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349号 2016/7/10
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
埼玉県熊谷の気温が38度というので呆然としていたら、イラクのバグダッドでは50度なんてのがあるんですね。英国がどの程度の温度なのか知らないけれど、EU離脱という決定を行って、とりあえず漂流しております。今回もまたこの話題だけでいっぱいになってしまいました。きょうは参議院選挙ですね。

目次

MJスライドショー:family of man

BREXIT:漂流する英国

1)サンダーランドの選択
2)労働党の苦悩
3)英国版「アラブの春」?
4)EU存続のための5条件
5)ノルウェーの見方・フィンランドの見方
6)脱線・英国の落ち着き先
7)どうでも英和辞書
8)むささびの鳴き声

MJスライドショー:family of man


今から半世紀以上も前の1955年、ニューヨークで "The Family of Man" という写真展が開かれました。第二次世界大戦後10年目のことです。世界中のカメラマンが撮影した、ごく普通の人びとの生活ぶりを示す写真ばかりを集めた展覧会だった。これが大いに話題を呼び、ニューヨークに続いて、世界30か国でも開催されたのだそうです。ニューヨークの写真展が開かれたとき、むささびは10才、もちろん写真展そのものを生で見たことはない。ただこの写真展と同時に同じタイトルの写真集が出版され、それを父親が買って来たものを見たことは憶えています。おそらく中学生か高校生のころだったと思うのですが、なぜか大いに感激したのです。というわけで、MJスライドショー第二弾は "family of man" です。全部小文字になっているのは、このスライドショーにはオリジナルの写真集には入っていないものも入っているので、そっくりそのまま"The Family of Man"と同じではないという意味であります。写真をクリックしてご覧ください。
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1)サンダーランドの選択
ロンドンから電車に乗って北へ3時間半ほど行くと北海沿いにサンダーランドという町があります。人口は約23万。むささびは行ったことがないけれど、サンダーランドという町の名前は日産自動車の工場がある町として何度も聞いたことがあった。6月27日付のNew York Timesのサイトに、今回の国民投票において、サンダーランドの住民たちがとった投票行動をかなり詳しく報道する記事が載っています。題して


サンダーランドで作られた車の多くがEU市場へ輸出されており、その意味でも英国がEUに加盟していることで恩恵を受けているのだから残留派の圧勝だと思っていたら、実際には「6:4」の割合(82,394票対51,930票)で離脱派が勝利したので、むささびは大いに驚いたわけです。

サンダーランドについては、むささびジャーナル255号でかなり詳しく紹介されています。町の歴史を抜粋すると、今から150年ほど前、19世紀半ばの時点で65の造船所があり、第二次世界大戦が始まるころには英国の商船や軍艦の4分の1がこの町で作られるほど造船で持っていた町だった。が、戦争が終わって1950年代になると日本や韓国のような国の造船業に押されて衰退が始まり、1988年にサンダーランド最後の造船所が閉鎖され、造船の町としての歴史は終わった。


サンダーランドの日産自動車の工場開きに出席したサッチャー首相(1986年9月8日)

日産自動車がこの町で生産を開始したのは今からちょうど30年前の1986年のことです。造船のような重工業が衰退していく中で、英国政府が力を入れていたのが外国企業による工場誘致で、サンダーランドへの日産自動車の工場誘致のために自分が首相として如何に奔走したかということが、サッチャーさんの回顧録には詳しく書かれています。New York Timesによると、この当時、サンダーランドにはEUから約4500万ポンド(6000万ドル)にのぼる地域振興のための交付金が出ている。

この町は1950年以来、ずっと労働党の地盤なのだそうですが、かつては造船以外に鉱業・ガラス製造なども盛んで、市民はいずれも安定した職場に恵まれていた。それが今ではイングランドでも失業率(9%)が最も高いエリアの一つに挙げられている。サッチャーさんが首相であったころに、日本を始めとするアジアからの輸出攻勢で英国の製造産業が苦境に陥り、政府の方針として製造産業からサービス産業へと経済体質の変換が開始された。あの当時はこれがサッチャーさんのリーダーシップによる「非工業化」(de-industrialisation)政策として大いに称賛された。30年後の今、サンダーランドは高い失業率に悩まされている・・・つまり衰退した製造産業にとって代わる産業が育っていないということのようであります。


国民投票当日のサンダーランド中心部の風景:EU離脱?なにそれ?

New York Timesは、今回の国民投票の結果についての「地元の声」をいくつか伝えています。
  • 建設労働者だった男性(59才):EU離脱で株価が下落したことについて
    アタシはどうせ株なんてやっていない。株価が下落?だから何だっての?(So what’s it to me?)
  • 軍関係の元機械工(64才):日産が町から撤退する恐れについて
    彼らはサンダーランドで操業を続けるようにと政府から補助金をもらっているのだから撤退などするわけがない。ポンド下落は輸出には好都合ではないか。EU離脱という結果を喜んでいる(I was very pleased with the result.)
  • 情報業界で見習いとして働く男性(18才):初めて投票行動をしたUKIP支持者。
    俺たちはいつも南(イングランド)に差別(segregated)されているのさ。北(イングランド)は空っぽの荒れ地だってよ。これはオレたちとアイツらとの戦いだってこと(It’s us against them)。EUのことなんて、ここじゃ聞いたことないもんな(We’ve never heard about it up here)。
  • 元フォークリフト運転手(55才):サンダーランドの現状について
    産業という産業が消えてしまった。何もなくなったんだ(Everything has gone)。昔はここも盛んだったのに、ブラッセルの奴らとロンドンの政府がみんな持って行ってしまった(they’ve taken it all away)ということさ。
もちろんサンダーランドの住民の全部が全部、みじめな生活をしており、EU離脱に大賛成というわけではありません。中には(例えば)日産自動車に職を得て、出世して結構な「上昇階級」(upwardly mobile class)の生活を楽しんでいる人もいるし、子供たちを新しくできたサンダーランド大学に通わせている親もいる。さらにはEUからの金銭的援助(約2000万ポンド:36億円)で建設されたオリンピック級のプールを楽しんでいる家族もある。しかしNew York Timesによると、プールを使うために必要な月額30ポンドの会費を払えない市民も沢山いるのだそうです。

花屋さんで働く58才の女性は「離脱だってなんだって、やってみたらいいんじゃない?この辺りはこれ以上悪くなりっこないんだから」(It can’t get worse than what’s been going on already)と言っている。New York Timesのレポートは54才になる男性の次の言葉で終わっています。
  • ここでは誰だって孫たちのことに気を使っているのだ。でも20年もすれば、いまよりは状態は良くなると思うよ。俺たちは大きくて強いのだから。難しいこともあるかもしれないけれど、食ってはいけると思う。
    All the people here are looking out for their grandchildren. In 20 years’ time, it would be a better place for them. We’re big, we’re strong enough. It might be hard, but we’ll still eat.
New York Timesの記事は、この男性が国民投票で「離脱」に入れたのか、「残留」に入れたのかについて書いてありません。

▼ファイナンシャル・タイムズによると、サンダーランドの日産自動車は従業員が6800人で、北東イングランド最大の雇用主なのだそうです。人口23万の町の工場で6800人というのはタイヘンな数ですよね。車の生産台数も英国最大です。別の新聞の報道によると、EUをめぐる国民投票の際には、政府からの要請もあって日産自動車の社内では「残留」に投票するような呼びかけが行われたのだそうです。またむささびの知り合いで、自動車業界には詳しい専門家によると、国民投票の前に英国自動車工業会(SMMT)という業界団体がかなり明確に離脱反対の声明を出していた。

▼NYタイムズの記事でちょっと意外な気がしたのは、サンダーランドの住民の「移民」に対する気持ちには全く触れられていないということだった。離脱派が最大のポイントにしたのが移民制限なのですからね。サンダーランドにはその手の問題は少ないということ?

▼もう一つ、この記事の中に18才になる若者のコメントが紹介されています。独立党の支持者で、自分たちのコミュニティがいつも「南イングランドの奴ら」にバカにされていると思っている。今回の国民投票では、一般的に言って年寄が離脱、若者は残留という意見に分かれているとされているのですが、この若者に関してはそれが当てはまらない。この若者は「EUなんて知らねえな」と言っているのですが、今回の投票で離脱に投票した人のすべてがEUからの離脱に反対であったわけではないとも受け取れますよね。

▼サンダーランドの人たちはEUというより、ロンドンに象徴される南イングランドに反感を抱き続けることが生きていることの証明のようになっているのかもしれない。この記事のアタマの部分に入れた写真は、離脱勝利のテレビ報道に大喜びする地元パブのバーテンダーの姿が写っている。この表情を見ると、「南」の金持ちたちをやっつけたことの喜びが見て取れませんか?
むささびジャーナル関連記事
日産自動車が救った(?)町
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2)労働党の苦悩



1. BREXITに敗れて・・・ 2. サッチャー前とサッチャー後
3. New Labourの浮き沈み 4.新政党の設立も?

国民投票でEU離脱が決まって以来、英国では政権政党である保守党がガタガタ状態であることは日本でも報道されていますよね。党首のキャメロンが推進した「残留」が敗れたのだからガタガタも当然です。それよりも気になるのは野党である労働党の分裂です。表面的には党首のジェレミー・コービンと労働党の国会議員の間の対立で、EU問題では「残留派」が多い国会議員たちが、コービン党首が国民投票で残留支持活動に真面目に取り組まなかったとして辞職を要求、最近議院内で開かれた集会で172対40の大差でコービン党首への不信任が可決された。

BREXITに敗れて・・・

ただコービン党首に辞任を要求しているのは、党の国会議員であって、彼らが不信任を可決してもそれが直ちに約38万人の草の根党員が支える労働党そのものの方針とはならない。むささびの推測によると草の根党員の間ではコービン人気が圧倒的なのではないかと思います。昨年の労働党の党首選挙を思い出してください(むささび327号)。候補者が4人いたけれどコービンの圧勝だった。残りの3人の得票数を合わせてもコービン一人の得票数には及ばなかった。確かEU問題に関する世論調査などでは、労働党支持者の多くが離脱には反対だった割には「離脱か残留か」というキャンペーンが盛んに行われていたときにコービンの声が殆ど聞こえてこなかったですね。


サッチャー前とサッチャー後

しかし現在の労働党分裂は、英国のEU離脱などよりもさらに根深い部分に原因がある。ローナ・フィンレイソン(Lorna Finlayson)というケンブリッジ大学の哲学教授が書評誌、Londonn Review of Books(LRB)に寄稿した"Keep Corbyn!"(コービンを辞めさせるな!)というエッセイによると、過去約35年間にわたって英国政治を支配してきたマーガレット・サッチャーとトニー・ブレアが推進した政治の在り方に対して、コービン党首とその草の根支持者たちが根本的な「ノー」の声をあげている・・・それが党内分裂の本質であるとのことです。この指摘は当たっていると(むささびは)思うのですが、それを説明するためにはどうしても長い記事になってしまう。

むささびの意見によると、戦後約70年の英国の歴史は「サッチャー前」(1945年~1980年)と「サッチャー後」(1980年~現在)の二つに分けることができる。「サッチャー前」の英国は「揺りかごから墓場まで」という福祉国家の建設を理想とする「大きくて面倒見のいい政府」の国だった。それがサッチャーの登場で、「小さな政府」、「市場経済」、「規制緩和」、「産業の民営化」などの言葉に代表される社会運営に切り替わった。サッチャー以前の「面倒見のいい政府」時代を別の言い方で表現すると、エリートが大衆を指導する「階級社会の時代」ということになるし、サッチャー後の「小さな政府」時代は、誰でも金持ちになることを許されるようになった「個人主義の時代」であるとも言える。

New Labourの浮き沈み

つまりアメリカなどではとっくに実現していた中流階級の時代が英国にもやってきたということです。そのような時代になると、昔のような「階級」の影は薄くなり、労働党も、かつてのような「労働者階級のための政党」というフィーリングでは有権者の関心を呼ばなくなってしまった。そして古い労働党に代わって登場したのが、ブレアの「新しい労働党」(New Labour)だった。ほぼ20年も続いた保守党に挑戦するためには「選挙で勝てること」を第一義的に考える現実主義政党へと変身する必要があるとブレアたちは考えた。そしてこれが国民的にはバカ受けで、1997年に登場したブレア首相に対する英国人の熱狂ぶりは圧倒的だった。


ただ、サッチャー流の「誰でも金持ちになれる社会」はまた「誰でも貧乏になり得る社会」であり、基本哲学としては、貧困から這い上がるのは個人個人の責任であるという社会でもある。サッチャー政権の誕生からこれまでの約35年間、規制緩和のおかげで経済的に大いに潤った人やコミュニティが存在することは間違いないけれど、その一方でそのような流れについていけなかった人や地域も数多くいる。サンダーランドはそのような時代を象徴するような町であったのかもしれない。

ブレアらが推進したNew Labourはゴードン・ブラウンに引き継がれたのですが、その現実主義のおかげで保守党と大して変わらない政党になってしまい、2010年と2015年の選挙でキャメロンの保守党に敗れ存在感が薄くなっていった。そして迎えた昨年(2015年)の党首選挙では、「古い労働党」を代表するコービンがNew Labourの色彩が濃い他の候補者を抑えて選ばれてしまった。

コービンの政策的な主張には「鉄道の再国営化」、「ISISへの空爆反対」、「王室制度の廃止」など、かなり過激な「左翼的」とされる政策が含まれており、過去ほぼ20年間、労働党の主流を占めてきた「中道右派」が多数を占める国会議員の間では評判が悪かったし、労働党寄りのメディアでもコービンが党首になったら労働党はお終いだという声が強かった。確かに今さら「鉄道の再国営化」というのは選挙では受けないし、その政策が英国にとってためになるものなのかは分からない。しかしそのような主張をするコービンが草の根労働党員の間で圧倒的に受けたというのも現実だった。


サッチャー路線の延長線上にあったブレアのNew Labourが草の根党員に拒否されたということは何を意味するのか?草の根レベルの英国の労働者の中にサッチャーやブレアが推進した「小さな政府」路線に乗り切れなかった人たちがいるということです。2番目の記事で紹介したサンダーランドの18才になる若者が、生まれて初めての投票行動で「離脱」を支持、好きな政党は労働党ではなくて、右翼とされる独立党(UKIP)だと言っている。サンダーランドを取材したNYタイムズの記者も、かつては労働党の天下だったこの町においてさえ労働党の支持者が急速に減っていると言っています。同じことがこれまでは労働党の天下と言われたスコットランドについても言える。昨年の選挙ではSNP(民族党)はもとより、保守党にさえも抜かれて第三の政党にまで成り下がってしまった。

新政党の設立も?

今回の国民投票では、いわゆる「労働階級」(working class)と呼ばれる人たちの多くが「離脱」に投票したとされています。そのことについて友人の英国人(本人は熱心な残留支持者だった)が次のように答えてくれた。
  • 離脱派支持の労働階級は大体においてブルーカラーで、移民のようなよそ者を嫌う傾向にある。文化的に肌が合わないし、移民に職を奪われるということもあるから。さらに彼らはこれまでの政府(キャメロンの保守党、ブレアの労働党)にはいつも無視されているという感覚が強い。彼らの多くがナショナリスト的であり、ヨーロッパ統合などということには全く関心がないのだよ。
これらのブルーカラーたちは、労働党の党員でさえもないし、大企業の労働者たちのように組合に守られているわけでもない。日本でいう「非正規労働者」などと呼ばれている存在で、彼らから見ると労働党でさえも恵まれた人びとのためにのみ活動しているとしか思えない。そしててっとり早く攻撃できる相手として移民がいるというわけです。本来の労働党は、このような人びとをも抱え込む存在でなければならないのに、ブレア以来の労働党が推進した「クール」とか「モダン」とかいう先端産業の育成政策から落ちこぼれて忘れられた存在になってしまい、その怒りが彼らを離脱派に向けてしまった。

で、労働党はどうなるのか?ブレアのNew Labourの流れを汲む労働党国会議員が労働党そのものを脱退して新しい政党を作るということもささやかれている。

▼コービンがEU離脱についてどのように考えていたのか、むささびにはよく分からないのですが、彼のジレンマのようなものを想像することはできる。UKIPや保守党右派のような人間が推進する反EUのプロジェクトが労働者のためになるとは思えない。一方、EUへの残留を叫んでいるのはロンドンの金融業界や大企業の経営者であり、The Economistに代表されるサッチャリズム・メディアである。労働党がこんな人間たちの願いをかなえるために一緒に戦うのか?

▼コービン退陣を要求している労働党の国会議員はどうか?EU問題について意見が対立しているわけではないが、コービンとその支持者たちがこだわっている「社会民主主義」に近い路線については殆ど水と油です。鉄道の再国営化?冗談じゃない、50年前に戻れと言うのか!?というわけですね。それでもむささびの思うところによると、反コービン派の最大の弱点は理想や理念のようなものがないこと。彼らにあるのは、理想や理念など語っていても選挙で勝てないという「現実論」だけ。彼らはどのような社会を作りたいと思っているのか?サッチャー=ブレア路線が作り出した格差社会の中で押し潰されていると感じている英国(イングランド)中の「サンダーランド」をどのようにしてUKIPや保守党右派から取り戻すのか?

▼というわけで、極めて唐突ですが(むささびの考えでは)労働党のこれからは、20年前にブレアの労働党によって否定されてしまった社会民主主義を如何に復活させるかにかかっている。官僚主義がはびこることがない社会民主主義ということです。むささびが定義する「社会民主主義」とは、人間が人間のアタマで人間の運命を支配することができるという考え方のことです。人間社会を支配するのは、神様でも市場経済でもナショナリズムでもない、人間しかないということです。
むささびジャーナル関連記事
コービン旋風と労働党
トニー・ブレア:労働党を潰さないで!

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3)英国版「アラブの春」?

EU離脱に関して英国メディアのスペース上で行われた賛否両論の喧々諤々を読んでいて困ったのはお互いに罵詈雑言をぶつけ合うだけで、自分たちの主張の理念的な部分(理想の部分)を語ることが非常に少なかったということです。一方が「離脱したら経済的にダメージを受ける」と主張し、もう一方は「残留するとますます移民が多くなるからイヤだ」という具合で、相手の主張の弱点ばかりを攻撃し合っており、あまり建設的とは言えなかった。むささび自身の知り合いが殆ど「残留派」であり、Facebookなどで彼らの意見に接することができたのですが、その多くが「離脱派」が如何にアホかという情報を交換し合っているだけで、相手の意見をきっちり知ってみようという姿勢がほとんどなかった。これは「離脱派」も同じか、もっとひどかったかもしれない。

というわけで、どう考えても乱暴としか思えないBREXITが何を理想としてEUからの離脱運動を展開したのかを知ってみたいと思って、ネットを探してようやく見つかったのが、ピーター・オボーン(Peter Oborne)というジャーナリストが書いた『BREXITは英国版のアラブの春なのだ』(Britain's Arab Spring...)というエッセイだった。この人は最近まで保守派の新聞、Daily Telegraphの政治部長だった人なのですが、意見の衝突があって辞職、現在は、これも保守派のDaily Mailにコラムを書いたりしている。ここで紹介する"Britain's Arab Spring..."というエッセイはMiddleeast Eyeという中東関係の専門サイトに掲載されたものなのですが、離脱派の勝利が決まった6月24日に掲載されたものです。彼なりに勝利の高揚感に満たされながら書いたものなのだろうと推測します。


ピーター・オボーンによると、EUという存在は、英国のみならずヨーロッパのすべての国から民主主義を吸い取ってしまっており(sucking democracy)、英国の国民投票における離脱派の勝利は、経済面では動脈硬化に、政治的には瀕死状態にあるヨーロッパ大陸において、これから連鎖反応を引き起こしていくだろうとのことであります。例えば共通通貨のユーロは、人びとの実生活のことなど何も分かっていない傲慢なるエリートたちによって押し付けられるようにして導入されたものであり、そのような無謀な実験の結果、スペインでもイタリアでもポルトガルでも若者の失業率はとんでもない状態になっているし、ギリシャ経済は破壊されてしまったではないか・・・。
  • ヨーロッパは切実に変革を求めている。そして英国がついにその道筋を示したのだ。我々改革者は抵抗勢力に対抗して踏んばらなければならない。
    Europe is crying out for change, and now Britain has shown the way. We reformers should brace ourselves for resistance.
オボーンは、彼のいわゆる「改革」にとっての抵抗勢力の代表格がドイツのメルケル首相で、既存の秩序維持に躍起になるかもしれないが、それもうまくは行かないだろう、と言います。今回の英国の決定に刺激されてギリシャは間違いなくユーロ圏から離脱、そして最初のうちは混乱があるかもしれないが、最終的には経済成長の道を歩むことになる・・・。そしてイタリアやスペインのような南欧諸国において連鎖反応が起こり、どの国も経済的な自立の道を歩むことになるのだそうであります。その意味で、英国の「離脱」はチュニジアにおける民主化要求運動が火をつけて中東全部に民主化運動の波が広がった「アラブの春」のようなものである、と。

ただ、オボーンのいわゆる「ヨーロッパ改革」には不安も付きまとう(と自分でも認めています)。それは英国も含めたヨーロッパ全体に広がりを見せる極右勢力の台頭現象で、英国では独立党(UKIP)がまともに暮らしているイスラム教徒までも悪者扱いしている。ただイスラム教徒に対する差別的な発言は(オボーンによると)キャメロン首相でさえも行っている。つまり人種差別的な行為や発言は、反EU・親EUにかかわらずヨーロッパ(特にEU諸国)においてどこでも見られる現象なのだ、ということです。


さらに中東における「アラブの春」は、チュニジア以外では挫折の憂き目にあっており、シリアの内戦にも繋がってしまったということもある。そのようなことも含めて、「改革者」たちにとってはこれからの数か月、数年にわたる非常に困難な時期となり、十分に気を付ける必要があることは間違いない。しかし・・・
  • ヨーロッパに民主主義と繁栄を復活させることによって、ヨーロッパ全土が自由で住みやすくて安定した場所になる、と私は確信している。
    I believe that the restoration of democracy and prosperity to Europe can make the entire continent a freer, better and more stable place.
とオボーンは言っています。

▼ごく短いエッセイなので、オボーンの考え方をどこまできっちり表現できているのか疑問ではあるのですが、結局のところ「EUなど解体した方がよろしい」と言っているような気がしないでもない。むささびには、彼の思想が「悪い体制を破壊したあとには、必ず良い体制ができる」という、さして根拠のない楽観論が基本になっているような気がして、とても付き合っていられない。ユーロは廃止、南欧諸国は離脱・・・そのあとに何が来るのか?英国を中心にした民主主義ブロックってこと?まさにオボーン本人が言っているように「大いに気をつけなければならない」(we all need to be careful)わけですが、彼のいわゆる「EUの春」がシリアのような状況に繋がらないという保障はどこにもにない。

▼彼はEU離脱を民主主義の勝利と言っているけれど、BREXITの勝利はオボーン自身が注意を呼び掛けている「独立党」なしにはあり得なかったものであるし、サンダーランドの例にも見るとおり「離脱」に投票した人の中で彼のような意識を持って投票した人が何人いるのか実に疑問です。さらにBREXITがそれほど素晴らしいものであるのなら、それが実現した途端にリーダーたちが逃げ出してしまったことの説明がつかない。これで英国がノルウェーのような形でEUと付き合っていくことになった場合、オボーンのいわゆる「民主主義の先頭に立つ英国」など、どこにもない。とりあえず「自分たちだけは民主主義で」という結果に終わってしまう。
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4)EU存続のための5条件
 
1. EUの落ち度を知れ 2. ギリシャに寛容さを 3. 「超国家」は忘れよう
4. ユーロ廃止の準備を   5. 民主化を徹底せよ  

英国のEU離脱が決まった4日後、6月28日付のアイルランドの新聞、アイリッシュ・タイムズ(Irish Times)が、EUがとるべき姿勢についてエッセイを載せています。筆者はフィンタン・オツールというコラムニストで、この人は前回のむささびで紹介した「イングリッシュ・ナショナリズム」についてのエッセイの筆者でもあります。オツールによると、EUを守っていくために必要なのは
とのことであります。で、そのためにはEUの指導者たちは何をするべきなのか?

EUの落ち度を知れ

まず、「なにがしかの謙遜の姿勢(some humility)」を示せとオツールは言います。英国離脱についてのEU側の態度を見ていると、「英国は(EUという)温かくて愛情に満ち溢れた家庭を捨てて出て行く。愚かな国だ」と考えているとしか思えない。彼によると、英国離脱の芽は実際にはEUの側にもあった。今回のキャンペーン中に離脱派は根も葉もないようなデマを振りまいたとして非難されており、その非難が当たってる部分もあるけれど、離脱派のデマが有権者によって容易に受け入れられてしまう下地はあった。すなわち離脱を支持した英国の有権者たちがEUに感じていた傲慢・思い上がり・非民主的なもののやり方etcは確かに当たっている部分はある、とオツールは主張します。このようなEU側の問題点に不満を感じているのは英国の有権者だけではない。EUの指導層は、加盟国の大衆からの信頼を取り戻すために何をすべきなのかを語り合うべきである、と。

ギリシャに寛容さを

次にEUが行うべきなのは、ギリシャを「一時帰休」(lay off)にすることだとオツールは言います。払えるはずのない借金を抱えてしまったギリシャに対してはある程度の債務の帳消しが必要だということを認めることである、と。ギリシャの債務問題でEUがとった姿勢、すなわち立派に主権を有した加盟国を「無思慮に金を浪費したどうしようもない存在」として叩きまくることでギリシャ人が傷ついただけではない。EUは平等に扱われるべき加盟国の一つであるギリシャを債権者のガードマンと服役債務者がたむろする「財政犯罪の植民地」(fiscal penal colony)のようにしてしまった。そのことが、民主主義と正義と寛容さを基盤に成り立っているはずのEUという機関に与えたイメージ上の損害は計り知れない。

「超国家」は忘れよう

三つ目に必要なことは、「超国家」なるものの建設にこだわることを止めることである、とオツールは主張します。民族国家(nation states)が過去のものであり、いずれは大陸規模の超国家(super state)にとって代わられることになることは不可避であるというのがEUを発展させてきた理念だった。しかしこの考え方を未だに信じている人たちは歴史から目を背けるものである。これからのヨーロッパではむしろ民族国家が増える傾向にある。スコットランド、カタロニア、そしてイングランド・・・ちょっと考えただけでも3つもある。つまりEUのいわゆる“ever closer union”(限りなく緊密化する連合)という考え方によって民族国家が消えていくという幻想は捨てるべき。ましてやEU軍(EU army)などという壮大なる発想は捨てるべきなのだ。

EUが結束していくためにより緊急に必要なのは、“ever closer union”ではなく、「より平等な連合」(ever more equal union)を目指すという姿勢だろう。現在の欧米諸国の社会的な不安定を招いている原因は不平等、特に経済的な不平等なのであるというわけです。
  • EUがこれからも存続していこうとするためには、EU圏内および加盟国間におけるより進んだ平等を実現することに存在理由を求めるべきなのだ。
    If it is to survive, the EU must adopt as its defining reason for existence the achievement of ever greater equality both within and between its member states.
ユーロ廃止の準備を

そして4つ目。どこか静かで人に知られない場所に秘密裏に集まり、ユーロ廃止に向けた計画を練ること。結局、ユーロの導入はドイツを中心とする北の加盟国が自分たちの輸出を増やすために人為的に安く設定した為替レートによる通貨がもたらす利益に飛びついたに過ぎない。ユーロがもたらしたものといえば、結局のところ破滅的ともいえる銀行危機、欧州中央銀行(ECB)の権力の肥大化、ユーロ加盟国の二極分化(債務国と債権国への二極化)、鈍化した経済成長などなどであり、ユーロが通貨としてまともに機能するためには欧州中央銀行と欧州委員会(EU Commission)をこれまで以上に強化するしかない。しかしそのような企てが大衆の支持を得ることはない。

民主化を徹底せよ

そして最後にオツールが言うのは「民主化、民主化、そして民主化」(democratise, democratise, democratise)です。これまでのEUのやり方は、まず巨大な組織を作ってしまい、それから民主化の方法を探るというものだった。しかしひとたび巨大な機構が出来てしまうと、どうしてもそれに伴って巨大な官僚機構もできてしまい、秘密主義が横行するようになってしまう。これからDiEM25Open DemocracyのようなNPOの要求にもしっかり耳を傾け、さまざまな「秘密文書」を公開して議論すること。

オツールによると、EUのエリートたちの中には密かに英国の離脱を喜んでいる者もいる。「超国家」の実現には邪魔な存在である英国がいなくなってせいせいしたというわけで、その実現に向けてさらに努力を加速しようなどと考えているエリートたちに警戒するように呼びかけている。
  • 彼らの姿勢はというと、英国の離脱にもめげず(淡々と)物事を進めようというのでもない。むしろこれを機にアクセルをさらに強く踏んで破滅に向かって突っ走ろうというのである。つまり英国の離脱を「警告音」ではなく超国家実現に向けての「出発の号令音」ととらえているのである。
    Their impulse is not even to carry on regardless, it is to put the foot on the accelerator and hurtle towards destruction. They mistake a warning shot for a starting pistol.
ということです。
▼まず気になるのは、「超国家という発想を捨てろ」と言っている部分です。「ネーション・ステートという存在は増えこそすれ、減ることは絶対にないのだから、EUを構成する国々の個性や自立性を尊重しろ」と言っているのですよね。全く正しいと思うのですが、むささびジャーナル348号で紹介したドイツのシュピーゲル誌が、EUにとって最も必要なのは「ヨーロッパの統一」(European unification)という発想を再確認することだと言っている。ドイツ人は超国家を目指すことにこだわっているのではないことを祈りますね。

▼もう一つ、このエッセイの主張と3番目の「英国版アラブの春」の意見は殆ど変らない(と思う)。違うのはこのエッセイがこれからもEUの加盟国であり続けるアイルランドのインテリが書いたものであり、「英国版アラブの春」の筆者はEUを辞めてしまった英国のインテリであるということ。前者がEUの中にあって変革を求めているのに対して、後者は外からヨーロッパの民主化を先導しようという意識さえ臭ってくる。
がんばれ、アイルランド!
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5)ノルウェーの見方・フィンランドの見方
 

EU離脱を決めてしまった英国が、これから進む道として最も可能性が高いと言われているのが、ノルウェー方式のEUとの付き合いです。極めておおざっぱに言うと、EU加盟国との貿易は自由に(関税なしで)行えるけれど、EU加盟国との人的往来も自由に行わなければならない。例えばEU加盟国の国民はノルウェ-へ入国するのにパスポートは要らないし、ノルウェー人がEU加盟国を訪問するのは自由というわけです。ただし貿易であれ、人の往来であれ、ノルウェーはEUが決める規則に従わなければならず、それらの規則を作る過程には一切参加できない。ノルウェーはEUというクラブの準会員のようなもので、EU市場にアクセスする権利を保つための会費のようなものを払っている。

このノルウェー方式は、EU離脱をめぐる国民投票の前のキャンペーンで離脱派が推奨していたものなのですが、投票の前に訪英したノルウェーのエルナ・ソルバーグ首相がキャメロン首相との会談の中で準会員は決して楽なものではないし、「英国人には合わない(you won't like it)」と発言したことがメディアで大きく取り上げられたものです。金だけ出して、物事の決定には一切口出しが許されないという点が英国人には我慢出来ないだろうという意味だった。ノルウェーがEUとのこのような関係になることを決めたのは1994年のことで、この年に加盟するかどうかの国民投票を行なった結果、加入せずという意見が勝ってしまった。


ところでノルウェー人たちは、今回のBREXITの騒ぎをどのように見ていたのか?THE NORDIC PAGE NORWAYというニュースサイトによると、ノルウェー人の3分の1が英国の離脱がEUという機構の「終わりの始まり」(beginning of the end)と考えているのだそうです。また英国の国民投票の結果については、わずかの差で「英国のEU離脱を支持しない」という声が上回ったのですが、ノルウェーがEUに加盟することについては、かなりの差で否定的な意見が多かったのだそうです。

一方、フィンランドの国営テレビYLEの英文サイト(6月30日付)が伝えるところによると、英国の国民投票後に行われた世論調査によると、69%がフィンランドが英国のような国民投票はやらない方がいいと考えており、68%がそのような投票が行われても加盟継続に賛成票を投じると答え、70%が今後もユーロ圏にとどまることに賛成しています。またフィンランド民族党(Finns Party)という右寄り政党の青年部が、英国のような国民投票を実施するべく署名活動を行っているのですが、今のところ集まった署名数は実施に必要な5万人の半分にも到達していないのだそうです。

▼それにしてもなぜノルウェー人はEUに加盟しないという道を好んだのですかね。フィンランドの場合は、ロシアと隣り合っているという安全保障上の理由があって「ヨーロッパ」の一員であることを選んだのでしょうね。ノルウェーはEUには加盟していないけれどNATOという軍事同盟には入っている。反対にフィンランドはNATOには加盟していない。

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6)「脱線・英国」の落ち着き先
 
 
1. 分裂と漂流 2. 「離脱」にもいろいろ 3. スコットランドはどうする?
4. 北アイルランド和平は? 5. 結局「出戻り」も!?

分裂と漂流


7月2日付のThe Economistの社説が、EU離脱後1週間目の英国の状態を "Leaderless and divided"(指導者不在で分裂している)、すなわち「漂流状態」(Adrift)であるとして、これからの落としどころについて語っています。

とにかく英国がこれほど脱線状態(off the rails)に陥ったように見えることは、かつてないのだそうです。確かにひどい。首相は退陣表明、次期首相・保守党党首を選ぼうと思ったら、離脱派を率いてきた張本人が「辞めた」と行ってサヨナラ、しかも野党である労働党が党首退陣運動でもめにもめている、また議会が自分たちのオフィシャルサイトに掲載してきたオンライン署名への参加者が400万人を突破、ついに議会の名前で「この署名についての決定は延期する」(Petitions Committee defers decision on this petition)というメッセージを掲載・・・その一方でポンドの対ドル相場が30年ぶりの安値を記録、国民投票では「残留」が多数を占めたスコットランドと北アイルランドではUKからの「離脱」(secession)が真面目にささやかれたりしている。


「離脱」にもいろいろ


これらの状況に直面して英国全体が「呆然自失」(daze)であるわけです。The Economistとしては、いつまでも呆然としているわけにはいかないというわけで、これからの落としどころを探るべく書かれたのがこの社説であるわけです。

The Economistによると、一口に「離脱」と言ってもEUからの離脱には57通りものやり方があるのだそうですね。その中で最も「マイルド」と思われるのがノルウェー方式。つまり離脱はするけれど、EUの市場にはこれまでどおりのアクセスが許される、その代りEUの原則である人の自由な往来(つまりEU加盟国からの移民)は認めなければならない。もちろんEUに対してそれなりの金銭的な貢献はしなければならない。これだと現在と大して変わらないように思えるけれど、決定的なのはEUが決める法律や規制には一切口を挟むことはできないということ。部外者なんだから仕方ない。


スコットランドはどうする?


ノルウェー方式が気に入らないとなると、その正反対の道を歩むことになるかもしれない。すなわちEUとの完全な「離婚」です。アカの他人になるということで、これだとお金を要求されることはないし、EU加盟国からの移民も来なくなる。その代りEU市場への自由な(関税なしの)輸出はできなくなる。英国の対EU輸出は、輸出全体のほぼ半分を占めるのだそうです。

The Economistによると、ノルウェー方式は英国経済へのダメージとしては最も小さくてすむ。さらにスコットランドや北アイルランドの英国離脱を食い止めることにも繋がる可能性がある。「残留」が62%、「離脱」が38%だったスコットランドについて言うと、2014年の独立国民投票のとき、英国がこれからもEU加盟国であり続けるということで独立に反対したスコットランド人は多い。その条件が外れたのだから、再び独立国民投票を実施する立派な理由になる。ただUKからの離脱はスコットランドにとっても苦痛を伴う選択にならざるを得ない。スコットランドのEU加盟にあたってはユーロの導入を求められるかもしれないし、スコットランドとイングランドの間の「国境」管理を厳しくする必要があるかもしれない。さらにスコットランドのイングランドへの「輸出」はEUへの輸出より大きく、これを失うことはスコットランドにとっても痛いはず。というわけで、英国がノルウェー方式を採用する可能性もあるのだから、スコットランドの独立国民投票は英国のEU離脱方式がはっきりするまで待った方がいいというわけです。


北アイルランド和平は?


もう一つの火種と言える北アイルランド(残留55.8%:離脱44.2%)ですが、EU加盟国である南のアイルランド共和国との間の境界線が「国境」として管理が厳しくなるということも考えられるけれど、ノルウェー方式を採用することで国境がシンボル的なもので済ませることも可能になる。むしろThe Economistが「恥知らずにも見過ごされている障害」(shamefully overlooked snag)と指摘しているのは、英国とアイルランド共和国の間で結ばれた、北アイルランド和平に関する「ベルファスト合意」(Good Friday Agreement)のことです。この合意の達成には、北アイルランドへの地域振興基金の交付などEUが大きく貢献している。この合意によって約20年間保たれてきた北アイルランド和平がBREXITによって影響を受ける可能性は大いにある。

そもそもEUとの離脱交渉自体がいつ始まるのか分からないけれど、いずれにしても英国政府とEUの間でなされる妥協や合意の中身については何らかの形で国民の合意を得ることが必要になる。それが選挙という形をとるのか、再度の国民投票という形をとるのかは、新しくできる政府次第ということになる。ただ先の国民投票後のさまざまな政治的な混乱を目の前にして、英国世論そのものが「離脱」について「やらなきゃよかった」という方向に流れていく可能性がある。


結局「出戻り」も!?


となると、国民投票以前の状態にかなり近いノルウェー方式が最も無難ということになる可能性は極めて高い。ただノルウェー方式の場合、将来にわたってEUが決める法律や規制の類には英国は一切口を挟むことができないという難点がある。加盟国でないのだから当たり前なのですが、そんな事態に直面したときに「やっぱり残留した方がいいや」(would rather stay in the EU after all)という意見がかなりの数にのぼる可能性は大きい。となると・・・
  • 最も可能性が高いのは、Brexit(離脱)状態のままということではある。ただ、恰好悪くて、屈辱的ではあるけれど(英国にとっては)歓迎すべき事態が起こる可能性を否定することは間違っている。その恰好悪い状態を一語で言うと "Breversal"(逆戻り)ということだ。
    By far the most likely outcome of this sorry situation remains Brexit. But it would be wrong completely to discount the possibility of an inelegant, humiliating, and yet welcome, Breversal.
とThe Economistは言っています。

▼英国のメディアに見る限り、離脱派の間で評判が良さそうなのはノルウェー方式のようです。つまり準加盟国という存在になること。いちばん無難(least bad)なセンで収めようということなのですが、果たしてそのような常識的なところに落ち着けるのか?英国人のことだから、「金だけ出して、決定に参加できないのは情けない」というわけで、何年か後には結局「くやしいけど再加盟を申請」ということになる可能性はゼロではない。それだってEUそのものがこれからも安定して存在し続けるということが前提になるのですよね。

▼それとノルウェー的「準会員」のセンで落ち着くということは、3番目に紹介した、英国がヨーロッパ全体の民主化運動の先頭に立つなどということはあり得ないということでもある。返す返すもアホな国民投票などやってしまったものです。離脱を推進した当人たちに「離脱後」の青写真がまるでなかったのですからね。
 
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7) どうでも英和辞書
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buyer's remorse:買ってから後悔すること


高いお金を払って買ったパソコンなのに、使ってみたらすぐにダウン、ショップに電話しても誰も出ない、こんなもの買わなきゃよかった・・・これが典型的な "buyer's remorse" ですが、この表現は必ずしもモノの購入に限らず、「あんなことやらなきゃ良かった」という後悔の気持ちを表すのにも使えるのですね。最近の例として、さして事情も分からずに「EU離脱」に投票してから「やっぱまずかったかも」と考えている英国人の心境を表すのにも使われている。それから・・・入歯の掃除などやっているじいさんを見ながら「あ~あ、こんなヤツと一緒になるんじゃなかった」としみじみ思っているばあさん、これもbuyer's remorseです。

ケンブリッジの辞書によると、"remorse" という言葉に対する説明として
  • feeling very guilty and sad about something you have done.
とある。「買わなきゃよかった」という気持ちに、買ってしまったことについての「罪悪感」(guilty)が入るようなのですね。「買ったオレがバカだった」というわけ。こんなじじいと一緒になっちまった自分が悪いんだ・・・ということ。そう、そのとおりだ、ばあひゃん!(最後の「ばあひゃん」というのは、入歯がはずれて「ばあちゃん」と言えなかったという意味)。

その昔、コロンビア・ローズという歌手が歌った『どうせ拾った恋だもの』というのがありましたよね。捨てられると分かっているのに好きになってしまった男に対する恨み節なのですが、最初のセリフがいいよね。「やっぱりあんたもおんなじ男 あたしはあたしで生きてゆく・・・」ってんですから。そして締めくくりは「捨てちゃえ 捨てちゃえ どうせ拾った恋だもの」とくるから、実に泣かせるじゃありませんか。アンタなんかを好きになっちまったアタイが悪いんだ・・・buyer's remorseの見本のようなものですな。

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8) むささびの鳴き声
▼この号も結局EU離脱関連の話題で埋まってしまいました。本文では書けなかったことをいくつか・・・。まず保守党の惨状ですが、9月9日に党首が最終的に決まります。保守党議員の投票で、アンドレア・レッドソム(エネルギー担当大臣)とテレサ・メイ内務大臣の二人に絞られているけれど、ほとんどテレサ・メイで決まりなのでは?彼女についてはむささびの304号305号で紹介してあります。サッチャー以来、英国史上二人目の女性首相ということになるけれど、おそらくこの人はサッチャーとはだいぶ違うと思います。サッチャーが持っていた「乾物屋の娘」という庶民的な雰囲気はメイにはない。よく言えば冷静・沈着、別の言い方をすると冷たい切れ者という感じの人です。この人もサッチャーやキャメロンと同じオックスフォード大学出身。1956年生まれだから今年で60才です。

▼「オックスフォード」ついでに書いておくと、いまの「脱線・漂流」状態の英国を創り出した「4人組」は全員オックスフォードの出身です。保守党内の意見対立のタネに過ぎなかったことをテーマに「国民」投票を呼びかけたキャメロン首相(49才)、最初から勝つ気もないのに目立ちたくて離脱派のリーダー格となったジョンソン前ロンドン市長(52才)とガブ法務大臣(48才)、そして口では首相に合わせて「残留」を言っていたけれど実際には離脱と通じていたオズボーン財務大臣(45才)。このうちジョンソンはガブに「あんたには首相は務まらない」と言われて引き下がり、ジョンソンを追い出したガブも次期首相としてEUとの離脱交渉の責任などとれっこないことは本人が知っていた。オズボーンのことは、よく分からないけれど、次期党首・首相の候補としては全く語られていない。BBCの報道によると、この4人は個人的にも知り合いで、家庭同士の付き合いもある仲だった。

▼この4人のもう一つの共通点として、政治家になる前にメディアの世界で仕事していたということがある。キャメロンは民間放送のグラナダ・テレビを傘下に有する大手PR会社、オズボーンはデイリー・テレグラフ紙、ジョンソンはSpectator誌、タイムズ紙、テレグラフ紙、ガブはタイムズ紙、Spectator誌、Prospect誌という具合です。メディア人であるということは、常に世の中の「周辺」で生きていたということです。警察官でもないし、車のセールスマンでもない。警察官やセールスマンのことを話題して文章を書いたり、しゃべったりはするけれど、自分がパトロールをやるわけではないし、車を売りつけるわけでもない。つまり当事者ではない。はっきり言って「世の中」のことは実際には何も知らない人たちということです。ただ(これもメディアの特性ですが)多数の人間の心を動かしたりすることはある。オックスフォード出身で、実生活のことなど何も知らないけれど、世の中のたくさんの人間を動かす「快感」(?)だけは知っているお友だち同士が「EU遊び」などやってしまい、後始末ができずにオタオタした挙句に「おれ、帰る、サイナラ」というわけ。あまりにもひどい。怒れ、英国人!

▼この号では触れることができなかったけれど、英国政府による独立調査委員会が、2003年のブレア政権によるイラク爆撃が「正当化できるものではなかった」(not justified)という調査結果を発表しましたね。チルコット委員長によると「英国は(イラクの)非武装化に向けて平和的にこれを進める余地があったのにこれを追求しなかった」(The UK chose to join the invasion of Iraq before peaceful options for disarmament had been exhausted)のだそうであります。これに対してブレアさんは、相変わらず「フセインを追放することで世界はより良くなった」と主張しているのだそうであります。もちろんこの人もオックスフォード大学の出身者です。

▼「イラク」ついでに言っておくと、日本の小泉政権は英米の爆撃を支持したのですよね。その件について安倍さんは国会(2015年7月30日)で「(フセイン政権に)大量破壊兵器はないということを証明する機会を与えたにもかかわらず、それを実施しなかった」と述べたのだそうですね(ここをクリック)。大量破壊兵器を「持っていない」ことを証明しない限り爆撃されても仕方ないというわけ?あなたの家にいきなり警官が上りこんできて「お前、麻薬をもっていないことを証明しろ、でないと逮捕する!」・・・そんなことありですか?シンゾーは何も分からないだろうから親切にもむささびが教えてあげると、「英米がイラク爆撃(日本も支援)⇒フセイン政権崩壊⇒イラク無政府状態⇒イスラム国が侵攻・勢力拡大⇒ダッカも含めてあちこちでテロ⇒日本人も含めて犠牲者多数」という流れがあるってこと、分かる?シンゾー。この流れの最初の部分を作ったトニー(ブレア)が、誤っていたと裁定されたってこと、分かる?あんたに言ってるんだよ、シンゾー!

▼「サンダーランド」と「労働党の苦悩」の記事を併せて読むと、いわゆる「小さな政府」政策によって置いてきぼりを食ったと考えている人たちの怒りが、世の中の常識をぶち壊してしまったと感じます。怒りの波が一方では右翼へ流れ、もう一方(労働党)では「急進左翼」へ流れというわけで、「常識側」にいる人間にしてみれば、何が起こったのかよく分からないでオタオタしている。殆ど同じことがいまの日本でも進行しつつあると(むささびは)思います。日本において「憲法改正」についての国民投票が行われたときに、世の中に疎外感を持っている人口が想像を絶するほど大きいということに直面する。そして彼らの多くが「平和憲法なんて甘ったれたことやってらんねぇ」という感覚にとらわれている。そんな疎外感を満たすのは、「アメリカから押し付けられた憲法」という理屈です。でしょ、シンゾー?どのような経緯で生まれたものであろうが、いいものはいいし、ダメなものはダメなの。分かる?シンゾー!

▼というわけで、本日は参議院選挙です。むささびも一票投じるために行ってきます!お元気で。

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むささびへの伝言