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362号 2017/1/8
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
2017年最初のむささびです。とりあえず、あけましておめでとうございます。ことし最初の「表紙写真」はモンゴルの草原で「鷹匠」としての訓練を積む13才の少女です。他に言葉を知らないから「鷹匠」と言っておきますが、彼女が抱えている鳥はイーグル(鷲)です。モンゴルのカザフという地方で12代続いている鷹匠一家の娘さんなのですが、女性の鷹匠は彼女が初めてだそうです。彼女の話はTHE EAGLE HUNTRESSというドキュメンタリー映画で紹介されているのだそうです。

目次
1)自動運転車は不平等を生む!?
2)中国で離婚が増えるわけ
3)難民問題のルーツ
4)植民地主義の過去:英独、姿勢の差
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)自動運転車は不平等を生む!?


自動運転のクルマ(driverless car)というのが現実のものとなりつつあると言われていますよね。むささびのように車の運転を止めてしまった年寄りにとって、自分がハンドルを握らなくても希望の場所へ連れて行ってくれるクルマなんて夢みたいなハナシです。が、英国の保守派の雑誌、The Spectatorに掲載されたトビー・ヤングという人のエッセイによると「自動運転車によって生活はいま以上に悪くなる」(How driverless cars will make your life worse)とのことであります。


自動運転車の推進派によると、いいことずくめであります。「コスト」が普通の車より低い可能性がある。この「コスト」には車自体の値段以外の要素も含まれている。例えば人間ではなくて機械が運転してくれるのだからミスがない、ミスがないから事故もない、事故がないと自動車保険も安くなる。さらに人間が運転するよりはるかに燃料効率に優れた運転をしてくれることは間違いないのだから、ガソリン代が低くて済む。また、みんながこの種の車を使うようになれば車間距離も殆ど数十センチで走っても事故は起こらない(ようにできているはずだ)から渋滞が少なくなり、移動時間も短くて済むようになる。大都市では自動運転車以外の運転を禁止すれば、信号なんかなくても事故も起こらずにスムーズに車が流れる・・・というわけです。

ヤングによると、推進派の楽観論はお話にならない。まずコストですが、確かに保険料金は安くなるかもしれないけれど、車が古くなることによる中古車としての価値・価格の下落はどうなるのか?技術の粋を尽くして作られる自動運転車ですが、技術革新のペースもすごいものになる。つまりあっという間に「中古車」になってしまう。そうなると性能・装備の点でレベルの違う無人車が道路上で混在することになり、事故が続発する、と。かと言って、中古車を禁止することなどできっこない。

 

リーズ大学のザイア・ワダッド教授によると、自動運転車の時代が到来するのは約20年後であり、その頃になると車両による道路の利用率がいまより60%も上昇すると推定されているのだそうですね。年寄りが運動神経が鈍ったからと言って、現在のように免許証を返上することがなくなる。自分が運転するのではないのだから当たり前です。長距離の貨物輸送も鉄道よりもdoor to doorで運んでくれる自動運転トラックが使われるようになる。要するに公共の乗り物ではなく車で移動しようとする人の数が爆発的に増えるということです。当然、交通渋滞がいまよりは頻発するから、自動運転車の方が移動時間が短いという理屈は成り立たない。

トビー・ヤングがさらに指摘するのは、自動運転車が、いまでも存在する社会的な不平等をさらに悪化させるということです。例えばロンドンが自動運転車以外の車の乗り入れを禁止したとする。運転速度を同じものに規制しようとしても画一性を毛嫌いする英国人の場合はこれを受け入れようとしない。時速20マイル(約30キロ)のスローレーンは運転料金が10ポンドで済むけれど、30マイル~40マイルレーンともなると50ポンドもとられる。スローレーンを運転していて、会議に間に合わないとなるとクイック・レーンに切り替えることはできる。しかしそのためにはとんでもない料金を払わなければならない・・・チキショー、いっそのこと地下鉄に乗っておけば良かった!と後悔する。が、実際には地下鉄を使うと同じ場所へ行くのに70ポンドもかかるかもしれない。自動運転車の普及によって地下鉄の利用客が減ってしまい、乗車賃を大幅に値上げせざるを得なかったというわけです。つまり地下鉄が金持ちだけに利用される乗り物になってしまった!? だから・・・
  • 自動運転車は、遅くて高くて、社会的分断を加速させる。こんなものは蕾のうちに摘み取っておいた方がいい。
    Driverless cars will be slower, more expensive and socially divisive. We should nip this technology in the bud.
というのがヤングの結論です。

▼トビー・ヤングが言うように、道を走る車が一台残らず自動運転なんて時代が来るはずない・・・と言い切れますか?わずか半世紀前にむささびが免許を取ったとき、ほとんどがマニュアルの車だったのでありますよ。いまは?ほとんどがオートマなのでは?マニュアルからオートマになって、誰でも乗れる「お猿の電車」になった。さぞやドライバー人口が増えたでしょうね。でもおかげでアクセルとブレーキを踏み間違えたなどという事故も起こるようになった。自動運転ということは、人間は何もしないということですよね。そんなものが人間にとって有難い存在なのですかね。むささびのような免許なし老人でも好きなところへ行けるというのは有難いかもしれないけれど、ある程度の年齢になったら「好きなところへ行く」などという欲は捨てた方が健全だと思うけど・・・。
 

2)中国で離婚が増えるわけ

12月3日付のThe Economistのサイトによると、2015年の中国における離婚率は、人口1000人あたり2.8件で、アメリカの3.2件ほど高くはないけれど、「ヨーロッパの殆どの国よりは高い」(higher than in most of Europe)のだそうです(日本は1.80件、英国は2.05件)。記事によると中国の離婚率は10年前に比べると2倍の高さであるとのことであります。ただThe Economistの記事が伝えているのは、離婚そのものより離婚原因の一つとされる「不倫」(adultery)の増加についてです(むささびでは余り語らない!)。


記事がまず紹介するのは重慶市で結婚相談所を営む男性です。彼にとって最大のビジネスは、奥さん以外の女性と付き合う夫と不倫相手の仲を裂くことにあるのですが、客層で一番多いのが30代~40代の妻で、「夫が自分以外の女と付き合っている。別れさせてくれ」と頼みに来るのだそうです。この種の仕事は成功するまでに約7か月、費用は10万~50万元(120万~600万円)というから結構なお値段なのでは?

この記事によると最近の中国では「お妾」(second wife)はそれほど異常な存在ではなくなっており、かつて鉄道大臣を務めたこともある劉志軍という人物などは18人もの女性を囲っていたという噂まである。中国では1950年に「内妻」が法律で禁止されたし、1980年代までは「不倫」は極めて稀だった。それが2015年、北京大学の研究者が8万人を対象に調査したところ男女併せて既婚者の約20%が不義を働いている(unfaithful)と答えたのだそうです。

そもそも、記事の最初で紹介した重慶の結婚相談所の経営者による「不倫破壊」業がビジネスとして成立すること自体が、今の中国では「不倫」が盛んであるということであり、そのことが暗示するのは、「不倫」が道義的に「許されざる罪」(unpardonable offense)であるとは思われていないということを意味しているとも言える。The Economistの記事は、これもまた経済発展の結果、起こるべくして起こっていることかもしれない(predictable consequence of economic development)と言っている。つまり昔は何よりも大事にされた「家族に対する義務」(familial obligations)や「世間体」(reputation)などよりも自分の欲望を上に持ってくることを厭わない中国人が増えたということである、と。

The Economistの記事は、2015年に離婚したカップルが380万組というのは10年前の倍であり、離婚理由のナンバーワンが相手の不倫であることも事実であるとも伝えている。現代の中国において「家族」というものが急速に崩壊しつつある(Chinese families are fraying fast)ことは間違いないとのことであります。

世界銀行のサイトによると2015年の中国人の平均年収は8027ドル(ざっと90万円)で、日本人の平均(32477ドル)のざっと4分の1となっている。重慶の町の不倫壊し屋が請求する報酬が最低で120万円・・・。平均年収よりも多いということになりますよね。つまり「不倫」も「不倫壊し」もかなりのお金持ちの世界の話ってこと?

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3)難民問題のルーツ
 

現在、ヨーロッパを席巻する最大の問題は難民です。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、いま故郷を追われて漂流する難民の数は世界中で6500万にものぼる。第二次世界大戦以後最大の数字です。その半数がシリア、アフガニスタン、ソマリアからヨーロッパへ向かう難民であるとされている。ヨーロッパへ向かう難民が増える中で、その「手配師役」(facilitator)として登場、しこたま儲けているのが新手の人身取引業者(human traffickers)なのだそうです。



イタリアの女性ジャーナリスト、ロレッタ・ナポレオーニ(Loretta Napoleoni)が書いた "Merchants of Men" という本は、この難民問題をイスラム過激派(jihadists)による人身取引(human trafficking)というアングルから書かれています。彼女がフランスの国際ニュース専門チャンネル、FRANCE 24とのインタビューでこの問題について語ったものが9月20日付の英文サイトに出ています。彼女によると、いわゆる「難民問題」(refugee crisis)は、地球規模で横行する「人身取引」という犯罪行為によって生まれているものなのだそうであります。

▼"human trafficking" という言葉ですが、むささびはこれを「人身売買」のことだと思っていました。そのような側面もあるけれど、それだと奴隷の売買のようなものを思わせる。日本で"human trafficking" の問題に取り組んでいるThe LighthouseというNPOのサイトが国連の定義として「人の”自由を奪い”、暴力や脅しを使って人を”強制的に”働かせ、その利益を”搾取する”犯罪行為」と説明しています。国連による"human trafficking"の定義はここをクリックすると詳しく出ています。


以下はロレッタ・ナポレオーニとの一問一答です。
  • 人身売買が地球規模のビジネスにまで発達してしまった背景は?
米国愛国者法の制定
正確に言うならば、1989年のベルリンの壁崩壊、1991年の社会主義・ソ連の消滅によって世界のあちらこちらが不安定になったことに源がある。が、決定的な契機といえば2001年の9・11テロだろう。あの事件を契機にアメリカが作った「米国愛国者法」(USA PATRIOT Act)によって、テロに関係すると目される人物やグループの行動を厳しく取り締まるようになったことだ。これによって思わぬ「損害」を被ったのがコロンビアの麻薬業者だった。彼らはコカインをアメリカ経由でヨーロッパへ運んでいたのだが、「愛国者法」の制定でこれが難しくなった。

別のルートを探っていた彼らが行き着いたのが、西アフリカ経由でヨーロッパへコカインを運ぶというルートだった。が、コロンビアの麻薬業者が発見したのは麻薬の密輸ルートだけではなかった。例えばタバコの密輸のようなごく「小さな犯罪」(petty criminals)に関わるネットワークがわんさと存在することが分かった。その多くがアルジェリアにおける武装イスラム集団(GIA)のメンバーだったが、コロンビアの麻薬密輸業者のコカイン密輸に関わることでしこたま儲けた。そして「ビジネス」を多様化するようになったのだ。つまり麻薬やタバコだけではなく、外国人の誘拐、さらには人身取引という活動で金を儲けるようになったということだ。「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」というイスラム過激派もそのようにして大きくなった。
▼米国愛国者法(USA PATRIOT Act)は、法律の頭字語の10文字(USA PATRIOT)は2001年のテロリズムの阻止と回避のために必要な適切な手段を提供することによりアメリカを統合し強化するための法律 (Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act of 2001 公立法107-56)を意味する。愛国者法(Patriot Act)としても知られる。(ウィキペディアより)

  • イスラム聖戦グループがなぜ人身取引のような犯罪に関わるようになったのか?
「聖戦兵士」はチンピラ犯罪者
いわゆるイスラム「聖戦グループ」(jihadist groups)の構成員そのものがタバコの密輸のような軽犯罪に関わっている者だからだ。最初は外国人の誘拐と身代金要求をやっていたが、外国人が危険地域を避けるようになると、今度はあちこちで故郷を追われる移民・難民の人身取引に手を出すようになった。彼らをリビアなどへ連れて行くと「買い手」(人身売買業者)はいくらでもいた。そうなるとコロンビアの麻薬業者などとは無関係のビジネスということになる。彼らは金になることならなんでもやった。彼らにとって宗教(イスラム教)は単なる隠れ蓑であり、散在する「聖戦グループ」を団結させるシンボルのような役割を果たしているように見えるかもしれないが、実際にはバラバラに活動をしているに過ぎない。そこがイタリアのマフィアあたりとは異なる点だ。

  • ISISは人身売買に絡んでいるのか?
一口にISISというけれど、実際には場所によって違う。リビアのISISとシリアのISISは別ものだ。それぞれがローカルな規模で活動しているのであってお互いの連絡・連携などはない。ただ同じような統治のやり方をしている。自分たちの領土を通過する人間から税金を取り立てるという方法だ。シリア国内のISIS領土についても同じことだ。税金の額はISISが決めるが、一人当たり1600ドル、人身取引業者はこれをISISに払うことが要求される。ISIS領を通過するのは他の場所を通過するより金がかかる。しかし安全ではあるというわけだ。また人身取引業者が移民・難民からISISが定める税金以上の金額を取り立てることは禁止されている。
  • 欧州警察機構(Europol)によると、ヨーロッパへやって来る移民の9割が犯罪組織による手配に頼っている。これはどのような犯罪組織なのか?要求金額はどれくらいか
人身取引業者はマフィアではない
人身取引に関わっているのは、(マフィアのような)組織だった犯罪組織の構成員などではない。彼らの多くがかつては移民・難民であった人間だ。だから彼らは人身取引のシステムに熟知しており、みんながローカルな規模で活動している。例えばオーストリアには難民をドイツの国境地帯まで連れて行く人間がいる。彼らの仕事はドイツ国境まで。次にドイツ国境にはドイツ経由でデンマークまで連れて行く運び屋がいる。彼らはいずれもチンピラ(petty criminals)で、移民・難民を運ぶ仕事があれば喜んでやる。ギリシャから西ヨーロッパへ行くには一人当たりざっと7000ユーロかかる。リビアのスルトからイタリアまでは約2000ユーロ。5年前には1600ユーロだったものが、規制が厳しくなったことで値上がりしたのだ。これらはボートやトラックによる移動に要する金だ。ひたすら陸上を移動(徒歩も含む)については分からない。

  • 2016年3月にEUとトルコ政府の間で交わされた難民危機に関する合意をどう評価するか?トルコ経由でギリシャに到着した難民は、EUの経費でトルコに強制送還できることになっているが・・・。
カネで難民押し付けはできない
ひどい取り決めだ。要するにEUに来られては困るから、金を払ってトルコに送還しようということだ。しかしトルコ国内における難民収容施設の状態はひどいものだ。実はイタリアもかつて同じことをやって失敗した。ベルルスコーニ首相のころにリビアからの難民流入を防止する対策を講じたが、おかげでイタリアへ来ることが出来ずにリビア国内に留まらざるを得なかった難民の多くが拷問を受けたり奴隷扱いされたりしたことがある。中には殺された者だっている。金を払って他国に難民を押し付けようという発想自体が無理ということだ。

  • 移民・難民の問題を国連で解決しようという動きがあるが・・・
プーチン=トランプが頼りだ
国連にこれを期待するのは無理だ。アメリカもヨーロッパもプーチンと話し合って何らかの合意に達する必要がある。ロシアは中東のことを熟知している。移民・難民危機の解決は中東和平なしにはあり得ない。なのにNATO軍をロシアの国境近くにまで展開させたり、ウクライナのEU加盟を働きかけてみたりしてロシアの神経を逆なでしている。何を考えているのか?ヨーロッパでは何もかもがバラバラになりつつあるのだ。BREXITは氷山の一角にすぎないのだ。いまこそ団結しなければならない。もしアメリカでトランプが大統領に選ばれたならば、プーチンとの話し合いが可能になるだろう。もちろん民主主義的ではないけれど、ヒラリー・クリントンが選ばれるよりはましだ。彼女ではロシアとの合意は無理であり、クリントン大統領の下では移民・難民危機の事態は悪化するだけだ。

▼このインタビューが掲載されたのは9月20日だから、まだトランプが大統領選に勝つ前のことです。むささびが注目したのは、やはり最後の部分ですね。難民危機の解決にはプーチンの力が欠かせない、トランプならプーチンとうまくやっていけるかもしれない、ヒラリーでは無理・・・ナポレオーニ記者は、シリア問題の解決についても同じようなことを言っている。トランプやプーチンによる問題の「解決」がどのようなものになるのかは想像するしかないけれど、例えばシリア内戦については、アサド政権による統治を回復するという経過を経るものになることは(たぶん)間違いない。つまり「必ずしも民主的なシリアが実現するわけではないけれど、内戦で人間が殺し合うよりは”独裁”のほうがまし」ということなのではないか。

▼ヒラリー・クリントンの場合は、独裁者であるアサドを打倒することを目標にしている点で、これまでに欧米がイラクでサダム・フセインを、リビアでカダフィを「打倒」したのと全く同じことの繰り返しになるとしか思えない。フセイン後、カダフィ後のイラクやリビアの混乱を見ると、欧米流の「民主主義」の押し付け路線では事態が悪くなるだけという気がしないでもない。ブレアもキャメロンも同じことを繰り返してきたのですよね。メイ政権がどのような態度であるのか定かではないけれど、珍しいほどの日和見主義政権だから、ひょっとするとプーチン=トランプ路線に乗るってことになるのかも?
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4)植民地主義の過去:英独、姿勢の差




植民地主義とは? ドイツのやり方
共有できる文化がない アメリカでさえも・・・

12月26日付のGuardianの社説がちょっと変わった話題を取り上げています。「植民地主義の過去:英国がドイツから学ぶもの」(Colonial past: a German lesson for Britain)という見出しがついている。2016年10月14日~2017年5月14日までの日程でベルリンにある国立歴史博物館において「ドイツの植民地主義:過去と現在の断片」(German Colonialism: Fragments Past and Present)と題する展覧会が開催されており、その狙いが「ドイツの植民地主義の遺産に直面する」(facing up Germany's colonial legacy)ことにあると謳われている。Guardianの社説が提起しているのは
  • なぜ英国では、そのようなことをするのが困難なのか?
    Why does Britain find such an exercise so hard?
ということ、即ち「なぜ英国は自分の過去の植民地主義を見つめることが苦手なのか?」という問いかけです。

 

植民地主義とは?

まずは「植民地主義」なるものの定義から。「植民」というのは、本国から離れた地域に集団的に移住・定住する行為のことを言いますよね。例えば15世紀に当時の英国を始めとするヨーロッパ諸国からアメリカ大陸に移り住んだ・・・あれは「植民」です。ただ「植民地主義」と言う風に否定的・批判的に語られる場合(むささびの解釈によると)植民者が本国に対して何らかの利益を提供する。インドに植民した英国人がそこで現地の労働者を収奪して生産した紅茶を本国に送り、それが商品となって世界中に輸出されるという、あれです。17世紀から19世紀にかけて英国、フランス、オランダなどのヨーロッパ諸国が世界のあちこちに植民地を作る。日本も20世紀初頭に台湾・朝鮮・満州などに集団移住したことがあるという意味では植民地主義国ではあった(かな?)。

これらの国に比べるとドイツという統一国家の誕生自体が1871年と遅かったので、植民地の数も規模も小さかった。が、植民地経営は暴力的だった。アフリカや太平洋地域に植民地を有していたけれど、1904年にはアフリカのヘレロとナマという国(現在のナミビア)の現地人がドイツの支配に対して反抗するとこれを虐殺・毒殺するなどして追い出したり、生存者を強制労働収容所のようなところに閉じ込めるというやり方まで採用している。

ドイツのやり方
ドイツのやり方が残酷であったことは事実ではあるけれど、他のヨーロッパの国に比べると、現代のドイツは自らの植民地主義の過去について真摯に向き合い、かつて支配した国々との間の賠償や謝罪などに取り組んでいる、とGuardianは言います。ベルリンにおける展覧会の開催もそのような姿勢の表れである、と。

Guardianによると、ドイツで行われているようなこと(かつての植民地に対する謝罪や賠償)が英国で行われることは「想像もできない」(impossible to imagine)として、いまから1年ほど前に南アで起こったある抗議行動について触れている。ケープタウン大学の構内にセシル・ローズ(Cecil Rhodes)という人物の銅像が立っていたのですが、この人物こそが英国による南アの植民地経営に活躍した人物であるということで、像の撤去が要求されるということがあった。その後、像は撤去された。

南アフリカのケープタウン大学の構内に作られたセシル・ローズの像。ローズは19世紀英国の植民地主義を代表する人物で、1902年に48歳で死去するまでは、南アフリカでダイヤモンドの生産を行う企業を経営して大成功、最後南アの首相にまで上り詰めた。最近になってこの像は撤去された。

ドイツによる植民地主義に比べると、英国のそれは圧倒的に大きな規模のものだった。何せ世界の総人口の5分の1を支配したのですからね。にも拘わらず、英国では謝罪・賠償どころか学校で大英帝国の過去について教えられることがほとんどない(rarely taught in schools)というわけです。実はいまから5年ほど前、ブリストルに英国の植民地主義をテーマにした博物館を作ろうという動きがあったけれど、推進派と反対派の対立でぽしゃってしまった。英国内にもかつての植民地に対する賠償金の支払いとか悔恨の念(contrition)の表明を進める動きもあるけれど、そのたびに極端な愛国主義(jingoism)や罪悪論(guilt)が不毛な対立を繰り広げるだけに終わってしまう。

なぜ英国ではドイツのようなイベントが行われないのか?Guardianの社説は、支持派と反対派の「情熱」(passion)が激しくて一切のコンセンサスが成り立つことがなく、結局政治的な勢力争いの道具にされてしまうと言っている。
  • そのような企画をしようものなら、デイリーメールのような右派系の新聞やマイケル・ガブのような右翼系の政治家たちによって「単なる綺麗ごとのお遊び」として一蹴されてしまう。
    The Daily Mail and Michael Gove would dismiss it as political correctness gone mad.
共有できる文化がない
Guardianは、このような状況について3つの点を指摘しています。一つには、英国人が認めようが認めまいが、このようなヒステリックな拒否反応が起こるということは、植民地主義という過去が現在の英国においても存在しているということ。二つ目は、英国では自国の歴史についてバラ色のイメージしか語られることがなく、国家が犯した罪などは全く語られず、歴史から学ぶのは「英国の偉大さ」だけということになってしまうということ。そして三つ目は、現代の英国には、国民が共有し合うような歴史観はもちろんのこと、国民が共有し合うような「文化」さえも存在しないということです。

ドイツの場合、ナチズムの残酷さと敗戦という背景もあって、(英国のように)自己欺瞞(self-deception)や自己称賛(self-glorification)に浸るような贅沢が許されなかったという事情がある。植民地主義とナチズムは別ものという考え方が一般的であったけれど、最近になって植民地の現地人に対する仕打ちの残酷さとナチズムのそれには直接の関係があるという見方も出て来ている。

マウマウ団の反乱
アフリカのケニアは1895年から1963年までの約70年間にわたって英国の植民地(保護領)だったけれど、その最終段階の1952年から1960年にかけて「マウマウ団の反乱」(Mau Mau Uprising)という独立武装闘争が起こる。英国軍がこの反乱分子を捕まえて、強制収容所に収容したのですが、その際に行なわれた組織的な拷問によって沢山のマウマウ団の構成員が死亡した。死者数はオックスフォード大学のアンダーソン教授によると2万人と推定されるけれど、ハーバード大学のキャロライン・エルキンズ教授は10万人が殺されたと言っている。

アメリカでさえも・・・

さらに自分を美化することについてはひけをとらないアメリカでさえも、かつて白人が黒人やインディアンに対して行った人種差別待遇を展示するための博物館が存在する。英国にはこれがない(とGuardianは主張している)。昨年のクリスマス、英国のメイ首相は国民向けのメッセージとして、EU離脱後の英国を盛り立てていくためには国民的団結が欠かせないことを訴えたけれど、Guardianの社説は「国民的団結を達成するためには、自分たちを客観的に見る姿勢が欠かせない」として、次のように主張している。
  • 必要なことは、国の過去についての真実(それは複雑かつ難しい)を語り、それを直視するという姿勢である。今のところ、我々は自分を客観的に見ることも、自国の過去を直視することも全く苦手であると言えるのだ。
    Another would involve telling and facing complex and difficult truths about the national past. Right now, we are very bad at both of these things.
この社説については、読者からの投稿が沢山掲載されています。一つだけ紹介すると:
  • もし社説の言う「歴史観の共有」というのが、ある種の人びとが言うように、「終わりなき謝罪」を意味するのであれば、そんなことはやりたくないしする必要もない。何百年も前にやったことを非難して外国に金を払う・・・それだけが彼らの狙いなのだ。いずれかつての植民地が自分の姿を鏡に映して見る時が来るだろう。そうなれば本当は誰が悪かったのかが分かる筈だ。19世紀の英国人が他の国の百姓よりほんの少しだけ優れていたというだけのことだ。自分がやったわけでもないことに「申し訳ない」などと考えること自体を拒否するべきなのだ。
つまり社説の言っていることに反対しているわけですね。で、その反対意見に対する反対コメントもいくつか出ている。
  • 誰が謝れなどと言ったのか?ただ、過去において起こったこと、それによって英国が如何に得をしたかということを認めろと言っているだけなのに・・・。
  • 誰もあんたの言っているようなことをやれと言ってはいないよ。
  • 英国人には「責任」という概念がないのだ。だから自分たちの行動がもたらした結果についても分からないということだ。
大英帝国と植民地主義:英国人の意見
▼上のグラフは、英国がかつては世界を支配した「大英帝国」であったという事実、それに伴う「植民地主義」という英国の「過去」について現代の英国人がどのように考えているかを示す世論調査の結果です。調査が行われたのは2016年1月です。これを見ると、帝国主義・英国を肯定的に見ている英国人が非常に多いということが分かる。EU離脱の背景にはこのような世論もあるのかもしれない。

▼この記事の中で、むささびは「20世紀の初めに台湾・朝鮮・中国などを日本が植民地化した」という趣旨のことを書きました。自信がないものだから、最後に「かな?」などという言葉を入れています。このあたりのことについて、関曠野(せき ひろの)さんという人が書いた『「日本は帝国主義国家でした」は大きなうぬぼれ』というエッセイは非常に面白いと思いました。外国へ出かけて行って住み着く(植民する)という点で英国やオランダのような国がやったことと、日本がアジアでやったことは、外見は似ていても本質が違うと関野さんは語っている。

▼関野さんのエッセイはかなり長いので詳しいことは原文を読んでもらいたいのですが、一つだけ紹介すると、英国の場合、植民地においていろいろと問題になることもやったけれど、植民地が独立したあとでも「英連邦」(Commonwealth of Nations)という形で相互の関係を保持しているということを指摘している。日本語訳では(おそらく)分かりやすくするために「英連邦」となっているけれど、実際には「英国」という名前は入っていない。これに参加している、かつての植民地としてはカナダ、オーストラリア、インド、パキスタン、ナイジェリア、バングラデッシュなど52か国を数えている。人口を合計すると22億、世界の人口(約73億)の4分の1を超えてしまう。

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5) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 

tit-for-tat:しっぺ返し

12月30日付BBCのサイトに出ていた記事の見出し:
"row" は「喧嘩」とか「対立」という意味だから、"Russia-US row" は「米ロ対立」ということになる。アメリカの大統領選挙に絡んで、ロシアがアメリカ国内の政党や個人にサイバー攻撃を仕掛けたということをCIAが発表、これについてオバマ政権がロシアに対する報復措置として駐米ロシア外交官を国外追放にしたのですよね。上のBBCの見出しは、アメリカによるロシア外交官追放に関連して、プーチンが「しっぺ返しとして(アメリカの)外交官を追放する可能性を否定した(rule out)」ということですね。

ネット辞書を見ると、"tit-for-tat" の説明として
  • 自分に対して不愉快な行為をした人間を罰するために意図的にとられる行為
    actions done intentionally to punish other people because they have done something unpleasant to you
と出ています。"revenge" と同じ意味ですね。"eye for eye" なんてのもある。

オバマ政権がロシア外交官を追放したことに対抗して、ロシア外務省もモスクワにいるアメリカの外交官を追放しようとして、プーチンにそれを提案したところ「アホなことは止めとけ」と命令された、と。プーチンは「ロシアは(アメリカによる)無責任な外交活動(irresponsible diplomacy)と同じレベルに自らを貶める(stoop)つもりはない」と語ったのだそうです。これに対するトランプのツイッターメッセージは「あの人(プーチン)がアタマの良い人間であることは分かっていた」(I always knew he was very smart!)であったということらしい。
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6) むささびの鳴き声
▼4番目に掲載した「植民地主義」に関するGuardianの社説を紹介する中で、BREXITをめぐって分断気味の英国について、メイ首相が国民的団結を呼び掛けていることに触れながら、そのためには「自分たちを客観的に見る姿勢が欠かせない」と社説が述べていると書きました。「自分たちを客観的に見る」という部分、原文では "seeing ourselves as others see us" となっている。「他人が自分たちを見るような眼で自分自身を見る」という意味ですが、日本でこれを言うと「自虐史観」というレッテルを貼られてしまう。英国では "political correctness gone mad" と言われてしまうらしい。

▼日本ではこれまで、第二次大戦中に日本軍がアジアで何をしたのかについて語るような展覧会が、政府主催で行われたことはあるのでしたっけ?原爆についても東京空襲についても、それなりの資料館はあるけれど、いずれも日本人が犠牲者・被害者になったという意味での「戦争の悲惨さ」を伝えるものですよね。いま日本と韓国の間で問題になっている「従軍慰安婦像」について(むささびが)「日本にも同じものを設置しよう!」と呼びかけたら、どのような反応が返ってくると思います?あるいは中国にある「南京大虐殺」の資料館の展示品を借りて来て日本国内で展覧会を開くとか・・・。

▼意図としては、「他人が自分たちを見るような眼で自分自身を見る」ための機会を作るということなのですが、さぞや「自虐」、「反日」、「非国民」等々、キャンキャン吠えまくる人が少なくないと想像します。ただむささびの関心は、むしろ韓国人や中国人がどのような反応を示すのかということにあるのでありますが・・・。

▼(全く話が違うけれど)読売新聞の関西版のサイト(1月4日)に出ていた『挫折した若者の力に:イラクで人質 非難乗り越え』という記事を読みました。主人公は31才になる男性で、5年ほど前から通信制や定時制高校に通っている人びとを対象にした教育プログラムを開発・提供するNPOをやっている。彼が開発した教育プログラムは、かつては不登校という挫折を体験した生徒と、同じく挫折を体験したことのある社会人が語り合う中で、生徒が「自らの過去を受け入れる」ようになり、さらには将来の人生目標を描けるまでになるというものなのだそうです(詳しくはここをクリック)。

▼このNPOをやっている31才の男性にも「消してしまいたい」と思うような挫折体験がある。むささびの読者ならご記憶のはず。今から13年前の2004年、イラクで日本人3人が武装勢力に誘拐され、人質になった事件。この男性は人質3人のうちの一人だった。戦争が進行するイラクにおいて劣化ウラン弾の影響で、子どもたちが病に侵されていることを知り、「実態を伝えたい」と思って現地まで出かけて行って人質になってしまったという、あの事件です。

▼当時、この男性は札幌の高校を卒業したばかりだったのですが、解放されてイラクから帰国した彼を待っていたのは「日本人の恥さらし」、「自己責任をとってすぐに死ね」という大バッシングだった。思いつめて一時は自殺まで考えてしまったけれど、その後いろいろあっていまのNPO活動に関わるようになったということです(詳しくは記事をお読みください)。

▼あの人質事件が起こったとき、日本はイラクの「戦後復興」を目的に自衛隊を派遣しており、武装勢力からの要求の一つに自衛隊の撤退があった。人質の家族らが日本で記者会見を開いて「人質解放のためにも自衛隊を撤退させろ」と要求したのに対して、読売新聞などは社説で、人質3人の「軽率な行動」を批判しながら、武装勢力の要求に屈することに断固として反対すると主張した。結局、3人とも解放されたのですが、その際に「人騒がせな3人」を非難して「自己責任」(自業自得と似たような意味で使われた)という言葉がメディアを覆い尽くしましたよね。

▼この「自己責任」事件については、むささびも『イラクの人質事件と「自己責任」』という文章を書いたことがある。3人とも危険を承知のうえでイラクへ行ったのだから「自己責任」は当たり前というのが、むささびの意見だった。でもそれは「自業自得だ」と3人を嘲笑ったり、「人騒がせだ」と非難するという意味ではなかった。3人の意思を尊重して黙って見守るべきだというつもりだった。その結果、彼らの身に何が起こっても彼らなりに納得していると考えるべきだということ。
  • 頼まれもしないのに勝手に大騒ぎをしておいて「世間を騒がせやがって、けしからん!」というのはおかしいんでない?

    ということです。
▼あれから13年、「自己責任論」に叩かれまくって挫折感を味わった人質の一人が取り組む教育プログラムは、関西を中心にいろいろな通信教育や定時制高校で採用され、受講者は2000人を超えたのだそうです。つまり大いにやりがいを感じているというわけで、読売新聞の記事は次の文章で終わっています。
  • 思えば、彼らと同じ年頃だったあの春、多くの人たちに迷惑をかけ、社会からは否定された。でも、その経験があるから、誰かの力になれる今が確かにある。「あの人質」が、もがいた末につかんだ手応えだ。
▼最後の文章は、カッコに入ってはいないけれど、この男性の今の気持ちを読売の記者が想像して代弁したものですよね。この人は、イラクの子供たちを助けに行ったことを「多くの人たちに迷惑をかけた」行為(やるべきでなかった行為)だったと思っているんだろうか?彼の行動を「否定」した、あの頃の社会やメディアのことを彼はどのように思っているんだろうか?そしてむささびが一番聞いてみたいのは、この記事を書いた読売新聞の記者が、この男性の活動を「軽率」と批判した、当時の読売新聞の社説をどのように考えるのかということですね。

▼「自己責任」騒ぎの最中に、むささびはあるフィンランド人と食事をする機会があったのですが、彼女は「人助けをしようと思って行ったボランティアが誘拐されて何故非難されなければならないのか?どうしても分からない」と言ってから「自衛隊の人が誘拐されても非難されるのでしょうか?」と真顔で聞いてきた。むささびは、「自衛隊は義務で行っているから誘拐されても非難されないが、ボランティアは好きで行っているから・・・」と説明をしながらも笑ってしまった。自発的に人助けに行くと結果如何では非難され、仕事だからということで渋々行った場合は誘拐というドジを踏んでも褒められこそすれ、とがめられることはない。イラクの子供を助けに行くと「自己責任!」と怒鳴られるけれど、かつての不登校児を助ける活動をすると好意的に伝えられる・・・フィンランド人でなくても「さっぱり分からない」話です。

▼というわけで、相変わらずくだくだ、失礼しました。本年もよろしくお付き合いください。

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むささびへの伝言