上に社民的な政策を掲げていたにもかかわらず、キャメロンの保守党と連立を組むことを選択してしまった。そのことで自民支持層からの失望を買ってしまったのだということです。あのときは労働党と連立を組むという選択肢もあったのですよね。

▼現在のUKIPは党首のナイジェル・ファラージュ(Nigel Farage)の個性抜きには存在しないと言ってもいいと思います。1964年生まれだから今年で50才。もともと保守党員であったのですが、ジョン・メージャー政権のEU寄り政策に嫌気がさして1992年に辞めてUKIPの設立に参加したという経歴です。おそらくメディア対策なのであろうと思うのですが、彼の写真が新聞に載る場合、ほとんど常にと言っていいほどパブでビールを飲んでいるかタバコの煙をくゆらせているところが写っている。


▼トニー・ブレアが首相のころに公共の場所での喫煙が全面的に禁止されたのですが、UKIPの政策の一つにパブでの喫煙は許すべきだというのがある。ファラージュ自身がどの程度酒飲みで、タバコ好きなのか知らないけれど、彼の態度にはあきらかにブレア以来の英国の主流になってしまった「健全主義」の画一性に対する反抗的な姿勢が見られる(その意味ではキャメロンも敵のようなものです)。彼の態度を見ていると、何かに対して "NO" と言っているのは分かるけれど、何に対して "YES" というのかが分からない。

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5)どうでも英和辞書
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postcode:郵便番号

埼玉県飯能市のむささびの住居は郵便「番号」が357-0023です。わざわざ番号という文字をカギカッコの中にいれたのは、postcodeの和訳としては正しいのかどうか自信がもてないからです。日本の場合はすべて数字なのだから「番号」というのは正しいけれど、英国の場合は"OX7 3BY"というふうに数字とアルファベットが組み合わされているので番号(number)ではなくコード(code)というわけです。

知らなかったのですが、英国で現在のpostcodeが使われるようになって今年で40年だそうです。案外新しいのですね。日本の場合は三桁の番号による郵便番号が採用されたのは46年前の1968年ですが、現在の様な三桁+四桁(XXX-XXXX)が使われるようになってからまだ16年。こちらの方がもっと新しいわけだ。

プリマス・ヘラルド(Plymouth Herald)という新聞によると、現在英国に存在する「住所」の数はざっと2900万、使われているpostcodeの数は180万件、一つのpostcodeがカバーする住所は平均で17軒だそうです。アルファベットと数字の組み合わせだと最高4800万件までpostcodeが作れるのだとか。
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6)むささびの鳴き声
▼「吉田調書」の記事で神戸新聞の元編集局長が「日本のマスコミは、敵は権力というよりライバル社と考えがちである」という趣旨のことを言っています。本来そうあってはならないのに、という意味だから言っている本人も苦しいですよね。私(むささび)はマスコミの世界の人々とお付き合いすることを生業としていたけれど、企業としてのメディアでジャーナリストとして給料をもらった経験はゼロです。それでもメディアの世界の端っこの方でウロウロしているとそれなりにメディアの世界が抱えている矛盾のようなものは見えてはきますよね。

▼私と妻が1年間暮らした英国の村に年4回発行の「新聞」があった。人口が2000人程度の村だから、新聞の部数も700部とか言っていたのですが、その新聞でバイトのような仕事をしていた18才くらいの男性は、将来はロンドンの新聞で政治記者として仕事をすることを願っていた。お店といえばパブが一軒と雑貨屋兼郵便局のビレッジストアだけ。ほとんどニュースなんてないのですが、それでも「ニュースに個人の意見は入れてはいけない」というような彼なりのルールを意識してやっていた。物事を伝えることが好きで好きでという感じですね。私が見聞する限りにおいては、英米の新聞記者というのは小さな町の新聞社などで記者修業を積み、運が良ければ有力地方紙や全国紙で職にありつくというのが普通のようです。

▼日本の場合は、新聞社や放送局が大卒者を採用、自社で記者としての経験を積ませてジャーナリストとして育て上げる。記者の方も「ジャーナリスト」というより「XX新聞社の社員」という意識の方が強い。私がお付き合いした記者たちの中にも事業部や人事担当へ勤務することになったりした人もいましたね。その人にしてみれば、その会社に雇われていることが大切なのであり、そこで何を仕事にしているかは二の次であったのでしょうね。

▼そういう人たちが特ダネ争いをすると、所属している企業イメージの問題を意識せざるを得なくなったりする。「他紙の特ダネの後追いなんぞ、プライドが許さない」というわけです。そうなると自分たちの作った新聞を買ってくれる読者のことはアタマから消えてしまう。読者が新聞社に電話でもして「XX新聞に出とるあの情報、なんでアンタとこ載せへんのや」と文句を言う。編集係が「あの記事はウチの記者が取材したのと違いますから・・・」などと言っても、「あれはオレにも必要な情報なんや。そんなこと常識で分かるやろ。聞いとんのか。編集局長を出さんかい、あほんだら!」とでも言う習慣があればいいけれど、それが習慣化するほどにはこのような問題が頻発するわけではない。

▼ただ・・・今回の吉田調書問題には、このような記者や編集者の個人的なやる気の問題をはるかに超えた力が働いているのかもしれない、と佐藤さんは「想像」しているのですよね。いざとなれば取材した記者個人の不倫問題まで持ち出しかねない「力」です。そしてその種の情報拡散でメシを食っているメディアも存在する。それにしても不思議ですよね。「吉田調書」なんて本当にあるんでしょうか?と聞きたくなるくらい朝日新聞以外のメディアには出て来ない。あまりにも徹底していませんか?このような調書を暴露すること自体が間違っているということ!?あるいは、「吉田調書」なんて敢えて読者に知らせる価値があるものではない・・・と?

▼ところで、あのイングランドの村の新聞の見習記者ですが、たった一人の郵便局長とインタビューをしたときの記事の中で局長の給料を聞きだして「あまり魅力的ではない」(not very inviting)と書いていた。あれはまずいんでない?彼の個人的見解だもんな。英国メディアと政治の関係について、ジャーナリストのアンソニー・サンプソンは、「ジャーナリストたちは、いかにも自信満々のように振る舞っているけれど、彼らのほとんどが、内面では自分たちの職業の持つ限界と頼りなさにびくびくしている」と言っている(むささびジャーナル153号)。だから彼らは自分の仕事のことを「職業」(profession)と呼ばずに「商売」(trade)と言ったりするのだそうです。あの村の見習記者はいまごろどうしているのやら。村は卒業して近くの町の新聞社で「商売」(trade)に精を出しているかも?

▼そういえば猪瀬・東京都知事が辞職に追い込まれたのも朝日新聞による特ダネが発端でしたよね。あの折は他紙・他社は無視どころかハエがたかるかのように猪瀬さんを追いかけていましたよね。あの場合と「吉田調書」の場合の違いは何なのですかね。

▼4つ目の記事で紹介したUKIP現象ですが、支持層を一言でいうと「野心満々の労働者階級」(aspirational working class)ということになる。昔ながらの労働者階級は社会福祉とか社会的平等などを目指すけれど、「野心満々」の場合は叩き上げで金持ちになった人々です。現代版のブルジョアジーですが、サッチャリズムの支持者たちですね。日本の政治におけるUKIPはかつては日本維新の会とか言われたこともあるけれど、80才を超えてヨタヨタしている人を「共同代表」などにもって来たあたりが限界だった?

▼UKIPの主要政策の一つが移民の制限ですよね。かつて同じようなことを言って、少しだけ勢力を伸ばしたと言われた政党に英国愛国党(British National Party:BNP)というのがあります。こちらは完全な右翼・白人優越主義路線ですが、UKIPは白人優越などは全く言っていない。UKIPの台頭に伴ってBNPは殆ど政治の舞台から消えてしまった。これも興味深い現象です。

▼暑いのにダラダラと失礼しました。
 
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イラクの人質事件と「自己責任」

英語教育、アサクサゴー世代の言い分
国際社会の定義が気になる
フィリップ・メイリンズのこと
クリントンを殴ったのは誰か?

新聞の存在価値
幸せの値段
新聞のタブロイド化

2005
やらなかったことの責任

中国の反日デモとThe Economistの社説
英国人の外国感覚
拍手を贈りたい宮崎学さんのエッセイ

2006
The Economistのホリエモン騒動観
捕鯨は放っておいてもなくなる?
『昭和天皇が不快感』報道の英国特派員の見方

2007
中学生が納得する授業
長崎原爆と久間発言
井戸端会議の全国中継
小田実さんと英国

2008
よせばいいのに・・・「成人の日」の社説
犯罪者の肩書き

British EnglishとAmerican English

新聞特例法の異常さ
「悪質」の順序
小田実さんと受験英語
2009
「日本型経営」のまやかし
「異端」の意味

2010
英国人も政治にしらけている?
英国人と家
BBCが伝える日本サッカー
地方大学出で高級官僚は無理?

東京裁判の「向こう側」にあったもの


2011
悲観主義時代の「怖がらせ合戦」
「日本の良さ」を押し付けないで
原発事故は「第二の敗戦」

精神鑑定は日本人で・・・

Small is Beautifulを再読する
内閣不信任案:菅さんがやるべきだったこと
東日本大震災:Times特派員のレポート

世界ランクは5位、自己評価は最下位の日本
Kazuo Ishiguroの「長崎」


2012

民間事故調の報告書:安全神話のルーツ

パール・バックが伝えた「津波と日本人」
被災者よりも「菅おろし」を大事にした?メディア
ブラック・スワン:謙虚さの勧め

2013

天皇に手紙? 結構じゃありませんか

いまさら「勝利至上主義」批判なんて・・・
  
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