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BREXIT 美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
なんだかんだやっているうちに、今年も7か月が過ぎてしまったのですね、なんてことを言っているうちに間もなく終戦記念日。むささびを出し始めてから16回目の8月15日です。

目次

1)日本人って何者?
2)戦争のコスト
3)ボリスの孤独
4)BREXITの政局
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)日本人って何者?


7月27日付のThe Economistが、日本人の自意識について書いています。東京五輪を1年後に控え、日本人の多くが「日本人であることの意味」(what it means to be Japanese)について考えるようになっているけれど、筆者の印象として
  • 日本は未だに自分が何者であるのかについて完全には納得していない  Japan is still not comfortable with its own sense of identity
と言っている。


「不安感」がつきまとう

自分たちが何者なのかについて考えたり、議論したりするのは日本人だけではないけれど、日本人の場合は特にそれが顕著なのだそうです。「日本人論」などという書籍がわんさと出ており、(The Economistによると)日本人のみならず外国人までもが、日本人であることの意味などということを話題にしている。日本は世界の檜舞台(centre state)に立つことに慣れていないし、1964年の五輪を開催したときと違って、経済大国へ向かって「日の出の勢い」というわけでもないので、日本人論にも「不安感」(insecurities)がつきまとう。

この種の議論には、日本人優越論がつきもので、中には今でも日本人は「選ばれた民」(chosen people)だと思っている人間もいるし日本の天皇は天照大神からの直系であると信じている向きもある。そういう意味での日本特殊論がアジアにおける植民地主義の源となったし、軍国主義のバックボーンにもなった。それが敗戦によって否定され日本の自尊心(self-esteem)も破壊された。それらの選民思想に代わって登場としたのが経済大国としての日本です。それは日本人全体の集団的努力によって成し遂げられたものであり、しかも日本は平和主義国家であることを貫いてきた。


目立ちたいけど溶け込みたい

が、そのようなアイデンティティも1990年代のバブルの破裂に伴って揺さぶられることになる。そして登場したのが「逆境に強い国・日本」論です。東日本大震災と福島の原発事故のような「逆境」を跳ね返す能力を備えている、それが日本というわけです。

ただ(The Economistによると)日本人の自己アイデンティティには矛盾する要素が潜んでおり、それが不安の要因にもなっている。その矛盾を言葉で説明すると「目立ちたいと同時に周囲にも溶け込みたい」(both to stand out and to fit in)ということになる。先進国として世界中で尊敬されたいと思う一方では怖れられるのはごめんだ(not feared)という意識です。その感覚はアジアとアメリカの両方との付き合いの中で出来上がってきたものである、と。
  • 日本は他の先進国の尊敬を集めている。にもかかわらず先進国のクラブにいることに不安を感じる。ドイツと違って、日本は戦争に伴う過去と完全に向き合うことをしてこなかった。 Japan commands respect from other rich nations, but is an uneasy member of their clubs. Unlike Germany, it has never fully reckoned with its wartime past.
というわけです。


安倍晋三らの怖れ

日本社会はこれからますます単一民族という性格を失うことになる。そうなると自分自身に対する理解もまた複雑なものになっていく。かつて「典型的日本」の代表にように言われた終身雇用のサラリーマン社会はもうない。家族形態もいろいろだ。多くの外国人が日本で暮らし、仕事をするようになった。米ピッツバーグ大学の橋本明子教授によると、そのような変化をくぐっていく中で「日本は単一民族の国」だとか「日本人はみんな一緒」のようなものが、実際にはかなりの誇張を含んだものであることが明らかになっていく。

日本人の中には、そのような時代の変化に怖れを抱く者もいる。安倍晋三氏に近い、がりがりの歴史修正主義者(diehard revisionists)たちは、昔を振り返ることでそのような恐怖を忘れようとしている。彼らが語りたがるのは、日本を再び偉大な国にしようということであり、彼らの中にはアメリカに押し付けられた憲法を変えることで、日本を軍事力の点でも「普通の国」(normal military power)にしようと動く者もいる。


平和国家として

あるいは聖なる天皇や神道を日本のアイデンティティの中心に復活させようとする動きもある。天皇中心の発想は、近代的な国家の創造を目指した明治維新の中から生まれたものだったはず。明治維新以来の日本は、驚くほど変化に強かった。欧米から多くを学び、列強の帝国主義と戦う力を身に着けた。第二次大戦の敗北のあと、日本は廃墟から世界第三の経済大国となった。戦争好きの国から平和国家に生まれ変わった。戦後はただの一度も怒りから銃弾を発射したことがない。「そのこと自体が大変なこと(extraordinary)」なのだとThe Economistは強調している。

The Economistによると、アイデンティティ論がはらむ「二極対立」そのものによって日本は非常に面白い(intriguing)国になっており、日本を訪れる外国人が増えるのもその証拠だということになる。このエッセイの結論は次のようになっている。ちょっと長いけれどそのまま紹介します。
  • 日本が抱えている問題などは、他国から見ればうらやましいようなものだ。少子高齢化のような人口面の変化、もう爆発的とはいえなくなった経済、世界におけるそれほど目立たない存在感・・・これらはかつての日本が直面した難題に比べれば何でもない。日本は日本であることによって大いに印象的な存在になっていると言えるのだ。Other countries dream of having Japan’s problems. Its worries about demographic change, an economy that no longer fizzes and a relatively less visible role in the world are nothing compared with its earlier challenges. Japan remains impressive in its own right.
▼「世界が驚く日本の凄さ」、「外国人が褒めちぎる日本の素晴らしさ」、「日本ってホントにすごい国ですよね、ね?」という感じの言葉が特にテレビで頻繁に聞かれるようになったのはいつ頃のことでしたっけ?昔は「日本の常識は世界の非常識」とか「これだから日本はダメなんだ」という類の言葉が頻繁に使われたのに、いつの間にか「日本はすごい」論がメディア空間を占めるようになった。さらにいうと、かつての日本の軍国主義だの植民地主義だのを云々すると、すぐに「自虐史観」という言葉が飛び交うようになったのって、いつごろだった?

▼むささびの記憶によると、日本人が自分たちのことを否定的に語っていたのは、いわゆる「バブル」の時期、経済的に右肩上がりの時期ではなかったっけ?そして「日本はすごいんだ」という類の言葉が聞かれるようなったのは、日本の経済力が下がり始めたころではなかったっけ?自己否定も自己肯定も(むささびの見るところでは)欧米の物差しで日本を語るケースが多いように思いません?

▼「逆境に強い国・日本」論について、これもむささびの記憶ですが、東日本大震災が起こって市役所の拡声器から流れる「防災情報」を聴きながら不安な日々を過ごしていたときに「今こそ、日本は団結しなきゃ」という自分でも信じられないようなことを考えていたのよね。何故、いまこそ挙国一致政府のようなものを作るべきだという声が上がらないのだろう?とも・・・。でもあのときに政治メディアが書き立てたのは、菅直人ではダメだという議論で、それには大いに腹が立って「菅さん、がんばれ」という類のことを書いた記憶がある(むささびジャーナル216号)。

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2)戦争のコスト


来年の米大統領選に向けて民主党内の候補者がいろいろと発言しています。その一人で(むささびの理解によると)民主党でも最左翼に属すると思われるバーニー・サンダース上院議員が"Foreign Affairs"という国際問題の評論誌にエッセイを寄稿しています。題して
というもので、特に2001年9月11日の同時多発テロ以後、アメリカが進めてきた「対テロ戦争」(War on Terror)に焦点を当てて批判すると同時に、トランプ政権が進めようとしている対イラン軍事路線の危険性を指摘しています。


バーニー・サンダース上院議員

アメリカによる「対テロ戦争」が始まったのは9・11テロから約1か月後、2001年10月7日のアフガニスタン爆撃だった。目的ははっきりしていた。アフガニスタンに匿われているとされていた、オサマ・ビン・ラディンらの9・11テロ実行犯を捉えて正義の場に引っ張り出すことだった。あれから18年も経っており、オサマ・ビン・ラディンもアメリカ軍の手によって殺害されているにもかかわらずアメリカはまだアフガニスタンに軍隊を派遣している・・・。

サンダース議員が強調しているのが「対テロ戦争」の壮大な無駄(staggeringly wasteful)で、参考にしているのが米ブラウン大学のワトソン研究所(Watson Institute)によるCost of Warと呼ばれる戦争のコスト研究が挙げるさまざまな数字です。ここでいう「コスト」には金銭的なものだけでなく、そのために費やされた人命も含まれています。下記の表には2001年の10月から2018年10月までの17年間でアフガニスタン、パキスタン、イラクの3か国における「対テロ戦争」で失われた人命が掲載されている。

対テロ戦争で失われた命
Watson Institute
  アフガニスタン パキスタン  イラク  合計
米軍 2,401 4,550 6,951
米民間人 6 15 21
米派遣企業 3,937 90 3,793 7,820
当事国の警官・軍人 58,596 8,832 41,726 109,154
同盟軍 1,141 323 1,464
当事国の民間人 38,480 23,372 182,272~
204,575
244,124~
266,427
敵兵 42,100 32,490 34,806~
39,881
109,396~
114,471
メディア関係者 54 63 245 362
NGO 409 95 62 566
合計 147,124 64,942 267,792~
295,170
479,858~
507,236

例えばアフガニスタンの場合、これまでに米兵約2400人が戦死しており、アメリカにとっての損失であるけれど、やはり注目すべきは、アフガニスタン人の軍関係者(敵兵も含む)が10万人以上、民間人が約4万人も死亡していることです。また地球規模の「対テロ戦争」のために費やされたアメリカの税金は約6兆ドル(負傷したアメリカ兵の治療費も含む)に上るのだそうです。アメリカの年間軍事予算がざっと6000億ドルであることを考えると18年間の蓄積とはいえタイヘンな金額です。


それだけのお金を使ってテロリストの数は減ったのか?戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Studies)によると、昨年(2018年)のイスラム教スンニ派のテロリストの数を2001年のそれと比較すると、4倍にまで増えている。なぜそのようなことになったのか?アメリカおよび同盟国による「対テロ戦争」が多くのイスラム教徒の怒りを生み、テロ活動に参加するイスラム教徒の数が増えてきたということだ(とサンダース議員は言っている)。

ワトソン研究所の戦争コストの研究には、これ以外にもいろいろと数字があがっています。
  • 難民の数:アフガニスタン、イラク、パキスタン、シリアの4か国だけでも合計2100万人が難民として自分の故郷を離れて生活している。
  • 戦後復興:アメリカ政府がアフガニスタン、イラクで使った戦後復興予算は約1700億ドルなのですが、その大半が地元軍の装備充実のために使われている。
  • イラク、アフガニスタン、パキスタン、シリアでの対テロ戦争に費やした金額は約6兆ドルですが、これらは政府が借金をして捻出した金額で、返却に伴う利子だけで40年で8兆ドルに達する。


サンダース議員によると、9・11以来、アメリカは安全保障政策のほぼすべてを対テロ戦争向けのものにしてしまい、同盟国との協力による外交活動や情報交換のような活動がおろそかになっている。そのお陰でわずか数千人の過激派テロリストたちによって世界一強力な国家の外交政策が縛られるような結果になってしまった。
  • アメリカはテロリストに対抗するのに、正に彼らが望むものを与えてしまったのである。We responded to terrorists by giving them exactly what they wanted.
とサンダース議員は言っており、トランプ政権が追求しようとしているイランとの対決姿勢について
  • イランとの戦争はイラク戦争などよりも数倍ひどいものになるはずだ。 We should all understand that a war with Iran would be many times worse than the Iraq war.
として、「アメリカがイランを攻撃するようなことがあれば、イランはイラク、シリア、イスラエル、ペルシャ湾岸諸国などに散在する米軍に反撃を開始するだろう」と警告している。それらの国々はイランにとっては自分の庭の中に存在しているようなものなのだそうです。そうなると想像を絶するような中東の不安定という事態が起こり、またまた何年も、何兆ドルもかかる戦争に繋がっていく、と言っている。


▼最近、トランプが補佐官のジョン・ボルトンを日本と韓国に派遣しましたよね。外務省のサイトによると、河野外相との会談では「引き続き地域や国際社会の様々な課題について日米で緊密に連携したい旨の発言がありました」とのことです。あえてむささびが言うまでもないけれど、この人はイラク戦争について「中東全域および全世界に向かって(我々の)力と決意の強さの明確なシグナルを送ることができたのだ」として正当性を主張していた(むささびジャーナル262号)。

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3)ボリスの孤独

嫌われるのが嫌い? 何が何でも10月31日
実は孤独人間? 北アイルランドを直接統治
The Times をクビに 選挙は避けられるのか

ボリス・ジョンソンが第77代の英国首相に就任した翌日(7月25日)のThe Economistの政治コラムが「ボリス・ジョンソンの孤独」(The loneliness of Boris Johnson)というタイトルのエッセイを載せています。そのイントロがこのコラムニストのジョンソン観を一言で伝えていると思う。

嫌われるのが嫌い?
  • 英国の新首相の問題点?それは嫌われることが大嫌いということだThe trouble with Britain’s new prime minister? He hates to be hated
というわけです。

ボリス・ジョンソンって誰?
生年月日:1964年6月19日(55歳)
出身校:イートン校、オックスフォード大学
職歴:大卒後、The Times, Daily Telegraphなど保守派の新聞で記者を務めたのち、1999年から2005年まで保守系の雑誌The Spectatorの編集長を務める。2008年5月、ロンドン市長選に立候補して当選、2016年5月まで二期務めている。

ジョンソンはジャーナリスト時代にウィンストン・チャーチルの伝記を書いたことがあるのですが、その中でチャーチルについて次のように記述している部分がある。
  • 彼(チャーチル)には真の友人と呼べる人間はいなかった。周囲の人間を自分自身の出世のために利用するのが常だった。He didn’t really have real friends - only people he ‘used’ for his own advancement.
実は孤独人間

The Economistのコラムは、この記述はジョンソンにこそ当てはまるのではないかと言っている。ジョンソンは人を笑わせたりすることが上手で芸能人のような部分があるけれど、どちらかというと孤独なタイプ(solitary figure)で、他人を信用することがないし、彼を信用する人間もまた少ない。ジョンソンの首相就任が決まってから、BBCが彼の人となりを紹介するためにいろいろと取材をしたけれど、ジョンソンのことを好意的に語る人物はほとんどいなかったのだそうです。

The Times をクビ

ジョンソンは大卒後に記者として保守系の新聞、The Timesで仕事をするけれど、取材相手の言葉を改ざんした記事を書いたことで、直ちにクビになってしまった。その彼を拾ったのが、The Times以上に保守的な新聞、Daily Telegraphの編集長だったマックス・ヘイスティングス(Max Hastings)だった。ヘイスティングスは最近になってジョンソンのことを次のように書いている。
  • ボリスが本物の悪党なのか、ただの不良なのかについては議論の余地があるけれど、彼が道徳的に破滅した人間であることには議論の余地がない。There is room for debate about whether he is a scoundrel or mere rogue, but not much about his moral bankruptcy.
ジョンソンはほかの政治家に比べて、他人に好かれようと努力することがない割には他者からの批判には非常に敏感(intensely sensitive)なのだそうです。かつての上司であるマックス・ヘイスティングスに言わせると「臆病」なのだそうで、それが故に何とかして他人を喜ばせようとするし、前に言ったこととの矛盾など気に掛けることもしない。英国が国家的鬱状態に陥っているかのような現在、ボリスの道化師的性格は大いなる財産になるかもしれない、という向きもある。

ロンドンで行われた日本の捕鯨再開に対する抗議集会に参加したボリスのガールフレンド、キャリー・シモンズ(Carrie Symonds 31才)とボリスの父親、スタンリー・ジョンソン(Stanley Johnson 79才)。メディアによってはキャリー・シモンズをボリスの「パートナー」と呼ぶ向きもある。要するに正式に結婚はしていないけれど一緒に暮らしているということ。ボリスとともに首相官邸に入居するかどうかが注目されていたけれど、結局一緒に生活しているとのことで、首相官邸に未婚のカップルが入居するのはこれが最初のケースなのだとか・・・。

何が何でも10月31日

ただそもそも彼はどの程度「離脱派」なのか?育ちと政治姿勢は関係ないかもしれないけれど、ジョンソンの場合、極端にそれが異なる。父親(1940年生まれ・著述家)はかつては欧州議会議員であったし、妹のレイチェル(新聞のコラムニスト)は最近の欧州議会議員選挙では「残留派」から立候補したし、弟のジョーは保守党議員ではあるけれど残留派である、と。ちょっと可笑しいのはジョンソンが首相になって以来、父親がBREXIT賛成に鞍替えしたという報道もある。レイチェルに言わせると「我々(ジョンソン家の人間)はネズミ(rats)みたいなものよ。ロンドンにはジョンソン家の人間がはいて捨てるほどいるんだから」とのことなのですが、要するにジョンソン家の人間は誰もが目立ちたがりということらしい。

党首選の期間中ジョンソンが何度となく口にしたのが「10月31日までにEUを去ると約束する」ということだった。「何があっても(do or die)というわけです。ティリザ・メイがEUとの間で合意したアイルランドと北アイルランドの国境問題についての「安全弁」(backstop)というアイデアをジョンソンは拒否している。それは英国がEUの関税同盟という機構に残ることで、北アイルランドとアイルランド共和国の間に税関などを備えたハードな国境が復活しないようにするという発想だったのですが、それでは「離脱」にならない、と考える強硬離脱派には受け入れがたいものだった。


ベルファスト(北アイルランド)のBREXIT反対集会。国境復活に反対している
北アイルランドを直接統治

今回の党首選はほぼ最初から「ボリスの楽勝」が言われていた。つまり彼が北アイルランドの国境問題にまつわる「安全弁」についての強硬姿勢を少々軟化させたとしても彼の勝利には変わりなかったはず。なのに彼は「安全弁」を拒否する強硬姿勢をとった。The Economistのコラムニストによると、それは彼が16万人いる保守党員の大半を占めると言われる反ヨーロッパ強硬派に好かれていたかったからだ、となる。いわば強硬派が仕掛けたワナにかかったようなものだということらしい。いずれにしても、ジョンソンが強硬派としての「原則」に固執する限り、英国に残された唯一の道は「合意なき離脱」しかない。

The Economistのコラムニストは、北アイルランドの国境問題について、噂ではあるけれど、英国政府が北アイルランドを直接統治するという案もささやかれていると言っている。強硬離脱の結果として、北アイルランドの秩序が破壊されそうになっても、これをロンドンの政府が統治するということ。そうなると、1998年に行われた地方分権の結果として北アイルランドが手に入れた自治権もお終いということになる。となると、何がどうなるのか?北アイルランド内部に存在する英国派とアイルランド派の対立が再燃して、住民同士の衝突のような事態にもなりかねず、それを「鎮圧」するのが、直接統治の責任者であるボリス・ジョンソンということになる。そうなると英国内の有権者の怒りを買うようなことになりかねない。


ジョンソン首相主宰の閣議。
メイ政権の閣僚29人のうち18人がクビもしくは辞任した。

選挙は避けられるのか

ではどうするのか?ボリスはこれまでの反EU的な姿勢を多少は緩和せざるを得ない。いわゆる「安全弁」についてEU側から多少の妥協を得たうえでそれを下院にかけて合意を得る・・・そこで発揮されるのがボリスの「人間的魅力」というわけ。そうすれば何度も否決された案でも受け付けられるのでは?これまでのボリスを知る人ならその程度の裏切りはあり得るだろうとThe Economistのコラムニストは言っている。が、それでもボリスの強硬路線を支持した保守党員は怒るには違いない。

北アイルランド直接統治というとてつもないリスクを冒してでも「安全弁」拒否の姿勢を貫くのか、あるいはEU側との妥協を通じて、ティリザ・メイのものとは異なる合意案を作り上げて下院に提案するのか?嫌われることが大嫌いな男にとっては、どちらも魅力ある選択肢とはいえない。となるとボリスがとりうる唯一の選択肢は、10月31日以前に選挙を行いそれに勝利することしかない。もちろんそうなると、選挙に敗北して史上最短の首相という有り難くない「名声」を博することになる可能性もある。しかし・・・
  • ひょっとすると有権者に好かれるようなことになっているかもしれないではないか。 But - who knows? - maybe he could persuade the voters to love him.
とコラムニストは言っております。

▼コラムニストの最後の言葉の中に "who knows?" というのがありますが、ちょっとからかい気味に「わかったもんじゃないぜ」と言っているのと同じです。それはともかく、記事の最後の部分で、EU離脱日(10月31日)以前に選挙が行われる可能性について触れられています。ボリス自身はその可能性を否定する発言を繰り返しているのですが・・・そのあたりのことについては別の記事で触れることにします。

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4)BREXITの政局

 

10月31日がEU離脱日で、ジョンソン首相は「何が何でも(do or die)この日には離脱する」と繰り返しているわけですが、問題は離脱前に選挙があるのかないのかということです。首相は「絶対にしない」と明言しているし、選挙をしなければならないということはないのですが、これまでの3年間もめにもめているBREXITが有権者による何らのフィルターも通さずに成立するなどということがあり得るのか?首相がイヤだと言っている選挙を行う唯一の方法は、下院が首相に対する不信任案を可決することです。一票でも賛成票が多ければ首相は議会を解散しなければならない。で、そんなことできるんですか?結論から言うと、今のままでは難しい。が、10月31日がEU離脱日というのを少し待ってもらえば可能にはなる。


現在、下院は夏季休暇中で再開されるのは9月3日です。その日に不信任案が可決されたとしても、首相による議員の説得工作のための2週間を入れると、実際に議会が解散されるのは9月20日、投票日は10月25日(金曜日)ということになる(詳しくはBBCのサイトに出ています)。英国では、これまでの習慣で選挙の投票日は木曜日と決まっているけれど、法律でそう決まっているわけではない。そうでなかったのは最近でも88年前の1931年10月27日(火曜日)です。

仮に10月25日に選挙が行われたとしても、最終的なEU離脱日(10月31日)まで1週間もない。となると英国にとっての選択肢は二つに一つしかない。選挙などやらずに(首相の言う通り)「合意なき離脱」で突っ走るか、EUと再び交渉して離脱日を延長するかです。前者の場合でも離脱方法については下院の承認が必要です。ボリスが下院を説得できるのか?となるとEUと交渉して離脱日そのものを延長してもらうしかない。

で、仮に選挙が行われるとして、ボリス率いる保守党は勝てるのか?ボリス・ジョンソンが首相に就任する直前(7月17日)と直後(同26日)の世論調査(YouGov)を見ると、保守党だけが支持率を伸ばしていることがわかります。また支持率が下がったのはBREXIT党だけで、あとは「変化なし」となっている。つまり保守党への支持が増えたと言っても、それは保守党よりもさらに右側に位置するBREXIT党の支持者が保守党へ戻ったということであって、労働党や自民党の支持者が保守党支持に回ったというわけではない。

この政党支持率をBREXITを軸にして見ると、離脱支持が「保守党+BREXIT党=44%」で、離脱反対が「労働+自民+緑=49%」という数字になる。でもそれは労働党支持者がすべてEU離脱に反対であるとしての話です。実際には必ずしもそうではない。というわけでEU離脱に関する世論は相変わらず全くの分裂状態であるようです。


自民党の新党首 ジョー・スウィンソン

このような中で(むささびが注目した)動きが二つありました。一つは自民党(Lib-Dem)に新しいリーダーが生まれたこと。ジョー・スウィンソン(Jo Swinson)という39才の女性(グラズゴー出身のスコットランド人)で、自民党31年の歴史の中で初めての女性党首の誕生というわけです。2012年~2015年に保守党が自民党が連立を組んでいた時代にはビジネス担当の大臣を務めたこともある。21才の時に初めて下院議員選挙に立候補(敗北)したというから、若いころから政治の世界に身を置いていた。公立学校の出身で、いわゆるエリートではないけれど、動物愛護や環境保護運動には若いころから参加している。

現在のところ政策的な意味での自民党の最大の柱はEU離脱への反対姿勢です。保守党と連立を組んでいたときにはLib-Demが保守党によって「弟分扱い」されたというので、支持者の間で評判を落とし、議席も減らした。それがEU離脱をめぐる過去3年の混乱の中で労働党よりも姿勢がはっきりしているので、反離脱派からの支持が戻り、現在では保守・労働に次ぐ第三の勢力となっている。

勢いづく「BREXIT反対連合」
8月2日にウェールズのある選挙区で保守党下院議員の辞任に伴う補欠選挙が行われたのですが、勝利したのは自民党の女性候補(写真左から3人目)だった。獲得票数は13,826票で、第2位の保守党候補は12,401票だった。自民党の候補者は緑の党とウェールズ党との「BREXIT反対連合」を組んで勝利したわけで、ジョンソン首相にとっては有り難くない敗北となった。また労働党の候補者は前回比で12.5%も得票を減らしてしまい、影の薄い存在になってしまった。またこの結果、下院における議席は保守党と民主連合党の議席を併せて320議席で、野党合計(事実上のBREXIT反対連合)の319議席との差がわずか1議席となった。

 
労働党を追放されたアレステア・キャンベル

むささびが注目するもう一つのポイントは労働党の動きです。つい最近のニュースで知ったのですが、トニー・ブレアの労働党政権時代に広報・宣伝担当として「スピン・ドクター」と呼ばれたアレステア・キャンベルという人物が労働党を除名させられたのですね。5月下旬に行われた欧州議会議員の選挙の際に、労働党ではなくて自民党の候補者に投票したことを公言、これが党幹部の逆鱗に触れたということらしい。労働党の候補者に入れなかったのは、コービン率いる労働党への反発で、英国のEU離脱にしっかり反対していないという批判です。

コービンが労働党の党首になったのは2015年ですが、それまでの労働党を引っ張ってきた右寄り路線に反発するグループだった。あれから4年、現在、労働党支持者でEU離脱に反対する人間が42%なのに対して、賛成は13%しかいない。BREXITをめぐる分裂・対立の中で明確な離脱反対を打ち出さないコービンの存在感はかなり薄いものになっており、アレステア・キャンベルが欧州議会議員選挙で自民党の候補者を支持したのもそのようなコービンに限界を見たからだとされている。キャンベル氏はBBCに対して「コービン率いる労働党に戻る気はない」と明言している。

▼キャンベル氏に言わせると、コービンのような伝統的左派が党首である限り、労働党は消えてしまうしかない。BREXITが政治の中心である現在、トニー・ブレアのような右派・親欧の方が支持を得やすいことは確かです。が、ブレアの労働党には「イラク戦争」という汚名がつきまとう。一般の有権者の間ではブレアの評判は今でも悪い。つまりブレアの労働党を想起させず、しかもカリスマ性もあるという党首が現れれば、ボリスも真っ青になる。それが自民党のジョー・スウィンソン党首なのではないか、とむささびは言っているわけ。例えば「親欧」をテーマに新党を作り、保守党内の穏健派(反ボリス派)も誘い込む、と。ダメかな。

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5) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 
imperial measurements=帝国単位

ボリス・ジョンソン政権に下院院内総務(Leader of the House of Commons)として入閣したジェイコブ・リーズ=モッグ(Jacob Rees-Mogg:50才)が自分のスタッフに命じたことの一つに「言葉遣いを改めること」があり、そのためのガイドブックを作成して配布したことが話題になっています。特に目を惹くのが"imperial measurements"の採用です。重さ・長さ・容量のような単位を大英帝国時代に使われていたものを使えということです。キログラムではなくてパウンドを、キロメートルではなくてマイルを、リットルではなくてパイントをという具合です。

imperial metric
1 inch 2.54 cm
1 gallon 4.5 litres
1 mile 1.6 km
1 pint 568 ml
1 foot 0.3048 m
1 ounce 28.35 g
1 stone 6.35 kg

英国では、1960年代ごろまでは"imperial measurements"が普通だったのですが、それが徐々にメートル法に変えてこられたけれど、むささびの知る範囲では、クルマの制限速度を示す道路標識は今でも「マイル」だし、パブで飲むビールの単位は「パイント」であって「リットル」ではない。体重は成人の場合はキログラムではなくてパウンド、赤ちゃんの場合はパウンドまたはオンスだそうです。

それにしてもリーズ=モッグという人、1969年生まれ、まだ50才ですよ。イートン、オックスフォード大学という上流階級の育ちとはいえ、物心ついたころには英国では、ほとんど"imperial measurements"なんて使われていなかったはずです。そんなものを復活させて何が面白いのでしょうか?「古いからいいんだ」と言うのでしょうが、それは個人の趣味という程度にしておくべきなのでは?

そういえば「尺貫法」なんてのもありますね。単位として実際に使われることは少ないかもしれないけれど、日本語の表現としては大いに生きています。「一寸法師」、「一里塚」、「一升瓶」などなど。知らなかったのですが、真珠の質量を表す単位は、かつては「グラム」だったのが、今では世界中どこへ行っても"momme" なのだそうですね。日本が真珠取引の中心になっていることが理由なのだとか。
 
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6)むささびの鳴き声 
▼むささびはこれまで、署名活動なるものに賛同して署名したことはほとんどないのですが、先日目に留まった「韓国は敵なのか」という声明に対しては賛同の署名をしました。声明文の一部だけをコピペすると次のようになる。
  • 本来、対立や紛争には、双方に問題があることが多いものです。今回も、日韓政府の双方に問題があると、私たちは思います。しかし、私たちは、日本の市民ですから、まずは、私たちに責任のある日本政府の問題を指摘したいと思います。韓国政府の問題は、韓国の市民たちが批判することでしょう。双方の自己批判の間に、対話の空間が生まれます。その対話の中にこそ、この地域の平和と繁栄を生み出す可能性があります。
▼「双方の自己批判の間に、対話の空間が生まれます」という言葉が気に入りました。久しく日本の言論の世界で聞かなかった言葉ではありません?ここをクリックすると署名の声明文にアクセスできます。

▼日韓の問題についての昨日(8月3日)の新聞の社説を斜め読みしてみました。それぞれのメッセージをむささびなりに解釈して「●韓国が悪い」「★どっちも悪い」「◯日本が悪い」の三つに分類して目印をつけてみました。
▼つまり「むささび」と同じ意見(◯日本が悪い)の新聞はなしということです。「日本が悪い」という理由ですか?まず「徴用工」問題についての韓国政府の態度を「お話にならない」というシンゾーの態度こそお話にならないということ。次に「ホワイト国」(何というケッタイな名前でしょうか)と「徴用工」問題は無関係という日本側の主張に賛成できる人間なんて世界中どこを探してもいるはずがない。いるとすればそれは韓国憎さに無理に言いつくろっている日本の首相官邸だけ。

▼韓国のハンギョレ新聞に投稿した元日本弁護士連合会会長の宇都宮健児さんによると、「国家間協定で個人請求権が消滅しないのは国際法における常識」なのだそうですね。1991年8月27日の参議院予算委員会において、外務省の柳井俊二条約局長(当時)が、「日韓請求権協定におきまして両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決した」ことは事実であるけれど、それは「日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということ」であって「個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません」と答弁しているのだそうです。宇都宮さんの言っていることは「国家の意志を貫いた」ことが理由でシンゾーは立派だと言い張っている社説よりはまともです。

▼むささびは国際法だの国家賠償だのという問題について、専門的に語れる知識などゼロではあります。が、例えば第二次大戦中のヨーロッパで、ナチス・ドイツと戦った国に対して、ドイツが国家として賠償金のようなものを支払ったものと想像するけれど、違います?しかしそれとは別に被害を受けた国の人間が個人として賠償を求めて、相手国の企業や個人を訴えることなんて、大いにあり得ることなんじゃないの?

▼ラジオを聴いていたら日韓関係に詳しいという大学教授(日本人)が、いまや日本人の大多数が日本政府の姿勢を支持している・・・と言っていました。ホントですか?それが事実とすれば「外に敵を作って世論を誘導する」というシンゾーらのやり方に見事にはまってしまったということですよね。あるいはシンゾーが自分で作り上げた「嫌韓」世論が足かせになって、にっちもさっちも行かなくなっているのかもしれない。いずれにしてもメディアの姿勢が無関係とはとても思えない。むささびが日本人のためにでも韓国人のためにでもなく、人間のために望みを繋ぐのが、日本人の常識(common sense)であり、良識(decency)です。その点ではEU残留にこだわる英国人と同じですね。

▼この暑さは何なのです!?先日、クルマに乗ろうとしてドアを開けたら車内温度が42度と出ていました。

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