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352号 2016/8/21
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
いつの間にか8月も終わりです。ここ何年も植物の成長や衰えに一喜一憂しながら季節を感じているわけですが、つい最近、菜の花のタネを撒きました。早春には咲いてくれる(かもしれない)。あとひと月もすると、埼玉県西部の名物であるノラボウのタネが売りに出されます。これも来年の早春に味噌汁に入れて食することができる(かもしれない)。むささびを始めてから4度目のオリンピックが終わりますね。

目次
1)MJスライドショー:タブノキ
2)英国の「五輪ヒステリア」?
3)メイ政権と中国の対英投資熱
4)被告と裁判官が裁判所で口喧嘩!
5)優生思想のルーツ:フランシス・ゴールトン
6)優生法案を潰したリバタリアン
7)どうでも英和辞書
8)むささびの鳴き声


1)MJスライド・ショー:タブノキ


前前号のスライドショーでは、典型的な英国の木としてのオークを紹介しました。今回は、数ある代表的な日本の樹木の一つであるタブノキです。この木については、300号で紹介した『タブノキ』(山形健介著・法政大学出版局)という書物に詳しく書いてあるのですが、ネットで検索すると、どうやら北限は秋田県あたりでそこから南は殆どどこにでもある。巨木が多いのですが、一年中葉っぱが落ちない常緑樹で、いまいち季節感がない。だから詩歌などにはなりにくい。けれどこの巨木は神社やお寺の境内や住宅街などで「いつも青々とした葉を繁らせ、黙然と静まりかえっている」わけです。誰も名前さえ知らないかもしれない、でも絶対にいる・・・そんな木であります。
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2)英国の「五輪ヒステリア」?
今朝(8月21日)現在で、リオのオリンピックにおける英国の獲得メダル数は63個で、過去最高だったロンドン大会のメダル数(65個)まであと2つ、海外における五輪大会におけるメダル数としては新記録となっております。リオ五輪の期間中の英国メディアは正に「五輪一色」で、日本と大して変わらない熱狂ぶりであったわけですが、ガーディアンのコラムニスト、サイモン・ジェンキンズはこれを「オリンピック・ヒステリア」と呼んでおり「英国はかつてのソ連と同じようになってしまった」(Britain has turned Soviet)と嘆いております。

女子フライ級のボクシングで金メダルを獲得した英国のニコラ・アダムズ。女子フライ級で英国人が金メダルを獲得するのは92年ぶり。彼女がBBCに語った勝利のコメントは「これでアタシも英国始まって以来の最高のアマチュア・ボクサーということが正式に認められたということですよね。信じられない・・・」(I'm now officially the most accomplished amateur boxer Great Britain has ever had. I can't believe it)というものだった。北イングランドのリーズ出身の33才。年齢の関係で「東京(2020年)は無理かもしれない」と申しております。

ジェンキンズが「ソ連みたいだ」と言うのは、五輪選手の育成に投じられる政府からの資金援助のことを言っています。メダル数という意味では「画期的」であったのが1996年のアトランタ大会で、英国の獲得メダル数は15個で「かつてない悪成績」であったわけです。そこで当時の首相だったジョン・メージャーが「何とかしろ!」と言い始め、宝くじの売上金を五輪選手の強化策にあてることにした。その結果96年の交付金が500万ポンドであったのが、2000年のシドニー五輪には10倍を超える5400万ポンドが投じられ、おかげ(?)でメダル数もほぼ倍にまで増えた。以後、アテネ(2004年)では30個、北京(2008年)では47個ときて、ロンドン(2012年)では65個ということに・・・。


で、選手の強化策に投じられた交付金(宝くじの売り上げも入れて)は、ロンドン大会では2億6400万ポンド、そしてリオ五輪には3億5000万ポンドが投じられたというわけであります。単純計算ですが、ロンドン大会の場合、2億6400万ポンドを使ってメダルが65個、つまり1個の値段はざっと400万ポンド(約5億2000万円!)ということになる。リオの場合はいまのところ63個だから1個あたりの値段は555万5555ポンドということになる。

▼ジェンキンズは特にBBCの五輪騒ぎについて「まるでリオまで行ってアウェイの英国パーティーをやっているみたいだ」と苦り切っております。またEU離脱のキャンペーンを進めたグループが、リオにおける英国チームの活躍に便乗、"We may be small, but we truly are Great Britain!”(我々は小さな国かもしれないが、本当に偉大なブリテンなのだ!)というメッセージを流しているのだそうですね。それはいくらなんでも「悪乗り」ってもんじゃないの?
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3)メイ政権と中国の対英投資熱


8月6日付のThe Economistが、中国による英国への投資に関する記事を掲載しています。"Not so gung-ho"(それほど熱烈ではない)という見出しになっており、次のようなイントロが続いています。
  • 英国と中国の関係は少しは冷えるかもしれないが、英国に流れ込む元(中国通貨)が干上がってしまうとは考えにくい。
    Relations may cool, but the flow of yuan into Britain is unlikely to dry up.
昨年(2015年)10月に中国の習近平主席が英国を訪問した際に英中経済関係は「黄金の10年間」(golden decade)に入ったと宣言された。それまでの英国はドイツやフランス、アメリカなどに比較すると対中製品輸出という点では大幅に遅れをとっていた。2015年に当時のキャメロン首相とオズボーン財務相の音頭で打ち上げられた「黄金の10年」計画は、もっと広い意味での経済関係の緊密化を促進するというものだった。


例えば中国の主導で作られたアジア・インフラ投資銀行(Asian Infrastructure Investment Bank)に対して英国は欧米諸国の中では早くから参加の意思を明らかにしていた。さらに昨年、中国を訪問したオズボーン財務相は英国における高速鉄道の建設計画(120億ポンド)への中国からの投資を呼びかけたりもしていた。もう一つの目玉とされていたのが南西イングランドのサマセットにあるヒンクリー・ポイント原発の建設に中国が約60億ポンドを出資するという計画だった。これは建設費総額の3分の1にあたる。

それやこれやで、英中経済関係の将来はバラ色のはずだった。が、最近これに冷水を浴びせるような出来事が二つ起こってしまった。一つは何と言っても英国のEU離脱。投資先の英国がEU加盟国でなくなることは中国にとっても重大な関心を抱かざるを得ない。中国にとってさらにショッキングだったのは、最近になってメイ首相が、ヒンクリー・ポイントおける原発建設計画そのものを見直すと発表したことです。


キャメロン政権が推進したヒンクリー・ポイントの原発建設計画をなぜいま見直すのかについては、メイ首相からも担当大臣からもはっきりした説明はないのですが、キングス・カレッジ(ロンドン)ケリー・ブラウン教授などは、これがキャンセルということになると、英中経済関係の「黄金の10年」は、始まる前に終わってしまう(the golden era could be over before it has begun)などとコメントしている。また駐英中国大使がファイナンシャル・タイムズに「計画はそのまま進めるべきだ」という趣旨の記事を寄稿しているし、新華社通信は「これがキャンセルされたりすると英国が経済的にオープンな国であるとは言えなくなる」などとコメントしたりしている。

中国による対英投資は15年ほど前から他のヨーロッパ諸国に対するよりも多くなっているのですが、The Economistによると、中国は欧米におけるインフラ整備のための有力なパートナーであることを証明したがっていた。実はヒンクリーポイントの後にはエセックスにおいて設計から建設まですべてを中国が行う原発建設を期待していた。ただ英国内には余りにも中国に近寄りすぎることの危険性を指摘する声も出ていた。

EUを離脱する英国にとって中国を始めとする、いわゆる新興国との経済関係が重要度を増すことは間違いないわけですが、ここでヒンクリーポイントの原発建設がキャンセルされるようなことになると、中国の対英投資熱も冷めてしまう可能性がある。そうなると中国からの投資に期待している英国内のプロジェクト(例えば北イングランドにおける産業力の強化)などもちょっと怪しくなってくる。


The Economistによると、これまで中国への製品輸出という意味では遅れをとってきた英国ですが、今やいろいろ意味で英国の出番とでもいうべき状態になりつつある、と中英ビジネス協議会(China-Britain Business Council)のデイビッド・マーティンは指摘している。中国おいて中流階級の規模が増大するにつれて、英国が得意とするヘルスケアや保険関係のサービス企業には有利な状況になりつつある。

さらに中国では昨年“Made in China 2025”という計画がスタートしたばかりです。中国の製造業の競争力の維持を目的として企業の「質の高い製品づくり」を支援する活動なのですが、The Economistによれば、これは英国のハイテク製品メーカーやデザイン、コンサルティングの分野で強さを見せる英国企業にとっては出番となり得る動きである、と。さらに中国が進める“One Belt, One Road”(一帯一路)という一大経済圏構築計画には英国の銀行、石油会社、コンサルティング企業なども参加している。これに関してはヒンクリーポイントもEU離脱も無関係だから中国のプロジェクトに参加し続けることはできる。

The Economistによると、中国は2020年までに海外資産の総額を現在の6兆4000億ドルから20兆ドルにすることを狙っており、特に英国をはじめとするOECD諸国における存在感をさらに拡大することを望んでいる。これに対してヨーロッパにおける中国に対する態度に変化が見られる(attitudes across Europe are changing)という指摘もある。例えばドイツでは中国の家電メーカーによるドイツのロボット・メーカーの買収に反対する政治家が出て来ている。ただロボットのような国の産業競争力の将来に大きな役割を果たすことが期待されている分野については、中国企業による買収にも厳しい態度で臨むことになるかもしれないが、それを考慮に入れたとしてもこれからの中国による投資は増えることはあっても減ることはないだろうとThe Economistは言っています。

▼前政権のキャメロン首相、オズボーン財務相らによる対中接近ぶりを見ていて感じていたのは、彼らの感覚では中国人なんて「適当にあしらえる」存在だったのではないかということです。二人とも私立校⇒オックスフォード大学という(英国内では)超エリートコースを歩いてきた政治家で、相手が中国だろうが日本だろうが、自分たちの世界的な影響力や知的レベルにはかないっこない、近寄りすぎの危険なんて心配する必要はない・・・などと心のどこかで思っていた。イートンではないけれど、頭脳明晰という意味では彼らよりもはるかに上であるティリーザ・メイの眼にはお坊ちゃん二人のやることは危なっかしくて見ていられないというものだった・・・というのはむささびの勝手な想像です。

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4)被告と裁判官が裁判所で口喧嘩!

英国には反社会的行為防止法(ASBO:antisocial-behaviour order)というのがあり、主として若者による迷惑行為の取り締まりのために使われています。取り締まりの対象になる行為の例としては、騒音をたてる・落書きをする・破壊行為・人種差別行為・物乞い・・・数限りなく挙げられている。法律が出来たのは(むささびの記憶ですが)ブレアの労働党政権の時代だった。狙いは青少年の非行防止なのですが、適用されるのは必ずしも若年層に限らない。

というわけで、8月12日付のGuardianにコラムニストのサイモン・ジェンキンズが、ASBOによる取り締まりの対象とされ裁判を受けた50才になる男性と裁判官(女性)の間で交わされた言葉のやりとりについて書いています。日本では聞いたことがない(けれどあってもさして不思議ではない)ケースだと思うので紹介します。


裁判官(左)と被告の男性

この男性はある黒人の女性に対して人種差別にあたるような罵声を何度も浴びせ、バーなどではヒットラー礼賛ジェスチャーを連発するなどしてASBO容疑で逮捕されたものです。これまでの11年間で9回目のASBOによる逮捕というから殆ど常習者というわけですね。で、裁判では18か月の禁固刑が言い渡されたのですが、ジェンキンズの短いエッセイが語っているのは、彼が犯したASBOではなく、刑が言い渡された際の被告人と裁判官の間のやりとりです。
  • 被告:You are a bit of a cunt! (この、スケベ女!)
  • 裁判官:You are a bit of a cunt yourself. Being offensive to me does not help. (あんたこそ、スケベ男じゃないの。私をバカにするとロクなことにならないからね)
  • 被告:Go fuck yourself.(てめえなんか、消えちまえ)
  • 裁判官:You too.(あんたこそ、消えてしまえばいいんだ)
という感じです。弁護士によると、被告は独身・肥満・独居という悪条件の中で生きており、精神的にも鬱状態にあった「不幸な男」(unfortunate man)だそうで、少しは情状酌量があってもよさそうなものなのに、禁固18か月とは重過ぎる。しかも裁判官が被告と怒鳴りあうなんて・・・というわけで、司法行為調査機関(Judicial Conduct Investigations Office:JCIO)というところに不服申し立てを行い、これが受理された。確かに裁判官とも思えない発言ですが、このニュースが伝わると、英国のソシアルメディアにはこの裁判官を擁護する書き込みが相次いだそうであります。
  • ついに少しはものの分かってやる気もある裁判官が現れた!スター誕生だ。(At last! A judge with some sense and drive. Judge Patricia Lynch QC. A star is born.)
  • リンチ裁判長に国の運営を任せよう。私なら今すぐにでも彼女に投票する。(Get Judge Patricia Lynch running the country. I would vote her in immediately)
  • 彼女の言葉は素晴らしい。(She sounds marvellous.)
  • 彼女こそが裁判官のあるべき姿のお手本だ。フェアながらも厳しくてウィットにも富んでいる。(Sounds to me she is a fine example of what judges should be, fair but cruel and with a fine turn of wit.)
という具合です。これに対してサイモン・ジェンキンズの意見は
  • 裁判官の行為は理解はできるかもしれないが間違っている。またこのようなトラブルを抱えた男を刑務所送りにすることで、彼にとっての事態はますます悪くなるだけだ。
    Her reaction may be understandable, but it was wrong - and sending a troubled man to prison is likely to make his problems worse.
というものです。


確かに被告(名前はジョン・ヘニガン)は「反社会的」で困ったものではあるけれど、この程度の反社会的行為で刑務所入りというASBOという制度そのものが信用を失っている、コミュニティのための奉仕活動に従事させるなどの方法だって考えられてもいいではないか、とジェンキンズは言っている。彼によると英国の裁判官はヨーロッパ大陸のそれに比べると被告を刑務所送りにするケースが多いのだそうです。

リンチ裁判長の言葉づかいも褒められたものではないけれど、それよりこの男を刑務所に送り込むことで彼は「刑務所に入っていた」という経歴に一生付きまとわれることになる。そのことが社会にとってどのようなメリットをもたらすというのか・・・ジェンキンズがこの裁判官に問いただしてみたいのはその点であるとのことであります。ASBOという制度は正にそのためにあるのだからというわけです。

▼8月19日付の朝日新聞のサイトに「"白ブリーフ判事"厳重注意…SNS発信どこまでアリ?」という記事が出ていましたね。自分のツイッター上に「パンツ一丁・上半身裸」の写真を投稿、「これからも(このような写真を)どんどんアップしますね」などとつぶやいたりした50才になる東京高裁の裁判官が「厳重注意」を受けたのだとか・・・。東京高裁によると、この投稿は「裁判官の品位と裁判所に対する国民の信頼を傷つける行為」にあたるのだそうですね。これに対してこの裁判官は、日本では裁判官についての情報がゼロで「自分たちのことを裁く裁判官がどんな人なのか知る方法が全然無い」のはおかしいと批判している。

▼確かに日本の裁判所というのは世間から隔絶したようなところがありますよね。あたかも「隔絶しているからまともな裁判ができるのだ」とでも考えているかのようです。むささびなどの感覚からすると、この裁判官の場合、少なくともパンツは履いていたのだからどうってことないのでは?と思うよね。文字通りの全裸写真ともなると、ちょっと汚い気がしないでもないけれど・・・。

▼それから(どうでもいいことですが)被告に対して「てめえなんか消えちまえ」とやってしまった英国の女性裁判官ですが、名前をリンチ(Patricia Lynch)というのですね。裁判官の名前が「リンチ」てえのはどうも・・・。だからと言ってその名前が「裁判所に対する国民の信頼を傷つける」というわけではないものな。この際、裁判官も「芸名」ありってことにしたらどうか。「ジャッジ・パンティ」、「どうでも栄太郎」とか・・・。

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5)優生思想のルーツ:フランシス・ゴールトン
 

前号のむささびジャーナルで、「相模原事件」に関連して東大の福島智教授による記事を載せました。記事の中で福島教授はヒットラーによる障害者の大量抹殺という行為について語り、その行為の根拠となったのが「優生思想」という考え方だった、と書いています。「優生思想」というのは、ネット情報によると
  • 劣等な子孫の誕生を抑制し優秀な子孫を増やすことにより、単に一個人の健康ではなく一社会あるいは一民族全体の健康を計ろうとする思想をいう。
となっている。つまりある国家や民族の繁栄のためには、(例えば)知的に劣った人間同士の結婚を禁止したり、知的に優れた人間同士の結婚を奨励したりするべきであるということですよね。福島教授によると、その優生思想に「科学的根拠」を与えて「優生学」(eugenics)という学問を打ち立てたのがフランシス・ゴールトンという英国人であるというわけですね。ネット情報によると、ゴールトンが最初に“eugenics”という言葉を使ったのは1883年、意味は“well-born”(健全なる出生)で、社会の進歩のために知的に優れた人物同士が結婚することが望ましいということだった。


ネットを当たってみたら、13年前の2003年12月4日付の書評誌、London Review of Books (LRB) のサイトで、"A Life of Sir Francis Galton" という本についての書評エッセイが出ていました。フランシス・ゴールトン伝記なのでしょう。本そのものはニコラス・ギラム(Nicholas Wright Gillham)という人が2002年に書いたものなのですが、書評を書いたのはハーバード大学で生命科学の講師をやっているアンドリュー・ベリー(Andrew Berry)という人です。

フランシス・ゴールトンという人について簡単に紹介しておきます。1822年生まれの1911年死去だから、英国史でいう「ビクトリア時代」、英国が世界の超大国であった時代に生きた人物だったのですね。文学でいうと『二都物語』のチャールズ・ディケンズ、『不思議な国のアリス』のルイス・キャロル、『嵐が丘』のエミリー・ブロンテらが生きた時代です。ゴールトンはあのチャールズ・ダーウィンの従兄弟(いとこ)にあたる。ウィキペディアには統計学者(statistician)、心理学者(psychologist)、人類学者(anthropologist)、優生学者(eugenicist)などと並んで探検家(explorer)とか発明家(inventor)などという「肩書」もついている。つまり悪く言えば「何でも屋」、別の言い方をすると万能人間ということになる。

で、ロンドンの書評誌で取り上げられているゴールトンの伝記本によると、彼の優生思想が最も顕著に出ているのは、死の直前に書いて結局出版されることがなかった "Kantsaywhere" という空想小説なのだそうです。優生思想を一般に普及させることを意図して書かれた物語で、その中に「優生大学」(Eugenics College)というのが出てくる。この大学の役割は国民一人一人の「優生度」を計るためのテストを実施することにある。これに合格した者には「肉体的・精神的な遺伝可能分子証明書」(diplomas for heritable gifts, physical and mental)というのが与えられ、早期に結婚することが奨励される。そして子供の養育に伴う様々な負担が国家によって軽減される。テストに落ちた者は強制労働収容所に送られ、将来にわたって子供を持つことが禁止される。これに反したものは国家に対する反逆者とみなされる。


ビクトリア時代は、現代に比べれば「国は父親、国民は子供」というパターナリズムが幅を利かせていた時代であり、"Kantsaywhere" において人びとの結婚や出産を国家が管理するというゴールトンの発想はそれほど異常なものではなかったと言える。ただアンドリュー・ベリーよると
  • ゴールトンの理念そのものは善意に満ちたものであったかもしれないし、事実、「より大きな善のために」という理屈で正当化もされている。しかしゴールトンが優生思想が乱用される基礎を作ったのことに違いはない。ゴールトンは甘かったということである。
    Galton’s aspirations may indeed have been benevolent - justified, no doubt, by reference to a greater good - but, in his naivety, he nevertheless laid the foundations for future abuse.
となる。またアンドリュー・ベリーの指摘によると、フランシス・ゴールトンはいわゆる「人種差別主義者」(racist)で、特にユダヤ人とアフリカの黒人に対する差別意識は激しく、著作のあちこちでそれらしい記述が目につくのだそうです。例えば・・・:
  • 黒人たちは自分たち自身の問題についてさえもさまざまな誤りを犯す。それが余りにも幼稚で愚かで全くの単純細胞としか思えない誤りである。彼らを見ていると、自分が彼らと同じ人類という生き物であることが恥ずかしくなってくる。
    The mistakes the negroes made in their own matters were so childish, stupid and simpleton-like, as frequently to make me ashamed of my own species.
  • ユダヤ人というのは、他国の上に巣食う寄生虫のような点に特徴がある。彼らが文明国の国民としてさまざまな義務を果たすだけの能力があるという証拠が必要だ。
    The Jews are specialised for a parasitical existence upon other nations . . . there is need of evidence that they are capable of fulfilling the varied duties of a civilised nation by themselves.
というぐあいです。ゴールトンが生きた時代の英国において「優生思想」はどのようなものとして受け取られていたのか・・・それについては、次の記事で紹介します。

▼ゴールトンのこととは全く無関係なのですが、はるか昔、Richard Storryという英国人が書いた "A History of Modern Japan" という本を読んだことがある。どちらかというと明治維新以後の日本の歴史を語るペーパーバックで、第二次大戦後の混乱からようやく立ち直りつつある1960年代の日本で終わっているのですが、締めくくりの文章に違和感を持ったことを憶えています。長い歴史の中でいろいろなことがあった日本ではあるけれど、「日本人は大いなるバイタリティ(やる気)に富み、美を愛する性格も備わっている」としたうえで次の文章で終わっている。
  • これらの要素を有した(日本人は)世界に対して大いに貢献するものを有している人種であると言える。
    Possessing these this race has much to give the world.
▼フランシス・ゴールトンのことを読みながらRichard Storryの締めくくりの言葉を思い出して、もう一度ペーパーバックを取り出してみたら確かに上のような文章になっていた。この人(オックスフォード大学教授)は1913年生まれの日本研究家で、1983年に亡くなっているのですが、なぜ最後の部分で日本人のことを「この人種」(this race)という表現で呼んだのですかね。別に他意はないのですよね・・・?

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6)優生法案を潰したリバタリアン
 
 
「強制不妊」政策の普及 社会主義者と優生思想 チャーチルも肩入れ
個人の選択権 ウェッジウッドの功績  

「優生思想」という考え方を最初に学問化したのが、フランシス・ゴールトンという英国人であるわけですが、彼が生きた時代は大英帝国がまだ華やかに息づいていた19世紀です。ただ「健全なる出生」(well-born)のためには、「知的に優れた人物同士が結婚することが望ましい」という優生思想が市民権を得るのは19世紀も末から20世紀初頭にかけてのことだった。このころになると優生思想は海を越えてアメリカやヨーロッパ大陸へと普及していくわけですが、ここでは20世紀初頭の英国において優生学や優生思想がどのような評価を受けていたのかについて紹介します。


ちょっと古いけれど1998年8月号のプロスペクト(Prospect)誌に "Eugenics and liberty"(優生学と自由)と題するエッセイが掲載されています。書いたのは科学ジャーナリストのマット・リドレー(Matt Ridley)なのですが、この記事によると「優生学」を根拠とする法令の類は世界のいろいろな国で実施されているけれど、優生学発祥の地である英国では法案が議会を通過することはなかったのだそうです。ひとりの下院議員が強硬にこれに反対したことが理由であるとのことです。その下院議員がジョサイア・ウェッジウッド(Josiah Wedgwood:1872-1943)という自由主義者だった。ウェッジウッドは高級陶器メーカー、ウェッジウッド社の創設者の子孫にあたる人物で、国家による個人の支配という発想に強硬に反対した絶対自由主義者(リバタリアン)だった。

「強制不妊」政策の普及

マット・リドレーの記事によると、20世紀初期の欧米では優生思想による政策がかなり採用されていた。例えばアメリカの場合、1910年から1935年の間に20万にぼる人びとが「精神薄弱」(feeble-minded)を理由に法律的に不妊を強要されている。スウェーデンでは6万人が同じ目にあっているし、カナダ、ノルウェー、フィンランド、エストニア、アイスランドなどでも「強制不妊」(coercive sterilisation)を目的とする法律が作られている。中でもすごいのはドイツで、40万の精神薄弱者が強制不妊された上にその多くが殺されてしまった。第二次大戦中には精神病院の患者7万人がガス室に送られたことがあるのですが、その理由が戦争で傷ついた兵士のための病床を準備することだった。


英国では国家が国民に不妊を強要するような法律が作られることはなかったけれど、医者が私的なレベルで不妊手術を行うということはあった。英国だけでなくカソリックの影響が強い国では優生法の類は作られなかったのだそうです。優生学発祥の地であるだけでなく、20世紀前半でこれを薦めるようなプロパガンダが行われたのも英国を中心にしてのことだったにもかかわらず、これを政策として推進しようという姿勢はなかった。

社会主義者と優生思想

ただ英国では優生思想が全く受けなかったのかというと、それは違う。マット・リドレーによると、特に「進歩的」と目される人びとは案外「優生思想」に傾きがちなところがあった。社会主義者のHGウェルズ、ジョージ・バーナードショー、ハロルド・ラスキらがそうであったし、社会主義者ではないけれど経済学者のケインズなども「愚かな人間や障害者の出産は止めるべき」(urgent need to stop stupid or disabled people from breeding)という意味の発言をしたりしている。例えばHGウェルズは1901年に出版した "Anticipations"(予想)という著書の中で、100年後(西暦2000年)には実現しているであろう「理想の社会」(New Republic)について書いているのですが、
  • 両親の事情によって肉体的・精神的に病んだ子供を産むという行為はNew Republicにおいては、あらゆる罪の中でも最も忌むべき罪と見なされるであろう。
    the men of the New Republic will hold that the procreation of children who, by the circumstances of their parentage, must be diseased bodily or mentally...is absolutely the most loathsome of all conceivable sins...
と書いている。ウェルズがこの本を書いた20世紀の初頭において、生まれてくる子供の状態について科学的に予測することがどの程度可能であったのかは分かりませんが、この部分だけを読むと障害児を生むこと自体が罪であると言っているようにも見えますよね。彼はまた同じ書物の中で、次のようにも書いている。
  • うじゃうじゃ存在している黒人、茶褐色人、汚れた白人、黄色人などは(自分の考えるNew Republicにおいては)消えてもらわなければならないだろう。
    The swarms of black, and brown, and dirty white, and yellow people… will have to go.

ウェルズによると、「彼らの殺害は麻薬を使って行うことになる」(All such killing will be done with an opiate)のだから彼らが苦しむことはないだろうというわけです。もともと社会主義というのは個人よりも「国家」や「社会」と呼ばれるものを重視する傾向にあるわけで、HGウェルズの言葉は出産(breeding)という行為が「国営化」の対象になっていたことを示している、とマット・リドレーは指摘している。

チャーチルも肩入れ

20世紀初頭の英国では「進歩的知識人」と目される人びとが優生思想に傾いていたわけですが、保守主義者の世界でもその傾向が強かったとリドレーは言っている。例えば1912年にロンドンで開かれた第一回の国際優生学会議(International Eugenics Congress)の議長を務めたのは保守党の有力政治家だったアーサー・バルフォア(元首相)だったし、副議長を務めたのは当時は法務大臣だったウィンストン・チャーチルだった。チャーチルなどは「精神薄弱者が増えることは、自分たちの人種にとってはゆゆしき事態だ」(a very terrible danger to the race)とまで言っているし、当時のオックスフォード学生会議は2対1の割合で優生思想の原則を支持している。


1912年になって政府が「精神欠陥法案」(Mental Deficiency Bill)なるものを国会に提案した。これにはいわゆる精神薄弱者による出産を制限し、精神病者と結婚することを禁止するような条項が入っていた。

個人の選択権

この法案に最も強硬に反対したのが最初に挙げたジョサイア・ウェッジウッド議員だった。金持ちの子息で海軍関係で建築家の仕事をしていたのですが、ウェッジウッド家は進化論のチャールズ・ダーウィンのファミリーとも家同士の交流があった。ジョサイアは1906年に自由党から立候補して議員となり、その後労働党に入党している。彼のモットーに
  • 人間は選択の権利を持たなければならない。正しい選択をするようになるためには、誤った選択をする権利も与えられなければならない。
    Men must have the right of choice, even to choose wrong, if he shall ever learn to choose right.
というのがある。

ウェッジウッドの場合は、個人に対する国家の干渉を徹底的に嫌う自由主義者であって、社会正義の実現を謳う社会主義者というわけではなかった。政府が提案した「精神欠陥法案」の中でも彼が特に強硬に反対したのが、法案に盛り込まれた次の文章だった。
  • 精神薄弱者から出産の機会を奪うことは、社会全体の利益に鑑みて望ましいことである。
    desirable in the interests of the community that [the feeble-minded] should be deprived of the opportunity of procreating children
ウェッジウッドによるとこの部分こそが「最も忌まわしいもの」(the most abominable thing ever suggested)であり、国家に対する個人の保護ということが全く考慮されていないと批判したわけです。ウェッジウッドによる強硬な反対論によって政府も一時は提案を引っ込めるのですが、最終的にはかなり内容を薄めた形で成立する。

ウェッジウッドの功績

この法案の成立によって、英国では精神病患者の強制入院が当たり前に行われるようになる。つまり彼らが子供を産むことが事実上困難になったというわけです。その意味ではウェッジウッドにとっては「敗北」であるわけですが、マット・リドレーによれば、この法案があからさまに優生学的な思想を導入したものではないことを明らかにさせた点では、必ずしも敗北とは言えない。また、ウェッジウッドのもう一つの功績は、この国会における大激論によって、国が進めようとしていた優生学的な計画そのものの欠陥が明らかにされたことだ、とリドレーは言っている。すなわち・・・
  • (優生思想というものが)抑圧的で残酷なものであることを明らかにしたということ。優生学的な政策を実施するためには国家権力が個人の権利をフルに抑える必要があることが明らかにされたということである。
    This was not that it was based on faulty science, nor that it was impractical, though both of these were true; but that it was oppressive and cruel because it required the full power of the state to be asserted over the rights of the individual.
英国ではこの後政策的な意味での優生思想は下火となり、むしろアメリカ、スウェーデン、ドイツなどで強制不妊法という形で積極的に取り入れられていく。ただ英国では強制不妊が法的な強制力を持つものになることはなかったのだそうです。

▼ウィキペディア情報によると、西欧の優生思想は早くから日本にも伝わっていたのですね。高杉晋作の義弟という人物が「日本人種改良論」なるものに凝ってしまい、「日英混血児を得る」ことを目的に英国女性と結婚したのが1872年(明治5年)のことだそうです。結局この結婚は失敗に終わるのですが・・・。さらに明治の末から大正にかけて出版された『人性』という雑誌に欧米優生学(民族衛生学)の紹介が見られるのだそうであります。

▼日本における優生思想については、実にいろいろな情報があるようですが、むささびにとって最も分かりやすかったのは、NHKハートネットTVの『女性障害者 第3回 優生思想の過ちをただす』(2016年7月6日)というものだった。一言だけ紹介しておくと、日本にも戦前・戦後を通じて優生政策を正当化する法律があったのですが、終戦後は「優生保護法」という法律がその役割を果たしたのだそうです。この法律に基づいて「障害者」に対して強制的な優生手術(不妊手術)が行われていた。不妊手術を実施された障害者」の数は1949~1994年の45年間で84万5000人、そのうち「本人の同意を必要としない強制的な優生手術を施されたのは1万6000人以上で、その7割近くは女性」とのことです。

▼優生保護法はその第一条で「この法律の目的」として次のように書いてある。
  • この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする。
▼まさにジョサイア・ウェッジウッドが強硬に反対した「国家による個人の選択権の侵害」そのものという感じですね。この法律は、1997年に優生思想的な部分を除いて「母体保護法」と名称を変えたとのことです。この「優生保護法」が国会で成立したのが1948年ですが、その前の年(1947年)に「優生保護考案」というのが国会に上程されているのですね。これはいろいろな事情で廃案にされてしまったのですが、上程したのが福田昌子、加藤シヅエ、太田典礼という日本社会党の議員だった。英国においてもHGウェルズのような社会主義者たちが優生思想を大いに支持していたことと妙に一致しますね。

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7) どうでも英和辞書
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wet blanket:座を白けさせる人


7月24日付のObserverのサイトにポップ文化の評論家が
  • I don’t want to be a wet blanket about Pokemon Go...
という見出しをエッセイを寄稿していました。「ポケモンGOブームに水を差すようなことは言いたくないけれど・・・」という意味ですよね。このゲームについては、これまでのコンピュータ・ゲームと違って家の中にこもらずに外へ出て行くから健全だとか、新しい友だちが見つかるなどと、積極的に評価するようなことが言われているわけですね。筆者によると、大の大人が夕方自宅の周りを地面を見ながら歩き回るなんて、コンタクトレンズを落としてしまい必死に探しているようで実にカッコ悪いのだそうであります。

むささびは、ポケモンGOが遊べるようなスマホを持っていないのでやったことがないし、それをやっている人を見たこともない。でもこの記事によると、ポケモン・クレイジーのあるアメリカ人は、「自分はいつも家に居て、食事といえばドローンが届けてくれるピザばかり食べていたけれど、ポケモンGOのおかげで7マイル(13キロ)も歩いてしまった!」と喜びのコメントを語っている。13キロ!?ホンマかいな。グーグルマップによると、東京の新宿駅から三鷹駅まで、青梅街道沿いを歩くと13.8キロ(所要時間ざっと3時間)だそうです。ポケモンGOをやりながら新宿から三鷹まで歩いたってこと?

それはともかく、「しらけさせる」とか「水を差す」をwet blanketというのは、昔、家が火事になったときに水を含ませた毛布(wet blanket)で消火したということから来ているのだそうであります。wet blanketというフレーズを使った文章として
  • Don't let Joseph come on the Vegas trip, he's only going to be a wet blanket and take the fun out of everything.
    ラスベガス行きの旅行だけどさぁ、ジョゼフを連れて行くのは止めようぜ。あいつがいると座が白けるんだよな。面白くもなんともないもんな。
というのがあった。ラスベガスではギャンブルやって、食べたいもの食べて、大いに飲んで、どんちゃん騒ぎをやろうと思っているのに、ジョゼフなる人物は「ギャンブルなんて神様が許しません!」とか言って自分の部屋でダイエットコークなど飲みながら聖書を読んでいる・・・まさかそこまでひどくはないだろうけど、そういうのを「濡れた毛布」というわけよね。

でも・・・"wet blanket" は必ずしも悪いことではない。
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8) むささびの鳴き声
▼5番目と6番目に載せた「優生思想」について付け足しを。8月17日付の毎日新聞のサイトに自民党の野田聖子衆院議員が、あの「相模原事件」について語るインタビューが出ています。野田さんは長男が「重い障害」を持つ身なのですが、相模原のような事件は「いつかこんなことが起きる」と感じていたのだそうです。あの事件が起こる前から「相当数の人々が障害者に対するある種の嫌悪を持っていると日々感じてきました」ということです。

▼野田さんの長男はいろいろと治療が必要な身であるわけですが、それに関連して「政治家として税金の無駄遣いはよくないのだから、息子も見殺しにするべきだ」という趣旨の意見がネットに掲載されたことがある。毎日新聞によると、このネットの意見を書いた人は、作家・曽野綾子さんが野田さんについて書いた次の文章に触発されたとのことです。
  • 自分の息子が、こんな高額医療を、国民の負担において受けさせてもらっていることに対する、一抹の申し訳なさ、か、感謝が全くない・・・
▼この文章は曽野さんの『人間にとって成熟とは何か』という著書の中に出てくるのだそうで、野田さんの解釈によると、「障害があると分かっている子供を産んだ、その医療費は国民が負担する、ならば一生感謝すべきだ」ということになる。つまり障害者たるもの、国に生かしてもらっているのだから、そのことについて「申し訳ない」とか「有難い」とか思うべきだってことですね?でしょ、曽野さん?高額医療だか何だか知らないけれど、日本人が日本の政府の医療援助を受けて、なんで「感謝」しなければいけないのさ。高額医療を「受けさせてもらっている」んじゃないの、「受けている」の、分かる? 曽野さん!?

▼野田さんはまたインタビューの中で「相模原事件」について、容疑者が「大麻を使っていた」、「刺青をしていた」、「病院に入っていた」などということばかりが注目されることを批判しています。あるいは「措置入院のあり方」とか・・・。「焦点は『手前の段階』と思います」と野田さんは言っている。「犯人をあのような行動に走らせたものは何かを考えるべきだ」ということですよね。むささびの解釈によると、メディアが大麻だの刺青だのという外的要因の報道に血道をあげるのは、それがいちばん「分かりやすい」からです。野田さんのいわゆる「手前の段階」とか、前号のむささびで東大の福島教授が言っていた「今の日本をおおう新自由主義的な人間観」などと言ってみても「読者・視聴者」には分からない、だから「大麻」や「措置入院」の話にしてしまう。でも、本当は分からないのは「読者・視聴者」ではない、メディアの方々なのだってことであります。

▼野田さんと殆ど同じことを言っているのが最首悟・和光大学教授ですね。朝日新聞のサイト(8月8日)に「植松容疑者は正気だった」というインタビュー記事が出ています。最首さんにも障害をかかえた娘さんがいるのですが、相模原事件について次のように言っています。
  • いまの日本社会の底には、生産能力のない者を社会の敵と見なす冷め切った風潮がある。この事件はその底流がボコッと表面に現れたもの。
▼つまり最首さんも、野田さんのいわゆる「手前の段階」を問題にしている。でもそのようなことを問題にしても「普通の人には分からない」とメディアが勝手に判断して、「麻薬が悪い」とか「措置入院させて閉じ込めろ」という話にしてしまう。「いまの日本社会の底には・・・」などと言うと、「悪いことしたのに社会のせいにするな」などと言う人もいる。ちょっと聴くと尤もらしいけれど、結局は犯人ひとりを刑務所に放り込むか死刑にすればことが解決すると(無意識も含めて)思い込んでいるだけのこと。本当は複雑で分かりにくいことを単純化することで分かったような気になることは止めた方がいい。それは野田聖子議員が自分の子供に「高額医療」を受けさせていることについて曽野綾子さんが「野田氏のように権利を使うことは当然という人ばかり増えたから、日本の経済は成り立たなくなったのだ」と言っているのと同じです。国民が「権利」を主張すると経済がダメになるんですか?

▼お元気で!

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むささびへの伝言